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人獣見聞録-猿の転生 Ⅶ Side-B:N+Anachronism   作者: 蓑谷 春泥
第3章 発狂した宇宙
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第28話 重力の虹

 オセアニアに位置する合衆国領ハワイ島は、2090年代のキラウェア火山の大噴火以来立ち入りの制限されている島であった。観光客はおろか住人さえ立ち退きの憂き目にあい、一帯は既に人の住めない魔境と化している。三次大戦後の勢力図の変化に伴い、現在は噴火活動の観察という名目で、日本が米国との共同管轄下に置いている地域でもあった。

「……そこにこんな基地を立てられるんなら……、お前たちの枢機卿(ボス)は、政界の大人物ってところか?」

 御黒闇彦はマグマで歪な形になった火口を見上げ言った。

「さあな」海土路兄が答える。「俺らはそれを知る立場にねえし、別段興味もねえ。どうせ現体制の世界は崩壊する。俺たちエデンが、新しい世界を造るためにな」

「新世界か」御黒は砂を噛んだような表情で言った。「御大層な野望だな。人類皆不死の社会、それをどうやって回していく? 人口爆発による食糧危機、殺すことのできない犯罪者たち、反旗の目を待つ旧体制の国家たち……。待っているのは生き地獄かもしれないぜ」

「もちろん選別は行います。今の人類をそのまま残したのでは、混乱が生じる。そもそもの根本的な人口問題は、我々〈12人〉の力を以てして地球外に多数のコロニーを建設することで解決できます。その前に、次の世界に相応しい優秀な人間だけを残し、下等な連中は根絶やしにするのです。反乱も暴動も起こらないほどに」佐丞が美しく整った白い顔で悠然と答える。「エデンの園に住むことができるのは、許された者だけです」

「楽園の門は狭そうだな」

 御黒が鼻で笑う。

「御黒……、どのみちお前はいずれ消さなきゃいけなかったんだ。お前は新世界を脅かす。一人ではお前を倒せなくとも……、兄弟が力を合わせれば、その力は無限大になる。ただの3号と4号と思ってたら、火傷するぜ」

「俺にそれを言うか?」

 御黒は片頬を歪めて手を差し伸べた。

 瞬間、強烈な熱気が御黒を中心に伝播する。高温の溶岩すらもさらに溶け出すほどの熱い空気、が、海土路兄弟に襲い掛かる……。

 が、兄弟は文字通り涼しい顔で突っ立っている。御黒は二人の様子を観察しながら、手を下ろした。

「なるほど、熱攻撃は対策済みか。『万物流転』の4号」

 御黒は眼鏡のレンズに表示されたデータを読み込む。

「私たちを、そのへんの〈12人〉と一緒にしないでもらいたい。我々の体にはあらかじめ〈耐熱性〉と〈耐火性〉を付与してあるんですよ」

 佐丞が答える。「大きな顔をしても、君は最強にはなれない。昼神に敗北した君ではね」

 御黒の表情筋がぴくりと動く。「へえ……、どうやら真っ先に殺されたいらしいな……」

 氷塊が火山を抉るように突き出て、兄弟を襲う。

「はッ! 殺せるならな!」3号が拳を叩きこむ。氷山が粉々になっていくつもの氷礫が宙に飛ぶ。飛散した氷の塊たちは無重力にさらされてゆっくりと空気の中を泳いだ。兄と弟もまた重力を無視して氷を床に浮き上がる。

 火山を背景にダイヤモンドダストが煌めき、巨大な氷の岩々が宙を舞う。3号が手を振り下ろすと一斉に氷塊が地面に降り注ぐ。

 御黒は腕の一振りでそれらを薙ぎ払った。氷たちが水蒸気となって文字通り霧散する。

「その程度か?」

 挑発する御黒に向かって霧が一斉に突撃する。3号の重力操作によって霧が地面に引き付けられていた。

 俺の霧を利用するか……、目眩ましにもならないが……。

 訝しがる御黒が動きを止めた。いや、正確には動けなかったと言うべきか。動こうとすると衣服や肌がブレーキをかけるのだ。御黒を包んだ霧には、4号の手によって強い擦過性が付与されていた。

 身動きの取れない御黒のもとに4号が自ら降り立つ。触れた者に任意の物理的性質を与える佐丞の凶手が、御黒の頭を襲った。

「……⁉」

 突風が吹いて霧を散り散りに薙ぎ払った。温度差を利用して生み出した御黒の気流。すかさず御黒は腕を振り抜いて佐丞を吹き飛ばす。

 鳩尾に一撃喰らった佐丞は溶岩の上を転がりながら呻く。しかし口元には不敵な笑みが浮かべられている。殴られたということは直接触れたということだ。それは自身の能力を御黒に付与したということを意味する。

 しかし御黒はこともなげに腕を上げて見せた。彼の手には鎧のように氷がまとわりついている。氷の小手に皹が入り、砕け散る。不用意に接触するようなミスは冒さない。

「そう簡単に()らせちゃくれねえぞ、佐丞。俺様の助けが必要か?」

 氷を足場にして逆さに立った佑丞が、頭上から声を落とす。

「自分の心配をしろ」

 御黒の忠告と共に、佑丞の体が氷結する。とどめを刺そうと意識を向けた御黒の野性(ワイルドネス)が、降って湧いた危険を察知した。

「……⁉」

 身に纏った黒いコートが、煙を立てて溶け始めている。……空気だ。この空気を吸ってはまずいと、御黒の本能が警戒していた。

 足元から氷塊を噴出させ、その反動に乗って大きく飛ぶ。蛮性が危険を告げる地帯から脱出し御黒はコートの表面を焼き切った。海土路佐丞を見やる。得意げにこちらを窺っている。

 酸性か……。空気に強酸性を含ませて襲ったらしい。あらゆる物体を燃やし蒸発させる御黒の絶対融解領域も、空気を通さないわけにはいかない。御黒闇彦といえども窒息の被害は免れないからだ。逆に言えば、彼が受け入れている物質に危険な物性を付与することができれば、無敵の防御を誇る御黒にも攻撃を通しうるというわけだ。

 能力の有効範囲も広い。しかもこの手数の多さ……。派手さには欠けるが、面倒さは〈12人〉随一だな。

 御黒は4号を内心でこう評価した。

「おいおい、二人でよろしく戦ってんじゃねえぞ!」

 周囲を覆う氷塊を叩き壊しながら3号が復活する。「こいつでどうだ!!!」

 地面が突如として影に覆われる。御黒は空を見上げた。雲を割って巨大な隕石が墜落してきていた。


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