99.最強の騎士たちがやられるわけがない
殺害予告が出され、英雄たちの護衛に付くはずだった騎士たち――コルク様、ルートル様、カナール様の三名が姿を消してしまった。
セルリアン様とはボルド様とバーミリオンが、ジェード様とはパステルがそれぞれ合流して、王都に集結することが出来た。
今は陛下の元にいるモント様以外で、ブラン様の執務室に集まり、状況整理を始めるところだ。
まだ万全じゃない私は、ソファに横にならせてもらっている。
「アッシュ! 襲撃を受けたと聞いたが、君は大丈夫なんだな?」
ブラン様は、最後に部屋に入って来たアッシュ様に駆け寄る。
「はい。黒いケルベロスが現れましたが、攻撃魔法で応戦したところ、溶けるように消えていきました。仕留めることまでは叶わず、申し訳ございません」
アッシュ様はひざまずきながら答える。
ケルベロスと言うことは、幻獣騒ぎの犯人と今回の殺害予告の犯人は、同一人物と見て良さそうだ。
アッシュ様はモント様と合流してからは、特に襲われることもなく、無事にここまで護衛して帰って来れたんだよね。
けど残りの三人の騎士様は⋯⋯
「ジェード、ボルド、セルリアンは襲撃されなかったんだな? なぜ、殺害予告があった三人ではなく、護衛のために派遣された騎士だけが狙われたのか⋯⋯」
「単騎移動中の護衛を戦闘不能にした後に、本命のみなさんを狙いに来るのなら、理解出来ますが⋯⋯空を飛んでいたから、襲いようがなかったとか?」
どうも犯人のやりたいことが見えてこない。
「ところでセイラ、お前はそんなにぐったりして⋯⋯大丈夫なのかよ」
「かけられた呪いに、どんな効果があるのかは、まだ分からないんだよね?」
ジェード様とボルド様は、心配そうにしてくれている。
「以前、猫にされた時と、魔法陣の模様は似ているようですけど、これが何を意味するのかはさっぱり分かりません。最初に臓器をやられたのをノワール様に治療して頂いてからは、変わったことはないので様子見をしています。今はこんな感じです」
刻印を隠すために巻いていたスカーフを外して、首筋を見せる。
「セイラの呪いを解くために、ノワールと共にミラージュへ向かおうと思う」
ブラン様は深刻そうに言いながら、私の肩に手を置いた。
「危険ではありませんか? ブラン様にもノワール様にも、私にも殺害予告が出ているのに。なんだか誘い出されている様な気さえします」
「けれども、呪われたままいることだって、危険だろう? 呪いには必ず意味がある。命に関わる可能性の方が高い」
「俺もこのままにしておくのは反対だよ。術者は呪いを扱うために、それ相応のリスクを負っているはず。そこまでして呪いをかけておいて、何もありませんでしたはあり得ない。だから行こう」
「でも⋯⋯」
今、王都を離れて大丈夫なのかな。
せっかく集結したのに、別行動をとるのは隙が大きいんじゃ⋯⋯
なかなかブラン様とノワール様の言葉に頷けずにいると、バングルからパステルが飛び出してきた。
「キューン! キュルルン!」
ブラン様に向かって語りかける。
「『その任務、我に任せて欲しい。理想郷の湯を持ち帰り、呪いを解いてみせる。我が主の今の身体では、本来は馬車での移動でさえも許容し難い。その上、敵襲を常に警戒し、応戦するなど不可能』と言っている。そうか。十分な湯量さえあれば、セイラ自身が行く必要もないのか」
ブラン様は顎に手を当て考え込む。
「それはありがたいですけど、理想郷の温泉はたくさん種類がありました。全てを持ち運ぶのは不可能です。どれを持って帰って来てもらえば良いでしょうか⋯⋯」
「それに関しては、この本が参考になるかもしれない」
先ほどから本で調べ物をしていたセルリアン様は、とあるページを開いて見せてくれた。
「この本は、僕の精霊が大昔に契約していたという精霊術師の蔵書だ。これによると、魔法陣の作成には公式が存在し、その模様から、おおよその効果を推測することができるようだ。セイラくんの首筋に刻まれた魔法陣は、この本で言うところの、このカテゴリーに該当するように見える」
セルリアン様が指さしたのは、変身の呪いだった。
本に記された魔法陣と、猫にされた時のものと、今回のものは全て似ている。
「では前回と同じ、真珠の湯ですね。白く濁ったお湯だったの」
パステルに伝えると頷いてくれる。
「ちょっと待って! それならバーミリオンにお願いしよう。アイツの方が速いし、パステルはセイラちゃんに付いててあげた方がいいから」
ボルド様が提案してくれた。
「けどさ。バーミリオンとハーピーたちじゃ、温泉を瓶に詰めてフタするなんてできねぇだろ? まぁそれを言えばパステルもだけど。俺たちみたいな手の形じゃないからな」
ジェード様は腕を組みながら頭を捻っている。
「先生! 今こそ俺の出番だよ!」
