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人獣見聞録-猿の転生 Ⅶ Side-B:N+Anachronism   作者: 蓑谷 春泥
第2章 総員玉砕せよ
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第19話 羊虎

「……後原ァ!!」

 背後から、安虎の叫び声が追ってくる。「何で逃げんだよ? アタシと闘え!!」

「こっ……ちにも任務があるんだよ! てーか安虎、なんでエデン(そっち)に付いてんだ?」

 隊を率いて走りながら、後原が叫び返す。「Λの二代目は、お前に託したはずだろ?」

「託しただァ……?」安虎は立ち止まり、バットを抜いた。「譲ってもらった王座になんか意味ねえんだよ! アタシはお前に勝ってその席を奪いたかったんだ!!」

 釘バットの振動が、壁床から太い釘を突き出させる。後原たちは突如として塞がれた通路に足踏みをした。

「安虎……」

「さあ来いよ。あの時果たせなかった決着を付けようぜ」

 安虎の目は真剣だった。

後原はため息をついた。「……わかった。だが一つ条件がある。タイマンだ。他の連中はこの先へ進ませる。お前の部下は来た道を帰させろ」

「いいぜ……。望むところだ」

 再びバットを地面に叩きつけると、通路を蓋していた杭の壁が下がった。後原は隊員たちを目で促す。安虎も部下に顎で帰るよう示した。

 三度バットがしなり、通路は両側から遮断される。バットに皹が入る。安虎は道の端に投げ捨てた。

「良いのか?」

「もう限界(がた)が来てる。折れるとせっかく作った闘技場(リング)が無駄になるんでなァ」

 安虎は拳を鳴らす。「それにこいつぁ借り(もん)だ。あんたとは純粋に、自分の力だけで闘いたい。拳と、能力(ちから)とでな」

「能力……、お前も贋作(パスティーシュ)か……。ならアタシは武器(これ)も使わせてもらうけど、いいな?」

 後原は手に下げたライフルを見せた。

「かまわねえよ……。それもアンタの技能(ちから)なんだろ」

 二人の間に静かな睨み合いがあった。……どちらからともなく仕掛ける。

 後原がライフルを構える。一発、二発、熱線弾が釘の壁に穴をあける。安虎は敏捷に躱す。安虎の手から催涙弾が投げ込まれる。煙幕が空間を覆う。目眩ましだ。後原は構わずライフルを構える。

 煙の中で敵の位置がはっきりと視認できる。『羊たちの沈黙(スキャナー・ダークリー)』、後原未(らむ)の能力。免疫細胞の発達により、空気中の細菌の揺らぎを彼女は感じ取ることができる。後原は煙幕の中の安虎を正確に撃ち抜いた。

「っ!!」

 安虎が肩を押さえる。肉が内側から傷んでいく。大気中から引き寄せた腐敗細菌を蒸気弾に混ぜ込んであった。

「意味なかったな……。あたしに煙幕は効かねえよ」

「へっ……、そーでもねえぜ」

阿虎が傷んだ皮膚を削ぎ落す。妙な香りが鼻に付いた。瞬間、心臓がどきりと跳ねた。「……っ⁉」後原の足がすくんた。隙を突き、安虎が飛びついて羽交い絞めにする。耳元に唇を寄せる。

「抵抗できねえだろ。『悪徳の栄え(ニンフォマニアック)』、本能を掌握する能力だ」

「っ……!! てめえ、そっちの()かよ……っ!」

「勘違いすんな、アタシのは嗜虐趣味(サディズム)だ」

 耳たぶに噛みつき、吐息混じりに言い募る。「お前が悪いんだよ後原ァ……。九州連合(アタシ)とΛ(お前)……、この1年、覇権を巡って何度も鎬を削ったよなぁ? 互いに実力は拮抗して……、いつも決着つかずだった。だがこれで最後、ようやくお前との決着(けり)がつくというその時になって、お前はオレの前から姿を消した! 伏魔殿とか言う組織に入ってな!」

「そ……れでエデン入りかよ……。ずいぶん周りを巻き込んだな……!」

 安虎は巻き付いて離さない。首に腕を絡めてじわじわと締め上げる。

「オレはあん時誓ったんだよ……! オレたちの戦いを放棄して逃げ去ったお前を、必ず足元に跪かせてみせるってな。これは復讐だ。その尊厳ぶっ壊しておかしくなるまで愛してやるから、覚悟しろや……!」

