5:暫くお世話になります
さて、この世界はどんな場所なんだろうな……
そもそも私が生存していける世界なのか、王様と謁見後にどう行動するべきか、行く行くは戻れるのかどうか。
それ等を含めて私はここでの説明と質問で一時判断を行わなければならない。
扉が開かれ、ティーセットがメイドによって準備された。
その間に彼女は地図を書斎から取り出し、机に置いて指で差して言う。
「まず、この世界はアンレアと言って、世界には3大陸あります。地図中央が私達のいるセントラ大陸、東がイーサ大陸、西にウェスタ大陸。各大陸では既に統一国家による統治が敷かれていて、私達の国はルミスと言うよ! 東がリプレイユ帝国、西がバニス聖国ですね!各国の成り立ちや歴史は書物頼りが良いかな!知らないって訳じゃないけど、詳しくはないし、間違ってると困るしね!」
頻りに「知ってはいるんだけどねー、間違ってたらねー」と繰り返す。
そして地図上でセントラ大陸と呼んだ位置の中央を指差してエリ女史は続けて言う。
「この位置が王都ルミア! ルミス王家の住まう王城があるよ! 各領地の中央にあるから、商人や人が大勢行き交う王都の名に恥じない大都市だよ! この後に使い魔にお願いして王城に手紙を運んでもらう場所だね! 通信は……」
王族の話が出て気分が少し落ち込み、最後の言葉は小さかった事もあり聞き逃してしまった。
「後は王都を囲んで領地が12領地。その領地内に大中小と規模の違う町村があるけど、領地の名前がそのまま中心都市名! 区別は領名ならラビルン領、都市名ならラビルンのみ。場所としては王都から東がラビルン領だよ!」
という事は私はラビルン領ラビルンの日本比較だとそこそこ大きい規模の病院にいた訳か。
中心都市に転移したお陰で右も左も分からぬ生活にならないで済んだ訳だが、転移したせいで困っていたとも言えるので一概に良かったと言って良いのだろうか……
まぁ、転移先が殆ど人が居ないとか森の中や山の上よりか大分マシだよな。うん……良かったんだよ。
まだまだ続けて喋りだすエリ女史。
「次は種族に付いてだね! 大別すると人族と亜人族。人族は特徴がないのが特徴と考えられているけど、性欲においては時期関係なく妊娠率も低くないから、特徴かな? 人口の割合も人族が一番だね! それと中には人族亜人族の枠を超える者も出てくるよ」
人族は他種族よりも性欲が一番強いとは……オーガとかじゃないのか……反応しづらい部分だな……
「亜人族は各種族で変わるけど大まかに4種族。肉体は人族に近しいけれど魔具開発のエンチャントが得意なドワーフ種。魔力量と魔力に長けた長命なエルフ種。力と頑丈さに優れるオーガ種。五感に優れ動物的特徴を持つアニマ種。それぞれに地域の特徴は出たりハーフがいるけど、そんなところかな? 細かい特徴はこれもボクが言うよりも書物を読んだ方が早いかな! あと、ボクは見て分かるようにエルフ種のハーフだね!」
見て分かるように、というが耳が長いと言えるような言えないような……
尖ってるとは思うが髪に隠れると、正直……
見た目は若く、もう数年で可愛らしいから美しいと表現されるだろうな、くらいは思っていたが。
ここでサラリーマンのスルースキルが発揮される。
「そうですね」
「そう思ってない奴の言う言葉じゃん!」
なんと異世界でもこの言葉はそう捉えられるとは!
