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強襲

 最新の研究では、新大陸は別の並行世界より転移したオブジェクトであると考えられている。魔法に関しては、その起源は不明なまま。新大陸の地質や大気の影響、そもそも転移自体が魔法だったため、その残滓に過ぎないなど、憶測が飛び交っている。

 しかし内陸の国家については、小国家という特性上その詳細が掴めていない。

 運転手の脳漿が飛び散り、車は一時的にコントロールを失う。研究員の宮内(偽名)は、すぐさまドアを開いて死体を道へ投げ棄てる。スピンした方向に対しカウンターを当て、ゴムの焼ける匂いを出して車は制御を取り戻す。パワーステアリングであれば、運転技術さえあれば容易に立て直せる。

 

 「主治医を殺害。遺体は山道に棄てたぞ」

 

 『既にカプセルはハッキング済みだ。回収班が来るため、目標の輸送車両をマークせよ』

 

 予定は既に整っている。宮内はアクセルを力強く踏み、前方のトラックを追い抜く。ダミーのトラックが複数台紛れている中、宮内は諜報活動によって既に位置が割れている。特殊なカメラを用いてマークすれば、後は回収班が突撃する。

 

 「ん?どうして前方にドクターの車が?」

 

 直後、運転席の窓が割れ、余所見をしていた故に脳天を貫かれた。既に潜んでいた狙撃手による仕業である。これによって、宗次郎を護送するトラックを確保しつつ、後続を分断する。予想通り制御を失ったトラックは横転し、オイルが漏れ出る。じきに発火するだろうという状況をミラーで確認し、宮内が脇からスコープを取り出す。レーザー目標指示装置という長い名前が付いた重みのあるスコープを、ハンドルを片手に御して覗き込む。

 

 「…………レーザー照射」

 

 『確認した。これより降下開始』

 

 上空を飛ぶ巨大な輸送機は、さながら黒い怪鳥である。下を覗き見た兵士が、目標地点を肉眼で確認する。後方で赤く燃え上がる炎を横目に、間髪入れずに飛び降りた。

 

 『一時的に退避。車両を破棄して合流ポイントへ急げ』

 

 「了解」

 

 その時、前方に小さな影が躍り出た。山間部のため、時折シカやイノシシが姿を現す。宮内はハンドルを咄嗟に切り、鮮やかにその小動物を回避した。

 

 「あっぶね。無駄に殺すところだっ――」

 

 言い終えると同時に、運転席のドアが吹き飛ぶ。そして外から、体長1メートルともなる巨大な猟犬――というより狼に近い――が、口を開いて襲い掛かる。その咬合力の強いこと。何の支障も無く、宮内の頭を嚙み砕いた。

 同時に車はカーブを曲がり切れずに直進。ガードレールを突き破って遥か下方の崖の下へと突っ込んでいく。宮内だった肉体は、あたりの木の枝に絡まっていた。

 口許を赤い血で染めた猟犬が、白い息を吐いてあたりを見回す。次々と姿を現した猟犬たちが再び山道を駆ける。


 *  *


 ――【傀儡】

 

 「……骨も残すな。食い殺せ」

 

 全てを食い荒らす無数の猟犬が、骨すらも噛み砕いて食い荒らす。車がやっとすれ違えるほどの小さな山道は、血の海だけが残っていた。 

 封鎖していた他国の諜報員らは、全て猟犬の胃の中へと納まっていた。そして操り手であるベルノルトが、身を翻して地面へ降り立つ。すぐに駆け寄ってきた複数の兵士らが、敬礼をして並ぶ。

 

 「航空部隊が降り立った。対人魔法戦の準備を」

 

 「泳がせますか?」

 

 「いいえ。ここで殲滅だ」

 

 魔法への耐性の高い特殊加工済みの装甲を全身に纏った兵士らが、森の中へと散っていく。

 ベルノルトは足元へやってきた猟犬へ、次の指示を下す。

 

 「狙撃手が潜んでいる。探して殺せ」

 

 再び遠吠えが響いた。


 *  *


 トラックの上部が破壊され、白く四角いカプセルが姿を現す。

 

 「……まるで棺桶だな」

 

 魔法的な封印も施されているため、表面には魔法陣が現れては消えてを繰り返していた。それゆえに、余計にこの物体の不気味さが増してくる。中央のバイオハザードマークが、その存在の異質さを際立たせている。勿論廃棄物ではないのだが、最も適したマークではある。

 

 「酸素マスクを付けろ」

 

 酸素マスクによってやや視界が奪われる。そしてカプセルの魔法陣の解体にかかった。

 

