真実の愛
【side カーミラ】
妾はカーミラ。今から十五年ほど前に母から役目を譲り受けてからというもの、アマゾネス達の女王をしている。
まあ簡単に言えば、アマゾネスの上位個体のようなものじゃな。
アマゾネスは腕力や筋力に特化しているというだけではなく、その生態が特殊な魔人じゃ。
アマゾネスに雄の個体はなく、多種族の男と生殖を行わなければ子は生まれてこない。
そのため妾達はなんとかして多種族から男を捜してくる必要があった。
昔は色々とあったが、今ではちゃんと同意を取って男に来てもらっている。
幸いにも、妾達はもっとも数の多い人間達からすれば十分に性的な対象として見られるらしく、ここ最近は男の確保に困った記憶はない。
なれど妾には、一つ悩みがあった。
それは今から十五年ほど昔……先代の女王である母に言われた言葉が原因だ。
「カーミラ、あなたも私のように自分よりも強い男と番いなさい」
アマゾネスが産んだ子は、必ずアマゾネスとなる。
けれど父の性質をまったく受け継がないのかといえばそんなことはない。
生まれる子の能力は、しっかりと父の遺伝子にも依存している。
母は以前、自分から優秀な男を探し、その子を孕んで帰ってきたらしい。
それが誰なのか、終ぞ聞くことはできなかったが……妾の実力が既に往年の母を超えていることから考えて、強い男であったのは間違いないだろう。
だがそのせいで妾は困ってしまった。
自分より強い男など、どこにもいなかったからじゃ。
集落を抜け出して人里に下りたり、噂を頼りにして強者の下へ向かってみたことはある。
けれど結果は惨敗。妾が本気で番いたいと思うような男はどこにもおらなんだ。
よしんば会えたとしても、それが運命の相手だと気付かずに見過ごしてしまっていたのかもしれん。
「大丈夫よ、実際に会えばすぐにわかるわ。私達アマゾネスの女王種はね、そういう風にできているの」
母はそう言っておったが……本当にそんなものなんじゃろうか。
妾には女王としての責務がある故、中途半端な男と番う訳にはいかぬ。
なので配下の子らが着々と子作りに励み男を見つめていく中で、妾だけがまったく経験を積めぬまま月日だけが流れていく。
そんな日々に焦りがなかったといえば嘘になる。
けれどまさかそんな日が突然終わることになるとは……まったく想像もつかなかったのじゃ。
「俺はダート大森林一帯を取り纏めているヴァルだ。よろしく頼むぞ、カーミラ」
その男はその名をヴァルと言った。第一印象は、成人はしておるのじゃろうが、妾よりも小さくて頼りにならなそうなちみっこといった感じじゃった。
けれどこの小僧の実力は、妾が想像していたよりはるかに高かったことを、妾はトロル討伐の中で知ることになる。
「チェインライトニング!」
ただでさえ使い手の少ない雷魔法。
その上その練度は、一撃でトロルを仕留めてしまうほど。
使っている魔法が中級魔法であることを考えれば……相当の実力者に違いない。
てっきり後ろの護衛達の力で森にやってきたボンボンとばかり思っておったが……まさかこれほどの魔導師であったとは。
けれどその実力は魔法だけに留まらぬ。
霹靂を思わせる一撃は、なんと一刀の下にトロルを斬り伏せてみせた!
妾にも匹敵するほどの力を持ちながら、あれだけの魔法を使いこなすことができる……こやつは一体、何者なのじゃ。
不思議に思うと同時、胸の高鳴りを覚える自分がいた。
自分より一回り以上幼い子相手に不思議なことじゃが……こやつならもしかしたらと、そう思わずにはいられなかったのじゃ。
ヴァルと共に、トロル達の群れの中を駆けてゆく。
妾が剣を振れば、ヴァルはそれに合わせて動いてくれる。
ある時は妾の背後に回りこちら側の死角を補い、またある時は妾の一撃で仕留め損ねた魔物にトドメを刺してくれる。
かゆいところに手が届くというか、妾がほしいと思ったところに魔法が飛んでくる。
今まで妾についてこれる者はいなかった。
好きなように暴れ回っている間は爽快感は感じてはおったが、それでも妾はずっと一人じゃった。
けれど今は違う。
隣には、妾に匹敵するだけの実力を持つヴァルが、立ってくれている。
互いを補い合うように立ち回ることがこれだけ楽しいだなんて、知らなかった。
戦っていてこれほどまでに心地よさを感じるのも、生まれて初めての経験じゃった。
じゃがそんな風に胸の高鳴りを感じることができていたのも、わずかな時間だけ。
目の前にトロルキングの姿が見えた時、先ほどまで感じていた高揚は一瞬にして消え失せてしまっておった。
なんじゃあの化け物は。
いくらなんでも、妾達だけでは……。
一瞬逃げようかという考えが頭をよぎる。
じゃがそんなことをすれば、妾を慕ってくれておるアマゾネス達は一体どうなる?
