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調査員

 巨大な建物は、戦争による遺構である。今にも崩れ落ちそうになりながらも、城のような荘厳さを兼ね備えている。その広場を埋まる人数の受験生が、巨大な孤島に集まっていた。

 

 「今回の試験は持久戦です。

 人工的な魔獣や、試験用の魔獣が多数放たれた対象エリアにて、合格定員である50人を切るまで皆さんはこのエリアにて生活してもらいます。期限は無制限。なお、腕輪は指定されたものを使ってください。この腕輪は使用できる魔法に制限がかけられており、即死級の魔法は腕輪の許容量を超えて自壊する機構が組み込まれています」

 

 宗次郎は与えられた腕輪を見て、それが一切光を発さないことを見ていた。元々このことは知っている話だったが、悪魔まで見えるようになったのに魔法が使えないのは、どこまでも魔法に恵まれていないということを如実に証明していた。

 

 「ここは離島ですが、新大陸とともに転移した場所のため、地脈には注意してください。そして武器や魔道具といったものは補給場に置いてあります。食料と水の支給はありません」

 

 魔法が使えないことは新大陸の人々、特に悪魔にとっては別の価値があるらしい。それに諜報やら暗殺に向いている才能と言われようが、宗次郎の考えはそう簡単に覆らなかった。劣等感にも似たような乾いた感情を、生まれてからずっと味わっているのだ。横にいるユミナを見て、僕は少しだけ安心感が沸く。

 

 「そしてこれは個人戦ではありません。組むチームの人数に制限はなく、参加者全員でグループとしてもかまいません。しかし、あくまでも50人を切らなければ孤島からは出られないということを考慮してください」

 

 最後に校長か学長のような立場の人間が挨拶をした。

 

 「今回は例年とはルールを変えている。だが変えていないルールもある。即死級の魔法は使えないが、魔法による殺害は可能だということ。そのため、死者が何名現れるかは分からない。なお、途中棄権も受け付けている。くれぐれも、命を無駄にしないように」

 

 「では――試験開始」

 

 そして話の締めくくりに、学長はベルを鳴らした。

 受験生たちが、一斉にグループを形成し始めたのだ。戦いだすことをせず、味方から生み出そうとした試みは、偶然にもほとんどの生徒が同じ考えを持っていたのだった。

 

 「ユミナさん、一緒にいいですか?」

 

 宗次郎は恐る恐る尋ねる。するとユミナは首を傾げた。

 

 「……当たり前ですよね?問題は調査団です」

 

 怪訝な視線を宗次郎に向けてきたユミナだったが、取り付けられた腕輪がずっと気になっていた。

 

 「腕輪、調子はどうですか」

 

 「分かりません。どうして魔法が制限されているのか。それに頭が痛い。腕輪が悪さをしているみたいです。宗次郎さんは大丈夫ですか?」

 

 合衆国から提供された腕輪は、著しく身体機能を低下させる効果を付与してあった。だが宗次郎にはその効果は通用しない。

 

 「僕は元気です」

 

 「そうですか。ならよかった」

 

 ユミナも腕輪に魔力を通している。しかし、発光の具合があまりにも弱すぎる。腕輪の光り具合は相手の技量や魔力量を測る指針の一つになっているようで、受験生たちは宗次郎の腕輪を見て、すぐに別のメンバーを探しに行っていた。

 中でも人を集めているのが二人。眼鏡をかけた青年の受験生や、見た目だけで貴族と分かるような美青年と言った様子。筋肉質な大柄の男も、おそらくは体力の面で起用を考えているのだろう。

 

 ――女子は少なめか。まあ無理もない。

 

 受験生の一部は既に出発しているし、あるいは戦闘が始まっている箇所もある。件の調査団とやらが一緒に受験しているとのことだが、一向に姿を現さない。ものの五分程度で、グループ分けは殆ど終わりを迎えていた。

 

 「ユミナさん、そろそろ行こう。個人勢が狩られ始めた」

 

 「どこかで見られていると思うと、気味が悪いですね」

 

 ふと、一直線に走ってくる人がいる。笑いながらこちらに手を振ってくる好青年だ。最初は宗次郎に向かって手を振っているとは思わなかったが、視線を逸らした時に露骨にショックを受けていた。

 

 「もしかしてあの人かな?」

 

 「おーい!無視しないでおくれよ。俺も一緒がいいな!」

 

 息を切らして、宗次郎の前で汗を拭っている。明るさに全てを振り切ったようなその青年は、いきなりユミナさんの両手を取った。

 

 「君が新大陸の?いやあ若いね!こんなに小さいのに頑張ってるなんて凄い!」

 

 ユミナは侮蔑たっぷりの目でその青年を見下ろしている。

 

 「あの、離してください」

 

 ユミナが手を払おうとして、それができない。

 

 ――力強っ……

 

 「ええと、調査員の方ですか?」

 

 一気に青年の機嫌が悪くなったのを、宗次郎は感じとった。

 

 「調査員なんて名前じゃないよ。俺はアレックス。うーん、悪いんだけど、君とはあまり話したくないかな。万が一俺まで魔法が使えなくなったら困るし」

 

 話しかけるだけでこれほど拒絶された。ただ、これは初めての事ではない。宗次郎はやや懐かしさも感じていた。

 

 ――これが普通の反応だよな。

 

 「宗次郎さんへの侮辱は――」

 

 「ユミナさん、大丈夫です。こういうの昔から慣れてるんで」

 

