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人獣見聞録-猿の転生 Ⅶ Side-B:N+Anachronism   作者: 蓑谷 春泥
第3章 発狂した宇宙
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第24話 魔弾と心臓

 跡星が、戸の枠にもたれかかって立っていた。「跡星……⁉ なんで……?」鳰が驚きに目を見張る。既に二投目の態勢に入っている。「『魔弾(アルデバラン)』……!」邇凝博士が嬉しそうに言う。

 投げつけられたメスを、宙に伸びた手がキャッチする。床にのびていたはずの残間が体を起こしていた。

「残間愛……。狸寝入りかよ。嘘八百はお手のものか?」

「さっきまで気絶してたのは、本当だ。ナナク……煙草森に脳をいじられる前に、心臓を止めて失神した」

 二人は互いに攻撃できる間合いで睨み合った。

 跡星の腕が動く。残間の機先を制して注射器を投げつける。狙いは邇凝博士、博士を庇った残間の腕に数本の注射針が刺さった。中は空だ。残間はカウンターの足蹴を放つ。身を翻した跡星が蹴打をかいくぐりながらマグカップを投げつけ注射器の底に命中させた。ピストンによって空気が注入される。

「っ……」

 残間が顔をしかめ注射器を引き抜く。心臓を強く拍動させ、刺された箇所の血液を押し出す。

「血液に空気を入れるなよぉ、血管が詰まって死ぬよ」

 椅子のキャスターで移動しながら、邇凝博士が(ちゅう)する。

「言われずともだ。っつーか、もうちょい危機感持ってくんねえかなぁ、あんたは」残間が苛ついたように注射器を投げ捨てた。床に当たってガラス管が砕ける。

「病身で反応が鈍ってるようだな、残間。雪に()され、9号からネクロウィルスを喰らったらしいな」ディスプレイを掴み振りかぶる。「なんてことはない、敗北者の操り人形だ」

「てめえが言うな、球投げ野郎」

 デスクを蹴り上げる。残間の放ったステンレスの机がディスプレイを抱えた跡星を跳ね飛ばした。画面もろとも鳰の前に転がった跡星が呻く。

「無茶だ、跡星……。贋作のあんたじゃ、〈12人〉には勝てない」

「はっ、言ってくれるじゃねえか、7号さんよ。これでも俺は、雪を追い詰めたことがあるんだぜ」跡星が身を起こしながら声を落とす。「……(じき)増援が来る。それまで繋いでやるから……、動かせるようにしとけ、体ぁ」

 割れたタイルの破片を握る。徹底抗戦の構えだ。

「……なんで私を庇う。退けば助かるでしょ」

 鳰の問いに跡星が一瞬だけ振り向く。「……さあな。お前に脳みそいじられたせいじゃねえの」

「そんな命令してない……!」鳰が悲痛な顔で反論する。「わけ分かんない……。雪たちもあんたも……、なんで他人のために身を(さら)せるわけ? 命が惜しくないの?」

「ごちゃごちゃうるせえよ、ナナクロ」残間が拾いあげた電気銃を構えて諭す。「こいつらは、自分の身近な人間を傷つけたくないだけだ。お前がエデンや伏魔殿から身を隠すことで平穏を得ようとしたように……、こいつらは、戦うことで日常を守ってる。そんだけの違いだ」

 残間が引き金に指をかける。と、武装した伏魔殿の隊員たちが天幕の中に突入してきた。「武器を捨てろ!! ここは既に包囲されている!」

「! 増援か……! だが……」

 残間は銃口を向け、次々と隊員たちを撃ち倒した。

「嘘はいけねえ……、大した人数じゃねえんだろ?」

「跡星先生!」一々江が天幕の中に現れた。残間が微かに躊躇して銃口を下げる。

(にのまえ)! 後ろのが煙草森鳰だ! こいつ連れて本部まで避難しろ!!」

 跡星がすかさず指示を飛ばす。「跡星……」のまえに助け起こされた鳰が、躊躇うように口にする。

「さっさと行け! 俺にはまだとっておきが有る!」

 跡星が残間の前に立ちふさがり、二人を急き立てた。「急げ、ここにいられちゃ、足手まといだ」

 追い立てられ鳰はぐっと唇を噛んで肯いた。のまえに支えられ天幕の外へ逃がれていく。

残間がその背に銃口を向ける。脚に狙いを変え引き金を引く。飛び出した電撃を割り込んで左手で受け、跡星が背面越しに万年筆を蹴り出す。銃口に見事に突き刺さったそれは残間の手で電気銃を暴発させた。隙ができる、跡星は足蹴の勢いで半宙で身を捻り、サイドスローでタイルの切片を投げ出した。

 斜めに放物線を描いた欠片は残間の間合いを避けて、邇凝博士の元へとカーブした。

「ほっ!!」

 邇凝博士は仰天して飛び上がった。タイルの刃は博士の首筋に……、噛みついているはずだった。しかし、博士との軌道上にあったモーターの方にタイルは吸い寄せられていた。

「言ったはずだぜ」残間が懐に潜り込む。「っ……!」跡星が裏拳を放つ。残間がその腕を握り止めた。「嘘はいけねえ、ってな。奥の手なんかないってのに」

 どくん、と、残間の手の下で脈が止まる。跡星は目を見開いて足元に崩れ落ちる。

 壁際にもたれかかり、邇凝博士への攻撃を阻んだモーターを見やる。「……電磁石か……。そこまで……、読んで……」

「君を能力(コンセプト)を設計したのは僕だからね。対策も検討済みなのさ」

 邇凝博士が微笑む。跡星は虚無を見つめながらずるずると壁を下がり、床にずれ落ちる。瞬きの速度が緩慢になる。「まったく、手のかかる……、生徒(ガキ)ども……だった。せいせい、するぜ……。これ、で……」

 瞳から光が失せた。跡星の死体の前にかがみこんで、残間は対戦者の死に顔をまじまじと眺めた。

胸ポケットから煙草のカートンがはみ出ていた。残間はその一本を抜き取った。「嘘つきがよ……、跡星教官」

残間は、彼の乾いた唇に最期の一本を咥えさせた。




無造作に置かれた無線機に、少年の血が零れる。

椅子に手足を縛りつけられ意気消沈した見を眺め、(えだなし)×(オサム)が語り掛ける。「少し昔話をしようか。お兄さん」


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