第7話 裏斬り
恐山山麓にある小都市……、〈十三蝦夷〉はそこに落ち合う場所を指定していた。五頭と二人ビルの隙間に身をひそめ、眼目伊達政が到着するのを待つ。各隊員は散り散りになって付近の警備に回っている。それほど人口が多くないとはいえ、街のただ中だからだ。雪は壁にもたれて息をつく。
「大丈夫か? 顔が青くなっているぞ」
五頭に言われ、雪は額を押さえる。生暖かい汗が浮かんでいた。「……どうも気分が悪い。体は丈夫なはずなんだけどな。こんな時に……」
意識を集中してみる。思考にノイズが走るような感覚があって数秒先の未来が砂嵐に塗れる。「予知も荒くなってるか……」
「雪」
五頭が鋭く呼びかける。路地の方を振り返る。大勢の部下を連れた学生服の男が進み出てくる。斜めにまかれた包帯で片方の目を隠し、背中にはバットケースを抱えている。
「あれが……」
「そうだ」
五頭が肯いて雪の後ろに立つ。
「これはこれは。約束通り連れてきていただけたわけですね、牛頭殿」
鋭い眼差しとは対照的に慇懃な話しぶりで伊達政は言う。
「そこにいらっしゃるのが〈12人の怒れる男〉の……。お会いできて光栄です。どうも顔色が悪いようですが、まさか震えているわけではありますまいね?」
雪は息を吐きだす。
「問題ない。『十三蝦夷』の首領、眼目伊達政。強い奴と闘いたいそうだな。僕が相手してやる、敗ければ軍門に下ってもらおう」
「そういうシンプルなのは好きですよ。いつもなら喜んで手合わせするところですが、今日は生憎、そうもいかない日でしてね。そうでしょう? 牛頭殿」
金属の触れ合う軽い音がする。「? 五頭?」背後を振り返る。少年の伸ばした腕の先から、銃口がぴたりと狙いを定めていた。「⁉」
「悪いな、雪」
銃口の先は雪の胸に向いていた。既に引き金は引かれていた。雪の胸に鉛の銃弾が勢いよく食い込んだ。
〇
「……雪たちは、目標に接触できたろうかな」
局長の注連野紫が呟く。苦竹葎が、傍らで手首を傾けて時刻を確認する。
「そろそろね。でも局長さん、心配なのは分かるけど、今は目の前の仕事に集中する時よ」
紫はホログラフに目を戻す。保留中だった回線が再びつながり、長椅子に腰かけた黒髪の青年の姿が映る。黒ずくめの衣装に縁の細い眼鏡、その奥から覗く眼光は見る者を威圧する冷たさを秘めている。黒太陽・御黒闇彦……、人類の頂点にして二号能力者『死にゆく者たちの太陽』。敵でもなければ味方でもない。どんな組織も手出しすること恐れる暗黒の帝王だ。
御黒が頬杖を突き、物憂げに口を開く。
「どういうつもりだ、注連野紫。お前との取引は既に完了したはずだ。アフターサービスとすれば殊勝なものだが?」
取引……。一号能力者・昼神イヴの情報と引き換えに、御黒が握っていた雪とのまえの命を解放する契約。紫は一個人の立場でそれを交わしてみせていた。
「御黒闇彦……。君に協力を仰ぎたい」
「協力?」御黒が眉を動かさず尋ねる。
「対エデンの共同戦線、私たちはそれを張りたいと考えている。君の目的は昼神イヴとの再戦。イヴがエデンに対してどういう立ち位置をとっているかは不明だけど、彼女がエデンの本部に抑留されている以上、エデンは私たちの共通の障害となっている。私たちの利害は一致しているでしょう」
「つまり……、エデンを倒す手助けをしてくれと?」
御黒が目を細め蛇のような瞳孔で睨む。紫は首筋に流れる汗を隠すように肯いた。画面越しにでも気迫を感じる。その気になれば東京23区ごと伏魔殿を破壊しかねない男だ。
「……驕りだな」
