断罪イベント365ー第56回 王都市場のパン事件
ある日、王都の市場で売られていた“幸福のパン”が大流行した。
食べた人は皆、その後――高熱と幻覚に倒れた。
王宮の厨房から、黒幕ラボに緊急依頼が届く。
紅茶室の静けさを破るように、ブレインの端末が点滅した。
王宮厨房の紋章が浮かぶ。
「依頼です。“ライ麦パン”を食べた者が次々に倒れています。」
クラリ嬢が顔を上げた。
「……何かの中毒しら?」
「調査対象はパンの素材、特にライ麦粉。」
ブレインの指が動き、王都中のパン店リストが光の帯となって流れた。
SNS解析担当のフィオナが通信で加わる。
「#パンを食べて入院 がトレンド入り。
でも投稿者の七割が入院してます。中毒の疑いあり。」
「何かが感染してるのね。」
ルシルが呟き、アリステアが窓を開けた。
「風が淀んでるわ。……市場の空気、腐ってる。」
風魔法で集めた粉をブレインが受け取り、
衛生構成室で解析する。
数分後――端末が赤く光った。
「検出完了。未知の構成汚染体……名称、**エルゴ・マギア**。」
室内が一瞬静まり返る。
ブレインの声が低く響いた。
「古代の禁呪麦に寄生する魔素。過剰摂取すると中毒症状を起こします。」
クラリ嬢は紅茶を見つめたまま、
カップの中の波紋をひとつ眺めた。
テーブルの上には、王宮から届いたパンのサンプル。
香ばしい香りの奥に、どこか不自然な甘さが混じっている。
アリステアが言う。
「王都のパン職人が、黒市場のライ麦粉を混ぜてたみたい。
“混ぜて焼けば健康になる”って怪しい噂の粉……正体はエルゴ・マギア。」
クラリ嬢は静かにナイフを置いた。
その手は紅茶よりも冷たく、声は風よりも強かった。
「私、食べ物使う犯罪って――許せないの。」
紅茶の香りが揺れる。
その瞬間、ラボ全体の空気が変わった。
ブレインが即座に反応する。
「構成モード:正義。感情温度、上昇。」
アリステアが風を吹かせ、
フィオナがSNSの裏ルートを追う。
「見つけました。黒市場ルートです。
粉を卸してたのは、涙ポーションの瓶を盗んだ錬金商。」
ルシルが眉を上げた。
「全く。何をやってるのかしら。」
クラリ嬢は立ち上がった。
紅茶の香りを残したまま、窓の外の王都の灰色の空を見上げる。
「パンは、人を幸せにするために焼くものよ。
それを毒にした瞬間、職人の誇りまで焼き捨てたのよ。」
風が静かに流れ、ラボのカーテンがひとひら揺れた。
その揺れの中に、怒りと優しさが同居していた。
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