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第1話 消しゴムに書いた好きなあの子の名前



 僕の名前は春川 優里(はるかわ ゆうり)

 中学一年生だ。

 

 今は九月――勉強も部活もやっと慣れてきたころだ。まだまだこれから、頑張っていきたい。そう言いたいところだが、正直いって、今の僕の関心は別のことにある。


 それは——恋。


 そう言ってしまうと大げさに聞こえるけれど、僕には気になっている人がいる。


 ――朝比奈(あさひな )すみれさん。


 同じクラスの女子で、僕がひそかに片思いをしている人。


 彼女は基本は真面目で、授業中も先生の話をきちんとノートにまとめてる。人当たりも柔らかく、先生にも友達にも好かれるタイプ。なのに、たまに“信じられないくらい天然なこと”をする。でも、そういう抜けたところがあって、見てると不思議と笑えてしまう。

 

 見た目だって、かわいい。

 クラスの男子が勝手に決めてる“クラスの可愛い子ランキング”なんかでは、いつも“二番目”に名前があがっている。二番目、っていうのがまた彼女らしい。派手さはないのに、気づくと目で追ってしまうタイプ。


 ――なのだが、僕はというと、生まれてこのかた告白なんかとは無縁。僕にとっては、女の子と目を目を合わせて会話することは数学で満点をとるくらい難しいのだ。


 そんなある時、そんな僕の日常に一つの光明が降り注ぐ。


 ついさっきのことだ。

 二時間目のあとの二十分休憩の時、僕の前の席の柏木 颯太(かしわぎ そうた)が、唐突に妙なことを言い出した。


「なぁ、優里(ゆうり)。知ってるか?新品の消しゴムのケースの下に好きな人の名前を書いて、誰にも見られずに使い切るとその子と両想いになれるんだってさ。」


「え、 それホント!?」

「あぁ!なんせ、俺の姉ちゃんが言ってた!」


 僕と同じく恋に縁のない彼の言葉を、普通なら冗談で流すところだった。

 けれど、僕は心を動かされてしまった。多分、“(わら)にも(すが)る思い”というやつだろう。

 

 なんと、僕はそれを実行してしまったのだ。

 ちょうど、一つ持っていた新品の消しゴム。透明のビニールを破る。紙のスリーブにはローマ字で『MONOKURO』と書かれている。

 

 ケースを取り外して、黒のサインペンで強く消えないように書いた。もちろん、誰にも見られないように。

 

『朝比奈すみれ』


 そう書いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 再び紙のケースを取り付ける。


(……もし、これで本当に叶うのなら)


 ――ところが、これが事件の始まりだった。



 * * *



 僕がそのことに気づいたのは、その日の四時間目に受けていた算数の小テストの時だった。


(あれ、消しゴムがない……!)


 筆箱の中に入れておいたはずのあの消しゴムが消えているのだ。


 テスト中だから派手に探し回るわけにはいかないが、筆箱に入れてから僕はまだ一度も使っていないのだ。無くなるといっても失くしようがない。

 

 やがてテストが終わってから、机の周りや引き出しの中も入念に探したが、やはり消しゴムだけが忽然(こつぜん)と姿を消していた。



(まずい……! あれはただの消しゴムじゃないんだ!)



 好きな人の名前を書いた消しゴム。誰かに見られたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。

 心臓がバクバクいっていた。

 もう一度、机の下に手を突っ込んでガサガサ音を立てたとき——


「さっきからどうしたんだよ、優里」


 前の席から振り返ったのは颯太だった。軽い笑みを浮かべ、首を傾げる。


「なんか探し物?」

「え、あ……うん。ちょっと……」

「何を探してんだ? 俺も一緒に探すぜ」


 優しい友達の言葉に実は……と打ち明けかけたけれど、喉の奥で言葉が詰まった。“好きな子の名前を書いた消しゴム”なんて、絶対に言えない。

 颯太には“消しゴムを失くした”とだけ言えばいいのかもしれないが、もし彼が何かの拍子にスリーブの裏を見てしまったら……。


「……なんでもないよ、気のせいだった!」


 精一杯、平静を装って答える。颯太は「ふーん変なヤツ」と肩をすくめて前を向いた。

 僕は机に突っ伏した。胸の奥で、後悔が渦を巻いていた。


(何やってるんだよ、僕……誰かに見られたらどうするんだ……)


 やがてチャイムが鳴り、四時間目の授業が終わった。

 

 このあとは給食の前に三十分間の掃除がある。

 今日の給食のメニューは僕の大好きなカレーライスなのを知っていた。でも、僕の心はここにあらずだったのは言わずもがな。


(なんとか今日中に探し出さないと!)



 * * *


 

 私の名前は朝比奈(あさひな)すみれ。

 中学一年生。


 私は、“それ”を掃除の時間に見つけた。


 クラスのゴミをまとめているとき、ゴミ箱の中の紙ごみに混じって、ぽつんと落ちていた四角い白。角の削れていない、まだきれいな消しゴム。


「誰が捨てたんだろ。もったいないなあ……」


 要らなくなって捨てたのだろうか。でも新品同然だ。


「私が使ってあげるね」


 私はそっと拾い上げ、制服のポケットに入れた。捨てられた消しゴムを心から不憫に思ったんだ。

 そして、その日の五時間目に受けていた世界史の授業のノートをまとめている時のこと。


(……あ、間違えちゃった)


 私はノートに書いた文字を消そうと、さっき拾った消しゴムを取り出す。その時、新しいからか消しゴムから紙のスリーブが外れて机の上に転がった。


 私の目に入ったのはきれいでまっ白な面な消しゴムの一面。

 

 それと同時に私の頭に浮かんだのは——あの噂。


 ――『新品の消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも見られずに使い切ると両想いになれる』


 小学校のころ、友達同士でふざけて話していた恋のおまじない。

 そんなもの、中学生にもなって信じているわけじゃない。


 ……はずなのに、なぜか今は、心臓がどきどきしている。


(……春川くんの名前、書いてみようかな)


 そう、私には気になっている人がいる。


 ――春川 優里(はるかわ ゆうり)くん。


 同じクラスの男子で、私がひそかに片思いをしている人。


 彼はクラスの中ではそんなに目立つ方じゃない。

 派手に騒いだりもしないし、グループの真ん中にいるタイプでもない。


 でも……たまに見ていると、誰よりも周りのことをよく見てるの。

 教科書を忘れた子にさりげなく自分のを半分貸してあげたり、黒板消しを落とした子の代わりに拾ってあげたり。そういう細かいことを、当たり前みたいにしてる。


 誰も気づかないようなことなのに、ちゃんと気づいて、そっと手を伸ばせる人。

 その優しさが、なんだかいいなって思う。


 目立たないけれど、静かにクラスを支えている。

 ……そういうところが、私は気になるんだ。

 消しゴムを手のひらにのせ、黒のペン先をそっとあてる。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 これが誰かに見つかったら大変なことになる。だけど、誰にも気づかれなければ――。


 私は小さく深呼吸して、名前を走らせた。


 『春川 優里』

 

 文字が浮かび上がった瞬間、私の心臓は跳ねるように高鳴った。

 私は誰にも見られないように、急いで紙のケースを拾い上げて滑り込ませた。


(……もし、これで本当に叶うのなら)

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