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時間の使者

 背中が熱くなる。全身に鳥肌が立ち、なぜか頭は真っ白になる。

 その日は全く眠れず、仮眠どころではなかった。

 

 ――主様も秘密の一つや二つ持っておくが良い。悪魔については口にするでないぞ。

 

 ――これは我々との契約だ。許可なく口に出せば即座に貴公の命を貰う。

 

 脅されて勝手に姿を煙に撒かれ、たった一人宗次郎が残った。そのうち朝日が上り、ユミナはゆっくり目を覚ました。


 「眠れたようで何よりです」


 「は、はい」

 

 全く眠れていないが、宗次郎は再びデッキに上がった。すると、目の前には夢に見た東京があった。

 

 ――東京……!初めて来たな。

 

 宗次郎は目を輝かせて、朝の東京を見つめていた。


 そして現在に至る。

 

 ――未覚醒者、護送中に逃亡

 

 スクランブル交差点に在る大型スクリーン。大々的に報じられたその内容に、宗次郎は驚愕した。眠っていた頃の顔写真すら映し出されている。宗次郎の顔が青くなった。

 

 「こ、こんなに話題になるの……?」

 

 「価値が高いということです。旧人類と蔑んで数を削った結果がこれですから、いい気味ですが」

 

 「は、はい……」

 

 ユミナに連れていかれて、宗次郎は初めての東京を歩いて行った。


 「朝食を摂りましょう。顔はちゃんと隠してください」

 

 深くフードを隠した宗次郎は、周囲の目線を気にしている。


 「どうして東京に?」

 

 少しだけ間をおいて、ユミナは俯く。口にしていい内容なのかを吟味して、慎重に答えた。


 「……大使館で保護を受けてもらいます。予定が整い次第大陸へ行きましょう」


 「大使館?どの国の?」


 「…………」


 ユミナは答えなかった。しばらく歩くと、聞いたことも無いハンバーガー屋に入店した。宗次郎はハンバーガーの画像に目を丸くした。サイズが大きすぎる。それに、宗次郎の知るハンバーガーとは段違いでおいしそうだった。


 「何でもいいですよ。私が奢ります」


 宗次郎は一番安いハンバーガーを注文し、ユミナは一番高いハンバーガーを注文していた。ドリンクのコーラを飲みながら、宗次郎はじっとユミナを見た。こんな小さな子が、顔くらいあるハンバーガーを食べている。

 

 ――結構食べる人なんだ。


 「……なんです?」


 眼が合ってしまった。咄嗟に視線を外した宗次郎は、髪の毛をいじりながら当たり障りのない質問をぶつけた。


 「その、なんのために悪魔なんて物騒なものを召喚したのかなと思って」


 「新大陸には元々、四つの大国がありました。レグルス聖王国は、大陸北部を統括していましたが、転移の影響で崩壊してしまった。私たちは、再び地平を治め聖王国を復興させる義務があります。堕天使の助力が必要なのです」


 「新大陸……10年前はほとんど未開の地だったなあ」


 改訂された教科書でなければ書かれないほど新しい歴史だったこともあり、見つかって間もない当時は何の情報も無かった。宗次郎にとっては新大陸など、教科書にしか書かれていない空論にしか思えなかったものだ。

 こうして新大陸の住民を見るに、それなりに解明されていると思われる。


 「それは今も変わりません。変わらず、戦争が続いています」


 「でも、ユミナさんは新大陸の――」


 ユミナが指を真横に動かしたと同時に、宗次郎の口が開かなくなった。

 ――魔法を使われた……!それもあまりにも手際よく、鮮やかに……!


 「極秘裏に入国していますので、内密に」


 宗次郎は何が起きたのか分からなかったが、縦に激しく頷いた。それに宗次郎も大概ではある。新大陸の人が紛れ込んでいる可能性を、一体だれが考えるだろうか。

 一方でユミナはため息をつき、ハンバーガーに齧り付いた。


「では行きましょう。こう見えて私たち、お尋ね者なので」


 街は10年で変わるもので、しかし宗次郎にとっては好ましい変わり方ではなかった。魔法が発達し、人々はより魔法に頼る生活に変容している。今では人工知能が魔法を使えないか研究しているそうだ。

 駅の広告が切り替わるたびに、訳のわからない内容のものばかり。電車の広告も同じ。就活に至っても魔法が募集要項に入るほど、当たり前で自然なものになっていた。


 「仕事に魔法なんて使えるのかな。研究職?」

 

 物を浮かせて動かす。そんな魔法は存在しない。元素に基づいた魔法しか解明されていないのは、10年前と変わらない数少ないこと。


 「魔法が使えるだけで工業には携われる。魔法に強みがあるなら、軍に入ることも可能でしょう。とはいえ大半の魔法は弱いので、運転免許証みたいな位置付けです」

 

 宗次郎は高校生なので、ユミナの喩えはあまり理解できなかった。しかし、運転免許と同じ立ち位置というのは、実際かなり的を射ている。

 皇居周辺の駅で降りると、サラリーマンばかりが行き交っている。そのあたりは宗次郎の印象と変わっていない。

 

 ――車が空飛んだりもしないか。

 