仕事中の返答に困った時には取り敢えず「そうですね」と言えば有耶無耶で済まされる故に信憑性のない言葉、「そうですね」、が…
「はぁ…エルフって元々見た目は耳が長い位で人族と違いらしい違いは魔力量とかだしなぁ〜……人族とエルフのハーフだと気付かないかぁ……そりゃぁ、オーガ種やアニマ種に比べたら特徴はないけどさぁ〜? ドワーフのハーフの女の子だったら、見た目子どもくらいの身長ってだけなんだからね!」
『アイデンティティーなんだよ!』、と俺を指差し膨れ面で言うエリ女史。
今後、『そうですね』という時にはもう少し感情を乗せて言おうと決意した。
気を取り直したエリ女史が問いかける。
「これで一通りの説明は済んだけど、何が聞きたい?」
聞きたい事だらけで困ってしまうね。
そこで纒めていた質問内容を一気に話した。
疑問を矢継ぎ早に質問しすぎてしまい、エリ女史は頬を引くつかせる。
「あー、えー、と……」
エリ女史の説明を纏めると……
『この世界で私やタダヒサ・ホウジョウさん以外に転移されてきた者は居るか。私は帰還できるか』
→私とホウジョウさん以外では転移者はいなく、帰還方法があるのかも不明。
『いつタダヒサ・ホウジョウさんは転移してきて、何をしたのか』
→ホウジョウさんは約15年前に15歳でこの国に転移され、3大陸の人族と亜人族の関係改善に努めたとの事だ。
そして5年前に亡くなったとルミス王や聖国聖女様、帝国皇帝陛下によって知らされる。
最後を看取ったのは王女、聖女、勇者だったらしい。
ホウジョウさんは才子多病とでも言うのか、召喚後の3年目くらいから病にかかっていた、とも噂があるとか。
短命の中でぱっと花開き、そして散っていったようだ。
しかし、長く続いていた他大陸での亜人排斥は人族にも亜人族にも確執は当然残っている。
聖国には亜人族の人権を認めぬ人族至上主義を掲げるエクシア宗教団なるものが暗躍して居るという。
帝国では地位が低かった亜人族の労働者階級を、貴族階級があの手この手の違法な手段によって奴隷化した者が行方知れずだという。
つい最近まで暗黒時代じゃないか…しかもまだ暗躍している宗教団や貴族がいるとは……
『私はここで生活するとの事だが支払い義務はあるか』
→生活における支払い義務は客人なので求めない。
『私のような者に就ける仕事はあるのか』
→仕事に就く事は可能であるが、王家との謁見が済むまでは控えて欲しい。
『王族との謁見までに礼儀を教えて頂けるか』
→礼儀作法は滞在中に教える。
『物々交換なのか貨幣による物品購入か』
→物品購入は数十年以上前には金、銀、銅貨による取引もされており、各国の通貨は何年もドワーフ種により造幣、魔具による国印が押され保証されていた。
しかし、魔具や魔機による経済発展の中で既に各国では金本位制の兌換紙幣にも限界が起き、不換紙幣や信用手形、含有量を抑えた銅貨が利用されるに至った。
今では純粋な金、銀、銅貨は資産価値はあるが、貨幣としてはほぼ使われていないとの事だ。
それと王印は魔機によって行われるようにもなった為、ドワーフは1つ職を失ったとも言える。
ちなみにホウジョウ商事なる商会があり、金融から衣食住、紙幣や硬貨の偽造防止技術開発に至るまで幅広く手掛ける多角経営の企業であるらしい。
総合商社かよ……
異世界でありながらほぼ地球と同じだ……
『貨幣であれば1人が生活する上で必要な1ヶ月の資金は幾らか』
→各国で紙幣の交換レートは違うが、一人が生活するのに15〜20万ルミあれば良い。
建設や魔機工場の労働で日当が約5000〜1万ルミ。
魔具製作者、魔機製作者は商会所属の場合は日当が約2万ルミ、個人の場合は成果報酬のため賃金はケースバイケース。
魔力補充技師は魔具、魔機製作者と同じように魔力量がある程度までないと就けない。
冒険者は各素材や魔具や魔機用魔石を魔物を狩る事で国家運営の報酬を得る。