 後原は体を震わせ、ライフルを己の足元に向けた。銃声が響く。後原の腕に力が戻り、安虎を背負い投げた。地面に叩きつけられ、安虎が呻く。

「はァ……、痛みで妙な気分も失せたぜ……。あたしを屈服させたかったら正攻法で来な」

「自分の足を撃ちやがったか! ……仕方ねえ。この技、てめえにゃ使いたくなかったが……」

 安虎が刮目し色香を放つ。絶叫が廊下中にこだまする。後原の足に空いた穴に、想像を絶する激痛が染み込んでいた。

「痛えだろ。感度3000倍だ、てめえの痛覚を敏感にさせてる」

 後原の髪を掴んで顔を上げさせる。「さあ敗けを認めろ! アタシの下僕になると言え! 痛みで発狂したくなかったらな!!」

「ぐ……、は……ッ」

 後原は弱々しくライフルを掲げた。引き金を引くも安虎は既に躱している。

「ふん……、んな状態で当たると思ったか? 狙いもてんで的外れだ。もういい、てめえとはここで終わりだ!」

 安虎の拳が後原を襲う。後原は膝の力を抜いて倒れ込むように拳を躱した。釘の壁にめり込み止まるはずだった安虎の打撃は、なぜか空を切った。

「なっ……?」

 安虎の目が背後の武器(バット)に向かう。弾丸がバットを撃ち抜き、破損させていた。虚を突かれた安虎はそのままバランスを崩す。時間にして1秒に満たないほどの隙、その隙を逃さず、後原は床に下がっていく釘の山目掛け安虎を突き刺した。

 悲鳴を上げ安虎が倒れる。巨大な釘に肩から腕を突き刺され、肺も損傷しているらしい、口から血を垂らし呼吸音が苦し気に響く。

 苦痛に能力も解除されたらしい、後原の足元から痛みが引いていく。後原は脂汗を流して銃口を安虎の額に突き付ける。

「やれよ」荒く息を突きながら安虎が見上げ、そして目を(つむ)る。

「…………」

 後原は呼吸を整え、引き金を引いた。



 東の棟を悪童隊が駆ける。本館地下3階。隔壁で経路は複雑になっているが、作戦本部までそれほど遠くない場所だ。

「! 敵分隊いるぞ!! 構え!」

 階段からいくつかの分隊が降下してくる。悪童隊たちは銃撃戦に応じた。既に3度目の接敵だ。道中いくつもの班に襲われている。

「敵が増えてきた! 上が攻め込まれてるみたいです!」

「2Fからの通路の遮断を要請! こいつらはここで仕留めるぞ、てめえら‼」

 銃弾とナイフ、拳の入り乱れた短い戦闘だった。5分もしないうちに廊下は敵の死体で溢れ返った。

「っし……、重傷者いねえな。怪我したやつは後ろに回れ、ペース落として良い、応急処置しながらついてこい」

 馬飼の目の前で、青墓が膝を付き嘔吐した。おい、大丈夫か。腹か頭やられたか。馬飼はかがみこんで青墓の背に手を回した。

「っさーせん、つい気持ち悪くなっちまって……、ハァ……」

 青墓(あおはか)の手は血で汚れていた。敵を刺したナイフが床に落ちている。二十人ばかりの生暖かい死体がそこいらに転がり、鮮血や内臓を露出させ目を剥いて絶命している。たしかに、あたりは吐き気がするほどの臭気だ。だがそれ以上に……。

「うっ……、あぁ、俺ぁ、皆を守る仕事と思って悪童隊に……。っだけど、こんなのは……」

 青墓は悪夢を見るように喘いだ。青墓だけでない、部隊は全員体力以上に消耗した様子で、頬をこけさせている。

「……立て、青墓。この本部は俺たちにしか守れねえ。俺たちが()るしかねえんだ」

 馬飼は肩を貸して青墓を立ち上がらせた。水を差し出す。青墓は口元を拭い、手渡された水を縦にして飲んだ。

「……すまねえ、馬飼さん。さすがっすね……、こんな時でも、馬飼さんは堂々としてる」

「……いや……。俺はお前らより早く、覚悟を決めてただけだ。これはもう喧嘩じゃない。俺たちがやるのは、命の奪い合いだってな」

 半年前の首都戦……、目の前でエデンの少年兵たちが、味方の命令で次々と爆殺されていく様を見た。あの時から気付いていた……。自分たちの戦いは戦場のそれに変わったのだということを。

 地下最深部の広間へ出た。そこは「聖堂」と呼ばれている広い空間で、地上へと続く太いダクトや配線がオルガンのように上に伸びていた。

「フロアチェックは念入りにやった。B1(地下一階)とB2(地下2階)で接触しなかったということは……、司令部に近いこのフロアに、一番近づけちゃいけないアイツがいるってことになる。今、俺たちが最優先で警戒すべき対象は、そいつだ」

 「聖堂」の真ん中に、癖のある灰色の髪をした少年が突っ立っている。馬飼はその背中に銃を向けた。「……そうだよな? 『蠅の王』」

「そんな呼び名もあったか」

 少年は両手をポケットに突っ込み、前を向いたまま応じた。「おめでとう。よくぞ間に合ったね、馬飼」

 葦原(アンタイ・エデン)リーダー・祁答院(けとういん)伊舎那(いざな)が、不敵な笑みと共に振り返った。

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