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91.心のこもった誕生日プレゼントが嬉しくないわけがない


 この日、私は二十三歳の誕生日を迎えた。


 と言っても、この国の生まれではない私は、正確な誕生日を把握することができないので、『今日が誕生日という設定になった』というのが、正しい表現だ。


 元々の世界では春生まれだったから、おそらく魔王討伐のために、王都を旅立った少し後くらいに、二十二歳になり、そして約一年後の今日、二十三歳になったと。


 王太子妃ともあろう人間が、こんな曖昧なことではいけないので、チューリップが誕生花となっている今日が、公式の誕生日ということになった。


 

 王太子妃の誕生日ともなると、ちょっといいお料理とお酒を楽しみながら、ケーキを食べるだけなんてわけにもいかず⋯⋯


「頂いた贈り物は、こちらに搬入いたしますね」

「お手紙はこちらにまとめておりますので」

 

 メイドのみなさんが、テキパキと私の執務室にあれこれ運んでくださる。

 大小様々な形や色のプレゼントボックスが、バランスよく積み上げられていく。


「昨日分は以上です。本日到着したものは、後ほどまとめてお持ちしますので」


 メイドのみなさんはお辞儀をして出ていった。


 さて、お楽しみの開封タイムだ。

 設定とは言え、誕生日は誕生日。

 心を込めて贈られたプレゼントは嬉しいものだ。


 一つ一つ、メッセージカードに目を通しながら、開封する。

 本来はこういうのは、メイドさんが手伝ってくれるらしいけど、時間をかけてじっくり見たいから、一人にさせてもらった。


 ジェード様からは綺麗なドライフラワー、ノワール様からはハイブランドの化粧品、ボルド様からは手作りの金属製のグラスセット、セルリアン様からは気になっていた本が届いた。

 ちなみにアッシュ様には昨日、行列ができるパティスリーの特注スイーツセットを頂いた。


 他にも、エルフの族長のジャスパーさんやハーピーの族長のアンバーさん、秘境リヴィエーラのマリンちゃんとスマルトくんカップル、プラウの農場のフォグさん、盗賊の弟子のアガットくんからも届いている。

 

 あとは、私たちが救った街に住んでいる住民のみなさんや貴族からも、お祝いのメッセージや品物が届いていた。

 ガランスの鍛冶職人のみなさんは、だいたい追伸に、恋愛講座ないし街コン開催を望むメッセージが書かれているので、これは実現しないといけない。



 ワクワクしながら次々とプレゼントを開封していく。

 あれ? 差出人不明のものがある。

 メッセージカードを付け忘れちゃったのかな? 

 お礼もしたいのに。


 頂いたのは、真っ黒な百合の花。

 綺麗だけどあんまり見慣れないからか、ちょっと怖いかも。


 戸惑いながらも、その存在感の強さから、目を逸らせずにいると、ブラン様が部屋に入って来た。


「あ! ブラン様!」


「おめでとう、セイラ。こんなにもたくさんの贈り物が届いたんだな。こちらも準備が整ったから、呼びに来たんだが⋯⋯」

 

 笑顔のブラン様は、例の黒い百合の花に気づくと、表情をこわばらせた。


「これは⋯⋯誰から届いたんだ?」


 ブラン様は私に近づき、守るように横から抱きしめてくれる。


「え? それが、差出人が不明でして」


「そうか。こういう悪戯はよくある事だ。気にしない方がいい」


 ブラン様は私の頭を撫でたあと、メイドさんたちを呼んで、この花を下げるように指示した。

 

 ブラン様のこの行動が気になり、後ほど本で調べると、黒い百合の花を贈ることは『復讐・憎悪・呪い』を意味すると知った。



 気を取り直して、ブラン様と王宮内を歩く。

 誕生日プレゼントとして、リクエストしていたものが完成したので、案内してもらえるとのこと。

 

「セイラ、君は本当に無欲なんだな。これはプレゼントじゃなくても必要な物なのだから、いずれ用意するつもりだっただろう? それに、厳密に言えば君のための物でも無いのに」


