2:受付でお金払えないよ
立ち竦む私を見る者の視線。あの者等が知る由もないだろう。
私が、私の知る世界の記憶は、そもそも私が正常であるかを気にしているなどとは。
人知れず心の中で叫んでいるなどと思わないだろう。
「っ……は?」
言葉にならない吐息だけが口から漏れ出る。
私は、今どこで、何を見ているのだろう。
病院であるはずだ。
そして私の記憶では人間とはあの様な姿形の者が居たのだろうか。
耳が長い、背丈が小さいはまだ理解できるのだ。そういう人種が居たとしても、民族的な特徴であったりと納得できる。
しかし、動物的な身体的特徴は人間という種では居ない。
都市伝説的に語られる動物と人間のハーフとは、遺伝構造からあり得ないと一蹴されているでは無いか!
「あのぉ〜……大丈夫ですか?」
手を私の顔の前でひらひらさせて問いかける少女。彼女にも耳が生えている!。
否、生えているが犬の耳だ!ダックスフンド的な耳だ!
「何も、そこまで現実を……」
突き付けられすぎた私は思わず愚痴をこぼす。世界とはここまで変容するものなのか。
たかだか目眩で半日ほど寝ていただけだぞ。
「あ、あのぉ……」
しまった、私が脳内で葛藤している間にも時間は進んでいる。
一旦、諸々は忘れて受け答えだけでもしておこう……
「す、すまない…突発的な片頭痛でね……特に問題はないよ……ありがとう」
「い、いえいえ〜……なんとも言えない形相で立ち止まっていたので…偏頭痛でしたかぁ……辛いですよねぇ……」
「あぁ、厄介なもんさ……心配かけて済まなかったね。それじゃぁ、そろそろ行くとするよ……」
行く場所など皆目検討も付かないが、一先ずは受付に行かないとだからな……
「は、はい〜、お大事に……」
犬耳少女の言葉を聞きながら、そのまま受付の方へと足を動かす。
少し素っ気ない対応になってしまっただろう事が後ろ髪を引かれるような気にさせるが、今は自分の状況を優先せねばなるまい。
「ん〜、どこかで見たような顔だったな〜……」
少女の声が一部聞こえたが後ろは振り返らず進む。
受付に座る取り留めて特徴のない20代と思しき女性に声をかける。
「失礼、アケネー先生に診察してもらい半日で退院して良いと言われたのだが、手続きを……」
「あぁ、倒れて運び込まれた患者さん。お体は平気だったんですね」
「あ、あぁ……それで、悪いんだが……手持ちが、だね……」
そう、私の持っているお金は以前の世界のお金である。この世界で使えるという奇跡はあり得ないだろう。
「……」
じとっとした目で私を見る女性。
あぁ、これは下手すれば警備のような者を呼ばれてしまうのではなかろうか……
出来れば後払い決済を申し出たいのだが……
この世界になんの因果か混じった私は、目眩で病院に運ばれ、目が覚めたら金が払えず暗い牢獄にでも捕まるのか。
強制労働でも労働だ……
その労働で得た分を会計分に充ててもらうしか道はないのか……
「そうですか……身なりは良さげに見えますが……ではこちらにお名前、住所を記載の上、もしも身分証があれば提示して後日お支払いください」
助かった……後払いできる……
胸ポケットに身分証明出来る物はあれど、この世界の身分証明ではない。
ざるだなと思いはするが、牢獄で強制労働は免れたぞ!。
「すみません」
いそいそと記載する私は、ふと……、何故この世界の文字が読める、書ける、そもそも何語を私は喋っている、と今になって疑問が湧く。
確かに喋れる、読める、書けるのだ……見慣れないはずの文字のはずなのに……
なぜか脳裏には浮かび、慣れた手付きで記載する。
「記載が終わったんですか?お名前は……」
私の名前であると分かるが、私の名前では断じてない文字。その名を読み上げる女性。
「ジヒト・ホウジョウ」