第61話 横浜壊滅・絶望のオーガキングと捨て駒たちの出陣
その日、横浜は抜けるような青空と、海からの心地よい風に包まれていた。
赤レンガ倉庫周辺は、休日を楽しむ家族連れやカップル、観光客で溢れかえり、平和そのものの光景が広がっていた。
大道芸人のパフォーマンスに歓声が上がり、海沿いのカフェでは冷たいドリンクが飛ぶように売れている。
誰もが疑わなかった。
この穏やかな日常が、明日も明後日も続いていくことを。
だが、破滅は唐突に、そして暴力的に訪れた。
空間が悲鳴を上げた。
比喩ではない。
大気がガラスのように軋み、耳をつんざくような不協和音が、横浜港に響き渡ったのだ。
人々が驚いて空を見上げる。
赤レンガ倉庫の広場、その中心上空10メートル付近。
空間に走った亀裂が、まるで熟れた果実が弾けるように裂け、どす黒い魔力の奔流を吐き出した。
ズドォォォォォン!!
衝撃波が広場を薙ぎ払う。
石畳がめくれ上がり、露店が吹き飛び、人々が悲鳴を上げて転倒する。
土煙が晴れたその場所に鎮座していたのは、これまで人類が観測してきたどのゲートよりも巨大で、禍々しい威圧感を放つ「漆黒の門」だった。
政府の緊急地震速報とJアラートが、同時に鳴り響く。
だが、避難する時間など与えられなかった。
門の中から、ゆっくりと、しかし絶対的な質量を持って「それ」は姿を現した。
「……ぬるい」
低く、地響きのような声が、人々の鼓膜を直接震わせた。
現れたのは、一匹の鬼だった。
だが、F級ダンジョンで頻繁に見かける薄汚れた小鬼や、筋肉だるまのオークとは次元が違う。
身長はおよそ4メートル。
全身の筋肉は鋼鉄を編み込んだかのように隆起し、その皮膚は深紅とも漆黒ともつかない不気味な光沢を放っている。
頭部には天を突く二本の角。
腰には黄金の装飾が施された腰布を巻き、背中には身の丈ほどもある巨大な金砕棒を背負っている。
そして何より、その瞳には知性と、人間という種族を虫けらのように見下す圧倒的な傲慢さが宿っていた。
災害指定・A級モンスター『オーガキング』。
ダンジョンの奥底で数百年を生き抜き、数多の同族を喰らい、王として君臨する鬼の中の鬼。
それが白昼堂々の横浜に降臨したのだ。
オーガキングは広場を見渡し、鼻を鳴らした。
その一挙手一投足だけで空気が重くなり、呼吸すら困難になるほどのプレッシャー(威圧)が撒き散らされる。
「我を満足させる強者は、この地にはおらぬのか」
彼はあくびをするように口を開き、そして近くにあった観光用のバスを――まるで空き缶でも拾うかのように片手で掴み上げた。
グシャリ。
金属がひしゃげる嫌な音が響き、数トンあるはずのバスが、握力だけで鉄塊へと変えられていく。
中に人がいなかったのが不幸中の幸いだが、その光景を目撃した人々の理性は、恐怖で完全に崩壊した。
「キャアアアアアアアア!!」
「化け物だ! 逃げろぉぉぉ!!」
パニックが伝染し、我先にと逃げ惑う群衆。
だが、オーガキングは追おうともせず、その場にあぐらをかいて座り込んだ。
そして潰れたバスをゴミのように放り捨てると、腹の底から響く大音声で宣言した。
「聞け、脆弱なる人間どもよ。
我は退屈しておる。
これより刻限を与える。
日没までに、我と戦うに足る『強者』を連れてこい。
もし我を興ざめさせるような弱者しか現れぬなら……」
彼はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「この街を、更地にしてくれるわ」
◇
横浜に出現したA級ゲートと、オーガキングによる「破壊宣言」。
このニュースは瞬く間に日本中を駆け巡り、政府と国民を絶望の底に叩き落とした。
総理官邸地下の危機管理センターは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
モニターには現地の惨状が映し出され、各省庁からの悲鳴のような報告が飛び交う。
「け、警察の拳銃では歯が立ちません! 皮膚に傷一つつけられない!」
「自衛隊の戦車部隊、到着しました! 攻撃を開始します!」
画面の中で陸上自衛隊の10式戦車が砲撃を行う。
轟音と共に放たれた徹甲弾が、オーガキングに直撃する。
爆煙が上がる。
やったかと誰もが思った次の瞬間。
煙の中から伸びた巨大な腕が、戦車の砲身を掴んでいた。
「……騒々しい鉄屑だ」
オーガキングは不快そうに呟くと、腕に力を込めた。
メキメキメキッ!
最新鋭の戦車の砲身が、飴細工のように捻じ曲げられる。
さらに彼は戦車本体を持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。
ドォォォォォン!!
