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2-4 山荘にて

全年齢で書きたかったが、少し雲行きが怪しくなってきた……

「あまり笑わなくていいから。でもカメラは見て」

 守屋に言われるまま、一輝は躊躇いがちにレンズを見る。その向こうに守屋がいるとわかっていても、無機質な丸いレンズが何か得体のしれないものに感じられる。まるで別の次元からこちらを覗いてくる眼のように。



 ついに撮影の日を迎えてしまった。梅雨に入り、小雨が静かに降る中、守屋の車で連れてこられた場所は、山間に立つ山荘だった。建物自体は古いが、入ってみると、無垢材の玄関吹き抜けは高級感があり、そこに掛けられた油絵の風景画も品が良かった。持ち主によってよく手入れされている別荘なのだろう。聞くところによると守屋はその持ち主と知り合いらしい。守屋のファンで、撮影の場所を借りたいと言ったら快く貸してくれたそうだ。


 高地にあるから、晴れていたらもっと見晴らしがよいだろう。しかし、雨雫の伝う硝子の向こうにある木々の緑を眺めるだけでも気持ちが和む。一輝が窓際でその景色を眺めていると、佳祐がカメラを向けてきた。

「まだ、撮るの早いって」

一輝が笑うと、佳祐も悪びれなく言った。

「なんか、いい顔してたからさ」



 守屋の撮影が始まってからは、現場に緊張感が張り詰めた。

佳祐は守屋に指示される通りに反射板を置いて光の調整をする。


 最初はリビングルームのソファーでの撮影だった。普通に座ると、早速守屋からの指示が入った。

「もっと自然な感じにできる?」

緊張して肩に力が入っているのがわかる。一輝は息をついた。

「そう、すごくよくなった」

守屋に褒めれてほっとしたのも束の間、また指示が入る。

「こっちを見て、無理に笑わなくていいから」

一輝はレンズを見た。その後ろで佳祐がこちらを見てくる視線を感じていた。


「うん、やっぱりいいよね」

守屋はカメラに付いている液晶画面で、撮った写真を確認しながら言った。佳祐にも見せて、「CPLフィルターで、肌の色とか、結構きれいに出せてるだろ」と何やら説明する。佳祐も頷いて真剣にその画面を眺めている。そこに映るのが自分であると思うと、恥ずかしさは拭いきれないが、佳祐のためになっているようで、一輝は安心した。



 次にキッチンでの撮影だった。水回りは修繕を加えたようで、広い現代風なカウンターキッチンだった。

「ここで、一輝くんなら何をする?」

「えっと……料理、ですかね?」

「なんでも触っていいって言われているから、少し動いてみて」

急に振られて困った。ひとまず冷蔵庫を開けるが空っぽだった。

「そっちの棚はどう?」

と、反射板を持ちながら佳祐が助け舟を出す。

棚を見ると、紅茶の缶のようなものが入っていた。少し高い位置にある棚だったので、それを取ろうと背伸びをしたら、守屋に「こっちを向いて」と言われ、慌てて視線を向ける。その瞬間にシャッター音がした。そのまま、何枚か撮影する。

「さっき料理って言ってたけどさ、まぁお茶でもいいけど……出すとしたら誰に?」

唐突に聞かれて、一輝は戸惑う。

「誰って……お客さんとか?……」

「それは恋人?」

「や、えっと……友達じゃないでしょうか」

「じゃあ、おれがその友達だと思って目線をちょうだい」

写真の物語の中に誘われるように一輝は、その姿をイメージした。佳祐と、二人でここに泊まりに来たとして、多分一輝がお茶をいれるだろう。水道に手をかけて、水が出てこない。多分一輝は佳祐にお願いすると思う。久しぶりで忘れてた、水道の元栓を開けてきて、と。少し照れたように、カメラを見る。

