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第60話 欲望の箱と、拡張される世界の理

 世界にダンジョンゲートが出現してから、早いもので八ヶ月が経過した。

 人類はこの非日常的な脅威に対し、驚くべき適応力を見せていた。


 当初のパニックは鳴りを潜め、今やダンジョン探索は巨大な産業となり、日々のニュースは「どこのクランが何階層に到達したか」「新しい資源が見つかったか」という話題で持ちきりだ。


 だが、人々はまだ知らなかった。

 ダンジョンというシステムが単調な「狩り場」ではなく、時と共に進化し、拡張され続ける「ライブサービス」のような存在であることを。


 八ヶ月目の月初め。

 世界最大のダンジョン保有国であるアメリカと日本、この二国でのみ、奇妙な現象が一斉に報告され始めた。


          ◇


 アメリカ、ニューヨーク州に位置するC級ダンジョン『黄昏の廃都』。

 その中層エリアを探索していた中堅クランのパーティは、通路の突き当たりで異様な光景を目にした。


「おい、あれを見ろよ……」


 リーダーの男が指差した先。

 瓦礫の山の頂上に、場違いなほどに美しい黄金の装飾が施された宝箱が鎮座していた。


 通常のダンジョンで見かける木製の古びた宝箱ではない。

 まるで王族の隠し財産かのように輝き、表面には複雑な魔術文字が刻まれ、周囲にはゆらゆらと陽炎のようなオーラが漂っている。


「なんだ、あの豪華な箱は。レア箱か?」

「間違いねえ! 今日はツイてるぜ!」


 盗賊職の男が、涎を垂らしそうな顔で駆け寄った。

 罠探知スキルを発動する。反応はない。物理的な罠ではないようだ。


「へへッ、いただきだ!」


 男が宝箱の蓋に手を掛けた、その瞬間だった。

 カチリ。解錠の音と共に、宝箱の周囲に漂っていたオーラが、一瞬にして禍々しい冷気へと変貌した。


『――愚か者め――』


 どこからともなく響く声。

 次の瞬間、宝箱を中心とした半径二十メートルが、絶対零度の冷気によって爆発した。


「なッ……!?」


 逃げる暇などなかった。

 蓋を開けた盗賊は、悲鳴を上げる間もなく氷像と化した。


 後方にいた仲間たちも、足元から急速に凍りつき、動きを封じられる。

 そして追い打ちをかけるように、宝箱の周囲の空間が歪み、そこから無数の魔物たちが湧き出してきた。


 普段この階層に生息している魔物よりも、遥かに狂暴な箱の守護者たちだ。


「う、動けな……! 誰か、助け……!」


 凍結し、身動きの取れない探索者たち。

 そこへ魔物の群れが殺到する。


 氷が砕ける音と、絶望的な悲鳴が、ダンジョンの冷たい空気に吸い込まれていった。


          ◇


 同様の事件は、太平洋を挟んだ日本でも同時多発的に発生していた。

 日米の探索者コミュニティと、SNSアプリ『X』は、未知の脅威に対する恐怖の声で埋め尽くされた。


『緊急拡散! ダンジョン内に「金色の宝箱」が出現中! 絶対に触るな!』

『ミミックの親玉が出たぞ! 開けようとしたら、いきなり空から隕石が降ってきた!』

『俺の知り合いのパーティが全滅した……。凍結させられて、見てる前で探索者が死んだ……』

『あれは罠だ! 運営ダンジョンの悪意だ!』

『でも、生き残った奴の話だと、倒した後に大量の魔石とアイテムが出たらしいぞ?』


 恐怖と欲望。

 二つの感情が入り混じり、世界最先端を行く日米の探索者たちは大混乱に陥っていた。


 そんな中、日本の高級マンションの一室で、一人の男がニヤリと笑みを浮かべていた。

 アルカディアのオーナー、八代匠である。


「おっ、もう『リーグ』要素が出る期間かよ。早いな」


 彼はスマホの画面をスクロールしながら、まるで予定表を確認するかのような口調で呟いた。

 彼にはこの現象の正体が手に取るように分かっていた。


 全ては、かつて彼が遊び尽くしたVRゲーム『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の仕様通りなのだから。