50トン近い鉄の塊が裏返り、キャタピラが虚しく空転する。
中の隊員たちは無事だろうか。
だが、それ以前に突きつけられた現実に、作戦本部は沈黙した。
「通常兵器が……通用しない……」
「あれがA級……!」
物理法則を超越した身体能力。
魔力で強化された皮膚は、現代兵器の火力を無効化する。
勝てる道理がない。
「た、探索者だ! 探索者を投入しろ!」
「国内の有力ギルドに緊急招集をかけろ! 金はいくらでも積む!」
政府はなりふり構わず、民間戦力の動員を決定した。
それに応じたのは、ランキング上位に名を連ねる大手企業ギルドの連合軍だった。
三菱、トヨタ、そして急成長中の中堅ギルド「暁の牙」。
彼らは最新鋭の魔導装備(量産型ではなく、数千万円クラスの特注品)で身を固め、勇ましく横浜へと乗り込んでいった。
だが、結果は惨憺たるものだった。
「食らえ! 俺の最大火力、フレイム・バーストォォォ!!」
企業ギルドのエース魔術師が放った渾身の魔法。
それはオーガキングの鼻先で霧散した。
魔法抵抗力が高すぎるのだ。
「効かねえだと!? ひぃっ!」
「雑魚が。視界に入るな」
オーガキングの裏拳一発で魔術師はビルの壁面まで吹き飛ばされ、めり込んだ。
即死は免れたようだが、全身骨折は免れないだろう。
「くそっ! 俺たちがやるしかない! 連携だ!」
「暁の牙」のリーダー剣士のカイトが叫ぶ。
彼はランキング300位以内に入る実力者で、その手には1億円で購入したという業物『飛燕の剣』が握られている。
彼は5人の精鋭メンバーと共に、オーガキングの死角から斬りかかった。
「はぁぁぁッ!!」
カイトの斬撃がオーガキングの足首を捉える。
だが。
パキンッ。
乾いた音が響き、折れたのは剣の方だった。
「な……俺の1億の剣が……!?」
カイトが呆然とする目の前で、オーガキングが見下ろしてくる。
その目は害虫を見る目だった。
「爪楊枝にもならんな」
デコピンのような一撃で、カイトたち「暁の牙」の精鋭部隊はボウリングのピンのように弾き飛ばされた。
全滅。
日本が誇るトップランカーたちが、わずか数分でゴミのように一掃されたのだ。
◇
この惨劇はドローンや報道ヘリを通じて、リアルタイムで全国に中継されていた。
ネット上は絶望とパニックで埋め尽くされていた。
【SNSタイムライン】
レン@徹夜勢 『終わった。横浜さようなら。
戦車もダメ、ランカーもダメ。あんなのどうやって倒すんだよ』
ゲーマーのK 『「暁の牙」のカイト、一撃で吹っ飛んだぞ……。
あいつランキング上位だろ?
レベル30後半はあるはずなのに、赤子扱いかよ。
A級ってバグりすぎだろ』
横浜市民 『避難勧告出てるけど、道が混んでて動けない!
誰か助けて!
あいつが立ち上がってこっちに来たら、マンションごと潰される!』
ヨゾラ@世界の裏側 『政府の戦力は壊滅した。
残る希望は一つしかない。
世界ランキング1位から15位を独占する、あのギルドだけだ。
八代匠。
彼が出てこなければ、日本は終わる』
八代信者 『八代さん! 助けて!
アルカディアの精鋭なら勝てるはずだ!
リンちゃんや雫ちゃんの魔法なら!』
アンチ八代 『どうせ高みの見物だろ。
あいつは金にならない仕事はしない。
横浜が壊滅するのを見ながら、空売りでも仕掛けてるんじゃねーの?』
ネットの声は、悲鳴に近い懇願へと変わっていく。
「もうアルカディアしかいない」。
「八代助けて」。
その言葉がトレンドを埋め尽くす。
そして、その祈りが通じたのか。
現場のカメラが、新たな集団の到着を捉えた。
『あっ! 見てください!
黒いトラックが到着しました!
側面に金色のロゴ……「ARCADIA」です!
ついに! ついに世界最強のギルドが到着しました!』
アナウンサーが絶叫する。
視聴者のボルテージが最高潮に達する。
誰もが、トラックから降りてくるであろう英雄たち――二刀流の八代、神速のリン、氷の女王・雫、鉄壁の田中――の姿を想像した。
だが。
降りてきたのは、彼らではなかった。
トラックの荷台からぞろぞろと降りてきたのは、数百人の集団だった。
全員が同じ地味な黒い作業着を着ている。
武器は量産型の片手剣や、使い古された盾。
その顔つきはどこか自信なさげで、おどおどしている者も多い。
そして、その集団の先頭に立ったのは、ひ弱そうな一人の青年だった。
安っぽいリクルートスーツの上から、サイズの合わない胸当てをつけただけの頼りない姿。
茶髪でタレ目の彼は、震える手で錆びついたような剣を握りしめている。
結城旭。
アルカディアの下部組織第三部隊の部隊長である。
現場の空気が凍りついた。
期待が失望へと変わる音が、聞こえるようだった。
【SNSタイムライン】
レン@徹夜勢 『……は?
誰こいつら?
