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92/108

92.その絆に感動しないわけがない


 突然、花畑に幻獣ケルベロスが現れ、騎士に襲いかかったことで、ブルムの街は騒然となった。

 襲われた騎士たちは、神官の治療で無事に回復したのが不幸中の幸いだ。


 私の耳に入った不審な会話については、すぐにブラン様に報告した。

 

「謎の二名の人物の会話内容は、私が幻獣と会話出来ることを証明するために、ケルベロスをけしかけたとも取れる。それに肩ならしと言う単語も不穏だ。まるで本番があるみたいじゃないか」

 

 ブラン様は難しい表情をしている。

 一難去ってまた一難。

 しかも今回は、騎士たちが目の前で襲われているんだ。

 謎の二人組をいつまでも野放しにはしておけない。


「もしかしたら、黒い百合の花の送り主とも何か関係あるでしょうか?」


「不安にさせるようだが、その可能性も否定は出来ない。セイラの周囲と各街の警備の強化を進言しよう」


 その後すぐに王都に帰還し、両陛下に一連の出来事を報告した。

 陛下の計らいで、アッシュ様が私の護衛に付いてくれることが決まった。



 数日後のこと。

 私とブラン様は、これからの予定のため、馬車に乗って移動中。

 今回の行程は、ライズの街と農村プラウに寄った後、北東にあるセイルの街を目指す。


 ライズとプラウに行く目的は、騎士団の戦力強化のため。

 神話級の(キング)であるブラン様が近くにいれば、騎士が獲得する経験値が増えるから、稽古に参加して、みなさんに効率良く強くなって頂こうというわけだ。



 馬車に揺られながら、ブラン様は難しい顔で書類に目を通している。


「何の書類を見ているんですか?」


「ここ一年間の失踪者リストだ。事件や事故の可能性のあるものから、家出や放浪など意図的なものまで理由は様々だが、毎年失踪者は後を絶たない。ただ、今年に関しては、現役の騎士も何人かいて、その内の一人がライズの所属だから、支団長と話をするつもりだ」


「そうなんですか。どうしちゃったんでしょうね」

 

 資料の写真を見ると、初めてヴェールの森を訪れた時に眠らされていた騎士の一人、ウィローさんという方だった。

 あの後、無事に目が覚めたと言って笑っていたのに。


 ライズの騎士団支部に到着すると、王都から増員があったから、騎士の人数が増えていた。 

 

 失踪した騎士についての聴取が終わった後は、屋外訓練場に移動して、稽古中の騎士たちと共に、ブラン様も支団長と打ち合い稽古を始めた。


「遠慮はしないでくれ。私自身も、もっと強くなる必要がある」


 ブラン様は真剣な表情で、支団長と向き合っている。

 打ち合いをする二人を見ていると、ブラン様も1年前と比べたら、ますます強く逞しくなられたと実感する。

 剣を振る姿が男らしくてかっこいい⋯⋯


 よし。私も身体が鈍らないように、参加させてもらおう。

 何かあっても、自分や大切な人たちを守れるように。

 近くにいた騎士の方にお願いして、打ち合いの相手になってもらった。

 


 いい汗をかいたところで、ベンチに座り、稽古を見学する。


「そう言えばアッシュ様は、参加しないんですか?」


 隣で怖い顔をしながら仁王立ちしているアッシュ様に問いかける。


「私の役目は、命を賭してでも、セイラ様をお守りすることです。稽古を付けながらそれが出来るほど、器用ではありません」


 アッシュ様は騎士モードで答えてくれた。


「そんな怖い顔で近くで仁王立ちされたら、落ち着かないんですけど⋯⋯」


「威嚇は護衛の基本です。小心者に犯行を思い留まらせ、事件を未然に防ぐことも重要ですから」


「なるほど。でもせめて口調は戻してもらえません?」


「それはできません。他の騎士たちや民の目もあります」


「民の目?」


 アッシュ様の視線の先には、金網越しにこちらを覗いている街の人たちがいた。


「あの銀髪の騎士様は、普段お見かけしませんけど、どこの所属の方なのかしら!?」

「セイラ妃殿下の護衛を担当されているのでは?」

「素敵です〜」


 なるほど。アッシュ様のファンの女性たちか。


「セイラ妃殿下も訓練に参加されているということは、ご懐妊はまだの様子ですね」


 さっきからみなさん、ものすごく小声で話しているんだろうけど、私には聞こえてしまうんだよね。

 行動一つで、そんなことまで推測されてしまうとは。

 

 ライズでの稽古を終えた後は一泊した後、プラウに寄り、セイルの街へと移動した。

 

 

 セイルの街は、巨大な湖とその周りにある水のテーマパークが売りだ。

 気温が高くなって、水遊びが盛んな時期になったことから、テーマパークのイベントに私が呼ばれた。

 セイルとセイラが似ているからと言う、ダジャレみたいな理由だ。

 セイルの街の長と挨拶した後は、イベントの時間まで、ゆっくりとテーマパークを見て回る。


「みなさん楽しそうですね!」


 家族連れやカップルが水浴びを楽しんでいる。

 ウォータースライダーのような滑り台もある。


「水浴びも良いが、ウォーターショーも、なかなか見応えがある。昼と夜に行われるんだが、魔法使いや精霊たちが、色とりどりの水を操る姿はとても美しい。セイラもきっと気に入るはずだ」