 「ん……何か来るな」

 

 「隊長、どうしましたか?」

 

 「分からないか?魔法の痕跡がある」

 

 微々たる違和感を、隊長は見逃さなかった。周囲を見渡し、何か異変がないかを探し出す。しかし、見当たらない。

 

 「宮内と連絡を取れ。狙撃手もだ。何か知っているかもしれない」

 

 「諜報員からの連絡、応答ありません。合流ポイントの状況も不明です」

 

 「作業止め。音を立てるな」

 

 マスクを外した隊長が、耳を澄ませる。エンジンの駆動音に混じって、僅かに別の音が聞こえてくる。何かが草木を揺らしている。何かの……呼吸音…………

 

 「……!!総員、戦闘配置!」

 

 隊長の呼びかけと猟犬の飛び出しは、偶然にも同時に生じた。襲い掛かってきた猟犬を、素早く隊長が切り伏せる。同時に魔法を発動させた。

 

 ――【風】

 

 トラックに追い風をつけることど、その速度をさらに上げる。

 

 「対人、対魔法戦用意!カプセルを守るように配置に付け!ここからすぐに脱出する!」

 

 「りょ、了解!」

 

 「まもなく封鎖地点を突破します!」

 

 検問と称して辺り一帯を封鎖していた。そのはずが、そこにいる人影は想定よりも多い。

 

 ――待ち伏せか!

 

 それぞれが腕輪に魔力を通したところで、本命の敵が正面に待ち伏せていた。

 会敵。

 

 「押し通れ!」

 「縫い留めろ」

 

 四方八方に配置していた猟犬が、一斉に襲い掛かる。同時にベルノルト指揮下の兵士が、通常の銃弾を放っていた。ここに来て魔法の手内を明かしていない。隊長の警戒が強まる。

 魔法によって生み出された風が猟犬を薙ぎ払う、同時に兵士が魔法を練り出し、闇夜は魔力の鮮やかな光に染まった。複数の魔法が衝突し、火花が散る。そしてベルノルトの指示によって猟犬がトラックの運転手を食い殺し、いよいよトラックは横転して止まった。

 

 「どこの者だ」

 

 「答える筋合いがないですね」

 

 しかし、隊長は圧倒的である。風を自在に操り、肉を引き裂いて勢いを止めない。数で勝っていたベルノルトだったが、その大半を隊長によって切り捨てられた。近接戦闘の倭刀と風魔法の相性が良すぎる。

 

 「駄目です。ベルノルト兵長。数的有利が削られました」

 

 「日和るな。風属性の魔剣士など、何度も戦っています」

 

 ベルノルトは特殊な魔法であり、人間を除く一定条件下の生物と物体支配である。猟犬はその条件を満たすことで支配下に置いた。隊長を支配することは叶わない。だが、()()()()()()()、魔力を通せば支配できる。

 

 「踊れ」


 ――【傀儡】

 

 背後から隊長に切りかかったのは、ベルノルトの――かつての部下。斬り殺された兵士たち。死体となったからこそ、ベルノルトの支配下に置かれる。

 

 「先ほどより攻撃の精度がない。いくら屍を積んだところで意味がない」

 

 「そうでもない。撃て」

 

 横に潜んでいた兵士が再度発砲。隊長は【風】を使って薙ぎ払う。

 

 「チッ……!」

 

 だが、銃弾一つを見逃していた。左の大腿部に直撃しており、骨を掠めている。

 

 ――【風】

 

 巨大な風が吹き荒れ、そのお返しと言わんばかりにベルノルトへ殺到する。

 

 「無駄なことを」

 

 猟犬が自ら盾となってベルノルトを守る。その結果手元に在るほぼすべての猟犬が、使い物にならなくなってしまった。支配下に置いた状態で一度死亡すると、二度と支配できない。ベルノルトが内心で舌打ちする。

 そして大量の猟犬の死骸に紛れて、脚を壊された隊長が肉薄していた。猟犬を隠れ蓑にして、なけなしの脚力で踏み込んだのである。

 

 ――【風】!

