92.その絆に感動しないわけがない
突然、花畑に幻獣ケルベロスが現れ、騎士に襲いかかったことで、ブルムの街は騒然となった。
襲われた騎士たちは、神官の治療で無事に回復したのが不幸中の幸いだ。
私の耳に入った不審な会話については、すぐにブラン様に報告した。
「謎の二名の人物の会話内容は、私が幻獣と会話出来ることを証明するために、ケルベロスをけしかけたとも取れる。それに肩ならしと言う単語も不穏だ。まるで本番があるみたいじゃないか」
ブラン様は難しい表情をしている。
一難去ってまた一難。
しかも今回は、騎士たちが目の前で襲われているんだ。
謎の二人組をいつまでも野放しにはしておけない。
「もしかしたら、黒い百合の花の送り主とも何か関係あるでしょうか?」
「不安にさせるようだが、その可能性も否定は出来ない。セイラの周囲と各街の警備の強化を進言しよう」
その後すぐに王都に帰還し、両陛下に一連の出来事を報告した。
陛下の計らいで、アッシュ様が私の護衛に付いてくれることが決まった。
数日後のこと。
私とブラン様は、これからの予定のため、馬車に乗って移動中。
今回の行程は、ライズの街と農村プラウに寄った後、北東にあるセイルの街を目指す。
ライズとプラウに行く目的は、騎士団の戦力強化のため。
神話級の王であるブラン様が近くにいれば、騎士が獲得する経験値が増えるから、稽古に参加して、みなさんに効率良く強くなって頂こうというわけだ。
馬車に揺られながら、ブラン様は難しい顔で書類に目を通している。
「何の書類を見ているんですか?」
「ここ一年間の失踪者リストだ。事件や事故の可能性のあるものから、家出や放浪など意図的なものまで理由は様々だが、毎年失踪者は後を絶たない。ただ、今年に関しては、現役の騎士も何人かいて、その内の一人がライズの所属だから、支団長と話をするつもりだ」
「そうなんですか。どうしちゃったんでしょうね」
資料の写真を見ると、初めてヴェールの森を訪れた時に眠らされていた騎士の一人、ウィローさんという方だった。
あの後、無事に目が覚めたと言って笑っていたのに。
ライズの騎士団支部に到着すると、王都から増員があったから、騎士の人数が増えていた。
失踪した騎士についての聴取が終わった後は、屋外訓練場に移動して、稽古中の騎士たちと共に、ブラン様も支団長と打ち合い稽古を始めた。
「遠慮はしないでくれ。私自身も、もっと強くなる必要がある」
ブラン様は真剣な表情で、支団長と向き合っている。
打ち合いをする二人を見ていると、ブラン様も1年前と比べたら、ますます強く逞しくなられたと実感する。
剣を振る姿が男らしくてかっこいい⋯⋯
よし。私も身体が鈍らないように、参加させてもらおう。
何かあっても、自分や大切な人たちを守れるように。
近くにいた騎士の方にお願いして、打ち合いの相手になってもらった。
いい汗をかいたところで、ベンチに座り、稽古を見学する。
「そう言えばアッシュ様は、参加しないんですか?」
隣で怖い顔をしながら仁王立ちしているアッシュ様に問いかける。
「私の役目は、命を賭してでも、セイラ様をお守りすることです。稽古を付けながらそれが出来るほど、器用ではありません」
アッシュ様は騎士モードで答えてくれた。
「そんな怖い顔で近くで仁王立ちされたら、落ち着かないんですけど⋯⋯」
「威嚇は護衛の基本です。小心者に犯行を思い留まらせ、事件を未然に防ぐことも重要ですから」
「なるほど。でもせめて口調は戻してもらえません?」
「それはできません。他の騎士たちや民の目もあります」
「民の目?」
アッシュ様の視線の先には、金網越しにこちらを覗いている街の人たちがいた。
「あの銀髪の騎士様は、普段お見かけしませんけど、どこの所属の方なのかしら!?」
「セイラ妃殿下の護衛を担当されているのでは?」
「素敵です〜」
なるほど。アッシュ様のファンの女性たちか。
「セイラ妃殿下も訓練に参加されているということは、ご懐妊はまだの様子ですね」
さっきからみなさん、ものすごく小声で話しているんだろうけど、私には聞こえてしまうんだよね。
行動一つで、そんなことまで推測されてしまうとは。
ライズでの稽古を終えた後は一泊した後、プラウに寄り、セイルの街へと移動した。
セイルの街は、巨大な湖とその周りにある水のテーマパークが売りだ。
気温が高くなって、水遊びが盛んな時期になったことから、テーマパークのイベントに私が呼ばれた。
セイルとセイラが似ているからと言う、ダジャレみたいな理由だ。
セイルの街の長と挨拶した後は、イベントの時間まで、ゆっくりとテーマパークを見て回る。
「みなさん楽しそうですね!」
家族連れやカップルが水浴びを楽しんでいる。
ウォータースライダーのような滑り台もある。
「水浴びも良いが、ウォーターショーも、なかなか見応えがある。昼と夜に行われるんだが、魔法使いや精霊たちが、色とりどりの水を操る姿はとても美しい。セイラもきっと気に入るはずだ」
ブラン様は私の手を引いて、ウォーターショーの会場まで連れてきてくれた。
会場は円形のプールの周囲に、足場と客席があるような構造だ。
