9.聖騎士なのにムッツリなわけがない
ブラン様のプロポーズを丁重にお断りした私は、そのままブラン様の手を引いて、真っ暗な階段を下っていた。
「もう。気をつけてくださいよ? あなたはピュアなんですから! もしかしたら今後、ブラン様と結婚したい女性が、当たり屋みたいにブラン様の手を胸に持っていくかもしれません。その度に婚約していたら、えらいことになりますよ?」
「あぁ。しかしこの国は一夫一妻制だ。私の妻は君なのだから、他の女性がどうしようとそれはもう、私にはどうすることもできないんだ⋯⋯」
「だから! 責任取らなくていいんですって! もう!」
ブラン様は顔を赤くしたまま、静かに階段を下っている。
とにかくいたたまれない。
これじゃどっちが責任を取らされているのか分かったもんじゃない。
こじれる前に早く探索を終わらせて、アッシュ様のところへ戻らないと⋯⋯
この先に待ち構えている試練について考える余裕もなく、階段を一番下まで降りると廊下に出た。
廊下の壁には一定間隔でロウソクが灯っている。
「では明るくなりましたので⋯⋯」
「あぁ。助かった」
ここでブラン様の手を離した。
「地図によると、ここが分かれ道です。右に小さい部屋が2つと左に大きい部屋が1つですね。どちらから行きますか?」
「では右の小さい部屋から行こう」
「了解です!」
右の2つの部屋のうち、最初に入った部屋には、回復用の薬があるくらいで何もなさそうだった。
2つ目の部屋には宝箱があった。
鍵はかかっていない。
中身は⋯⋯泥団子のようなものだ。
「なんでしょうね? 独特の臭いがしますが」
「鑑定スキルでわかるんじゃないか?」
「なるほど!」
鑑定スキルで確認すると、ベロガエルのエサと書いてあった。
「ベロガエルのエサだそうです! ではヌシの魔物もベロガエルではないでしょうか?」
「そうだろうな。念の為おさらいだが、ベロガエルの舌は強力な打撃を与えてくる上に、身体に巻きつけられると身動きが取れなくなって厄介だ。緑なら毒なし、それ以外の色なら毒がある。弱点は舌だから、このエサを与えて舌を出した隙を狙うのがいいだろう」
「はい! その作戦で行きましょう! 私がエサを持って、ちょこまかと逃げ回って引きつけますから、ブラン様がトドメをお願いします!」
無事に方針が決まったところで、最後の大部屋へと向かった。
大部屋の扉の鍵を開けて、中に入ると⋯⋯
二匹の緑色のベロガエルがいた。
毒なしだけど大きい。ゾウくらいの大きさがある。
床には水が満たされていて、所々足場がある。
「二匹いますが、どうしましょう⋯⋯」
「一匹ずつ確実に仕留めよう」
ブラン様は剣を抜いた。
エサの入った宝箱を抱えながら、足場を飛び移って二匹のカエルの舌から逃げ回る。
そこにブラン様が隙をついて攻撃を入れ、一匹目のカエルを倒すことができた。
「やった! あと一匹ですね!」
「あぁ。最後まで油断せずに行こう」
二匹目のカエルはさっきよりも、さらにあっさりと倒すことができた。
カエルたちは力が抜けたように、その場にぺたんとうずくまっている。
「ブラン様! やりましたね!」
「セイラのお陰だ!」
二人で喜びあう。
しかし、何かイヤな予感がする。
探知スキルがまだ反応している。
――ピチピチピチピチ
何かが激しく動いている音だ。
水の中を覗き込むと⋯⋯成長途中なんだろう。オタマじゃくしに手足が生えた状態のものがいた。
それも数えきれないくらい。
オタマじゃくしたちはすぐにカエルになり、一斉に水の中から飛び出してきた。
「ギャー! 生理的に無理ですー!」
ベロガエルの大きさは私の膝より低い位だったけど、とにかく数が多い。
一心不乱に短剣を振り回す。
幸いな事にまだ小さいからか、舌を狙わなくても倒せるみたいだ。
ブラン様は回転斬りを使って、華麗にベロガエルを倒していく。
舞のように美しい⋯⋯
「ものすごい量だな。こんな時、ジェードがいてくれればな⋯⋯」
ジェード様というのは、後にパーティーメンバーになる木属性の魔法使いだ。
ヴェールの森に住むエルフで、攻撃魔法や防御魔法の強力な使い手なんだとか。
確かにこういう時、範囲攻撃ができる人がいると良いよね。
盗賊は一匹ずつ狩るしかないから。
「こちらを片付けたらすぐにいく。もう少し持ちこたえてくれ」
ブラン様は群がるベロガエルを倒しながら声をかけてくれた。
ブラン様の方にこれ以上彼らが行かないように、引きつけながら短剣を振るう。
しかし、とうとう完全にベロガエルに全身を覆われてしまい、短剣も奪われてしまった。
「ギャー!」
悲鳴をあげるも、もうブラン様の様子は見えない。
見えるのはベロカエルの白いお腹だけ。
うげ〜気持ち悪い。
このままじゃ圧死か窒息死?