「いいね、もう少し、伺う感じで……」

少しだけ媚びるように口を薄く開けて笑う。

「オッケー、イメージ通り……いいね、綺麗だし、かわいい」

「……そうですか」

一輝はその褒められ方の違和感に、少しうろたえつつ返した。


「一輝くんってさ、なんか一途な感じあるよね」

写真を確認しながら、守屋は言った。

「絶対に言わないけれど、秘めてる強さというか……」

これとかどう?と佳祐に見せる。佳祐は頷いた。

「それが、写真から伝わってくるから、……いいよね」

守屋が「載せたいなー」と一輝と佳祐を見比べながら言う。一輝と佳祐は目を見合わせる。

「ま、あとからにしようか。続きけよう」

沈黙を許さぬように、守屋はカメラを持ち上げた。


 その後も、廊下や階段などで撮影をした。

 続けて気を張り詰めていると、少しだけ疲れてきた。ふ、と深く息をついた一輝の様子を見て、佳祐が「すこし休憩させましょう」と守屋に言った。


 守屋は休憩中も、ロケーションを探してくる、とほかの部屋を見に行った。佳祐は保冷バッグからペットボトルのミネラルウオーターを出して一輝に渡す。

「大丈夫?……付き合わせて悪いな」

「ありがとう」

 受け取って、一口飲む。その冷たさが心地よく喉を潤した。だいぶ緊張していたらしい。

 佳祐もいつになく険しい顔をしている。

「シワ、とれなくなるよ」と一輝は佳祐の眉間を指で小突いて言った。わざと何ということもない声音を意識した。佳祐はそれを払うように首を振って、ようやく微笑んだ。

「勉強になってるの?」と一輝が聞く。

佳祐は頷いた。

「やっぱ、ああ見えてすごいんだ、守屋さんは。……おれも撮ってからになると思うけど、パソコン持ってきてるから、最後に一輝も見てみろよ」

「うわー、全部おれの写真でしょ?見たいような見たくないような……」

「大丈夫、キレーに撮れてるから」

一輝はちらり、と佳祐を見る。目が合って、一輝は笑う。

「ほんとうかよ」





 休憩後、「次はこっちで撮るから」と守屋に連れられて、廊下の突き当たりにある扉を開けた。そこはヒノキ造りの浴室だった。先ほどよりもプライベートになった空間に、一輝は息を呑んだ。佳祐も守屋の顔をうかがう。


「上だけでいいからさ、こう、服を脱ぐみたいな感じ、できる?」

と守屋が言うと、すぐに佳祐が横槍を入れた。

「それは、少しやりすぎじゃないですか」

守屋が目を細めた。

一輝も空気がぴりついたのを感じて、佳祐をおずおずと見た。

佳祐は僅かに俯いて、でも、はっきりと言った。

「すみません、でも、無理はさせたくないです、他のところにしませんか」

守屋も言い返す。

「結構ここ必要な写真だと思うけど。天窓から光が入ってくるから、その画面管理とか、肌色の出し方も、工夫できそうだし……風呂場でただ立ってるのも変だし……一輝君に決めてもらおうよ」

と、振られて一輝は戸惑う。でも、守屋の言う通りにその写真から、佳祐が何かを得られるなら、協力する覚悟はできていた。先ほどから守屋が休みも惜しんで写真に注力する、その熱意に感化されたというのもある。


「……大丈夫ですよ」

「一輝」

「まあ、……全部脱ぐわけでもないし」

不安そうな佳祐に、わざと軽い感じで一輝は答えた。


そして「こうですか?」とシャツを下からたくし上げるようにする。薄い腰回りと、臍があらわになる。


「もう少し捻る感じ……ごめん、触るね」

と、守屋が手を伸ばして一輝の腰に触れた。冷たい手が肌に触れ、一輝は僅かに驚いたが、どうにかその動揺を押しころす。

 言われた通りのポーズをとると、衣服がずれて、腰骨の上あたりが露わになった。一輝が羞恥で伏し目がちになったところで、シャッターが切られた。


 撮り終わったあと、一輝は僅かに照れをにじませた顔で、佳祐の顔をみた。視線を外されてしまったので、余計に気恥ずかしくなった。



 最後は寝室だった。黒木の艶のある床の上に、置かれたダブルベッド。しわ一つなくベッドメイキングされたそれを、部屋に入るなり、守屋はかき乱した。

「なんとなく、寝起きの、ちょっと照れたような、気だるい感じ。相手が先に起きててみたいな……わかるよね」

と守屋が言ったことを理解するのに、時間を要した。少ししてから一輝は、思わず赤面して首を振る。

「大丈夫、一旦、ここに寝転んでみて」

でも、と守屋を見るが、ファインダーから顔を上げることもせず、「できるよね」と言われてしまう。

仕方なく、遠慮がちに寝転がる。しかし、守屋の意図と違ったらしい。

「もっとこう・・・」

と手を伸ばしてくる。それを佳祐が遮った。

「おれがやりましょうか?」

守屋は顔を上げて、一瞬、佳祐を眺めた。佳祐も薄く充血したような目で、守屋を見返す。


守屋の方が折れたようだった。


「わかったよ、佳祐やってみて」

という。佳祐はうなずいた。

「一輝……」

名前を呼ばれて、一輝は佳祐を見あげた。


明け方、おはようと声をかけてきた姿を想像した。


「座るくらい身体を起こして……もっと手を前に」

言われた通りに、ベッドに上体を起こして、手をついた。


ベッドが一つしかないから、仕方なく、二人で寝たのかもしれない。

(そんなことあるはずないけど)


 佳祐が、手を伸ばしてきて一輝の頬を撫ぜる。そして顎先を指で持ち上げられ、顔をあげさせる。真剣な中に、切ないような顔をしていて、それが不思議だ。


 もし佳祐にここで「好きだ」と言われたら。想像上の話なのに、一輝は鼓動が少し早まるのを感じる。

 

「いいね」


守屋が、静かに、だけど興奮を滲ませたような声で言って、シャッターを切った。



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