第3話 幹部
「……というわけで、四号・海土路佐丞指揮の元、7号能力者・煙草森鳰の排除に成功いたしました。こちらの損失は強化改造兵一名、第9研究班の七坐而澄のみです。申し分ない成果かと……」
エデン本部の一室。
壇上に置かれたアクリル硝子のデスクの奥に、ネイビーのスーツを着た赤銅色の髑髏が腰かけている。エデンの首領・灰色の枢機卿。その機械の身代わりである。両脇を固める形で、親衛隊の祁答院伊舎那と真虫散什郎が後ろ手に手を組んで控えている。
枢機卿は答えない。ただ腕を組み、剝き出しになった歯の下で顎を撫で、何か思案するようにぼんやりと天井の明かりを眺めている。
枢機卿が押し黙っているので、役員たちは催促するような目で聞き直した。「猊下?」
「……ああ」大儀そうに機械質の声が答える。「ご苦労だった。期待通りの十分な成果だ」
「で、あれば」役員は我が意を得たりという風に続ける。「お約束通り、兼ねてより陳情しておりました『合同作戦』の儀、取り計らっていただけますでしょうね」
「……ああ、成功には褒美が伴わなくてはならない」
枢機卿の同意に、役員はにやりと唇を歪めた。
「我が親衛隊『葦原』の力を貴君らに預けよう。最高の戦力を以て事に当たるがいい」
役員たちは威勢よく返事をして枢機卿の間を後にした。
両脇を固めるように立っていた、側近の祁答院伊舎那が、枢機卿の顔をちらりと伺う。枢機卿は骸骨の隙間からため息の音を漏らした。「欺瞞だな」
「良かったんですか? あの程度の小物たちに、僕の部隊を預けて」
伊舎那は皮肉っぽい笑みを浮かべて問う。
「煙草森の首……、積年の課題の一つ。私の出した条件をクリアしてきたのだ、こちらも折れなければ、幹部連が納得するまい」
「しかし……、枢機卿直属部隊を幹部会の指揮下に付かせた作戦、あれは一種の示威行為ですよ? 猊下の一強体制に対して、幹部たちも影響力を持つことをアピールしているようなものだ」
「分かっている。役員連中、特に前エデン製薬専務、三廻部。それから前会長の息子にして大株主の十二神……。このあたりが結束して発言力を強めてきている。煩わしい」
伊舎那は冷たく横目で問うた。「消しますか」
枢機卿は首を横に振った。
「時期尚早だ。今不自然な形で二人が消えれば、当然暗殺の噂が流れるだろう。内部分裂を生みかねない。建前として、幹部会は必要なのだ。私の独裁ではなく、自分たちの直属の上官が組織を動かしているという安心感を、構成員たちに持たせるためにもな」
枢機卿の間を辞した伊舎那と真虫は、二重防壁の外側にあるエデン本部に戻った。富士山麓、青木ヶ原樹海の真下に作られたエデン本部は、既に一つの小さな街のようになっていた。蟻の巣のような構造になった本部の、とりわけ広いロビースペースには、ここ数か月の間に加入したエデンの新規団員たちで溢れている。真虫散什郎は、一条の薄明りに灰銀の髪を染める伊舎那の横に立って彼らを見下ろした。
「へっ、うじゃうじゃ居やがる」
廃人のような虚ろな目になった若人たちは、寄り集まって虹色の斑な飴玉のようなものを口に溶かしている。伊舎那はちらりと彼らを横目で見て、興味薄げに視線を戻した。
「今や裏社会のほとんどの勢力は、エデンの傘下に落ちてるからね。……といっても伏魔殿の活動のせいで、まともに機能してるとこは少なかったんだけど」
「規制も厳しかったみたいっすね。そこで俺たち少年少女に目を付けた伊舎那さんは、流石です」
「人手は大事だからね。もちろん時として、圧倒的な個が集団を上回ることはある。雪君たち『12人の怒れる男』は、まさにそういう存在だね。でも大きな『個』に頼りすぎると、組織は脆弱になる。強力な『個』というのはなかなか替えが利かないから、それを失った際のリカバリーに莫大なコストがかかるんだね。その点、雑兵はいくらでも補充が利く」
ウルフギャング=エジソンのことか、と真虫は思った。南極での先の御黒戦において行方不明になった第10号能力者のことだ。作戦に参加していた9号・雨乞烏合と、8号左衛門三郎捌光はエデンの救命艇まで辿り着き、なんとか帰還したようだが、ウルフギャングは現れなかったという。他の団員同様死亡したか、生きていても伏魔殿に捉えられているだろう。
「結果的に若者の方が狂花帯の定着度も高かったわけだし、悪い案ではなかったね。それに10代の学生の方が、何かと扱いやすい」
玉虫色の飴を無心で舐める不良たちの姿を見て、伊舎那は冷笑を浮かべた。学生たちは本来の粗暴な姿を失って、やけに大人しそうである。
「……例の『ティア・ドロップ』ってやつですか。一粒で気持ちよくトべるって話ですけど……」
「それは誇大広告だな。あれは単なる精神安定剤さ。殺しや戦闘でPTSDを患う人間は多いからね、正規の軍隊でも似たような薬は処方される。用法容量を守って使用すれば、危険性はない」
守ればの話だけど。伊舎那は意味ありげに微笑んだ。
「の、割にゃ上の部隊には回ってきませんね」
「まあつまりはそれが答えなんだけど……。あれは第九研究班謹製の代物でね。そもそもは自白剤を精製する過程で開発されたものなんだ。依存性は無いけど、常用していると判断能力が鈍くなってくる。で、今、エデンには1万を超える兵隊が集まってる。それも反骨精神にあふれた荒くれの悪ガキどもがね。そういう下級団員の統率をとるには、もってこいだとは思わないかい?」
「ははっ、血も涙もねえ……。伊舎那さんらしいや」
「上官としての優しさなんだけどなぁ。だがまぁ、君は手を出すなよ、真虫。お前は僕の手元で、長く働いてもらうつもりだからね」
伊舎那に肩を叩かれ、真虫は感に打たれたように身を震わせた。
〇
北国の秋風にぶるりと肩を震わせて、柤岡兎は息を吐きだした。さすがにまだ吐息は白く水滴化しない。それでも日陰の多い巨大な倉庫の中では微かに手や足の先が冷たくなっていた。
「冷えるな」開け放たれた天井の開口部を見上げながら馬飼首が軽く呟く。
「すぐ暖かくなりますわ」
二人を取り囲む数百人の青年たちの前に置かれた木箱の上に、片足を浅く組んで座った大柄の男、北海道の勇・合佐毘羆が言った。
「あんたらが、これから流す血でなぁ」