 

 倭刀に纏わせた風魔法が、斬撃を増幅させ、ベルノルトを抉り取った。再び吹き荒れる膨大な体積の風。倭刀を振り切った隊長も、魔力の消費に追いつけず膝をついた。

 ベルノルトは右肩が千切れるほど深い斬撃を受け、右半身には自身の血で服を汚していた。

 

 「兵長!」

 

 「まだ、やる気か?」

 

 ――こいつ、完全に私を見下している。

 

 膝をついているのは隊長であって、立っているのはベルノルトであるというのに。実際に見下しているのはベルノルトであるというのに。屈辱的な視線を受け、臓腑に熱が籠る。

 

 「クソ。撤退だ。これ以上の損害は許容できん」

 

 ベルノルトの足許に魔法陣が刻まれる。

 

 ――遠隔発動か。やるな。欧州も。

 その魔法陣の精度に隊長は舌を巻いていた。が、ここで表情に出すわけには行かない。魔力は既に尽きているも同然で、戦闘続行はほぼ不可能である。啖呵を切ったはいいが、限界を迎えていたのは隊長の方だった。

 兵士に肩を支えてもらいながら、ベルノルトは転移魔法にて姿を晦ました。

 

 「トラックは使えそうにないな。こうなったら、手分けして運ぶしかないか」

 

 「隊長は大丈夫です。俺が運びますから」

 

 「まずは、魔法陣を解体しないとな」

 

 だが、その作業は再びカプセルを見た時に不要だと分かった。トラックの事故の衝撃で、カプセルに刻まれた魔法陣はとうに破綻していたのだ。魔法陣はひびが入るだけで機能しなくなる。強固な魔法耐性があったにせよ、魔法陣が途切れてしまえば無意味。幸いにしてカプセルは物理的な衝撃に強く、最も外側のカプセルすら完全には崩壊していなかった。

 

 ――流石は日本製。頑丈だな。

 

 「そんじゃあ、隊長はそこにいてください。俺たちがこじ開けますから」

 部隊の損耗も激しい。おそらくはベルノルトによって合流ポイントすら制圧されている可能性が高く、本国へ持ち帰るには相当の回り道を要するだろう。

 

 ――まずは通信。本国との守秘回線を繋ぐから……大使館とのコンタクトか。

 

 どっと疲れが両肩に圧し掛かって尚、まだやることが残っている。あまりの休みの無さには、隊長も笑ってしまうほどだった。

 というか、鼻で笑い飛ばしていた。

 

 「あれは、ドイツでしたね」

 

 死体の兵士の装備品を鑑定する。そこにはドイツ国旗が刻まれていた。遥々やってきたあたり、余程この未覚醒者が欲しかったらしい。そもそも保護しているこの日本も、警備面では強固だった。だから輸送時を狙う他なかったのだ。

 

 「特に科学技術の進展していない新大陸の小国どもにとっては、恐ろしい兵器になる」

 

 「どういうわけか、進化を逆戻りした方が強力になるということですね」

 

 「まったくだ」

 

 最終ロックが外れ、カプセルの中から蒸気が出てくる。映画の演出じみたその保存方法には、流石に笑ってしまった。未覚醒者とはいえ元々は同じ人間。冷凍保存する必要もなければ、そもそも寝かせて運ぶ必要もないのだ。ペットの様に躾けるという日本の取った方法も、あまり効果的ではないと、隊長の故郷である中国は評価していた。

 

 「隊長……!見てください!」

 

 が、演出じみた蒸気の中身は――空。

 煙の中には、何もない。

 結末は、無機質な白い棺でしかなかった。唯一分かるのは、何も入っていない空の容器を隊長らはこれまで死に物狂いで守ってきたということだった。

 

 隊長の両目がカッと見開かれる。

 

 「目標が、未覚醒者が……存在しません!」

 

 「狗屁(SHIT)!どこで!どこで奪われた…………!」

 

 途切れた魔法陣は、既に魔法耐性を失っている。そのためカプセルの耐久力を上回る魔法攻撃には弱くなっていた。そしてそれは同時に、内側からの魔法攻撃にも弱い。だが封じ込めている存在が魔力のない未覚醒者なら、その可能性は殆どない。

 

 ――”確かに、今の時代魔力が無ければ、透明人間と変わりません。最強の諜報員ですよ”

 

 「内側からこじ開けた?だが70kgもある蓋を一人で持ち上げたということに…………」

 隊長は疲労困憊な頭脳を再びフル回転させる。魔力探知に引っ掛からないのであれば、戦闘中密かにカプセルから離脱することは可能である。だが、その筋力が目覚めて24時間も立っていない青年にあるとは常識的に考えて思えない。

 あるいは………………

 

 ――魔法を使って?

 

 だが、それも隊長の機敏な魔力探知で気が付かない筈がない。猟犬の魔力すら捉えたというのに、すぐそばの魔力反応を掴めない筈がない。ゆえに、外部からの魔法発動という線も無い。


 「目標:岩戸宗次郎は――――消失、した」

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