御黒は目を閉じてつまらなさそうに言った。「これまで二度、取引してやったのは、俺の求める情報をお前が提供できたからだ。自分なら手を貸してもらえると思ったのか?」
「虫の良い話だとは分かっている」紫は御黒の目を見返して言った。「仮にこちらに助力できることがあったとしても、我々治安維持局が君から受ける恩恵は、それをはるかに上回るだろう。だから多くは望まない、せめてこちらの防衛システムに、君の能力を組み込ませてもらえないだろうか」
「闇彦くん、助けてあげたら?」
ホログラムに割り込んできた女が、御黒の横に遠慮なく座る。大正期の看護服を模したようなモダンな服装で、斜めに切ったピンクと緑の前髪が愛嬌を添えている。鹿室喪刈、御黒の右腕を務めるエンジニア……、と、報告書には書いてあった。先ほど御黒との通信を取り次いだ女だ。
「再びどうも、喪刈ちゃんでーす」喪刈がにこやかな笑顔で手を振る。
「交渉中だ。映るな」
「良いじゃん、どうせ裏で聞いてるんだし」喪刈は気楽な様子で言う。
「公安さんも困ってるみたいだしー、貸し、作っとけば? 闇彦くんが倒した〈12人〉も10号ちゃんしか回収できなかったみたいだし、7号の煙草森ちゃんも失って大変みたいよん」
どこから聞きつけたのか、こちらの事情まで調べがついている。向こうの調査力もなかなかのものだ。
「ならなおのことだ。落ち目の組織が返せる貸しなど、たかが知れてる。12号の力もろくに扱えない組織なら特に、な。俺は俺で昼神を追う。お前らの助けは必要ない」
御黒が冷たく言い放ち、通信が絶たれた。紫はため息をついて椅子に深くもたれた。「フラれちゃったわね」葎が残念そうに労う。
「予想できていたことだよ」
紫は目頭を揉みながら呟く。
「それでも、可能性のある限りは手を尽くすのが私の仕事。大丈夫、内閣との連携強化で陸上部隊の援護ももらえてるし……。……とはいえこうなると」
窓から北の方角に目を向ける。「彼らの働きに期待するほか、ないね」
〇
銃弾が制服に叩きつけられ、弾ける。防弾の学生服の上に散会した電流が広がる。電撃を帯びた銃弾、これが五頭の……。
ノイズ混じりの予知が過る。脇によける。伊達政の足蹴が通り過ぎた。そのままアスファルトを踏みしめ、背に手を回す。バットケースのふたを開け、背骨を抜き取るような姿勢で、すらりと包帯の巻かれた長物を取り出した。形状と握り手の意匠からして……、
「日本刀か……!」
「こんな形の決闘は、不本意なんですがね。始まったもんは仕方ありません。私の刀の餌にして、さしあげますよ!」
伊達政の剣撃が縦横に走る。速い! 感電して満足に動けない、脚を盾に受け止める。雪の制服は防刃使用だ。しかし日本刀ほど質量のある刃をまともに受け太刀すればさすがに切れ目が入る。その一太刀は肉にさえ達していた。この膂力とスピード……、生身の人間のそれではない。こいつ、強化人間か!
五頭の銃弾が次々と襲う。流れ弾を気にしてか足元しか狙ってこない。ということはこの二人、完全にグルだ。隘路での挟撃はきつい。雪は刃を撥ね退け壁伝いに屋上まで飛び移る。
屋上に着地する。傷は浅い、はずなのに痛烈な痛みが走る。傷口に目を走らせ、眉をひそめる。「歯形……?」
雪は階下を見下ろす。五頭たちは散会し建物を包囲するように広がっている。すぐにでも上ってくるだろう。
二人の関係は……。雪は鈍った頭で考える。一般人であるはずの伊達政が強化兵に……、エデン絡みか? だが五頭がなぜ……。
切られた足が痺れる。ひとまず雪は別の屋上へ飛び移る。さっきからのこの不調……、間違いない、毒だ。狂花帯を鈍らせる遅効性の毒……。食事の時五頭に手渡された湯呑を思い出す。あの時か!
