貴族の矜持
『シルバーウルフ達が仲間になりたそうな顔でこちらを見ている! 彼らを仲間にしますか? はい/いいえ』
脳裏にメッセージウィンドウが浮かぶ。
『スペル・シンフォニア』で何度か見たことのあるこの文章は、間違いなく魔物のテイムイベントの際に出てくるものだ。
(……だがどうして、急にテイムイベントが?)
『スペル・シンフォニア』では、テイム系のスキルを持っていれば魔物をテイム……つまりは使役することが可能だ。
強力な魔物はそもそもテイムすることができなかったり、パーティーメンバーの枠を魔物で埋めてしまうためあまり強力なスキルとはいえなかったが、敵の魔物を使うことができるという点で一部のマニアからは人気があったと記憶している。
だが俺とララにそんなテイム系のスキルは生えていない。
となると考えられるのは……。
(戦闘に参加していた誰か持っていた、と考えるのが妥当か)
次に考えるべきは、このシルバーウルフ達をテイムするかということになる。
見ればその数は優に数十はいる。
倒れているがまだ死んでいない個体も含めれば、恐らくその数は五十体前後はいるだろう。
シルバーウルフはゴールデンウルフが仲間を呼ぶ行動をした際に現れるレアモンスター扱いで、その力はゴールデンウルフには劣るものの、このダート大森林の深層の魔物と同程度の力はあったはずだ。
ここでまとめて経験値にしてしまってもいいが……せっかくテイムのチャンスができたのなら、この機会を不意にしてしまうのはもったいないだろう。
「よし、ララ。倒れているシルバーウルフ達に回復魔法を」
「かしこまりました」
回復魔法をかけた個体も服従してくれたため、これで俺達は都合五十近いシルバーウルフを仲間に加えることができたことになる。
……あ、そうだ。
これだけ数がいるのなら、あの抱き合わせで買わされた牛耕用の農具を、こいつらに牽かせることもできるんじゃないか?
牛耕ならぬ狼耕だ、魔物なら普通の生き物なんか目じゃないレベルでガンガン進んでくれそうだし。
「わふっ」
そんなことを考えながら戦士達にとりあえずシルバーウルフを里に連れ帰るよう命じていると、森の奥からゆっくりと一体のシルバーウルフがやってきた。
……いや、よく見るとシルバーウルフじゃないな。毛並みがもう少し明るい気がする。
ゴールデンウルフとシルバーウルフの間に生まれた子……なのだろうか?
俺の知らない魔物だな。
その白銀色の狼は、何を思ったのかぐりぐりと頭をこちらに押しつけてくる。
プラチナウルフ 忠誠度60
よくわからないが、俺のことが気に入ったらしい。
そして種族も、毛色そのままプラチナウルフというみたいだ。
忠誠度も問題のない数値だ。
下手な獣人より俺に懐いているというのが、正直少し面白い。
「――ナ、ナナッ!」
シルバーウルフ達の誘導を進めてもらっていると、急いで駆けてきたのだろうニーナ達が里に戻ってくる。
彼女は脇目も振らずに、上着をかけられ意識を失っているナナの下へと駆け寄っていった。
ナナを抱きしめるニーナを見て、先ほど別れ際の彼女の言葉を思い出す。
「お……お姉様……?」
「お前は本当に、バカなやつだ……」
ナナとニーナが抱きしめ合う。
ナナは俯きながらキツく自分を抱きしめるニーナを見ながら、薄く笑っていた。
「お姉様は……泣き虫なのです」
「な、泣いてなんかいないぞっ!」
「大丈夫です、ナナには全部わかっているのです」
ナナがとんとんとニーナの背中を叩く。
顔を俯かせナナの胸に埋めている彼女の身体は、小さく震えていた。
「さて……お前達に一つ、言っておきたいことがある」
シルバーウルフを服従させ、周りの様子が一通り落ち着いたのを見てから、俺は一歩前に出た。
戦いの様子を見ていたこともあってか、獣人達全員の視線がこちらに集中するのがわかる。
「たしかにナナが手に入れた力は強力なものなのかもしれない。聖獣スキル……といったか? お前達の歴史的な背景は知らないが、それは大切なものではあるのだろう」
スキルのことは、既にララから聞かせてもらった。
ナナが持っているのは聖獣スキルというものらしい。
パッシブスキルとしては戦闘能力を底上げし、アクティブスキルとして使えば獣となって更に戦闘能力が飛躍的に向上するという、獣化スキルの上位互換にあたるスキルだ。
未だレベル30にも満たないナナがゴールデンウルフとまともにやりあえるようになるわけだから、相当に強力なスキルなのは間違いない。
だがそのスキルは俺であれば知っている、『スペル・シンフォニア』においてはありふれてはいないが珍しくもない程度のスキルだ。
少なくともそのスキルに、姉妹を引き裂くだけの価値があるとは、俺には思えない。
「いくらスキルが強力だからといって、たったそれだけのことでスキルを持つ者の人生を歪めてしまうのは間違っている」
ナナは時折、寂しそうな顔をしてニーナのことを見つめることがあった。
そして普段は我慢しているであろうニーナも、こうして命の危険を目の当たりにしてしまえば、今でも彼女がナナのことを大切に思っていることは一目でわかる。
「強力な魔物なら、俺が倒す。それに既にお前達のリーダーはナナではなく俺だ。だからナナを……幼気な少女に全てを擦り付けるのは、今日で終わりにしよう」
姫巫女というシステムは、閉鎖的な獣人社会ではたしかに意味があるものなのかもしれない。
強力なスキルを持つ者を上に頂くことで群れの生存率を上げるというのは、野性の論理としては理に適っている。
けれどこの場所はもう、俺の領地なのだ。
だから俺がやりたいようにやる。
誰かに責任を押しつけて悲しむ人が出るくらいなら、俺が全てやればいい。
俺は全てを守るために、強くなったのだ。
そこに今更彼らの分が乗っかろうが、俺からすれば誤差に過ぎない。
「「「……」」」
昨日はあれだけ俺に突っかかってきた者達も、今回ばかりは何も言わなかった。
恐らく彼らにも、思うところはあったのだろう。
彼らはゆっくりと頭を垂れ、土下座の姿勢を取った。
それが獣人にとっての服従のポーズであることを知っていた俺は頷きながら、忠義の魔眼を発動させる。
マルコ 忠誠度 69
ニブル 忠誠度 73
ゼルリ 忠誠度 79
マルコでこれだけの忠誠度があれば、問題はないだろう。どうやら目の前で本気で戦ってみせたことがそれだけ大きかったようだ。
こうして今この場にいる者達全て――人も魔物も獣人もだ――が、俺へと服従を誓うことになった。
「ヴァル、様……」
こちらを呆けたように見上げているナナの頭を撫でてやる。
お前の役目は俺が引き継ごう。だからお前は元通り、姉と仲良く過ごせばいい。
俺の言葉を聞いたナナが一体どんな顔をしたのかは、言うまでもないことだろう……。




