93.恋したい男たちが大人しくなるわけがない
※お世継ぎ問題の話題があがります。
数話後の話に繋がる描写なのですが、苦手な方はご注意ください。
セイルの街で暴れた幻獣アーヴァンクは、しばらくの間、氷の竜巻で捕らえた状態にし、落ち着いた所でブラン様が話を聞くことが出来た。
激しい頭痛のせいで錯乱状態になり、私を襲ったらしいけど、なぜあの場にいたのか、どこから来たのか、記憶はすっかり抜け落ちているとのことだ。
頭痛が起こった原因も不明。
アーヴァンクの身柄は、一旦カナール様たちセイルの街の騎士団に任せ、幻獣に詳しい研究者を募り、名乗りをあげる人がいれば、見てもらうことになった。
普段は人に近づかない幻獣が、何故か突然街に現れた。
ケルベロスもアーヴァンクも頭痛を訴え、人を襲う。
声はするのに見つけられない謎の二人組。
そして、どうして私を狙うのか⋯⋯
駄目だ。何も分からない。
こんな状況でも、予定された行事は参加しないといけない。
今週の私たちの予定は、鍛冶職人の街ガランスに行ったあと、王都の北西にあるバーントの街を訪ねることになっている。
ガランスでやることと言えば、あれだ。
みなさんお待ちかねの⋯⋯街コン。
ガランスに到着すると、鍛冶職人の男たちはすごい勢いで私を取り囲んだ。
「セイラちゃん! 本当にありがとう!」
「俺たちのキューピッドだ!」
「俺の所にもお嫁さん、来てくれるかなぁ!?」
「おい、お前達! 不敬だぞ! 気安く触るな! 近づくな!」
アッシュ様は剣の握りに手を持っていき、男たちを威嚇した。
「ひぃ〜!」
「聖騎士様は俺たちを恨んでるからな」
「その節はお世話になりました〜!」
アッシュ様は騎士としての勤めを果たしてくれているだけなんだけど、雷獣のせいで錯乱状態になった男たちには、かなり迷惑をかけられていたからなぁ。
個人的な恨みがあっても、何ら不思議はない。
今回のガランス街コンの構成は、一日目は男性たちへの恋愛講座、二日目は実際に女性陣をお招きしてのバーベキューパーティーだ。
ちなみにボルド様は、『お前の一人勝ちになるから作業場から出てくるな』とみなさんに詰め寄られたらしい。
女性陣の中には、ボルド様がいることを期待している人も多いかもしれないんだけど⋯⋯
まぁ、とにかく主役は、この街の男性たちということで、まずは講義から。
「ポイント1つ目は身だしなみです! みなさん、今晩もしくは明日の朝には必ずお風呂に入って、全身をキレイに洗って、ヒゲも剃ってください! 食後の歯磨きも忘れずに! 服装は爽やかさと清潔感を意識してください!」
「なるほど」
「爽やかな服ってどんなやつだ?」
「香水を塗ったくれば良いんだな」
「はいはい、そこ! 香水は2プッシュまでですよ〜! 服装が心配な方は、この後相談に乗ります! ポイント2つ目は会話の内容です。NGなのは、面接官気取りの質問攻め、武勇伝などの自慢話、愚痴、下ネタ、相手の年齢を聞くなどなど⋯⋯3つ目は態度! お触り、泥酔は一発退場です! 色々言いましたけど、せっかくの機会なので、ぜひ自分から爽やかに礼儀正しく話しかけてみてくださいね! 以上! ご清聴ありがとうございました!」
講義を終えて、アッシュ様と共に、ボルド様の作業場を訪ねる。
今晩は、ここに泊めてもらえることになっていて、ブラン様は一足先にボルド様と話をしている。
「ボルド様、お世話になります!」
「あ〜! セイラちゃ〜ん! 今、ブランから聞いてたんだよ。大変だったね」
「そういうことだから、ボルドも何か気付いたことがあれば教えてくれ」
こうしてボルド様の協力も得られる事になった。
けれども結果的には、ガランスでは何も起こらなかった。
翌朝。
街コン参加希望の女性たちが、二十人も集まってくれた。
鍛冶職人とドラゴンたちの仕事風景にも興味津々のご様子。
広場でのバーベキューが始まり、フリートークタイムになった。
男性陣は浮足立っているものの、自分からは中々声をかけられないみたい。
最初は私がお節介を焼いて、趣味が同じ人同士を引き合わせたり、間に入って話題を盛り上げようとしたり、奮闘していたんだけど⋯⋯