アルカディアの制服着てるけど、八代さんじゃないぞ?』
ゲーマーのK 『鑑定してみた。
……おいマジかよ。
先頭の奴、レベル10だぞ。
後ろの連中もレベル15とか20とか、そこら辺の量産型探索者じゃねーか!』
元「暁の牙」メンバー 『あいつ見たことある!
ウチのギルドで荷物持ちしてた「結城」だ!
先月クビにした雑用係だよ!
才能なくてレベル上がらないから追い出したのに、なんでアルカディアにいるんだ?
しかも隊長? ギャグかよwww』
失望の声 『アルカディア何考えてるの?
レベル10を送って何ができるんだよ。
A級モンスターだぞ? 瞬殺されるだけだろ』
『分かった。捨て駒だ。
八代を見損なったぞ。
自分たち一軍を温存して、下部組織を肉壁にするつもりか。
時間稼ぎのために雑魚を数百人送り込んで……酷すぎる』
『帰れ! 死ぬぞ!』
『自殺志願者かよ』
ネット上には旭たちに対する嘲笑と、八代に対する非難が渦巻いた。
現場にいた「暁の牙」の生き残りたちも、旭の姿を認めてゲラゲラと笑い出した。
「おいおい、結城じゃねーか!
クビになって野垂れ死んだかと思ってたら、アルカディアのパシリになってたのか!」
元リーダーのカイトが、折れた剣を杖代わりにしながら叫ぶ。
「おいゴミ!
ちょうどいい、俺たちが逃げるための囮になれ!
それくらいしか役に立たねえだろ、お前は!」
罵声が飛ぶ。
石でも投げられそうな雰囲気だ。
だが、旭は立ち止まらなかった。
顔面は蒼白で、足はガクガクと震えている。
それでも彼は、後ろに控える500人の部下たち――同じように社会から弾き出され、傷ついた者たち――を振り返り、小さく頷いた。
「……行こう、みんな。
僕たちの仕事だ」
旭は前を向いた。
その視線の先には、ビルほどの巨体を持つ絶望の象徴、オーガキングがいる。
彼は罵声を静かに無視して、たった一人でその怪物のもとへと歩みを進めた。
◇
港区ミッドタウン・タワー。
その最上階にあるマスターオフィスは、静寂に包まれていた。
エアコンの効いた快適な室内で、八代匠は大型モニターに映る横浜の惨状を眺めながら、優雅にコーヒーを啜っていた。
画面には、震える足でオーガキングに向かっていく結城旭の背中が映っている。
ネット上の罵倒コメントが滝のように流れている。
『捨て駒』『肉壁』『無能』。
「……言わせておけ」
八代はカップを置き、口元を歪めた。
その笑みは冷酷な支配者のものではなく、待ちに待ったショーの開幕を楽しむ観客のそれだった。
「あいつらは知らないだけだ。
レベル10という数字が、どれほどの『嘘』で塗り固められたものかを。
そして、あの震える背中の後ろに、どれだけの『重み』が繋がっているかを」
八代はモニターの中の旭に向かって、語りかけるように呟いた。
「さあ、デビュー戦だ。
世界中の度肝を抜いてやれ、旭。
『屑鉄』が磨けばどうなるか、その輝きで全員の目を焼き払ってやれ」
八代の指先がテーブルの上でリズムを刻む。
それは、これから始まる大逆転劇へのカウントダウンだった。
◇
横浜赤レンガ倉庫。
オーガキングは足元に近づいてくる豆粒のような存在に気づき、片眉を上げた。
先ほどの魔術師や剣士たちよりも、さらに弱々しい気配。
魔力も感じられず、覇気もない。
ただの羽虫だ。
「……何だ、貴様は」
オーガキングの声圧だけで、旭の身体が吹き飛ばされそうになる。
だが彼は地面に足を踏ん張り、何とか耐えた。
「強者を連れてこいと言ったはずだ。
貴様のような雑魚が我の前に立って、何になる?
命乞いか? それとも餌になりに来たか?」
怪物は嘲笑う。
旭は深呼吸をし、錆びついたような安物の片手剣と、ベニヤ板のような薄い盾を構えた。
その姿は、あまりにも滑稽で悲壮だった。
「……僕は、アルカディア第三部隊隊長、結城旭です」
旭の声は小さかったが、マイクがその声を拾い、全国に中継された。
「あなたが、この街を壊すと言うなら……僕が止めます」
「止める? 貴様がか?」
オーガキングが哄笑した。
周囲の瓦礫が震えるほどの爆笑だ。
「面白い冗談だ。
よかろう。
その無謀さだけは褒めてやる。
褒美に、苦しまずに潰してやろう」
オーガキングが、ゆっくりと拳を振り上げた。
影が旭を覆い尽くす。
「逃げろおおおおおお!!」
「死ぬぞ!!」
誰かの叫び声が響く。
だが旭は動かない。
逃げないのではない。
彼は盾を正面に掲げ、静かにスキルを発動させた。
(みんな……力を貸してくれ)
彼の背後、数百メートル離れた場所に展開している500人の「仲間」たち。
彼らの魂と旭の魂が、見えないラインで接続される。
【千の絆】発動。
ここから「屑鉄の王」による常識外れの逆襲劇が幕を開ける。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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