 それが調査員まで同じことを言ってくるとは思わなかったが。人選を疑いたくなるような人物だった。

 

 「君さ、ぼーっと突っ立てて大丈夫?ほら後ろ」

 

 その時、宗次郎の背中で、僅かに風が起こる。

 

 ――【岩】

 

 「なんだお前?弱そうだなぁ」

 

 目のギラギラした暴力大好きそうな青年が、いきなり宗次郎の後頭部を殴った。更に追撃で、宗次郎めがけて魔法が迫っている。

 

 ――接触するより先に魔法を使っていたか。

 

 魔力を持っていないせいで、魔力での感知が出来ない。目視でようやく気が付いたが、しかし宗次郎は反応に遅れる。

 その遅れは致命的。先端が尖った岩は眼前にまで迫って来た。宗次郎がようやく回避に動こうとした時――

 

 ――【解】

 

 岩の砲弾は一瞬で砕け散った。横からユミナが魔法を使っていた。ユミナは頭を押さえながら、一人苦しそうにしている。

 

 「あ?」

 

 全く魔力を感じられず、宗次郎の体躯を考慮して後回しにしたはずの幼女。それが、魔法を打ち砕いた。

 

 「……出力もまちまちです…………色々と今日は調子が悪いですね」

 

 一連の魔法の行使を、アレックスは瞬きせずに見届けていた。

 

 「属性不明。出力不明。魔力変換効率不明。詠唱も無ければ魔力の発生も感じられない……」

 

 何かを早口で呟きながら、じっと黙考している。

 腕輪が光らないうえに、口頭での詠唱も挟んでいない。それでいて、他者の魔法を正面から打ち砕いた。出力の出所も掴めない故、青年は訳が分からず震えだした。だが、それは偶然に過ぎないと、自分の常識が言う。

 

 「ちょっとは腕があるみたいだが、余所見は厳禁だろ」

 

 もう一度腕輪に魔力を流す。そして照準を、じっと固まっているアレックスへと定めた。

 

 「大丈夫ですか?足元見えてますか」

 

 しかし、宗次郎を倒したと思った時点で敗北は確定していた。

 宗次郎の殴打により、一撃にして青年は意識を失う。続いて腕輪を手首ごと握り潰して破壊し、無力化に成功する。

 

 「へえ、面白い!どうやってやったのかまるで分からなかった!どんどん俺にも見せておくれよ」

 

 「ユミナさん、僕が抱えて走るんで逃げませんか」

 

 アレックスの姿がぶれる。隠していたナイフを手に取り、一瞬にして宗次郎の背後を取る。同時に腕輪に魔力を流した。

 

 ――【流水】

 

 超高圧の水流の勢いを乗せて、ナイフが宗次郎へと斬りかかる。

 

 「俺の話を遮らないでくれ。旧人……へえ、この速度を止めるんだ」

 音速を超える速度を軽く出したあたり、やはりアレックスが派遣されただけの実力はある。宗次郎は人差し指と中指で、その威力を殺していた。

 

 「今のがお前の全速力ですか」

 

 「報告に比べて少し早くなったね。何か準備でもしたのかな?」

 

 ――準備するのは当たり前でしょ。

 

 まじまじと訊いてくるアレックスは、もう存在がうざったくて仕方がないものだ。それに悪魔の存在を明かさずに説明するのは無理である。

 

 「会話したくないんだろ。言うわけないです」

 

 「そうか、それは困る。やっぱり仲良くしよう。君も面白そうな体質だし、俺は大歓迎だよ!」

 

 いきなり手を取られて握手された。アレックスはとても清々しい表情で、宗次郎の目をじっと見ていた。


 「……なんだこいつ」


 「アレックス……あなたもう少し配慮というものを学びなさい」

 

 いつの間にか最初の広場で戦っていた者たちが、無惨にも死体に変えられていることに気がついた。嘆息を漏らしている少女も、返り血で髪の毛まで染まっている。

 

 ――なんだあいつ。


 「いやいや、これは失礼した。ナツミは鈍感だから、旧人類でも抵抗が無いんだろうけど、俺の潔癖が表に出ちゃったな」

 

 ナツミと名乗った女性は、アレックスの頭を掴み取り、そのまま無理矢理お辞儀をさせた。


 「非礼をお許しください。調査員のナツミと、アレックスです。宗次郎さん、ユミナさん、短い間になりますがよろしくお願いします」

 

 アレックスを見ているととても行儀の良さそうな少女に見えた。しかし宗次郎の目には、やはり血塗れの殺人鬼にしか映らなかったため、むしろ礼儀正しいことが不気味に見えた。

 

 「ちょっとナツミ、血のついた手で俺の頭を触らないでくれよ。汚いだろ?」

 

 「ここは目立つわ。今日は野営できる場所を探しましょう」

 

 喧しいアレックスの髪の毛を引っ張って、森の中へと入っていった。宗次郎とユミナは、互いに顔を見合わせる。

 

 「寝込みを襲われても仕方ない面子ですね」

 

 あまりにも忌憚のない意見に、宗次郎は思わず吹き出してしまった。

 正直なところ、能力を見ることに関しては堕天使や悪魔の方が圧倒的に信頼できる。その悪魔たちは、昼間のせいか寝ているようだが。


 「あれだけ強かったら僕たち戦わなくて済むかもしれない」

 

 僅かにユミナが破顔していた。


 「そうだといいのですが」

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