表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人獣見聞録-猿の転生 Ⅶ Side-B:N+Anachronism   作者: 蓑谷 春泥
第3章 発狂した宇宙
33/37

第30話 ボルケーノ

三号によって爆発的に高められた火山の内圧は、その内に溜めたマグマをものすごい勢いで噴出させていた。

作戦は既に出来上がったものだった。事前に海土路佐丞が火口の中に立ち入り、マグマの粘性を高めておいた。より爆発的な噴火を促すためである。

そして火口付近には素早く佐丞が駆けつけていた。火口から流れ出る火砕流に触れ、粘性を解除し流動性を劇的に高める。広範囲に巻き散らされた火山灰と津波の如く押し寄せる火砕流から逃げおおせることは不可能だった。瞬く間にマグマの波が押し寄せる。御黒の氷の盾を生み出し、表面が音を立てて蒸気になる。

 宙に飛んだ佑丞が氷の盾に触れ、引力で彼方に引き剥がす。御黒の体を奔流が攫う。しかし彼の顔は落胆に染まっていた。

「つまらん……。熱を操る俺にマグマを仕掛けて何になる? せめてさっきの俺のように、直接爆発をぶつけるべきだった。もっともそれをやればお前も、ただでは済まなかったろうが」

「抜かせ、俺たちの狙いがそこにあると思うか? ……佐丞!」

 海土路佐丞がマグマに腕を突っ込む。火砕流の粘度が跳ね上がり、御黒の体を絡めとる。初めて御黒は反応を見せる。

「身動き取れないでしょう。このままマグマと降り注ぐ火山灰に強酸性を付与します。当然あなたは爆散を狙うつもりでしょうが……、対策済み。兄貴の引力操作で、溶岩流の内圧をコントロールさせます。この底なし沼の中で、酸に焼かれるのが早いか酸素が尽きるのが早いか……、確かめられないのが残念です」

 御黒は冷たい目で四号を見上げる。今際の言葉を吐くこともできず、既に口元は粘性の溶岩に覆われている。やがてその射抜くような瞳も、頭部ごとマグマの中に沈み込んでいった。

 酸が空気を焼く音だけが静寂に響く。灰と炎と泥土に覆われ、死に絶えた島の地獄のような景色が延々と続いていた。

「マグマの圧力で蓋をした。……終わりだな。これで奴は死んだ。生きていたとしても、一生這いあがってくることはできない」

「案外あっけなかったね。だが、これでエデンの最大の障害は……」

 佐丞が言葉を区切る。と同時、一筋の光が溶岩の隙間から零れ落ちた。

「!?」

 光の道が粘りきったマグマを両断する。「……何⁉」驚き、飛び退りかけた佐丞の足が地面に釘付けになる。足元のマグマが凍り付き、靴底に張り付いていた。

 亀裂から御黒闇彦が這い出る。追撃に出た佐丞の喉輪を片手で掴み、紫色に輝く灼熱の光球で佑丞の脇腹を撃ち抜いた。「っ、は……っ!」狂花帯の一部を損傷し、佑丞がくの字に折れる。

「ッば、馬鹿な……、ありえない! この溶岩には俺たちと同じ耐熱性と不燃性を付与していた……。炎で焼き切るなど……」

「考えが甘いな……。どれだけ性質を付与しようと、それはあくまで原子のふるまいの範疇だ。ならば、その状態を引き起こす原子そのものを崩壊させればいい」

「……『熱崩壊』……⁉ そんなことまで……!!」

佐丞が押さえられた喉の隙間から、切れ切れに呟く。

「誇っていいぞ、これは昼神を倒すために温めてきた、俺の奥の手だ。そいつを出させたことは、お前たちの一生の誉れと言っていい」

 御黒は佐丞の喉輪を絞める手を強める。

「その生涯も、ここで終わるがな。短い栄光だったな。低温対策もしているようだが……、この距離なら、血管の束の一つや二つ凍り付かせるのはわけない。お前らが何かする前にこいつの血は止まる。昼神の元への案内役は、一人いれば十分だからな」