 ブラン様は私の手を引いて、ウォーターショーの会場まで連れてきてくれた。


 会場は円形のプールの周囲に、足場と客席があるような構造だ。

 音楽の演奏と共にショーが始まると、中央のプールから水が噴き出してきたり、カラフルな水が、空中を放物線を描きながら流れていったりと、様々な水の表情が楽しめた。

 水がカーテンみたいになったり、時間差で波が出来たり。


「素敵です!」


「夜はライトアップもされるから、昼とは違った雰囲気を楽しめるんだ」


「それは楽しみです。ね! アッシュ様!」


「そうですね、セイラ様。とても美しいです」


 アッシュ様は少しだけ微笑んでくれる。

 幼い娘を見る父親のような優しい眼差しに、恥ずかしさを覚えた。


 

 ショーを見終わるとイベントの時間になったので、ステージに呼ばれて上がった。

 と言っても、簡単な挨拶と今日の感想を述べた後は、係の魔法使いさんのマジックショーのお手伝いをしただけだ。



 その後は写真撮影をしたいと言われたので、湖にかかる桟橋の上に立つ。

 この日のために、カメラマンさんが来てくれたそう。

 

「セイラ妃殿下! そうしましたら、振り返るような感じでお願いいたします!」 


 二十メートルくらい離れたところから、カメラマンさんは叫ぶ。

 ポーズを取り振り向くと、ブラン様とアッシュ様の小声が聞こえてくる。


「なんて美しいんだ! 花も水鳥も恥じらうほどだ。今すぐ抱きしめたいのを(こら)えられない。この写真は後で貰えるのだろうか⋯⋯」

「ブラン様、お気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい」

  

 ⋯⋯⋯⋯なんともいたたまれない。

 早く終わってくれと願うばかりだ。


 一人での撮影が終わった後は、ブラン様と二人での撮影もあった。

 桟橋の先端に二人で並んで立つ。


「本当にお似合いのお二人です! 美しい!」


 カメラマンさんは、褒めながら写真を撮ってくれる。 


「では以上です! ありがとうございました!」


 私が使っていた小道具の日傘を受け取りに、カメラマンさんが近づいて来た。

 その時、突然探知が反応した。


「危ない! 走って!」


 カメラマンさんとブラン様の背中を力いっぱい押す。

 背後の湖の方から波が押し寄せ、巨大な生き物が桟橋めがけて飛びかかってくる。

 青黒いビーバー――幻獣アーヴァンクだ。

 

 桟橋が中央で割れて、私だけが湖側に取り残されてしまった。


「キャー! 化け物!」


 お客さんたちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 アーヴァンクは、再び私をめがけて突っ込んで来た。

 鋭い爪がある。あんなのに当たったら一撃で死んじゃう。


 攻撃を避けるために仕方なく湖に逃げる。

 飛び込む直前、アッシュ様の魔法がアーヴァンクに直撃するのが見えた。


 後は浮上して、適当な何かに掴まるだけ。

 それなのに、ドレスを着た身体は重くて泳げない。

 水面から一瞬顔が出たかと思ったら、すぐに沈んでしまう。

 ただでさえ泳ぎは得意じゃないのに。

 苦しい。このまま死んじゃうのかな。


 ブラン様とアッシュ様が湖に飛び込んで、こちらに泳いで来てくれるのが見える。

 あともう少し。なんとか堪えたかったけど、最後の空気を吐ききってしまった。

 ゆっくりと身体が沈む⋯⋯⋯⋯かと思いきや、するりと何かが身体の下に潜り込んできて、一気に身体が浮き上がる。


「ぷはー! ゴホッゴホッ」


 あぁ〜生きてる。助かった。

 こちらに泳いで来てくれたブラン様とアッシュ様も、その生き物によって背中に乗せられた。

 

「セイラ! 無事でよかった。ありがとう、ペトロール」


 ブラン様は私を抱きしめながら言った。

 

「ペトロールが助けてくれたんだ! ありがとう! 命の恩人だよ!」


 いつも自由に振る舞い、私を誘惑しようとしてくる幻獣ケルピーのペトロール⋯⋯

 真面目に命を助けてくれたとは、感動だ。


 無事に三人で陸に上がると、ペトロールは人型になった。


「ふふっ、セイラちゃん。僕が命の恩人だって? じゃあ、ドキドキしてくれたかな? 人は恐怖を感じると、一緒にいる相手に恋心を抱くらしいね。それが『桟橋効果』」


「『吊り橋効果』ね! 恋心ではないけど、心から感謝してます! けどちょっと、それどころじゃないみたいだよ!?」


 アッシュ様の魔法をくらったアーヴァンクは、のたうち回りながら、桟橋を破壊し、こちらに近づいて来ている。

 

「僕は戦闘向きじゃないんだけどなぁ。セイラちゃんのカーバンクルも出してよね」 


 ペトロールはそう言い残して水馬の姿に戻った。

 水にスルリと潜ると、アーヴァンクの周りに水を巻き上げるようにして竜巻を作り出した。

 

 パステルはそこに突っ込んで行き、竜巻を凍らせる。


「グギャー!」


 アーヴァンクは凍った竜巻に囚われて、動きを封じられた。


 

「カーバンクルもケルピーも、すっかり彼らに懐いているみたいだな」

「殺気に勘付く能力の対策も考えないとね」


 またあの謎の二人組の声だ。


「ブラン様、アッシュ様、また聞こえました。あの二人組の声です。若そうな男性の声に聞こえます」


 ブラン様はうなづき、絶対服従のスキルを使った。


「全員動かないでください! 幻獣アーヴァンクを操った犯人が近くにいます! 捜査にご協力をお願いします!」


 カナール様たち騎士団の協力も得て、それらしき二人組を探す。

 男性二人以上のグループを中心に話を聞いたけど、とうとう犯人を見つけることは出来なかった。

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