音楽の演奏と共にショーが始まると、中央のプールから水が噴き出してきたり、カラフルな水が、空中を放物線を描きながら流れていったりと、様々な水の表情が楽しめた。
水がカーテンみたいになったり、時間差で波が出来たり。
「素敵です!」
「夜はライトアップもされるから、昼とは違った雰囲気を楽しめるんだ」
「それは楽しみです。ね! アッシュ様!」
「そうですね、セイラ様。とても美しいです」
アッシュ様は少しだけ微笑んでくれる。
幼い娘を見る父親のような優しい眼差しに、恥ずかしさを覚えた。
ショーを見終わるとイベントの時間になったので、ステージに呼ばれて上がった。
と言っても、簡単な挨拶と今日の感想を述べた後は、係の魔法使いさんのマジックショーのお手伝いをしただけだ。
その後は写真撮影をしたいと言われたので、湖にかかる桟橋の上に立つ。
この日のために、カメラマンさんが来てくれたそう。
「セイラ妃殿下! そうしましたら、振り返るような感じでお願いいたします!」
二十メートルくらい離れたところから、カメラマンさんは叫ぶ。
ポーズを取り振り向くと、ブラン様とアッシュ様の小声が聞こえてくる。
「なんて美しいんだ! 花も水鳥も恥じらうほどだ。今すぐ抱きしめたいのを堪えられない。この写真は後で貰えるのだろうか⋯⋯」
「ブラン様、お気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい」
⋯⋯⋯⋯なんともいたたまれない。
早く終わってくれと願うばかりだ。
一人での撮影が終わった後は、ブラン様と二人での撮影もあった。
桟橋の先端に二人で並んで立つ。
「本当にお似合いのお二人です! 美しい!」
カメラマンさんは、褒めながら写真を撮ってくれる。
「では以上です! ありがとうございました!」
私が使っていた小道具の日傘を受け取りに、カメラマンさんが近づいて来た。
その時、突然探知が反応した。
「危ない! 走って!」
カメラマンさんとブラン様の背中を力いっぱい押す。
背後の湖の方から波が押し寄せ、巨大な生き物が桟橋めがけて飛びかかってくる。
青黒いビーバー――幻獣アーヴァンクだ。
桟橋が中央で割れて、私だけが湖側に取り残されてしまった。
「キャー! 化け物!」
お客さんたちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
アーヴァンクは、再び私をめがけて突っ込んで来た。
鋭い爪がある。あんなのに当たったら一撃で死んじゃう。
攻撃を避けるために仕方なく湖に逃げる。
飛び込む直前、アッシュ様の魔法がアーヴァンクに直撃するのが見えた。
後は浮上して、適当な何かに掴まるだけ。
それなのに、ドレスを着た身体は重くて泳げない。
水面から一瞬顔が出たかと思ったら、すぐに沈んでしまう。
ただでさえ泳ぎは得意じゃないのに。
苦しい。このまま死んじゃうのかな。
ブラン様とアッシュ様が湖に飛び込んで、こちらに泳いで来てくれるのが見える。
あともう少し。なんとか堪えたかったけど、最後の空気を吐ききってしまった。
ゆっくりと身体が沈む⋯⋯⋯⋯かと思いきや、するりと何かが身体の下に潜り込んできて、一気に身体が浮き上がる。
「ぷはー! ゴホッゴホッ」
あぁ〜生きてる。助かった。
こちらに泳いで来てくれたブラン様とアッシュ様も、その生き物によって背中に乗せられた。
「セイラ! 無事でよかった。ありがとう、ペトロール」
ブラン様は私を抱きしめながら言った。
「ペトロールが助けてくれたんだ! ありがとう! 命の恩人だよ!」
いつも自由に振る舞い、私を誘惑しようとしてくる幻獣ケルピーのペトロール⋯⋯
真面目に命を助けてくれたとは、感動だ。
無事に三人で陸に上がると、ペトロールは人型になった。
「ふふっ、セイラちゃん。僕が命の恩人だって? じゃあ、ドキドキしてくれたかな? 人は恐怖を感じると、一緒にいる相手に恋心を抱くらしいね。それが『桟橋効果』」
「『吊り橋効果』ね! 恋心ではないけど、心から感謝してます! けどちょっと、それどころじゃないみたいだよ!?」
アッシュ様の魔法をくらったアーヴァンクは、のたうち回りながら、桟橋を破壊し、こちらに近づいて来ている。
「僕は戦闘向きじゃないんだけどなぁ。セイラちゃんのカーバンクルも出してよね」
ペトロールはそう言い残して水馬の姿に戻った。
水にスルリと潜ると、アーヴァンクの周りに水を巻き上げるようにして竜巻を作り出した。
パステルはそこに突っ込んで行き、竜巻を凍らせる。
「グギャー!」
アーヴァンクは凍った竜巻に囚われて、動きを封じられた。
「カーバンクルもケルピーも、すっかり彼らに懐いているみたいだな」
「殺気に勘付く能力の対策も考えないとね」
またあの謎の二人組の声だ。
「ブラン様、アッシュ様、また聞こえました。あの二人組の声です。若そうな男性の声に聞こえます」
ブラン様はうなづき、絶対服従のスキルを使った。
「全員動かないでください! 幻獣アーヴァンクを操った犯人が近くにいます! 捜査にご協力をお願いします!」
カナール様たち騎士団の協力も得て、それらしき二人組を探す。
男性二人以上のグループを中心に話を聞いたけど、とうとう犯人を見つけることは出来なかった。