突然上から聞こえた叫び声。見上げると⋯⋯
「うわ! アガットくん! いつの間に!」
天井の排気口から現れたのは、愛弟子のアガットくんだ。
「すいぶん前からだよ先生。全然気付かないなんて、相当弱ってるんだね。話は理解した。俺が行ってくるから、任せてよ」
アガットくんは自分の胸を叩いた。
「ありがたいけど、危ないかもしれないんだよ?」
「それなら僕の精霊たちを何人か護衛につけよう」
セルリアン様は、いつも精霊たちと交信するときに使う数珠を外し、いくつかの球をブレスレット状にして、アガットくんの手首に巻いた。
「彼らに任せておけば大丈夫だ。火属性の君は、くれぐれも流れ弾には気をつけるように」
アガットくんとセルリアン様の精霊たちは、バーミリオンと共に、理想郷ミラージュへと向かってくれた。
アガットくんたちを窓から見送っていると、モント様が部屋に入って来た。
「父上と話をして来た。恐らくこれから大規模な争いが起こる」
モント様は顔をしかめながら言った。
「神託が下ったんだ。『この戦いを制する者、真の統治者とならん。神は公平に人の子を愛す』とのことだ」
モント様の言葉にみなさん固まっている。
「これから王権を争う戦いが始まるということでしょうか? 真の統治者って⋯⋯それは建国の時から、無属性のアラバストロ家の役目だったはずでは?」
アラバストロ家に成り代わりたい誰かが、戦を起こすってことだよね。
どうしてそんな酷いことを⋯⋯
「父上とブランと私が争うことは考えられないから、そうなるね」
「もしくは、いるのではないでしょうか。我々が知らない無属性の者が。王族の血が流れる者が」
ブラン様の言葉について、落ち着いて考えたかったのに、敵はそれを許してくれないらしい。
突然、首筋の魔法陣が激しく光り出した。
ブラン様の仮説を裏付けるかのような、真っ白な光だ。
「あぁ! 痛い⋯⋯」
首が燃えるように熱い。
まるで熱した刃物を突き立てられているみたい。
それと同時に頭も痛むようになってきた。
「セイラ! 大丈夫か!?」
ブラン様がすぐに抱きしめてくれる。
その身体に縋りつきながら痛みに耐える。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ごめんなさい。爪が⋯⋯」
呪いの発動には周期があるのか、なんなのか。
痛みと光が一旦落ち着いたので、我に帰る。
思い切りブラン様の腕に、爪を食い込ませてしまっていることに気付く。
「構わない。辛いな」
頭を撫でてもらいながら呼吸を整えていると、再び魔法陣が光った。
「うぅ⋯⋯あぁ!」
ブラン様の肩に頭を預けて痛みに耐える。
頭が割れそう。ワイヤーか何かで締め付けられているみたいな痛みだ。
ふと、窓の外が赤く光るのを感じ、目線をやると、火の玉がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「え⋯⋯⋯⋯」
目の前の光景が信じられない。
このままじゃ建物ごと破壊される。
「キュイン!」
パステルが窓の外に飛び出し、角から氷の壁を作り出す。
それに続いてジェード様とセルリアン様が、結界を張ってくれた。
火の玉は蒸気を出しながら、水の結界に飲み込まれて消えて行く。
「よくわかんねぇけど、始まったみたいだな」
ぞろぞろと窓際に移動し、外を確認する。
城内も城下町もパニック状態らしく、あちこちから悲鳴や物音が聞こえてくる。
火の玉の直撃は免れたものの、熱のせいか、衝撃波のせいか、建物の一部が、えぐれたように壊れている。
「あぁっ! 痛い!」
また魔法陣が光り、痛みが来る。
それと同時に王都の壁の外から、火の玉が放物線を描きながら飛んでくるのが見えた。
再びジェード様とセルリアン様が攻撃を防いでくれる。
根拠はないけど直感した。
あの火の玉は私の魔法陣と連動している。
私をめがけて飛んできているんだ。
そうなると、ここには居られない。
街もお城もみんな滅茶苦茶になってしまう。
周囲の巻き添えを防ぐためには、移動するしかない。
「パステル! お願い! 城壁の外に連れて行って!」
パステルの背中にしがみつく。
「セイラ! 急にどうしたんだ! どこに行くんだ!」
ブラン様に引き止められる。
「あの攻撃は、この呪いと連動しています! 私が移動すれば、軌道が逸れると思います! パステル! 急いで! 早く飛んで!」
必死にお願いすると、パステルは私を乗せて羽ばたいてくれた。
「待つんだ! セイラ! 君一人でどうするつもりなんだ!」
ブラン様は絶対服従を使っているみたいだけど、パステルには効かない。
「危険だ! 行ってはいけない!」
「そんな身体で動けないでしょ! セイラちゃん!」
モント様とノワール様の声が聞こえて来た。