「解説しよう! ……って、誰も聞いてないけどな」


 八代は一人ごちる。

 『ダンフロ』にはオンラインモードと、オフラインモードが存在した。


 オンラインでは「シーズン制」が採用され、数ヶ月ごとに新しいシステムやイベントが追加されていく。

 そしてオフラインモードでも、ゲーム内時間の経過に合わせて、過去の拡張コンテンツが順次解放されていく仕組みだった。


 俺が15歳の時にサービス開始したこのゲーム。

 就職したり、役職に付いたりする長い年月の間も、ゲーム内では絶えずアップデートが繰り返され、世界は広がり続けてきた。


 この現実世界もまた、その「ゲーム内スケジュール」を忠実になぞっている。

 ダンジョン発生から八ヶ月目。

 このタイミングで実装される「一ヶ月限定イベント」。


「今回のリーグ要素は……『呪われた宝箱』イベントか」


 ダンジョン内に確定で出現する特殊な宝箱。

 それに触れると、中身が手に入る前に周囲にモンスターが召喚アンブッシュされる。


 さらに宝箱自体が「凍結」「爆発」「毒」といった魔法を使って攻撃してくる、殺意の塊のようなギミックだ。


「しかし、報酬が美味いんだよなぁ……!!」


 八代の目が輝いた。

 モンスター分の経験値と魔石に加え、試練を乗り越えて箱が開いた時、そこからは通常ではあり得ない量のアイテムがドサドサと溢れ出る。


 リスクはあるが、リターンはそれ以上だ。


「なので基本的に、見つけたら触るのがお得だぞ!?

 ……まあ、死んじゃうパターンもあるから、対策は必要だけどな」


 特に危険なのが「凍結」だ。

 対策なしで触れれば、数秒間動きを止められ、その間にタコ殴りにされて終了だ。


 逆に言えば、対策さえしていれば、ただの美味しいボーナスステージでしかない。


「よし、ここらで一つ、現実の探索者向けに『攻略法』を教えてやるか。

 特に『リロール』の概念は、今のうちに植え付けておかないとな」


 八代はキーボードを引き寄せた。

 今回の情報は単なる宝箱の開け方ではない。


 「ダンジョンのオブジェクトに対してアイテムを使って書き換える」という、この世界の法則をねじ曲げるテクニックの公開だ。


          ◇


【緊急速報】ダンジョンに現れた「豪華な宝箱」について。あるいは、死なずに大儲けする方法


 やあ、アルカディアの八代だ。

 Xを見てると、阿鼻叫喚の嵐だな。「金色の箱に殺された」「ミミックだ」とか。


 安心しろ、あれはミミックじゃない。

 あれは『呪われた宝箱』という、一ヶ月限定のボーナスイベントだ。


 今月から一ヶ月間、日米の全ダンジョンにあの箱が出現する。

 一ヶ月を過ぎると出現率はガクッと下がる(通常確率に戻る)から、今のうちに稼いでおくのが正解だ。


 だが、無策で開ければ死ぬ。

 そこで俺が、正しい「開け方」を伝授しよう。


1.箱の「ステータス」を見ろ

 あの箱に近づくと、何やら文字が浮かんで見えるはずだ。

 そこに何て書いてある?


 『起動時、周囲を凍結させる』

 『起動時、死体を爆破する』


 そう、あの箱には「モンスターと同じように」能力が付与されている。

 開ける前に、まず読め。


 「凍結」と書いてあったら、凍結無効装備がない限り触るな。死ぬぞ。


2.箱の中身は「書き換え(リロール)」できる

 ここからが重要だ。


 お前たちが普段、換金用アイテムだと思っているオーブ。

 あれを箱に直接ぶつけてみろ。


 例えば『変化のオーブ(青い石)』や『精錬のオーブ』なんかをな。


 すると、どうなるか?

