短編版 ブサイクだろうと恋をする‼
俺には、嫌いなものがある。
それは、「イケメン」だ。この世界はイケメンに甘い。
逆に俺のようなブサイクには世界は牙をむく。
たった一度の失敗でも、ブサイクというだけで信用は失われる。
でも、イケメンならば、笑って次から気をつけろと言われて終わり。
こんな世界は、狂っている。だからこそ、俺はイケメンが嫌い。
……なのに、それなのに、なぜ俺の目の前にイケメンがいるのだろうか
「小野くんは、京都初めて?」
新幹線の中、向かい合う座席に座るのは、寺島洸希。
180を超えるその身長と、ワックスで決まったツーブロックの爽やかな男。
容姿だけでなく、性格も良く、こんな俺にも、優しく接してくる。
「あ、いや……中学の時も修学旅行で来たことある……」
なぜ、俺がイケメンが嫌いなのに、こいつと一緒にいるかというと、一言でいえば、俺は嫌われている。だから、修学旅行の班で余った。そしたら、こいつが一緒の班でいい。といったからだ。
「そうなんだ、俺は京都初めてだから楽しみなんだ!」
「自由時間の時行きたい所あるの?」
クラスメイトとの、普通の会話。
「一時間だけ、僕に付いてきてくれる?そのあとは、全部小野くんに任せるよ」
質問の答えにはなっていない。でも、別にそこまで興味があるわけでもない。適当にうなずいて会話を終わらせる。
やつは、スマホを取り出して、自撮り。
たしか、こいつはインスタグラマーだったな。フォロワーは一万を超え、学校では、ほぼ毎日告白されている。
数か月前、こいつのインスタを見てみたが、基本的に1時間に一回、ストーリーを投稿。こいつは一言でいうなら、承認欲求の悪魔。
「ねぇ、一緒にツーショ撮らない?」
俺を引き立て役にしたいってことか……。
「もちろん、ネットとかには一切あげないから、俺の思い出用としてさ。いいかな?」
「……まあ、いいよ」
どっちにしても、断ることはできない。昔からの悪い癖だ。人の頼み事を断れない。
パシャ、音を立てて切られたシャッター。
「そういえば、交換しない?ライン」
「あ、はい。」
結局、洸希という男に流されて、一時間の移動時間を終えた。
*
「京都着いた~‼ 今から、旅館とか楽しみ~」
また、スマホで自撮り。たのしそうですね~。
「ほんと、あいつなんなの⁉」「小野の事?」「キモイよなw」
その時、聞こえてきたのは、洸希と同じ班になりたがっていたクラスの女共も陰口。
正直、変われるもんなら、変わりたい。それなのに、そうして俺がここまで言われないといけないのだろうか。
「そういうこと、言うのやめてくれる?」
その一言で、女は黙った。でも、なんだろう、洸希という存在に俺は違和感を覚えた。
まるで、もう一人洸希がいるみたいだった。
その後、すぐに自由時間になった。
自由時間になって、まず最初に行ったのは、京都に本店を置く、ファッションブランド。
場違いだ。俺が来る場所じゃないと思ったが、ここで勝手に一人行動を初めてめんどうなことになったら……。
また、悪い癖だ。何でもかんでも悪い方に考える。卑屈な思考。
「ごめんね?つき合わせちゃって……」
そう言いつつも、こいつは俺の方を一切見ない。
ずっと、何かを探しているようだ。
「……これとかいいかもな」
俺も、適当に服を見ている。でも、どれもこれも俺には合わなそうだ。
カチッ、カチッ。と、時計の針は進む。店内放送のラジオからは聞いたこともない、海外のラップみたいな曲が流れている。
暫くの時間が経って、この環境に耐えきれないと感じるようになってきたとき、小野くんと、洸希は俺を呼んだ。
「ちょっとさ、これ着てみてよ」
渡されたのは、黒い服、と黒のズボン。意図は全く分からない。何故俺に試着を進めるのだろうか。考えてみても良く分からない。
考えてみても、断る術は、俺にはない。試着室に行き、着替えてみる。
……着替えてみたのは良いが、俺は絶望した。
スカートみたいな、一昔前の女番長が履いていたような、ロングスカートのようなズボンに、白いパーカーと、イラストの印刷された黒いTシャツ。
おっさん顔の俺とは相反するファッションだ。
「うん、いいね。これ、買います」
洸希は、俺の意見を聞くこともなく、会計に行く。イケメンというのは、自分の意見が否定されることがない。だから、自己中。だから、俺の話を聞かない。
紙袋に入った服を俺に渡し、外に出る。
また、こいつは何も言わず、歩き始める。確かに新幹線で話はしたけど、行先ぐらい話してもいいものだろう。
「次はここだね」
今度は、美容室。もうなんとなく予想はついていた。
