4:領主様、初めましてです、よ?
院長が鳥に知らせの手紙を持たせて領主様の屋敷へ向かわせる。
その間、私は軽く質問を受け続けていた。
「では、貴方は気が付いたらこちらに居た、と?」
院長はにわかには信じられないといった顔で私を見つめる。
確かに私もいきなり知らない世界に飛ばされた奴が同じ事を発言したら怪訝な顔で見つめる事だろう。
「事実、気付いたら私はここにいる、としか言いようがない。偏頭痛で元の世界で倒れたと思ったら、目を覚ませばこの世界だ」
まさに頭の痛い話だな……
「こちらの世界と貴方の世界で言語が違う事は先程の板で確認はしましたが、ホウジョウという名前は多いのですか? 貴方はあのホウジョウ様とご関係がありますか?」
矢継ぎ早に告げてくる院長。
執務机に置かれた免許証と保険証を見ながら、表を見て裏を見て、斜めにしたりと確認して私に返す。
「ホウジョウは珍しいですよ。あとあのホウジョウさんとやらを私は存じてないので、出来ればホウジョウ何さんかを教えて頂ければ……」
学生生活、サラリーマン歴3年の私だが、ホウジョウという発音の名字は聞いたことがなかった。
珍しい方だろう。
「失礼、タダヒサ・ホウジョウ様に聞き覚えも無いですか?」
「ないですね。少なくとも私の知る中にはいないですね。私の元いた世界ではホウジョウ・タダヒサさんになるんでしょうけれど」
ホウジョウ・タダヒサ、タダヒサ・ホウジョウとややこしいが、仕方ない。
「そうですか……御領主様とお会いできるようであればもう少し状況が判断できるかもしれませんね」
「御領主様はどのような方なのでしょう。正直、貴族のような位の高い方とはお会いする機会は縁もゆかりもない人生だったもので」
「親しみやすい御方ですので言葉遣い等で不作法だと断じる事はないかと」
一先ずはマナーがなっていないからと即座に怒鳴られ牢に行く事はなさそうで安心した。
「それを聞けて少し安心しました。こちらの領土や国の名前、近隣諸国についても分からない事だらけですから」
室内にコンコンコンとノックの音が響き声が聞こえてきた。
「い、院長、御領主様が当院に直接いらっしゃいました」
ガタリと院長が立ち上がり驚きと困惑の混じった顔で答える。
「少し前に使い魔に手紙を持たせたばかりですよ……それに私達が許可を得て伺う予定でしたのに……畏まりました、応接室にお招きしてください。さぁ、ホウジョウさん、こちらの応接室へ」
そう言うと院長は室内右手側の扉を開き、入るよう促され、応接室に案内される。
「では、起立したままお待ちしましょう。御領主様が入られたら名を告げてください」
緊張で喉が乾いているが、私はなんとかコクリと頷き返す。
少しすると扉の外で声が聞こえ、ガチャリと扉が直ぐに開かれる。
恐らく領主が私の前まで歩いてくる。
背筋を伸ばし前を向き足取りは堂々と。
私の普段歩きと比べても雲泥の差だ。
「やぁ、ボクはエリ。エリシア・ブラッド・ヘルアタック。ヘルアタック家の女当主さ! 君が手紙に書かれてたジヒト・ホウジョウ君だね! 昔、タダヒサ・ホウジョウ様と話した事があるけれど、うんうん! 君は似ているね!黒茶髪に優しい薄黄色の目だ!」
「……」
余りの勢いで言われるので言葉に詰まってしまう。
「こうしてみているとやはり似ているね! もしかして本人だったり?」
「申し訳ないですが……初対面ですよ……エリ女史」
「ん……?」
それまで静かだった院長がはて?と首を傾げ声を出す。
「ん〜? 本当に、ホウジョウ様じゃないの?」
「いやいや、私はジヒト・ホウジョウですし、タダヒサさんとは血縁でも何でもないですから」
「そうか……その敬称で呼ばれるのはホウジョウ様と話した以来、か。久しぶりに、そう、呼ばれたよ、ホウジョウさん」
懐かしむようにぽつりと呟く。
「す、すみません、気に障ったなら」
「いや、その必要はないよ! さて、早速だけど私の邸宅に来て貰ったあと王様に連絡を入れて、返事が来次第、王都に向かおうか? こっちは時間かかるだろうけどね」
こ、今度は王様?!院長から領主に、次は王様とランクアップし過ぎだ!
「な、なぜ王様に謁見となるんです?! わ、私などそこらにいるようなしがない男ですよ!」
「そこらにいるしがない男がこの世界、この大陸に迷い込んだんだから仕方ないね! ほら、行くよ! あ、知らせてくれてありがとうね、ランさん! 待ったね〜」
院長にそう告げながら私の背中を押して一緒に部屋から出ていく。
「すぐ邸宅に着くからそこで腰を落ち着けて諸々をしっかり説明する予定だから、それまでに疑問を纏めといてよね。あ、君は暫くは邸宅で生活ね? これ、領主命令!」
「は、はぁ」
怒涛の勢いで押し寄せる内容に生返事をするしかなかった。
行き交う人々の居る街並みを見ながら馬車に揺られていると立派な建物が奥から見えてきた。
あれが件の邸宅だろう。
馬車に連れられた時に言われたように直ぐに領主邸に到着し馬車を降りて邸内を見回す。
領主様の邸宅だから小さくはないと思っていたが、中々に大きい。
庭だけで地区公園ならすっぽり入る大きさで、植木等も当然手入れされて莫大な労力がかかっているだろう…
建物はレンガをメインに作られ、見た目が可愛いらしいが大きさはごつい。建物は窓を見る限り2階、いや3階建てか?
「大きいなぁ……」
「だよね〜! けど味があって良い感じでしょ! ささ、どうぞどうぞ〜!」
領主自らで扉を開いてもらって入るが、お付きの方々が開いたりするもんではないんだな。
「おぉ~……外から分かってた事だけど、中々に広い……」
「広間とか寝室やら食堂やらと配置するとこのくらいにはなっちゃうからねぇ〜。さて、応接間、と言おうかと思ったけど、書斎でいっか! おいで!」
2階に続く階段を登り、先に進むエリ女史に付いていく私にメイドや執事がお辞儀する。
2階は個室がメインの配置となるのだろうが、その内の一室をエリ女史が開ける。
「書斎へ、ようこそ〜。ささ、テーブルで互い向かいに座ってゆっくり話そうか!」
左手スペースに配置されたテーブルを指しているが上座と下座で言うなら入口近くの右側だろうから、そちらに座ろうか。
「ボクはこっち座るね」
彼女に下座を取られて、別に上座下座を気にしても仕方ないか、と奥に座る。
「じゃぁ、まずは基本的な知識から話して、その後で纏めた内容を説明しようか!」
さぁ、私の知る世界からこちらの世界に知識を改変して行こうか……