妾達に退路などないのじゃと自分に言い聞かせ、震えそうになる身体を叱咤して剣を振るう。
けれどそんな妾の覚悟をあざ笑うように、トロルキングはこちらの攻撃を真っ向から打ち破ってみせた。
「ぐううっっ!?」
腕に感じる痺れ。
激しくバウンドしながら後ろに吹っ飛ばされた妾は、よろよろとしながらなんとか立ち上がる。
奥からこみ上げてくる鉄さびの味。吐き捨てた唾には血が混じっておった。
「エクストラヒール」
ララの回復魔法の光が、全身を包み込んでいく。先ほどまで感じていた痛みが一瞬のうちに消える。
これほど高位の回復魔法を受けたのは初めてじゃ……ヴァルが自信たっぷりに言っていた通り、ララも並大抵の魔導師ではないな。
見れば少し離れたところには、大量のトロル達の姿があった。
どうやらトロルキングの咆哮に呼応してこちらまやってきたでらしい。
大量のトロル達に合わせたからか、あちこちにアマゾネス達の姿も見える。
(これは……厳しい戦いになりそうじゃな)
あのトロルキングは、今の妾よりも明らかな格上。
一合やり合っただけで、それがわかってしもうた。
妾だけだとまず間違いなく勝てんかったじゃろう。ヴァルと力を合わせても、一体どうなるか……。
じゃがそんな風に考えていることが顔に出ていたのかすぐ近くに来ていたララがこちらに手を差し伸べてきた。
「大丈夫ですよ」
彼女に引き揚げられた妾は、今し方自分が吹っ飛んできた方向を見る。
するとそちらでは、妾がまったく想像していない展開が繰り広げられていた。
「な……なんなのじゃ、あれは……」
「BUAAAAAA!!」
「おおおおおおおおおっっ!!」
それは例えるのなら、嵐と嵐のぶつかり合いであった。
トロルキングが激しく振り回す棍棒の速度は常軌を逸しており、まるで攻撃が面で加えられていると錯覚するほどの圧力があった。
けれどそれに相対するヴァルの速度は、そのトロルキングを圧倒していた。
まるで世界そのものが割れてしまったかのような巨大な音が鳴ったかと思えば、次の瞬間にはトロルキングの身体の一部が炭化して消え去る。
即座にトロルキングのスキルが発動し怪我が癒えていくが、ヴァルの攻撃が与えるダメージはその回復量を凌駕していた。
彼の手に握られているミスリルソード。その刀身を伸ばすように形作られている雷の剣。
感じられる魔力は濃密で、トロルキングの表皮を焼き肉を炭化させる威力は間違いなく上級魔法のそれだ。
どうやら自分はまだ、彼の実力を過小評価していたらしい。
「ヴァル、お主は、一体……」
「あれがヴァル様ですよ、カミーラさん」
顔を横に向ける。
彼女の瞳に見えるのは、ヴァルへの絶対の信頼じゃった。こやつはヴァルが負けるなどとということを考えてすらおらぬ。
二人の間に妾の知らない信頼関係が出来上がっていることに、なぜかむかっとする。
(っといかんいかん、今はそんなことを考えている場合ではないのじゃ)
ヴァルは一対一で対等に、トロルキングと渡り合っていた。
無論棍棒の余波として発生した衝撃波や激突の際に飛び散った土片などで傷はできているが、彼はそれでもトロルキングの一撃をもらうことなく着実に相手へ攻撃を加え続けていた。
トロルキングの周囲を縦横無尽に駆け巡りながら戦うその様子に、戦闘の最中にもかかわらず思わず目を奪われてしまう。
ドクンと心臓が強い鼓動を繰り返した。
胸の高鳴りを押さえられず、思わずここ最近また大きくなってきた胸を押さえつける。
気がつけばヴァルのことを、目で追ってしまっている自分がいた。
(なんなのじゃ……なんなのじゃこれは、一体……)
はぁはぁと荒くなる呼吸。
妾の脳裏に思い浮かぶのは、母の言葉であった。
『大丈夫よ、実際に会えばすぐにわかるわ。私達アマゾネスの女王種はね、そういう風にできているの』
肌が粟立つ。全身が熱い。
妾は気付けば、走り出していた。
あの男を前に、無様を見せたままでは終われない。
そんな強迫観念にも似た思いが身体を突き動かした。
先ほどまでは絶対に勝てぬと思っていたはずのトロルキングが、なぜか今は矮小な存在に見えた。
「アクセルスマッシュ!」
妾の攻撃でトロルキングがたたらを踏む。
決して妾だけで倒せる魔物ではないだろう。
けれど二人で――妾とヴァルで戦えば、倒せない相手ではない。
二人で戦えば、負ける相手などおらぬという自信が、身体の奥からあふれ出してくる。
「これで……トドメだッ! サンダーロード・オーバーライド!」
そしてヴァルがトロルキングに、見事にトドメを刺してみせる。
天から降った雷の柱が、触れてもいないはずの妾の心をビリビリと刺激する。
母様の言っていたことは誠であった。
苦節十五年の末、妾は見つけたのだ。
共に戦える、妾よりも強い男を――アマゾネスの女王における、真実の愛を。