有無を言わせず、洸希は俺を座らせ、美容師と会話をしている。
俺に、拒否権はなく、勝手に髪を切られた。まぁ、多少の要望を聞かれたが、なんと返せばいいのかわからず、任せますと返すことしかできなかった。
美容師は、手際よく、髪を切り進め、剃刀で眉毛などを整える。
ほんの数十分で美容師はその仕事を終えた。
鏡に映るのは、脂でギトギトで、ふけの付いた男ではなく、ワックスでととのえられ、顔もきれいになっている俺の姿だった。
「勝手なことしちゃって、ごめん。でもずっと前から君のことが気になっていたんだ」
洸希は、語りだした。
「君がクラスメイトから、色々言われているのが、俺はちょっといい気がしなくてさ、見返してやりたかったんだ」
それは、言い方を変えれば、「自分が友達を変えた」という優越感に浸りたいという風に聞こえた。
正直、ここまでのすべて、洸希の金でやってもらっている。だから、文句は言いにくい。
でも、
「俺が、いつ! お前に頼んだよ! 俺は、お前らのそういうと怒らが嫌いなんだよ!」
卑屈な俺は、卑怯な俺は。寄り添おうとした洸希という存在を自ら突き放した。
やってしまった、という罪悪感に襲われた。口から、謝罪の言葉がこぼれそうになった時。
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……」
壊れたラジオのように、何度も洸希は謝罪の言葉をこぼした。
「……あ、いや…」
――寺島洸希は、誰よりも不器用である。
その恵まれた容姿から、苦労を知らない洸希は、多くを語らない。
語らずとも、いい結果になるから……
語る大切さを知らない洸希の心の糸は誰よりも弱く簡単に切れる。
そしてこの瞬間に初めて心の糸が切られたのだ。
「……あぁ!もう!」
それとは、逆に多くの失敗をしてた小野悟は、失敗した恐怖が心の奥底にまで、埋め込まれていた。
「ちゃんと理由話してくれるなら! 俺だって素直に聞くさ! でもお前何も言わないじゃん! そういうところが嫌だって言ったの!」
涙を流し、ボロボロになった顔を俺に向ける。
一体いつ振りだろうか、同級生の涙を見るのは。
小学生の頃、俺は当時好きだった女の子に告白した。
「きもっ」
その時に俺の容姿が原因で、泣かせてしまったのだ。
その時の女の子の顔は今でも忘れられない。
だって、あんな顔、俺にしか見せてくれないんだから……。
洸希はあの女の子と同じ顔をしている。
今にでも、砕けてしまいそうな水晶の様な綺麗な目、脂汗が濁流のように流し、髪が額に張り付いている。
ゴクリと唾をのみ、その手に力がこもる。
「お前は、俺に一体何をしてほしいんだ?」
「俺は、小野くんと仲良くなりたいんだ」
「さっきと言ってることが違うぞ」
「さっきのは建前で、クラスのみんなを見返すことが出来たなら、俺の事を見てくれるかなって。新幹線の時は俺の事見てくれなかったから……」
正直、こいつに興味は無かった。でも、あの顔を見たら、放っておくことなんてできない。
「しょうがないな……なら、好きなようにしてくれよ」
「いいの?」
「何度も言わせんなよ」
結局、こいつの趣味に付き合わされ、一時間が過ぎた。
そのころにはもう、さっきまでの俺はいなかった。
メイクで、荒れた肌は隠されて、髪も整えられ、服も俺を引き立てる。
俺は笑みを我慢することが出来なかった。
分厚く、荒れたその口はメイクだけではどうにもならない。だから、俺はマスクで口元を隠した。
それは、自分の本当の感情を隠す、魔法のようなものだった。
この気持ちがバレたらきっと、洸希はあの顔を見せてくれなくなるから……。
そのあとは、金閣寺や銀閣寺。嵐山を回った。
すれ違う人に、見られるあの感覚は、どうも耐えられなかった。
今までとは違うその視線に、背中がゾワゾワした。
旅館でも、クラスメイトから向けられる目線が変わったのが目に見えて分かった。
でもそれ以上に、洸希から向けられるたった一つの視線が、たまらなかった。
京都を回るとき、洸希と話をした。
洸希は、昔から人見知りで、それを克服しようとインスタを始めたらしい。そして、それが想像以上にバズり、今の自分になれたんだと。
話は半分ぐらい聞き流していたから、詳しく聞いてはないが。
俺は、こいつのあの顔が好きだから。それ以外どうでもいい。
今の俺の心の中は、どうやってこいつにあの顔をさせるかということだけ。
俺は、小野悟。嫌いなものは、イケメン。好きなものは、繊細で、簡単に崩れてしまいそうな、か弱い人間のあの顔が大好きで、
あの顔が見れるというなら、俺はなんだってする。
たとえ、世界中の人間を裏切る事になっても……。