 ブラン様は困ったように眉を動かした。 


「確かにそうですけど、規模でいうと無欲どころか貪欲ですから! いや〜楽しみです!」


 歴代の王太子妃が受け取るプレゼントと言えば、宝石やドレス、庭園や別荘などが定番だそう。

 そんな中、私がお願いした物は⋯⋯迷宮だ。


 その迷宮の入り口は庭園にあった。

 バラのアーチをくぐると、地面に空いた穴から下り階段が続いている。

 これは魔法使いや大工のみなさんの力作らしい。

 ブラン様にエスコートされて、階段を下る。

 扉を開けると、そこには洞窟が広がっていた。


「すごい! あの洞窟を忠実に再現して頂いてます! パステル、どう?」


 バングルに話しかけてパステルを呼び出す。


 パステルは洞窟内をゆっくり歩きまわり、壁に触ったり床の匂いを嗅いだりした後、洞窟の奥の地面に座った。


「キュルルルン!」

「『これぞまさしく我の聖域。ここで初めて貴女と出会った日のことを思い出す。感極まりない』と言っている。そうか、パステルも喜んでくれるか!」


 ブラン様がパステルを抱っこして、モフモフの身体を撫で回すと、パステルもブラン様に頬ずりした。

 いいな。私も後で可愛がってもらおう。


 この迷宮内であれば、パステルを外に出していても、周囲の気温が下がらないから安心だ。


 ちなみに洞窟の奥には湖があって、ペトロールが泳げるようにもなっている。

 ペトロールも、ブラン様のバングルから出てきたけど、水馬の姿ではなく、上半身裸の人間の姿で岩場に座っている。

 カッコつけた感じで天を仰ぎながら、濡れた髪をかき上げる。


「ふふっ、セイラちゃん。こっちにおいでよ」

「お断りします!」


 同じ幻獣でも、こうもキャラが違うものなのか。


 外出の時は、パステルとペトロールも連れて行くけど、私たちが王宮にいる時は、この迷宮で過ごしてもらうことにした。

 

 

 誕生日プレゼントを頂いた後は、私の希望でデートをすることになった。

 行き先はブラン様がお勧めしてくれた、ブルムの街。

 王都の南東にある街で、花と木が美しい自然公園があって、現在は春の花祭りが行われているのだとか。


 王太子妃としては、全ての街を訪れてみたいし、新婚旅行という文化がないこの国では、夫婦になってからも、こういうプチ旅行を重ねていくのも楽しみとなる。 


 今日はお忍びで出かけるので、ブラン様の魔法で、二人とも髪と目の色を茶色に変えた。



 ブルムの街の周りは、エメラルドグリーンの針葉樹で作られた生け垣に囲まれていた。

 入り口のバラのアーチをくぐると、そこには巨大なお花畑が広がっていた。

 

「見てください! 見渡す限りお花畑です! ブラン様⋯⋯じゃなかった。()()()()さん!」


「あぁ。とても美しいな。()()()()


 冗談みたいなノリでさっき決めた偽名。

 お忍び感が出てワクワクする。


 お花畑の中には川が流れていたり、レンガ造りの風車が建っていたり、白いブランコが置かれていたりと素敵な雰囲気だ。


 少し奥まで進むと、馬車の形のフラワーワゴンに、フランネルフラワーとピンクのチューリップの鉢植えが飾ってあった。


 看板には『ブラン王太子殿下、セイラ王太子妃殿下ご結婚記念』と書いてある。

 こういうの嬉しいな。

 ちらっとブラン様を見上げると、とても優しい眼差しで見つめられていた。

 


 広場に来ると、噴水の周りに屋台が出ていた。

 食べられるお花――エディブルフラワーで出来クッキーやゼリー、ケーキやマカロンが売っている。


 いくつか購入して、ベンチに座って食べる。

 見た目の華やかさも、さることながら、味まで満足のいくものだ。


「こんなにも美しいお花で出来たお菓子を、美味しく食べられるなんて、まるで妖精にでもなった気分です!」


「そうだな。美しい花を食べる君は、まさしく美しい妖精だ」


 ブラン様はキラッキラの笑顔を向けてくれる。

 冗談で言ったのに、真剣に返されると照れくさい。


 お菓子を食べた後は露店を見ることにした。

 石畳の上に敷かれたシートには、花にまつわる商品がたくさん並べられている。

 押し花の小物や花がらの布、花の種に花の絵画。

 そして、香水。


 そういえば、マロンさんに、ブルムに行くって言ったら、ベッド用の香水をゲットして来るように言われたんだった。


 ブラン様が絵画を見ている隙に、香水の露店を覗く。

 

