97.夫の愛を感じないわけがない
事件の日。
特に予定が無かった私は王宮内の庭園にいた。
忙しそうなブラン様のお手伝いが出来たら良いんだけど、公共事業なんかは、もっと勉強してからじゃないと任せてもらえない。
今日の夜は、久しぶりにブラン様が時間を作ると言ってくれたから、邪魔せず大人しく待つことにした。
今はガーデンテーブルにて、メイドさんと一緒に、アフターヌーンティーを楽しんでいるところだ。
メイドさんは、マロンさんとシナモンさんとグレナさんの三人で、いつも私の担当をしてくれている方々。
「セイラ様、今夜はブラン殿下とゆっくり過ごせそうで良かったですね。セイラ様もブラン殿下も真面目すぎますから。もっとお仕事をセーブして、以前のように、日中も人目を盗んでラブラブされればよろしいのに!」
「ブーッ」
マロンさんの言葉に紅茶を吹き出してしまう。
「あらあら、セイラ様ったら」
シナモンさんが、ハンカチを取り出して顔や服を拭いてくれる。
これじゃまるで子どもみたいで、申し訳ない。
「ええ! 見られてたんですか?」
確かに日中もラブラブしていた日もあったけど、誰もいなかったはずじゃ⋯⋯
「専属メイドなんですから当たり前です! あぁ〜私もセイラ様のように、素敵な殿方に愛されたいです〜」
マロンさんは両手を顔の前で組んで、うっとりとした表情をしている。
もしかして、メイドさんのスキルか何かでバレるのかな。
「マロンはコルク様とはどうなったの?」
グレナさんが尋ねる。
マロンさんは騎士団剣術大会を観戦した結果、コルク様が一番かっこいいと思ったそうだ。
「どうもなりようがないわよ。コルク様は私の存在なんて気づいておられないだろうし、お見かけしたのも剣術大会が最初で最後だもん」
マロンさんはため息をつく。
「ねぇ、アッシュ様。どうすればコルク様とお近づきになれますかね?」
護衛のために隣に立っているのに、ずっと気配を消しているアッシュ様に話しかける。
「⋯⋯なんだ。俺は空気じゃなかったのか?」
驚いた様子のアッシュ様は、騎士モードがオフになっている。
確かに一つ前の話題は気まずい内容だったから、聞こえないフリをしてくれて助かったけど。
「コホン。そうですね。春の時点ではコルクに恋人はいないようでしたから、手紙のやり取りから始められるのはいかがでしょうか。よろしければ私からも口利き致しましょう」
アッシュ様は咳払いの後、騎士モードに戻った。
「よろしいのですか!? ぜひよろしくお願いいたします!」
マロンさんはとても嬉しそうだ。
「わたくしはカナール様がいいです!」
「わたくしはルートル様とお近づきになりたいです!」
シナモンさんとグレナさんも、前のめりになって言った。
ここは個別でキューピッドをするとして、それ以外のメンバーで合コンを開催するのもありかも知れない。
メイドのみなさんも騎士のみなさんも、出会いが無いと嘆いているのを耳にしたことがあるし。
自分のことを棚に上げて、お節介の計画に頭を回転させ始める。
「あ! セイラ様のハーブティーのお時間ですね」
アッシュ様にキューピッドを依頼したマロンさんは、ご機嫌な様子で立ち上がり、準備を始めてくれた。
例のハーブティーは、マロンさんがライズまで行って買い付けてくれている。
サフィールさんがくれたリストの薬草たちは、単体では手に入りやすいらしいけど、ハーブティーとしては珍しい組み合わせだから、取り扱っているお店は限られているそうだ。
店主の話では一日三回、時間を決めて飲むのが効果的とのことで、起床時、おやつの時間、寝る前の三回飲むようにしている。
透き通る緑茶色のハーブティーは、お世辞にも美味しいとも良い香りとも言えないけど、気合いでなんとか続けられている。
「どうぞ」
マロンさんはハーブティーが入ったカップを目の前に置いてくれた。
冷めて湯気が消えるまでしばらく放置したあと、カップを手に取る。
「ありがとうございます! 頂きます!」
一気に飲み干し、お口直しに甘いクッキーを食べる。
「はぁ〜全部ちゃんと飲みました!」
「セイラ様、エラいです!」
マロンさんが褒めてくれる。
「ありがとうございます! 毎日準備して頂いて」
マロンさんの顔を見ながらお礼を言う。
⋯⋯あれ? マロンさんの顔が二つあるように見える。
自分の身体が回転しているのか、景色が回転しているのか。
目がぐるぐると回りだして、吐き気を催す。
どうして急にこんな事になったんだろう。
「セイラ様!? セイラ様!!」