しかし、乱獲による絶滅で素材の枯渇を危惧した魔物保護意識が各国では50年以上前に生まれており、能力あるもの以外はそもそも資格が貰えず、資格があっても中々就けない高給取り。基本給+素材代金の3割手当。
魔物の養殖も研究され始めた。
今では冒険者が逆に絶滅危惧種。
『魔力とは何か』
→魔力はそれぞれが持つ魔法の源、魔素であり、空になっても使用し続けると体が弱る。
それでも尚、無理をしすぎると生命力、要は死物狂いの火事場の馬鹿力で寿命が縮まる。
生命力は、血肉や魂と同じく、食事や睡眠等で自然回復する。
魔力の成長は2種類に分類される。
心身の成長によって徐々に魔力量が増える(加齢成長)か、魔力を継続で日々使用し続ける事で量が増える(洗練成長)か。
空にするまで使うと更に伸びが良いとの事だ。
ただ、人族、亜人族各種で加齢成長と洗練成長は上限値がある程度決まっており、大体の人族と亜人族はそこで成長が止まるらしい。
中には上限値を超える人も出るが、桁外れに魔力成長する人は数十年、長いと百年単位で1人2人居るかどうか、らしい。
それと以前は冒険者に使用されていた魔力回復薬の素になる『マギニキキソウ』は安定供給の為、王家直轄領にて管理栽培されているとの事だ。
今では魔力欠乏症という病気の為の薬や原料を希釈した、ちょっと魔力使い過ぎちゃった時のエナドリ(疲労回復薬)的なものと成っているらしい。
『魔具とは何か』
→魔具、魔機とは魔力、魔石を燃料として動く道具や機械であり、これらの発展により魔産業革命が起きたようだ。魔具は一般的に個人用途で使う物を指すようで、魔機は大型の大量生産の為の産業機械の様だ。
魔石は魔力が高密度に集まってできた結晶であり希少な為、専ら魔力補充技師が注いでいる。
異世界はエナドリに支えられている…そして環境にクリーンなエネルギーだ……
しかし、魔具とやらで自動車や通信が行えるようなものは出ていないのか?
不便だな。
『魔法とはなにか』
→魔法とは魔素による様々な現象の顕現である。
それらは意味を持つ言葉、適切な現象の想像を下に、魔力消費によって生み出される。
この世界では魔法やスキルの取得後は自然と言葉が浮かんでくるらしい。
短縮詠唱でも発動し効果もあるようだが、全文詠唱の方が魔力の変換が上手く行き、結果として威力や効果範囲が広くなるとの事だ。
魔法作成ができる人は少ないが、それが行えるだけの魔力量、操作、維持が備わっていれば、可能らしい。
その人の想像による顕現が行われる為、無闇に行うのは危険。
魔力が空になると顕現を維持できず霧散する。
『私にも魔力があり魔法は使えるのか』
→私に魔力があるかは異世界人のタダヒサ・ホウジョウさんが使ってたしできるかも? 、との事だ。
使えなくても気にしない事にしよう。
以上だ。
確認したかった事は今のところはこんなものだろう……
大分、なんというか……異世界に来たのに現代チックで驚きだよ。
そうか、そうだよな。だって金属って希少だし、そもそも重いもんな……兌換紙幣だって流通量は金ありきで抑えてるし、間に合わなくなるよな……
幾ら魔法があっても生み出せないよな…最後は富の象徴か…
冒険者も今では高給取りな絶滅危惧種お抱え役人か……
そりゃぁ、乱獲しすぎたら素材取れなくなるし、国がしっかりと管理するか……?
魔物退治で一攫千金とか皆やってたら種が消えるし……有害な種や増えすぎた種も問題ない程度に間引いてるとかファンタジー系ゲームやってワクワクしてた私としては知りたくなかったかもな……
異世界要素はあるけど、これってよくあるゲームとかの異世界とは大分違うな……
一気に説明したエリ女史は少し疲れたように、ふぅーふぅー、と息を暫く吐き、呼吸を整えている。
「教えて頂きありがとうございます。おかげさまで大分分かってきた気がします。後は書物を読んで不明な点があれば確認させて頂けると……」
「りょ、了解だよ!」
少し、うわぁ、と言う顔で面倒くさそうにしながらサムズアップして答えてくれた。