 御黒が爬虫類のような目を佐丞に向けた。「さて……、どっちから死ぬ?」

「待て!!」

 御黒が視線を戻す。佑丞が片手を掲げていた。

「降参だ……。俺様達の敗けを認める。だから弟の命は……、助けてやってくれ」

「! だめだ、兄さん……!」

「悪いな佐丞……、さっきの攻撃で、重力器官の一部が負傷しちまってる。これ以上続けるより……、一か八か、こいつに真実を見せた方が、まだ可能性がある」

 3号は、苦し気に訴えて御黒を見た。御黒は無言で、佐丞の首から手を離す。

 4号が咳き込みながら地面にへたばる。「……交渉成立だな」佑丞は手を下ろし進路を顎で示した。

「付いてこい御黒。1号の居場所へ案内する」



 雪の吐いた気焔がフロアを押し包む。閃光が支柱を砕き施設を粉砕する。

「囲め! あたしらで食い止めるぞ!!」

 〈Λ(ラムダ)〉のメンバーが雪を包囲し、一斉射撃を浴びせる。雪が周囲に張り巡らした氷塊が熱斜線を弾き隊員たちを吹き飛ばす。贋作の隊員が思い思いの攻撃を浴びせるも雷迅の速度を持つ雪を捕捉するには至らない。雪の起こした突風にあえなく叩きつけられる。

 高速で動き回る雪の体を、突如現れた鎖が拘束した。

「ッ……‼」雪が睨みつけた視線の先で、真虫散什郎が得意げに笑う。

「てめえの首持ち帰りゃあ、伊舎那さんも大喜びだよなァ!」

 鎖を手元に引き付ける。雪が唸り、巻きつけられた鎖が赤銅色に染まる。「おッ……」紅く溶けた鎖が宙で切れ、真虫が空振る。その腕を回転する氷の短刀が斬り飛ばした。振動を与えられた氷剣の鋭利な斬撃が、真虫の腕と共に瓦礫に消える。断面を押さえ真虫が喘ぐ。

「ック、ハハァ……! 一筋縄じゃいかねえか。ならこっちも全力で狩らせてもらうぜ!!」

 真虫の背中が隆起し、鱗を持った巨大な注連縄(しめなわ)のような物体が飛び出す。その縄は生命を持ったようにうねうねと蠢き、空にその身を躍らせる。事実その物体は縄などではなく、心臓を持った巨大な大蛇であった。『八岐大蛇(バジリスク)』。真虫に与えられた六号(伊舎那)の力である。

「クハハハハ!!!! 丸呑みにしてやんよ!!」

 八匹の大蛇が一斉に大地へと突き刺さる。雪は宙に飛び出して蟒蛇(うわばみ)の腹を跳びまわる。瓦礫を噛み砕いた(くちなわ)が交互に空中の雪を襲う。雪は身を翻してそれを躱す。雷速の足蹴が大蛇の首を弾き飛ばした。

「まだまだ……」

 獣を操る真虫の胴を雷撃が撃ち抜く。痺れ、焼け焦げる真虫の心臓が確率操作と11号の(ハート・ロッカー)で停止する。「……ッ!!」最期の力を振り絞って、蟒蛇が攻撃直後の油断した雪の脇腹を抉る。と同時、真虫散什郎は一度目の絶命を迎えその場に崩れ落ちた。

「ァア……」

 雪は脇腹を修復する。細胞操作能力によって破れた血管や組織を再生し元通りに縫い合わせていく。しかしその速度が遅い。真虫の今際の際の攻撃は雪の狂花帯の一部を喰い千切り、その働きを低下させていた。ほんの一欠片といえどエンジンを損傷した状態の狂花帯、直にそれ自身をも再生させるだろうが、わずかなほころびを雪にもたらしていたこともまた事実であった。