「顔色が悪いです!」
「セイラ様、分かりますか!?」
みなさんの焦ったような声が聞こえてくる。
「毒を盛られた可能性がある。すぐに神官達を呼べ! ノワールはどこにいる!!」
アッシュ様が、私を抱えながら叫ぶのが聞こえた所で意識を失った。
気がついたら、自分の部屋に寝かされていた。
左手を握られている感触がする。
まだ焦点が合いにくい目で左の方を見ると、やつれた様子のブラン様が、手を握りながら座っていた。
上手く力が入らないけど、全力でその手を握る。
「セイラ! 気がついたのか!? 良かった⋯⋯」
ブラン様は勢いよく立ち上がり、寝具ごと抱きしめてくれた。
「は⋯⋯あ⋯⋯」
吐く息が何処かから漏れているみたいに、上手く声が出せない。
ブラン様は身体を離して、私の頬を両手で包み込んで心配そうに見つめる。
「ノワール、セイラの状態はどうなっているんだ?」
ブラン様の目線の先には、ノワール様が立っていた。
回復するまでずっと魔法をかけてくれてたのかな。
目の下にくまが出来ている。
ノワール様はブラン様の顔を見て頷いたあと、順に説明してくれた。
「セイラちゃん、気がついて良かった。セイラちゃんが倒れてから、今日で三日目。今のセイラちゃんには呪いがかかっていて、その発動をきっかけに脳や心臓、他にも大事な臓器に異常を来したみたい。俺が治せたのは臓器の異常の一部だから、まだ声が出し辛いんだと思う。もう少し続ければ治るはずだから。けど呪いの方は、どんな意味を持つものなのかも分からないし、俺では解除もできそうにない。ごめんね」
ノワール様は申し訳なさそうに言った。
そっか。もう三日も眠ってたんだ。
ブラン様もノワール様も、その間ずっとついていてくれたのかな。
申し訳ないことになってしまった。
呪いって何だろう。
どうしてこんな事に⋯⋯
自分の置かれた状況に不安が募る。
「どうかな。発声器官を優先的に治してみたけど」
ノワール様はさらに回復魔法を使ってくれた。
「はい⋯⋯話せるようになりました。ありがとうございます⋯⋯」
普段通りとは行かないまでも、意思の疎通は出来るレベルまで治してもらえた。
「うん。良かった。じゃあ俺は陛下に報告に行った後、しばらく休ませてもらうね。魔力が回復したらまた続きをするから」
ノワール様は静かに部屋を出ていった。
部屋にはブラン様と私の二人きり。
「ブラン様⋯⋯お忙しいのにごめんなさい⋯⋯」
私が倒れたせいで、ブラン様は休まずに、こうやってついていてくれたんだ。
そのことに申し訳なさでいっぱいになり謝ると、ブラン様はさらに辛そうな顔をした。
「セイラ、すまない⋯⋯全て私の責任だ。仕事を優先し、君と過ごす時間をなかなか作らず、話も聞かなかった。追い詰められた君が、毎日ハーブティーを飲んでいることも知らなかった。ここまで危険が及んでいることにも気づけなかった。そして極めつけには、意識が戻った直後の君に、そんな言葉を言わせてしまったんだ⋯⋯すまない。私が悪かった」
ブラン様は私の手を握りながら、掛け布団の上に顔を伏せた。
「ブラン様は悪くありません。私のために、国民のために働いてくれているんですから。私こそごめんなさい。ちゃんと話をせずにごめんなさい」
ブラン様の頭を撫でながら伝える。
この柔らかい髪に触れるのは何日ぶりだろう。
しばらく頭を撫でていると、ブラン様は顔を上げ私を見つめた。
目が赤くなってる。
こんなに弱々しい彼は初めて見た気がする。
「ねぇ、ブラン様⋯⋯もう一度抱き締めてもらえませんか? そうしたら私、元気になれる気がするんです」
お願いするとブラン様はすぐに抱き締めてくれた。
「もっと強く⋯⋯」
「こうか?」
「はい⋯⋯」
力を込めて抱きしめられると、その温かさに安心感を覚える。
あぁ。ずっとこうして欲しかった。
なんでもっと早くお願いしなかったんだろう。
「ねぇ、ブラン様⋯⋯私のこと好き?」
「好きだ。愛してる。世界で一番愛してる。私の愛は全て君のものだ」
ブラン様は目を見て言ってくれた。
その言葉を聞いて、目から涙が溢れ出す。
「私も好き。愛してます。あなただけ、ブラン様だけ」
離れていた時間を埋めるように、抱き合った。
お互いの気持ちが落ち着いた頃、話は事件の内容へと戻る。
「呪いの原因は、やはりハーブティーだったんでしょうか?」
「あぁ。そのことだが⋯⋯詳しい調査はこれから進めるが、重要参考人として、君のメイドたちは身柄を拘束されることになった」
ブラン様は辛そうに目を伏せながら言った。