98.あの人たちが裏切り者なわけがない
四日後。
ハーブティーを飲んだせいで、効果不明の謎の呪いを受けてしまった私は、ノワール様の治療のおかげで、なんとか自力で立ち上がれるまでに回復した。
それはありがたいんだけど、納得行かないのは、メイドさんたちの扱いだ。
「ブラン様、マロンさんたちは今、どういう状況なんでしょうか? 痛いこととか、酷いことはされていませんよね?」
取り調べの様子を見てきたというブラン様に詰め寄る。
「あぁ。暴力を行使しての取り調べは固く禁じられているから、それは安心していい。しかし、彼女たちの持つ情報だけが頼りなのが現状なんだ。幻惑系の魔法を使い、供述内容に嘘偽りが無いかを慎重に確認しながら取り調べを進めている」
「幻惑系って色々あると思いますけど、それは酷いヤツじゃないですよね?」
私の治療を続けてくれているノワール様に問いかける。
「大丈夫。少し眠くなって、気が大きくなるような作用があるだけ。お酒に酔った状態に近いかな」
「⋯⋯そうですか。それで、三人は今どこにいるんですか?」
「手枷をした上で、牢屋に入ってもらっている」
「手枷⋯⋯牢屋⋯⋯」
「王太子妃暗殺未遂事件の容疑者なんだ。彼女たちを信じたいのは山々だが、これ以上は譲歩できない」
「そんな⋯⋯」
「あと、アッシュにも取り調べを受けてもらった。彼はハーブティーには触れていないから、無実が証明されたものの、責任を取って腹を切るなどと言い出して、押さえつけるのが大変だった」
ブラン様は悲しそうに目を伏せた。
「いやいや。アッシュ様には、あの呪いを防ぐ事なんて出来なかったですよ。それを言うなら、そもそも、私の探知に引っかからなかったのがおかしいです。誰かから殺気が出ていれば、必ず気がつくはずですから」
責任感の強いアッシュ様は、命をかける覚悟で私を守ると言ってくれていた。
それなのに、目の前であんなことになったから、自分を責めちゃったんだ。
事件の日、アフターヌーンティーの準備をしたのはマロンさん、シナモンさん、グレナさんの三人だ。
状況だけ見ると、三人の内の誰かが、呪いをかけた可能性が高い。
「そもそも呪いって、メイドさんが扱えるものなんでしょうか? 特別な役職の人しか作り出せないのでは?」
「呪いの扱いに最も長けているのは魔術師だ。あとは一部の魔道具技師だが、どちらの役職も数が少ない上に、表には出てこないから、こちらでも把握できずに、今となっては都市伝説扱いだ」
「なるほど。メイドさんでも魔道具を使えば呪いをかけられると。私は三人を信じているので、絶対にそんなことはありえないと思いますけど。調査はどこまで進んでいるんでしょうか?」
三人の無実を証明するには、もっと情報が必要だ。
「ハーブティーに関しての調査の進捗はこうだ。まず、君がサフィール氏から受け取ったという薬草のリストは、薬草の名前と効果効能は、どれも正しく記載されていて、不審な点は見当たらなかった。次にハーブティーの仕入れ先の店だが、他の商品や作業場なんかも詳しく調べたが、怪しい点は見つからなかった。最後にメイドたちについてだが、三人とも関与を否定しているし、持ち物や部屋からも不審なものは見つかっていない」
「それならメイドさんたちは、釈放で良いじゃないですか」
「君の気持ちはわかるが、怪しい点があることは否定できない。呪いをかけた犯人と、幻獣騒ぎを起こした犯人が同一人物だとして、メイドたちがその協力者だと仮定したらどうだろうか? セイルとバーントでの予定は公式のものだから、私たちがそこに来ることは誰でも知る手立てがあるが、ブルムはそうではなかった。それなのに幻獣ケルベロスが現れ、私が幻獣との意思疎通が可能ということを確認されている。君のメイドたちなら、犯人に私たちの行き先を伝えることが出来るんだ」
確かに言われてみればそうだ。
けどそれなら引っかかることがある。
「それはそうかも知れませんが、一点気になることがあります。幻獣騒ぎが起こった三つの街に共通するのは、騎士団の剣術大会で、準決勝に残った強い騎士様がいることです。メイドのみなさんは、大会を一緒に観戦していましたから、そのことを知っているのに、犯行場所にその街を選ばせるでしょうか?」
普通ならあの街には強い騎士がいるからと、そうじゃない街に変更するように助言すると思うけど。
「犯人が騎士の存在を重要視していないか、メイドたちには、そこまでの情報を求めなかったか⋯⋯騎士団剣術大会の結果については、新聞にも掲載されるから、誰でも知りようはある。それだけでは無実を証明することは難しいだろうな。温情で釈放し、万が一のことがあっても、誰も時間を巻き戻すことはできない。だから少しでも疑いがあれば、監視下に置くことは避けられないんだ」
「無実を証明するのって難しいんですね。手っ取り早いのは、真犯人を捕まえることでしょうか」
実際に捜査はこれ以上は手詰まり。
あと手がかりになりそうなのは、私にかけられた謎の呪いくらいか。
けど、これを調べられる人材がいるのかも不明なんだよね。
「セイラ、君の呪いを解くために、もう一度ミラージュに行こう」
ハーピーたちが住む理想郷ミラージュ。
以前私が呪いをかけられて猫になった時に、あそこの温泉に浸かって元に戻ることが出来た。
どんな呪いかも分からないのに、果たして解くことは出来るのか。
不安はあるけど他に方法は思いつかない。
「分かりました。お願いします」
こうしてブラン様とノワール様と一緒に、ミラージュへ旅立つことが決まった。
体力や握力が戻っていない私は、パステルに長時間は乗れないから、馬車で移動することになった。
しかし、ここで問題が発生した。
突然、何者かによって、英雄たちを殺害するとの予告が出されたのだ。
王都の広場の英雄像に、犯行予告が掲げられているのを見回り中の騎士が発見し、報告が上がってきた。
それを受けて、英雄たちには護衛が付き、王宮で保護されることになった。
英雄たちが住む街で事件を起こされて、民間人に被害が及ぶのを防ぐためだ。
護衛役として選ばれたのは、騎士団剣術大会の上位四名の騎士たち。
モント様にはアッシュ様が、ジェード様にはコルク様が、ボルド様にはルートル様が、セルリアン様にはカナール様が付く予定だった。
けれども、コルク様、ルートル様、カナール様の三名は、護衛対象の英雄たちの元にたどり着く前に、姿を消してしまった。