四方からプロペラの音が聞こえる。無数のドローンだ。この用意の良さは何だ? 小型のミサイルが打ち込まれる。上空で爆炎が上がる。屋上から屋上へ飛び回る雪を銃弾と爆撃が負う。
不意の裏切りを端緒に、毒から感電と足への連撃……。出だしで喰らった負荷が大きい。機動力も落ちている、一度態勢を整えたい。腕時計に声をかける。
「見先輩! 五頭は敵側に寝返った模様、複数の敵に囲まれてる! 一旦敵を撒く、進路をサポートしてくれ!」
「見てたよ、了解……! そのまま三棟先、ビルの下の廃屋が死角になる!」
迅速に指示に従う。スピードを付け飛び降りて斜線を切る。廃屋の屋根の上に転がり……、と、体が爆風に包まれた。
屋根に空いた穴からそのまま下に落下する。受け身をとりそこね骨が軋む。なんだ……、地雷? でもどうしてあの位置に行くと……。
倉庫の扉が蹴倒され、武装した「十三蝦夷」の集団が中に入ってくる。待っていたかのように早い突入。伊達政が刀を下げて姿を現す。
まさか、見先輩まで……?
銃口がこちらに向く。伊達政が切っ先をこちらに向けた。異形の剣。刀身に人間の口がいくつも開いており、尖った犬歯をむき出しにニタニタと笑っている。
「その武器……、東南アジアで開発中と聞く、獣化兵器か……」
「さすが耳がお早い。ま、少々アジアには伝手がありましてね……。さて、不意打ち・共謀・だまし討ちの卑怯な大物食い(ジャイアント・キリング)……。こんな形での幕引きは本懐ではありませんが……。これもまた……、これも……、っこれれも」
「……?」
雪はいぶかし気に伊達政を見上げる。
「れれれれっ、れも! れっれっれっこれっ!!」
「かっ、頭……? どうしたんすか?」
「これっれっれっろえ!! レッ!!!!」
伊達政が突然白目を向いて卒倒する。
「頭っ⁉ ……⁉ おい! なんでこっちに銃を向ける?」
「? 俺は真白雪を狙っている! おまえこそ味方に向けてるぞ!」十三蝦夷の部下たちは互い違いに銃口を突き付け合いながら、困惑した表情を向け合う。「おいなんか変だぞ!!」
「次に手を叩いたら、あんたたちは引き金を引く」
意識の隙間をつくように、暗がりから声が響いた。
全員がぎょっとした様子で倉庫の奥を凝視する。足音も僅か、薄闇の中からするりと、制服姿の少女が現れる。透き通った、透明な眼差しを向ける。「それまでは待機」
「なっ……!」十三蝦夷たちは銃を向けようとする。しかし腕も足も固定されたように同じ位置から動かない。
「お前は……」
雪は少女を見上げる。毛先にウェーブのかかった、茶髪がかった桜色の長髪、気だるげな切れ長の目には空色の瞳。気崩した制服の丈の短いスカートからは薄い生地のタイツを纏った脚が覗いている。制服のポケットに両手を突っ込んだまま、気難しそうな視線をこちらに向けた。「……助けなくても良さそうだったけど、なんかやけに焦ってたから。珍しいじゃん。……真白雪」
「僕を知っているのか?」
「ん。……って言っても、あんたは忘れてるだろうけど。映画館のこと」
映画館? 雪は記憶を遡った。たしかに彼女の顔立ちには見覚えがある。そして夏の過日、白昼夢を見たように、妙にすっぽりと記憶の抜けた数分があったことも。あの日出会ったのは、たしか……。
「……七坐而澄!!」
「え、思い出せるんだ。忘れさせたはずなんだけどな。どうやって……」
「そこまでだ、七坐而澄‼」
天井の穴から、五頭の声が響く。ドローンとオートマタが出口と頭上を包囲している。
「雪から離れてもらおう。七坐……、いや……、煙草森鳰」