ポスト・クレジット 月
キラウェア火山の火口から内部へと降下した三人の青年は、火山内部に設営された認証壁画の前に降り立った。
「この施設、エデンが造ったにしては情報が無いな……。米国か、日本政府が開発したものを買い取ったのか?」
「詳しい経緯は知らされていません。まあ一時期米国はオセアニアと共同で蒸気機関を開発しようとしていましたから、その名残ではないかと、私たちは推測しています」
海土路佑丞、佐丞の二人がそれぞれ指紋と光彩を認証する。御黒闇彦が背後から油断なくそれを注視している。
人工音声が、アクセス権のある二人の存在を認めた。機械的な稼働音がして、マグマが盛り上がる。エレベーターが斜めにせりあがってきた。
「マグマの下か……。封印した昼神を隠すには持ってこいの場所だな」
佑丞に続いて御黒がエレベーターに飛び乗る。佑丞は何か考えるように押し黙っていたが、佐丞がエレベーターに乗り込もうとすると不意に残っている方の腕を突き出した。
「佐丞、お前はここまででいい」
「は?」佐丞が怪訝そうな顔で聞き返す。
「お前を連れてきたのは、生体認証に必要だったからだ。ここから先の案内は俺様一人でいい。お前は上に戻ってろ」
佐丞は困惑した顔で立ち止まり、判断を仰ぐように御黒の顔を見た。御黒は少し考えてから口を開いた。「残りたければ、残らせてやってもいい。だがくれぐれも、妙な気は起こすなよ」
佑丞は同意するように佐丞の方を向いた。「二人ともだ」御黒は指を銃の形にして佑丞のこめかみに突き付けた。
不本意そうな顔を残す佐丞を後に、二人を乗せたエレベーターは下降していった。透明な耐熱ガラスが覆いとして現れ、溶岩流から二人を守る。透明な壁は瞬く間に夕日色の幕に染まった。
「……お前らが造る、新しい世界という話」ガラスの外に目を向けながら、御黒は静かに問うた。「本気で考えているのか? お前も弟も、枢機卿の口車に乗せられただけじゃないか」
「まあ、佐丞とか何人かの幹部は、そうかもな」
佑丞はあっさりと疑義を肯定した。
「実際、佐丞の構想は枢機卿の受け売りだし。でもな御黒、俺様はな、あいつほど性急に進めるつもりはねえんだ。選民も統治も必要ねえ。善も悪も併せ持って人間だろ。俺たちは人類を不死に変えるだけで、その後はアフターケアに徹してればいいんだ。枢機卿も本心じゃそう思ってんじゃねえかな。世界征服とか興味ねえよ、あの人」
「政治には不干渉か。独裁よりはましだが……、今の生活そのままというわけにはいかないだろう。現在の国家は変化を求められる。不死者を抱えるには、この惑星は狭すぎるからな」
「んあ、まあ土地と資源の問題は解決するつもりだがな……。地球外に複数のコロニーを建設する。俺たち〈12人〉の力があれば可能なはずだ。生活を成り立たせるだけの土壌は作れる」
佑丞は潰れた目を閉ざしたまま、まじめな顔つきで言った。「人間ってのは絶えず前に進んでく生き物だ……。間違えたり戻ったりしながらも、全体的に見れば少しずつ理想へと文明を発展させていってる。もっとも取り返しのつかない過ちってのもあるからな……。例えば三次大戦前まで、人間は何度も自殺できるほどの核を抱え、未来の資源を食い尽くしてた。自滅しちゃ意味ないからな、俺たちがやるべきなのは、過ちを許すだけの余裕を与えること。人類滅亡エンドさえ避ければ、いずれ人間は理想郷を創り上げるよ」
窓の景色はオレンジから暗い灰色に変わり、地下に入り込んだ。しばらく進んだ後でエレベーターはスチームの音を立ててようやく停止した。佑丞が低く呟く。「ここだ」
壁が開く。地上とは打って変わって寒々とした空間が広がっている。深い闇がそれを覆っている。
「……、ここに……、昼神が……」
御黒は何か大きな存在を目の前にしたように、しばらく暗がりの前で立ち尽くした。
「どうした? 入らないのか?」
佑丞が先に立って尋ねる。
「あ、ああ」
御黒が表情を引き締めて足を踏み出した。
「待ってろ、今明かりを付けてやる。この眼じゃ分からないが、多分暗いだろ」
佑丞は手探りで壁際のスイッチを探った。「必要ない。お前はそこを動くな」端的に命じて御黒が炎を灯す。指の先に心臓大の火の玉が浮かんで、紫の明かりで部屋を満たした。
暗光が壁際に並んだ柱状の水槽を照らし出す。御黒は眩し気に目を細めそれを見た。そして、息を詰まらせた。
「…………⁉」
目を疑うように御黒が固まる。
