第3話:勝気娘の魔導拳銃使い、リゼット
不埒な輩を撃退した後のリゼットの睡眠時間の初夜:
砂漠の村に夜が訪れた。昼間の灼熱が嘘のように、風はひんやりと肌を撫でる。
僕のテントの泥染め布が風に揺れる中、藁のマットに寝転がり、破れた天井の隙間から見える星をぼんやりと見上げていた。
「……ふん~、鵞鳥の羽布団方がマシだけどー?」
マットはチクチクするし、空気は汗と薪の臭いで満ちている。そして虫――とんでもない数の虫がいるー!
長い脚には窮屈だし、この暑さではぼさぼさ。貴族の娘として育った僕の本能が全力で抗議していた。
だが、ふと笑い声を漏らし、横向きになった。顎を手のひらに乗せながら。
「……でも、こっちのほうが、好きかも~」
あの窮屈なコルセットも、退屈な講義も、礼儀作法や結婚相手の品定めもない。
ここでは僕は「アルジャンティエ家の令嬢」じゃなくて、「魔導拳銃の名手リゼット」でいられる。
誰の目も気にせず、好きに生きて、好きに撃てる。
そして、もし素手で戦うことになっても、僕は『魔法使いの子』ということもあり、内なる魔力を身体能力強化に変換できる、さっきみたいに......
なので、たとえ僕より2倍も体力ありそうなお男が相手でも問題なく格闘技で倒せるね~。ここの部族って、魔力が体内に宿ってない者が殆どだし......
「ふわぁ~」
僕はあくびをして毛布を蹴り飛ばしながら、呟いた。
「虫が噛みついたら、撃ち殺してやるぞー!」
そう、僕はこの村で、自由だ。
贅沢の暮らしは望めないけど、心だけは贅沢に満たされている。
.....................
翌朝:
「ウラアアアア――――――――――――――!!!」
朝は、静かじゃなかった。
雷のような轟音が村を揺るがし、あちこちから悲鳴が上がる。
「―!?」
僕は反射的に起き上がり、靴を履いて、髪もとかさずにまず銃を手にした。
テントを出ると、タジリが村人たちを叫びながら指揮していた。
「子供たちを避難させろ! 戦士たちは――急げ!」
「おはよう、何事~?」
僕は乾燥肉をくわえたままのんびりと歩いていく。
タジリは峡谷のほうを指さした。
「甲殻獣だ。分厚い装甲に覆われていて、我々の槍では歯が立たん!」
「ラオオオ――――!!」
目を向けると、巨大な生き物がゆっくりと姿を現した。
馬車より2倍の大きさで、黒曜石のように硬そうな甲羅を背負い、鋭い爪で砂をかきながら迫ってくる。
その目は赤く燃え、顎は異様に突き出ていて、不気味なほど静かだった。
誰もが怯え、誰もが立ち止まっていた。
僕は乾燥肉を口から外し、大きく伸びをして一歩踏み出す。
「ったく、朝ごはんも落ち着いて食べさせてくれないなんて……」
獣が咆哮し、見張り台めがけて突進を始めた。
カチャ―!
僕は銃を構え、冷静に一言。
「悪い選択をしたようだねー?」
片目を細めて、前脚の付け根――装甲の隙間を見つけたー!あれが弱点ねー!
「いただき~」
──ドカン!
魔力を圧縮した銃弾が鋭く空を裂き、完璧な軌道でその隙間を貫く。
獣は途中でふらつき、見張り台の手前で崩れ落ちた。
その黒い甲羅の横から煙が立ち上り、もう動かなくなった。
「「「「「「「「...........」」」」」」」」」
村人たちは、凍りついたように黙り込んでいた。
「……どこを攻撃すればいいか、知ってたのか?」
と、タジリが驚いたように尋ねる。
僕は銃に息を吹きかけ、クルリと回してホルスターに収めてから、ドヤ顔で笑った。
「ふはは~!当たり前でしょ?飾りで持ってると思ってた~、これ~?」
そして、ウインクを一つ。
「僕が読んだ魔物図鑑の数は、この村の戦士が持ってる槍より多いんだよー。それに──、僕の弾は外さないぞ?」
その時、小さな子供がぽつりと呟いた。
「……すごい、お姉ちゃん……」
タジリは、しばらく黙っていたけれど、やがて静かにうなずいた。
「村を救ってくれてありがとう」
僕は再び伸びをして笑った。
「まぁね~。でも、変な祭壇に祀るのはやめてよね」
この瞬間、僕は確信していた。
これが、生きてるってこと。
魔物を倒す爽快感。驚きと畏敬の眼差し。
貴族社会のくだらない見合いや評価なんて、ここにはない。
僕は村の乾燥肉に手を伸ばして、もう一度かじる。
「……さて、食べかけの朝食に戻らせてもらうぞー!」
......................................
