1-2 夏の日の写真
結局流されるまま、佳祐の家に泊まることになった。しかも人の家の冷蔵庫を漁って、チャーハンと野菜炒め、スープまでつけて、夕飯を拵えることになってしまった。
佳祐は傍目には穏やかに見えるが、友人づきあいをしてみると、案外、強引というか我儘な奴だった。
だけど、「めっちゃ美味い」と、食事を素直に喜ぶ様子を見ると、何となく許せてしまう。それは美波も同じなのだろう。
「そりゃ良かった」と返しながら、一輝の渋々だった気持ちは、もはやどこかへ行っていた。
「お前料理できるんだな」
「まぁ、母さんが夜勤でいないときとかは自炊だから。……ってか、別にこんなの料理って程じゃないんじゃないか」
「美波と同じこと言ってる」
「美波も来て飯、作ったのか?……いつ?」
「や、たまに親がいないときに家来てなんか作るけど、いつも『ちゃんと準備した訳じゃないから』って」
「そうか……」
美波と佳祐は付き合っていたし、当たり前なのだが、自分の知らないところ二人だけで会っているという事実を改めて言われると、微かに胸が切なくなる。
「栄養士目指してるし、案外と家庭的なんだよな」
「……いいやつじゃん、ますますなんで別れたんだよ」
一輝があきれると、佳祐は「なんでだろうなぁ」とぼんやり一輝の顔を見返した。
食後、寝るまでの時間潰しで、二人でテレビゲームをしていると、佳祐がおもむろに切り出した。
「さっき言ってた東京の、写真の専門学校だけどさ、実はもう合格が出たんだ」
「そうなんだ、良かったね」
ちょうどテレビゲームの画面では佳祐が負けたところだったので、飽きたんだろうなと思い、一輝はコンティニューボタンを押さなかった。
「そう、しかも特待生試験に通ったから、学費もほぼ免除で」
「最高じゃん」
「助かったよ。お前らのお陰だな」
「……どういうこと?」
一輝は首を傾げた。
「去年海で撮った写真をポートフォリオにして出すって言っただろ。その内容が良かったってことで選ばれた」
「あぁ、あれね」
と、一輝は思い出して、何処となく気まずい気分になった。
「ちょっと待ってて、課題として出したやつ持ってくるから」
「いや、いいよ別に。前に、写真見たし」
止めるのも聞かずに、佳祐は二階の部屋から、黒いアルバムを持ってきた。表紙には白文字で『age17』と題されている。そういう題にしたんだな、と考えながら、去年の夏を思い出す。
去年の夏、佳祐に連れられ、電車で一時間ほどの隣の市にある海浜公園に行った。美波も一緒だった。そこで佳祐が写真を撮った。思い出すと、あの時、強い日差しにあてられた皮膚が疼いていたように、羞恥が一輝の肌を、舐めるようにざわつかせた。
佳祐がページを捲るので、一輝も自分たちがモデルとなった写真をこわごわと眺めた。
砂浜や波の色が鮮やかで、夏の空も、当時目に焼き付いた眩しさがそのまま切り取られていた。素人目にも上手いなと思う色の出し方や、構図の写真だった。
その中で笑う美波も、まるでモデルみたいに綺麗だった。スラリとした長身、後ろで一つにまとめた艶のある髪、猫を彷彿とさせるようなキレのある瞳。どこか透き通ったみたいな、大人びた美しさがよく出ていた。
方や一輝は、今ひとつ硬い表情をしていた。そもそもモデルに関しては、彼は全く乗り気でなく、一度は断ったのだった。それでも佳祐に「コンテストに出す写真を撮りたいから。……今後の自分の進路に関わるから。……どうしても一輝を撮りたいから」としつこく頼まれ、渋々引き受けた。その後すぐ佳祐は悪気ない笑顔で「制服で来るように」と注文してきた。
当日、地元の駅に行くまで、美波も来るとは知らされていなかった。しかも一輝と同じく制服姿で。
その時点で嫌な予感はしていたのだが、現地についてから佳祐は二人に向って「恋人役をしてほしい」と頼んだのであった。
美波と佳祐はその時も付き合っていた。その手前、一輝は佳祐に対して「なにいってるんだよ、」と怒ったが、美波のほうが案外冷静で、「どうせ言ったって聞かないでしょう」と、一輝の背中を押して歩き出した。
全日本大会で入賞した写真は『shiosai』と題された二連の写真だった。一枚目は砂浜に沿った堤防の上に一輝と美波が腰掛けている写真だった。美波が海の方を指さして一輝もそちらを見ている。写真には出ていないが、美波の指差す方では、ちょうど飼い主と散歩をしている小犬が、波打ち際を駆けていた。全身で走る球体のような姿が可愛らしかったので、二人とも自然な表情になっているのを、うまく佳祐が切り取った。
もう一枚は、その時二人の背後に回って撮った写真だ。ファインダー越しに、佳祐から「一輝、美波の手を握って」と言われ、戸惑ううちに、じれったいと思ったのか、美波がアスファルトの上に置かれた一輝の手を取って、自分の手の甲の上に重ねるように促した。白くて、柔らかな手。女子の手に直接触れたのは初めてだった。強く握ったら壊れてしまいそうだと思った。その後、ずっと一輝の掌にその滑らかな感覚が纏わりついた。