ピンチになった私は、よくわからないことを口走ってしまった。
「聖なる者たちよ! その秘めたる力を今こそ解き放て!」
え? なに?
口が勝手に動いた?
何かを言い終えると、左手のバングルが輝き出し、宝石の中から勢いよく二匹の獣が出てきた。
茶色いヒグマと赤いリボンをつけた白いホッキョクグマだ。
二匹のクマは黄色い光をまといながら、鋭い爪が生えた手で、ベロガエルたちを倒してくれた。
「セイラ、大丈夫か! フォローに行けず、すまなかった」
尻もちをついて口をあんぐりと開けている私のもとに、ブラン様が駆け寄ってきて、助け起こしてくれる。
「私は大丈夫なんですけど⋯⋯キリリとキララ? 助かったよ、ありがとう。すごく強いんだね?」
二人は誇らしげに自分の胸を叩く。
そんな二人をそれぞれ抱きしめて、感謝を込めて身体を撫で回した。
こうして可愛らしいテディベアから一転、頼もしい姿に変わったキリリとキララのおかげで訓練は無事に完了したのだった。
迷宮を出て、アッシュ様からの総評を聞く。
「セイラは自分のスキルをどこでどう活かせばいいのか、学ぶことができただろう。この経験を活かしてどんな困難も乗り越えて行って欲しい。それに精霊たちの本来の力を引き出すことで、強力な戦力を手に入れることができた。これからも精霊たちと協力し、励むことだ」
「そしてブラン様はお見事でした。ご自身の役割を理解し、いつも冷静に⋯⋯。えー冷静に⋯⋯」
アッシュ様はその続きの言葉が出ないのか言い淀んだ。
どうやら迷宮内でのやり取りは全て見られていたらしい。
それは勘弁して欲しい。
「とにかくお疲れ様でした。そうだ、セイラに一つ説明し忘れていた事がある」
アッシュ様が手招きするので側に寄る。
「手帳には実績のページがある。このページには自身が成長するきっかけとなった出来事や、偉業を成し遂げた記録が残る。時々確認しておくといい」
アッシュ様は参考に自分の手帳を見せてくれた。
剣のマークのページには訓練の連続日数や、魔物の討伐数、人命救助のエピソード、剣術大会の成績などが記録されている。
「さすがアッシュ様です!」
そしてハートマークのページの今日の実績には、なにやら怪しい文章が⋯⋯
「『愛弟子のピンチ!〜押し殺す主君への怒りと嫉妬、騎士の悲しき宿命〜⋯⋯』」
読み上げている途中で手帳をひったくられる。
アッシュ様は頬を赤くしながら怖い顔をしていた。
「え? アッシュ様もラッキースケベ願望が⋯⋯」
「忘れろ」
「え? 自分から見せたのに?」
「忘れろ」
「あ、はい。1⋯⋯2の⋯⋯ポカン! きれいに忘れました! あはは〜」
アッシュ様と距離を取り、小屋の陰に隠れて急いで自分の手帳を確認する。
剣のページにはアッシュ様と同じように、訓練の日数、魔物の討伐数、今日のキリリとキララの力の解放の事が書いてあった。
問題のハートマークのページには⋯⋯
『師匠の涙〜芽生えたものは本当にただの師弟愛!?〜』
『王子様の寝室〜秘密の素顔に高鳴る鼓動〜』
『王子様の初めて〜責任を取るのは私!?〜』
「わー! わー! こんな手帳、燃やそう? なんでこんなこと、わざわざ文字に起こすの!?」
テディベアの姿に戻ったキリリとキララに尋ねる。
「心の成長と恋愛感情は、切っても切り離せない関係だからね〜」
「恋は人を強くする。そういうことだ」
納得できるようなできないような。
とにかくこの手帳は誰にも見せてはいけない。
そう肝に銘じた。