 かなり西洋風の建築が施された、巨大な邸宅へとたどり着いた。正門の前で待つ女性を見て、ユミナは顔が綻んだ。


 「お母さん……!」

 

 銀髪で赤い目をした女性は、ユミナの姉に近い見た目をしている。恭しく頭を下げられた。


 「ユミナ、お久しぶりです。はじめまして。宗次郎さん。セレスティアと申します」

 

 ――ユミナさんの母親。

 

 宗次郎はつられて頭を下げる。


 「こちらの大使館で一旦保護します。しかし…………」

 

 セレスティアと名乗った女性は、いきなり涙を流し始めた。


 「ど、どうかしたんですか?ええと、ハンカチ…………無いんだった」


 「大丈夫です……詳しくは大使から聞いてください」

 

 ユミナに肩を貸してもらいつつ、セレスティアは大使館の中へと入った。広い庭園と豪邸は、中世の貴族のような印象がある。宗次郎は時間感覚がおかしくなりそうだった。


 「宗次郎には、悪魔復活までの期間、暗殺者として合衆国にその命を捧げていただく。よろしいな」

 

 アメリカ大使は、厳格に言い放った。宗次郎の息が止まり、ユミナは顔が凍りつく。


 「まっ……話が違います!早急に新大陸へ移さなければ――」


 「これは大統領のご判断だ。従わなければ契約は破棄。即座に貴殿らを抹消する」

 

 黒服のエージェントが一斉に銃口を向けてきた。既に脱出はできない。宗次郎は内に悪魔を秘めているとはいえ、その力を借り受けることすらできないのだ。


 「ユミナ、抑えなさい」

 

 しかし、魔力が爆ぜたのは宗次郎の背後だった。同時に引き金が引かれ、銃弾が放たれる。

 それよりも早く、毒針が大使の首元へと到達する。そのまま刺されば即死。


 「…………っっ!!」

 

 その寸前に、ボディーガードが文字通り盾となって防ぎ切った。一呼吸すら叶わず、彼はその場で泡を吹いて倒れる。

 大使の視線がより一層鋭くなった。


 「申し訳ございません。二度とこのような――」


 「次はない。全員始末しろ」

 

 しかし、大使は冷厳だった。宗次郎は一気に組み伏せられ、その場で動けなくなる。

 

 ――僕は、どうすれば。

 

 しかし、宗次郎がやることは一つしかなかった。その選択が不自由を約束され、再び動物のように扱われることになっても。


 「僕が――」

 

 同刻、宗次郎の体内時間が加速する。周囲の動きが遅くなり、銃弾の動きが見える。

 そして霧の中から、黒いマントを着た巨大な男が胡座をかいて座っていた。

 

 『宗次郎。魔法ってのは弱い。見りゃあ分かるが、こいつらは全員銃を使ってやがる。魔法を貫通する素材で作った豆鉄砲の方が、殺す分には強い。なんでか分かるか?」

 

 ――口が、動かない。

 

 肉体が追いついていない。全身が重く、宗次郎の全力でも動けない。重力に囚われたような感覚がした。


 『速度だ。雑魚に関しては速度で圧倒しろ。うし、やってみるか。時間の流れに身体を合わせろ。ほら、立ち上がれ』

 

 ――そう言われても、僕は銃より遅いし。

 

 『関係ない。立て』

 

 宗次郎が動こうにも、身体はほとんど動かない。どれだけ力を入れても、肉体はびくともしない。

 だが、男は一言も発さず。ただじっと宗次郎の目を見ている。

 

 ――無理だ。立てない。

 

 『考えて動かすな。神経回路なんて鈍間で遅すぎる。脱力しろ。自然と時間に、世界に溶け込む感覚だ』

 

 押さえつけられている重みが、ない。この体勢も疲れるはずなのに、今の宗次郎は疲れていない。だが、思い切り床に頭をぶつけそうで、その痛みに恐れている。

 

 『恐れるな。脱力だ。だが頭は回せ』

 

 宗次郎は目を閉じて――閉じられないが――思考を沈めていく。この状況は理解不能だが、理解しようとしてはいけない。必要なのは理解するのではなく、むしろ適応すること。


 時は動く。

 時の速度が等倍へと戻る。

 至近距離で射出された銃弾は、確実に三人を殺害せしめる軌道を取っている。

 セレスティアは魔法を編みつつ、娘を庇うように覆い被さる。本来魔法は威力において銃弾の比にならないものの、やはり肉薄された距離では銃に軍配が上がる。


 「――――ユミナ、伏せなさい!」

 

 「僕の話を聞けよ」


 その一瞬にして形成はひっくり返る。銃を突きつけていた全員が、同時に宙に放り出される。

 そしてセレスティアは、ユミナを抱きしめた状態で窓際、アメリカ大使の机へと投げ出される。

 

 ――何が!?

 

 そして結論を出すより早く、全員が同時に地面に頭を叩きつけられていた。

 

 「僕が仕事に付き合ってやる。二人を殺すな」

 

 アメリカ大使の眼前に向けて、宗次郎は拳銃を突きつける。


 「何が、起きた」

 

 唖然とした表情で、大使は凍りついていた。

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