魔眼の力
彼はそのまま二度三度と立て続けに魔眼を発動させた。
迸る光が尾を引きながら流れていき、その消失と同時に破壊が訪れる。
「GUAAAAAA!!」
同じく空からたたみかけようとしていたワイバーンや、それと同程度に強力な魔物であるグリフォン、空を飛ぶ鳥頭の石像であるガーゴイル達を一匹たりとも残さずに仕留めていく。
「ルクス様、魔物達が引いていきます」
「ふぅ……ありがとう、子爵。皆の健闘を湛えて、今日は倉庫から酒を出すと通達を回しておいてくれ」
「ハッ!」
魔眼はフレイム伯爵家の名を国内外に轟かせている、伯爵家の象徴たるものだ。
恐れの対象でもあるが、これが味方になるのであればこれほどに頼もしいこともない。
子爵はいずれ自分が仕えることになる主の有志を目の当たりにすることで、その目を輝かせていた。
けれど城壁から眼下を見下ろすルクスの顔色は晴れない。
「……」
彼の視線の先には、先ほどまでの猛攻が嘘であるかのように勢いよく後退していく魔物達の姿が映っていた。
この現場における最高指揮官である彼はジッと観察してから、近くにあった段にゆっくりと腰掛ける。
その重責と度重なる魔眼の酷使により、未だ幼さの抜けきらぬ顔にはかなりの疲労が見えていた。
大量の魔物の襲撃によって、急ぎ城門を閉じたのが昨日の昼頃。
それから周期的に行われる襲撃をなんとかしてしのいでいるうちに、防衛は早二日目に突入していた。
(魔物達がある程度のところで退いていくのがまだ救いだが……このままだと早晩、限界を迎えるのは間違いない。そもそも一体なぜ、これほど大量の魔物がこちらに……?)
今回の魔物の襲撃は、色々と解せないことが多い。
まず本来であれば、これだけ多種多様な魔物達があふれ出すことはあり得ない。
ダンジョンや魔境などで魔物の数が増え続け、爆発的に増加した魔物達が魔境を飛び出すスタンピードと呼ばれる現象は存在しているが、それらは基本的に指向性を持たずにただ魔物達が暴れ回るだけだ。その場合、このように指向性を持って移動することはない。
統率の取れた魔物が襲ってくるのは、上位個体が下位個体を指揮下に入れている時だけだ。 だが基本的に上位個体が命令を出せるのは同一種の魔物に対してだけであり、それだとこれだけ雑多な魔物達が襲いかかってくることに説明をつけることができない。
自分達が理解できない何かが起こっている。
それはわかっても、今のルクスには解決策を思いつくことができなかった。
今のルクスにできるのはただ皆の前で気丈に構え、フレイム伯爵家としての力を振るいながら魔物を蹴散らすことだけ。
「何が嫡男だ……魔物を倒すことしかできなくては……」
「そう暗い顔をするな。上に立つ者の表情一つで、戦の趨勢は変わってしまうものだ」
「……っ!? 父上!」
彼がくるりと後ろを振り返れば、そこにはフレイム家現当主、マガツ・フォン・フレイムの姿があった。
精油で髪を後ろに撫でつけながら戦装束を身に纏い、その上から赤いローブをかけている。 父を見て思わず立ち上がろうとするルクスを、マガツはスッと手で制する。
「気にするな、今はゆっくりと身体を休めておけ」
「ですが……」
「先ほどはああは言ったが、初の実戦がこれだけハードでは無理もない。少しでも休んでおけ。戦う時に指揮下の兵士達の志気を上げることができるようにな」
「自分にはちょっと……難しいかもしれません。僕は兄上のように、どんな時でも自信をみなぎらせることは、できそうにありません」
度重なる防衛戦によって精魂を使い果たし弱気になっているルクスは、そのまま顔を俯かせる。
匪賊の討伐などを除けばこれが初めての実戦であるルクスは、自分に自信がなくなりかけていた。魔力的には余裕があるものの、眠りは浅く身体の芯がいつもよりも重たく感じられる。
彼が思うのは、今は北で森の開拓を行っているであろう兄のこと。
本来であれば自分の代わりに当主の座を継いでいたはずの、ヴァルのことだった。
ヴァルならば今の自分より、よっぽど上手くやれたに違いない。
兄への評価が異常に高い彼は、本気でそう思っていた。
「ルクス……」
自嘲気味に笑うルクスを見たマガツが、小さく呟く。
彼は息子の下へ歩いて行こうとして……その足をピタリと止める。
「魔眼、解放」
マガツの瞳が、キラリと赤く輝いた。
炎を思わせる煌めきが起こると同時、中空に突如として爆発が起こった。
彼が持つのは、『灰燼の魔眼』。
視界の先にあるものはその全てを燃え上がらせ跡形もなく消してしまう、フレイム家の当主に相応しい戦闘用の魔眼である。
「貴様……何者だ?」
「ゲーッゲッゲッ! お前がこの街の領主か」
そこに現れたのは、一体の魔物だった。
二足歩行をしているであろう人型のシルエットに、額から生えた触覚。
その見た目はかなり人間に近い。
背中に生えているのは、蝙蝠を思わせる黒い羽。
両腕は不自然なほどに太いが足は成人女性ほどの細さしかないのが、妙にアンバランスな印象を抱かせる。
だがマガツの脳裏にいくつもの予想が浮かんでは消えていく。
「お前は一体……何者だ?」