「お嬢さん。今日は殿方との逢引ですか?」


 話しかけてくれたお店の人は、見覚えのあるあの人だった。


「あぁ! あの時の!」


 約一年前、ライズの街で赤い染料を売ってくれたあのお婆さんだ。


「はて? 何処かでお会いしましたかな?」


 首を傾げるお婆さんの耳元に口を寄せる。


「すみません。あの⋯⋯その⋯⋯ベッ⋯⋯ベッドで使う香水があると聞いたんですけど⋯⋯」


「はいはい。ございますとも。可愛らしいお嬢さん」


 お婆さんは、紙袋に入れた状態で、コソッと商品を渡してくれた。

 まるで怪しげな取引現場だ。


「湯上がりに腰周りに吹きかけるのです。それでどうなるかは、その時のお楽しみです。クククッ」


 お婆さんは、いつかと同じようなセリフを言って笑った。

 小声でお礼を言った後、素知らぬ顔でブラン様の元に戻る。


()()()()さんは絵画がお好きですね」

「あぁ。もうすぐ暗くなるから、今のうちにじっくりと見られて良かった」


 ブラン様の言う通り、だんだんと日が沈んで辺りは暗くなってきた。

 よく見ると、この街の街灯はスズランの形になっていてるみたい。


 夢のような気分で、手を繋ぎながらゆっくりと歩いていると悲鳴が聞こえてきた。


「キャー! 魔物よ!」


 振り返ると、お花畑の真ん中に、黒っぽい生き物がいるのが見えた。


 暗視で確認すると、それは三つの頭を持つ犬だった。

 犬の口から垂れる唾液には、毒でもあるのか、地面に滴ると煙を上げ、辺り一帯の花を枯らしている。


「幻獣ケルベロスだ!」

「どうしてこんなところに!」


 ブルムの騎士たちがすぐに駆けつけるも、あっという間に、何人か襲われてしまった。

 剣術大会で見かけたコルク様も、後から駆けつける。

 コルク様は、襲いかかってくるケルベロスの爪を剣で受けて押し返す。


「ブラン様、手伝いましょう!」


 服の下に隠していた短剣を取り出し加勢する。 


「ガルルル」


 強そうなケルベロスは、こちらを威嚇してくる。


 コルク様の立ち回りから判断するに、出来るだけ傷つけずに保護しないといけないんだよね。


 低迷のスキルを使ってから捕縛したらいい?

 盾は持って来て無いから、襲われたら回避するか、短剣で防ぐしかない。

 緊張で嫌な汗が出る中、ブラン様の判断を待つ。


「君はどうしてこんなところにいるんだ? まずは話をしよう。こちらも攻撃しないから、人を傷つけるのは止めてくれ」

 

 ブラン様はケルベロスに語りかけた。


「グルルル」


「そうか。頭が割れるように痛いんだな。けれども、それは人間を襲っても解決しない。人間の神官たちなら力になれるかもしれない。治療を受けないか?」


 ケルベロスはブラン様をじっと見つめ、言葉に耳を傾けている。

 もともと幻獣というのは知能が高い生き物だ。

 理由もなく人間を襲うようなことは、しないはず。


 彼らは普段、人が立ち入らないような所に生息していると聞いたけど、どうしてこんな観光名所に現れたんだろう?


「やはりブラン・アラバストロが幻獣と会話出来るというのは、本当みたいだね」

「厄介な事だが、元々今日は肩ならしのつもりだったからな」


 人混みから不審な会話が聞こえた。

 その直後、ケルベロスは音もなく、闇に溶けるように消えてしまった。

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