翌日:
白く鋭い太陽が渓谷に昇り、崖近くの簡易訓練場に長い影を落としていた。僕は平らな岩の傍らに膝をつき、小石で押さえた地図を広げている。
腰に下げた魔導拳銃、『シルヴァーヌ・エトワール』は、今朝磨いたばかりで表面がきらめいていた。
「また早起きか?」
背後から聞こえた声に、振り向きもせず答える。
「仕方ないだろうー? 朝食を運んでくれるメイドも、日差しを遮るベルベットのカーテンもないんだからな。この勝気娘、野生の生活にだいぶ慣れてきたよー?」
「んっー」
タジリが低く唸る。僕の声には皮肉などない――ただ、少しばかり乾いたユーモアが混じっているだけだ。だが、昨日の一件で、彼は僕の成した功績を無視できなくなったらしい。
「……長老たちは、お前が村を救ったと言っている。あの獣は……前回の乾季に三つの狩猟隊を全滅させたことある...」
ようやく顔を上げ、白金の髪の一房を指でくるりと回す。
「一発だけだっただろう? ごちそうくらい、奢ってもらわないとね~?」
「もう追加の肉を焼かせてある...」
小さく、得意げな笑みがこぼれる。
「やっぱり、あんたのこと益々気に入ってるぞ」
「......」
沈黙が流れる。タジリは火に近づくように――挑むのでなく、理解するために――慎重に僕の隣に座った。
「何時間も地図を見ているな、お前?」
「ええ。夜中に襲われたり、虫に刺されて起きたりしなくなったから、この辺りのことを勉強中だぞー?」
襟からハエを払いながら、地図を指さす。
「で……この渓谷は全部あんた達のもの?」
「今のところは。ザフィリの谷だ。赤い山壁に隠されている。帝国にはまだ見つかっていない場所だ」
眉を上げる。
「帝国って? ...カディールの?」
タジリが重々しく頷く。
「知っていたか?あの巨大らしい国の事...」
「もちろん。アカデミーでは『拡張の栄光』だの『未開の統一』だの教わったぞ?村が焼かれ、部族連合が敗れた話は一度もなかったけど...」
「ー」
鋭い視線を向けられる。
「お前って何者だ?その暢気な振る舞いを見る限り、お前は帝国の人間ではない事は知ってるけど......それに、帝国の兵士って大体の肌色は褐色だ。俺達の黒色より薄いけど、少なくともお前みたいな真っ白い肌してる帝国兵は今まで見たことがない」
「ふーん!彼らと同じ帝国人だなんて笑わせるぞー?僕らの『シャルヴェレイン王国』はあの野蛮の帝国のことより何倍も文明的で人間性も民度的に優れている文化を持っているぞ」
いつもの茶目っ気は消え、声に確かな誇りを溢れさせたのを自覚した。手袋をはめた指で地図を軽く叩き、忘れられた峡谷に沿う線をなぞる。
タジリが僕を見つめる。
「かつて俺達は大きなネットワークの一部だった。部族連合だ。商人、語り部、戦士たち。砂漠を越えた様々な氏族が交易と誓いで結ばれていた」
「何が起きたの?」
「帝国が襲ってきた。夜中に。空飛ぶ船から降らす火炎と、ガラスの槽で育てた獣を使いながら。外縁の部族の村々はほとんど焼き尽くされた。生き残った者たちがこの谷に逃げ込んだ。それ以来、隠れ続けている」
僕は黙り込んだ。
やっぱり圧倒的な文明的技術の差で滅ぼしに来てたな。
ゆっくりと立ち上がり、脚の砂を払う。
「隠れてばかりじゃ何も解決しないぞー?」
銃を抜き、指先で銃身を軽く撫でる。かすかにルーンが輝き、鼓動のように脈打つ。
「弾を撃つだけじゃないんだよ」
僕は言う。
「この子には層がある。アカデミーでは学ぶ必要がなかっただけ」
「それは何の刻印だ?」
タジリが尋ねる。
「そのルーンが...」
「聞いて驚けー!高度なルーン機能よ。抑制場、爆発紋章、追尾パターンまで。どれも練習が必要だぞ?集中力も関わってくる。で、一つ間違えれば、小屋ごと吹き飛ばしちゃうんだ」
タジリが首を傾げる。
「それでも練習する?」
笑みがこぼれる。
「簡単なモノだったらつまらないだろう?」
そして流れるような動きで、銃を空に向け、低声で詠唱を始める。
『ネクラ・クライルヴィス』
銃身に青白い光が集まり、紋様が一つずつ灯る――が、術式が完成する直前に消えてしまう。
ビリッー!
顔をしかめながら手を振る。
「ううん、まだダメね。でもいつかできるにしてみせるぞー!」
タジリは銃を見つめ、次に僕の方を見た。
「お前は……やっぱり危険だな。...だが悪い人ではない気がする...」
意外な優しさを含んだ声に、僕は意外そうにに見上げる。
「良く言われる」
まるで以前の学園にいた頃の僕の魔導銃使いとしての訓練時に見せたことあるじゃじゃ馬っぷりを見たことあるような言い草だ......
「知っている」
彼は言った。
「だが今の我々にとっては強力な味方が必要なものかもしれん。だから、お前がここにいては歓迎だと思う...」
「......」
珍しく、僕は即座に返さなかった。銃をホルスターに収め、腕を組んで渓谷を見渡す――砂漠に隠された僕たちの世界。
そして遠くで……一羽の鷹が旋回していた。見守るように......