佑丞がスイッチを探し当て指をかざす。水槽のライトが灯り、内部に浮かべたものを疑いようもなく克明に照らし出した。
御黒が絶句する。水槽にそれぞれ浮かんでいたのは……、いくつもの、臓器だった。
「これ、は……」
「見て分からないか? お前が会いたがってた、昼神イヴだ」
佑丞が端的に答える。脳、心臓、脊柱、肺……、隣り合うように並んだ水槽たちには、それぞれに臓器の各部位が収められていた。
「感動の対面だな。流す涙もないのが残念だ」
「……どういうことだ。昼神はここに封印されているんじゃなかったのか?」
「ああ、だから封印されてるだろ? ばらばらになって。……いや、そうじゃないな。認めよう、俺様たちは嘘をついていた。正直に白状しよう。……1号は封印なんてされていない。7年前に死亡している」
佑丞が淡々と告白する。「俺たちが殺した」
「ッ、何を」御黒が静かに語気を強めながら、佑丞の胸倉を掴む。「何を馬鹿なこと言ってる……⁉ 昼神がお前たちに殺されるわけないだろ……!」
「いいや、事実だ。当時の昼神の能力は、覚醒以前の未完成な状態だった。昼神とエデンの上層部は友好的な関係を築いていたが、どこかでこじれたらしい。ともかく俺たちは抹殺部隊に任命され、奴が本来の力に目覚めるより早く、奴を葬った。生憎と俺様たちは早熟の天才でな、能力の成長もあいつよりも早かった」
「嘘を吐くな!」御黒は片腕を振るい佑丞を壁に押し付けた。「昼神は……、あいつは誰よりも強い女なんだ。死ぬはずがない。俺を騙す気でいるのか? 本当のことを言え!」
「ほら見ろ……、取り乱した。だからお前には隠してたんだ」
佑丞が困りきった顔で返す。
「1号に執着してるお前がこの有様を見たら、何をしでかすか分からない。怒り狂って地球の半分を消し飛ばすかも。そうなったら計画どころじゃない、半月で人類滅亡だ」
「まさにそうしたい気分だ。止めたければ昼神の居場所を教えろ!」
「疑うなら肺でも肝臓でも持ち帰って調べればいい! 昼神のDNAに一致するはずだ‼」
佑丞は押さえつけられたまま叫ぶ。
「良いか御黒、7年前の戦いで、俺たちは確かに昼神を殺したんだ。持ち帰った遺体の大部分は研究に消費され、残りの重要臓器は5年前にお前らが壊滅させるまで本部に保管されていた。一々江のことを知っているだろう。奴が贋作化するきっかけとなったバイク事故はいつだ? お前らがエデン製薬を襲撃した日だ! 本部から運び出したこの臓器たちの一部と、奴は接触したんだよ!」
佑丞は御黒の腕を掴んだ。「お前の目的は終わりだ、御黒。恨むなら俺一人を恨め。奴を殺したのはこの俺だ」
御黒は怒りに顔を歪め佑丞の首を圧迫した。「だ……ッたら……」熱球が右手の下に宿る。「そうさせてもらうぜ……ッ!」
熱光線が3号の心臓を正確に撃ち抜く。炎のレーザーは火山を突き抜けて空を走った。
3号が床の上に倒れる。水槽は内臓もろとも漆黒の炎に包まれている。
「くそっ……」
掌で額を覆った御黒が壁を叩く。「くそォッッッ!!!!」
〇
月。
地球が有する唯一の衛星。太古より太陽と対を為して崇められる、神の天体。
その月の上、穴ぼこ(クレーター)になった地面を椅子にして、地球を見上げて(みおろして)いる存在があった。
少女は――その存在は少女の姿をしていた――虹色の長い髪を月のささやかな風に靡かせて座っていた。同じく、七色に輝く瞳。山羊や羊のような横長の瞳孔が、青い惑星を見つめる。
「ふふ、エデンも雪君も頑張っているねえ」
両膝の上に肘をついて、顎を手の平で支えている。その体を乗せる月の大地は……、砕けた大岩のような形をしている。それは比喩ではなかった。球体上に形成されていた月は今や、大小様々の破片に分かれ砕け散っていた。その元凶である少女が、いまその一つを尻に敷いている。
「やはり観測者でい続けるのは退屈だな。今回は煙草森ちゃんを動かして参加してみたけど……、直接介入した方が、ずっと楽しそうだ。御黒君も随分探し回ってくれたようだし、死んだままと思わせておくのは、情が無いかな」少女はおもむろに立ち上がり、伸びをした。「汝も久々に、地上へ降りるとするか」
少女……、昼神イヴは、両手を腰に戻して仁王立ちした。その瞳は、女神に相応しい輝きに満ちている。
〈月は無慈悲な夜の女王〉、12人の怒れる男・第1号の神の眼差しが、青い惑星を包み込んでいた。
猿の転生Ⅶ・人間編 完 Side-B・堕天使編へ続く