「セイラ妃殿下の騎士様が格好良すぎます〜」
「あの方は独身なのかしら⋯⋯」
まずい。これは想定内だけど大問題だ。
アッシュ様だけ隠すわけにもいかないから、私ごと下がるしかない。
結局、会の途中からは、ボルド様の作業場に籠もることになった。
ガランスの第一回街コンは、五組のカップルが誕生するという快挙に終わった。
そして次の予定は、バーントでの平和式典への出席。
これは両陛下とモント様も参加される。
バーントの街では遥か昔、戦に使用する火属性武器の暴発により、多くの人が命を落とすという痛ましい事故があった。
大昔は王族の目の届かぬ所で、武力による領地の奪い合いが頻発していたらしく、ここバーントでは魔力のこもった武器を大量生産し、保管していたそうだ。
その事故の記憶を後世に語り継ぐために、この街では不戦の灯火を絶やさずに守り続けている。
火属性の火は、命を奪うためではなく、守るために使うものだということを示している。
この日はバーントの街の住民だけでなく、別の街から訪れる人も多かった。
そのこともあり、バーントの騎士団と王室騎士団の一部が、護衛にあたってくれている。
中にはルートル様の姿もあった。
式典が始まり、火が灯ったロウソクが立つ祭壇に向かって一礼し、黙祷を捧げる。
慰霊碑に刻まれた名を、教皇聖下が読み上げ、祈りを捧げる。
花を手向けたあと、陛下が挨拶をして閉会となった。
式典の後は資料館を訪れ、当時の資料に目を通し、資料館の庭園の鐘をつく。
この鐘の音が天まで届いて、死者の魂を癒せればと設置されているらしい。
王族として、もう二度とこんな事故を起こさせてはいけない。
こんなにも、たくさんの人が平和を願っているんだから、きっと大丈夫。
一連の予定が終わったので、両陛下とモント様とは別れて、ブラン様と二人で街を観光する。
祭壇の周りは、緑豊かな芝生の公園になっていて、癒される。
式典に出席していた人々は、芝生の上で寛いだり、屋台で買った食べ物を食べたりと穏やかに過ごしている。
中には赤ちゃん連れの家族もいた。
かわいいな。
幸せそうな姿に、自分とブラン様と未来の子どもを重ねて妄想する。
「セイラ」
ブラン様はそっと手を握ってくれた。
「はい。ブラン様」
優しい声に、彼を見上げると、それはそれは愛おしそうに見つめられていた。
どうやら同じことを考えていたらしい。
「まぁ! 微笑み合うお姿が素敵ね!」
「とても仲睦まじいご様子」
広場のどこかから声が聞こえてくる。
いたたまれない気持ちになった時、後ろから視線を感じた。
振り返ると、すぐそこに白馬がいた。
額から、ねじれたような一本角が生えている。
幻獣ユニコーンだ。
「ブラン様⋯⋯」
「また幻獣か。敵意は無さそうだが、どこから現れたんだ」
ユニコーンはじっとこちらを見つめている。
「ご無事でしょうか!」
ルートル様たち騎士のみなさんが駆けつけてくれる。
ユニコーンはそんなことには動じる様子もなく、澄んだ瞳でじっと私たちを見つめたあと、しばらくしてから納得したように走り去って行った。
「なんだったんでしょうか」
「分からないが、不審な人物の声は聞こえるか?」
耳を澄ませてみるも、聞こえてくるのは耳が痛い話ばかりだった。
「気まぐれなユニコーンは、生娘にだけは心を許すと聞いたことがある」
「そりゃ、セイラ妃殿下は⋯⋯なぁ」
「それなのに、まだお世継ぎを授かっていらっしゃらないなんて」
「ヒールも高いし、締め付けの強いドレスをお召しだ」
「何か問題があるのでは?」
「もしかしたら、ブラン王太子殿下の方かもしれない」
「神託ではセイラ妃殿下の名はあったそうだけど、ブラン殿下の名は無かったそうじゃないか」
「じゃあもしかして、お相手はモント殿下のままが良かったんじゃ⋯⋯」
神託の内容や元々私がモント様の婚約者だった事なんて、一般には公表していないのに⋯⋯
王宮勤めの多くの人が知っている内容ではあるから、誰かから漏れたんだろうな。
突如現れたユニコーンが、何もせずに何処かへ行ったという、ただそれだけの出来事なのに、国民たちの不安は溢れ出し、私たち二人はその本音にさらされる事態になった。