 そのタイミングを見計らって、9号雨乞烏合が戦場に降り立つ。慈悲深い瞳を少年に注ぎ、その場の空気を死の灰と化する。

 起き上がった〈Λ〉の部隊が掃射を再開する。雪は炎の幕でそれを遮るが煩わしそうに彼女らに一瞥をくれた。

「行って。ここは私が引き受ける」

 烏合が〈Λ〉の部隊長に告げる。部隊長はむっとした表情で切り返す。

「エデンの幹部が何言ってんだ? 他の隊員たちが避難できるまであたしらが時間を稼ぐ。そういう覚悟でここに来てんだよ」

「ここ一帯はすぐに死滅細菌で埋め尽くされる……。部隊員を無駄死にさせるのは勝手だけど、その死体は有効利用させてもらう」

 部隊長は銃撃の手を止め顔をしかめた。「……お前ら、退くぞ!」

「良いんすか?」

 部隊員たちが隊長の顔を窺う。

「敵さんの幹部自ら足止めを買って出るっつってんだ。利用しない手はないだろ! ……包囲網を建物入口まで下げる。さっさと行くわよ」

〈Λ〉が掃けるのを見届けて、烏合は一気に細菌の濃度を高める。ひと吸いで感染し、内臓を冒す猛毒のウィルス。雪が血を吐く。

 再生能力者と言えど、壊れた部位が再生しきる前に攻撃を加えれば直に弱っていく。回復が終わる前に雪を無力化する……。

 早くしなければならない。烏合は逸る気持ちを懸命に落ち着ける。あの状態は危険だ。暴走状態が続けば……、戻ってこれなくなる。

 ふらついていた雪の足がしっかりとしてくる。疲弊の跡が消え目に生気が宿る。病魔を克服した証拠だ。

 免疫操作(わたしの)能力まで……。だがここまでは想定内だ。烏合は風化能力を発動する。並行して周囲の死体たちをネクロウィルスで叩き起こす。死者の群れがむっくりと起き上がり雪を取り囲む。

 復活した死人たちを前に雪は一声咆えた。その姿が消える。雷の速度で瓦礫の上を駆け巡り屍たちを一人残らず焼き尽くす。10号の雷撃と2号の熱操作を組み合わせ、電流に肉体を灰にするほどの熱を与える。骸たちは荼毘に付され今度こそ物言わぬ肉塊となった。

 だがそれすらも予期していたかのように、雪の頭上に上階のブロックが降り注ぐ。錆びついた支柱がその重みに耐えられず、上階の施設が崩落し出したのだ。

 既に前後の道は瓦礫と死体で塞がれている。神速で逃れようにも足止めを食らった状態だ。逃げ場はない。

 が、今の12(かれ)に逃げ場など必要なかった。炎熱と雷放射に無数の斬撃。降り注ぐ瓦礫が瞬く間に灰燼と化した。

 寿(ことぶき)の悪魔は意味のない言葉を漏らしながら、烏合の姿を探る。この場において最も排除すべき敵対者を。だがその姿はない。湧きだした粉塵に紛れて消えている。

 その背後、雪の懐に烏合が飛び込む。目指すは真虫の開けた傷口! ここまでの攻撃は全て陽動、狂花帯に直接細菌を打ち込み、暴走を停止させる……。

 何かに足を掴まれたように、烏合の歩みが止まる。烏合の足は雪の傷口に到達する前に、凍り付き停止していた。振動と熱で背後の敵を察知し、足元から氷結を発生させていた。

「雪……」

白い息を吐き出しながら、雪が振り返る。その瞳に烏合の姿は映っていない。ただ狂花帯のもたらす狂気だけがその思考を支配している。

雪の放った手刀が烏合の胸を貫いた。

烏合の瞳が見開かれる。すぐさま、雪の手が引き抜かれる。胸に空いた穴、弱々しく息が漏れ、烏合の手が空を切る。足元の氷が剥がれ、烏合の小さな身体は前のめりに地面に倒れた。

情け容赦はない。寿の悪魔は、烏合の肉体に残るわずかな細菌さえ殲滅すべく、右手に悪魔の炎を宿らせた。その手が烏合の上にかざされる……。

「雪くん!!」

 悪魔が手を止め振り返る。一号の贋作一(にのまえ)(のまえ)と、第七号煙草森鳰が、崩壊した地下に現れたところだった。

「あれは……」

煙草森が変わり果てた雪の姿を捉え、言葉を失う。

のまえは暴走する雪を前に躊躇いを見せた。しかし倒れ伏した烏合の姿を見て、意を決したように煙草森に要求を伝えた。

「……? いいけど、あんた、それ……」

雪が野生の咆哮を上げ、煙草森の当惑を掻き消す。

「時間がない……! 煙草森さん、お願い」

 雪が唸り声をあげ、地面から氷山の剣を刺突させていく。

 氷剣が二人の心臓に達する直前、上階の床の上を転がったエデンの(ばくだん)が落下する。

 偶然、鉛の卵が二人の手前に落ちる。衝撃で殻がひび割れ、爆風が氷を溶かす。

 白い煙を透かし、寿は満足げに喉を鳴らす。

「……やれやれ。感動の再会だというのに、君は随分と性急なんだな」

 煙の向こうから声が飛んでくる。煙が薄れる。目標を確実に穿ったはずの氷山が、二つのシルエットを避けて突き出していた。隻眼の紅い瞳が浅霧の中に浮かぶ。

「久しぶり、というのは違うかな? 雪君」

 氷上に立ち上がったのは、消えたはずのもう一人の一々(ニノマエ)だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