 箱の能力がランダムに再抽選リロールされるんだ。


 「凍結」が付いてて怖い? なら、オーブを使ってその効果を消せばいい。

 中身がショボそう? なら、レアリティを上げるオーブを使って中身を豪華にすればいい。


 ダンジョンの設備を、自分好みに改造するんだ。

 これがプロの探索者のやり方だ。


3.狙い目は「ユニーク宝箱」

 ごく稀に、名前が茶色ユニークの宝箱が出現する。

 こいつはヤバい。


 中身が全部ユニーク装備だったり、換金用アイテムが1億円分入ってたりする。

 見つけたら全力で護衛のモンスターを排除して開けろ。人生が変わるぞ。


【総括】

 凍結だけは避けるのが吉!

 凍結無効装備(深淵セットなど)があれば脳死で開けてもいいが、なければ大人しくオーブでリロールだ。

 それか、自信がなければスルーしろ。命あっての物種だ。


 だが、リスクの先には美味い報酬が待っている。

 今月は「箱開け月間」だ。

 よし、頑張ろうぜ!!!


          ◇


 記事を投稿し、エンターキーをッターン! と叩く。

 その瞬間、世界中の探索者の端末に通知が届いた。

 数分後、ネット上は再び爆発した。


『は!? 箱にオーブを使う!? そんなことできんの!?』

『やってみた! マジで箱の文字が変わったぞ! 「凍結」が消えて「毒」になった!』

『うおおお! 「アイテム数量+50%」がついた! 中身すげええええ!』

『オーブって換金用じゃなかったのか……。俺たち、今までトンデモない使い方を見落としてたんだな』

『八代神……あんた、どこまで世界のルールを知ってるんだ』


 「リロール」という概念の普及。

 それは人類が初めて「ダンジョンのシステムに干渉し、自分たちの有利になるように書き換える」という魔法を行使した瞬間だった。


 魔石やオーブの価値は、単なるエネルギー資源から「現実改変のための触媒」へと変貌を遂げたのだ。


 八代は満足げに伸びをした。

 これで世界を牽引する日米の探索者がこぞって宝箱を開けまくり、市場には大量のアイテムが流通することになるだろう。


 経済は回り、探索者の装備水準は底上げされ、結果として人類の戦力は強化される。

 全ては計算通りだ。


「さてと」


 八代はソファから立ち上がり、クローゼットから自身の装備を取り出した。

 漆黒のコート、そして愛用の武器。


 その顔には、隠しきれない少年のようなワクワク感が浮かんでいる。


「人に勧めるだけじゃ、面白くないよな」


 彼はスマホを取り出し、アルカディアのメンバー専用チャットにメッセージを飛ばした。


『@everyone  聞いたか? 祭りだ。

 アルカディアの面子も、今日は全員で「呪われた宝箱」周回しましょう!!

 目標:ユニーク宝箱の発見。

 一番いいドロップ引いた奴には、俺のポケットマネーからボーナス出すぞ』


 即座に反応が返ってくる。


『了解です、ボス! もうダンジョン前にいます!』

『ボーナス!? やります! 絶対やります!』

『リロール用のオーブ、倉庫から持ち出してもいいですか? 経費で!』


 メンバーたちの士気は最高潮だ。

 彼らもまた八代に薫陶を受けた探索者たちである。


 危険よりも、その先にある「報酬」の輝きに魅せられた、頼もしきトレジャーハンターたち。


「おう、周回しよう!!」


 八代は高らかに宣言し、玄関の扉を開け放った。

 外にはどこまでも広がる青空と、無限の可能性を秘めたダンジョンが待っている。


 一ヶ月限定の狂乱と歓喜の宴。

 その中心で踊るべく、最強の探索者は戦場へと繰り出した。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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オンラインモードがあるということはたくさんの人がプレイしてそうですが、八代さんだけが攻略法を知ってるのは気になる。
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