89.幼馴染なのに今さらBL展開になるわけがない※
この日は朝から慌ただしい一日だった。
「ブラン王太子殿下、この箱はこちらに置いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。よろしく頼む」
「ブラン王太子殿下! この巨大な箱も、こちらでよろしいでしょうか?」
「なんなんだ! この大きさは! すまないが端の方に置いておいてくれ」
ブラン様の執務室に、何やら大量のプレゼントボックスが運び込まれて来た。
「ブラン様、これはいったい⋯⋯?」
「セイラ。実はこれはアズール王国、トープ王国、セレスト王国から我々に届いた贈り物だそうだ。結婚祝いと先の妖怪騒ぎのお礼ということで、統治者の名で届いているから、我々が直接中身を確認し、すぐに御礼状と品を贈らなければならない」
ブラン様はそう言って包装を解き始めたので、私も近づいて手伝う。
まずはトープ王国からの贈り物だ。
一つは能力上昇効果がある宝石がたくさん入った箱だ。
「すごい量ですよ、ブラン様! これを騎士や魔法使いのみなさんに着けてもらえば、各拠点の守りもより固くなりますね!」
そして二つ目の贈り物は、なにやら高級そうな桐の箱だ。
フタをそっと開けると、紫色のクッションが敷かれている上に、月のように丸く白い輝きを放つ宝石が鎮座していた。
「とても美しいです」
「あぁ。どういう効果があるのだろうか」
「確認してみますね」
まるで占い師の水晶玉のように大きなその石を、鑑定スキルで確認する。
「ムーンストーンという名前だそうです! 効果は⋯⋯女性機能向上」
⋯⋯⋯⋯二人の間に気まずい空気が流れる。
気を取り直して次は、セレスト王国からの贈り物だ。
中身は滋養強壮効果のあるハーブティーと子孫繁栄のお守り。
木彫りのお守りはどう見ても、男性のシンボルを模しているとしか思えない。
確かに私がいた世界にも、こういうのを祀っている神社があって、巨大なシンボルを乗せたお神輿を担いだり、お守りを授けてもらったりするのをテレビで見たけど⋯⋯
個人が個人に贈るのはどうなのか。
お守りを手に取ったまま、固まっているブラン様の手からそれを奪い、箱にしまう。
「ねぇ、ブラン様。御礼状、私も書いて良いですか? 一言どころか色々と言わないと気が済まないんですが?」
国王ともあろうお二人が、ここまでデリカシーがないとなると、二カ国の国民たちが心配だ。
「まぁまぁ。良かれと思って贈ってくれたのだろうから⋯⋯」
「デリカシーがない人って、大抵の場合は良かれと思ってやってるんですよ。それを言い訳に使わせてはいけません!」
「彼らにとっても、この国の後継者の誕生が待ち遠しいんだろう。なにも我々がプレッシャーに感じる必要はない。子を授かることが出来ると神託が下っているのだから、しばらくの間、二人きりを楽しんだっていいんだ」
優しく抱きしめられ、頭を撫でられるとコロッと機嫌が良くなってしまう。
「それもそうですよね。私ったらすぐに怒っちゃって。ブラン様のおかげで冷静になれました」
愛しい人に身を預け、見つめ合う。
――コンコン
朝から二人きりの世界に入ってしまいそうなところを、止めてくれるノックが聞こえる。
「失礼致します。ブラン王太子殿下。急なことで申し訳ございませんが、陛下がお呼びです」
入って来たのは国王陛下専属の執事だった。
「そうか。わかった。すぐに行く。セイラは贈り物の開封を続けていてくれ。戻るのが何時になるか分からないが、彼らが揃うようなら、先に始めておいてもらえると助かる」
ブラン様はそう言い残して、執事とともに部屋を出て行った。
彼らというのはアッシュ様、ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様のことだ。
このメンバーで、アカデミーで行われる体験型授業のダンジョン探検の企画をすることになり、この部屋で集まって会議をする予定だ。
それまでに開封作業を終えないと。
アズール王国から届いた荷物の内、一番大きいものは、四人がけのテーブルくらいありそうな特大サイズだ。
丁寧に包装紙をはがすけど、なかなか作業は進まない。
――コンコンガチャ
「来たよ〜! セイラちゃん〜! って何? その大きな箱!」
ノックと共に雑に開いたドアから顔を出したのは、ボルド様だ。
「ボルド様! いらっしゃいませ! これはアズール王国からの贈り物なんですけど、大きいからなかなか開けられなくて⋯⋯」
「そうなんだ〜じゃあ手伝ってあげるよ〜」
そう言うとボルド様は、ビリビリと包装紙を破き始めた。
「あぁ! まぁ⋯⋯いいか」
包装紙は取っておくわけじゃないし。
丁寧にやってたら日が暮れるよね。
二人がかりで作業すると、あっという間に中身が見えた。
贈り物は、水で満たされた水槽で、中にはピンク色に輝く魚が二匹泳いでいる。
「海底の国だからお魚をくれたんでしょうか? 精霊っぽい光を放っているようにも見えますけど。これはいったい⋯⋯」
「なんだろうね〜かわいい顔をしてるし、ペットなのかな?」
二人並んで首をかしげていると、一匹の魚が跳ねて水槽から飛び出した。
「あぁ! ちょっと! 君、危ないよ?」
魚をすくって水槽に戻そうとする。
不思議なことに、その魚は手に触れた瞬間、弾けるように消えてしまった。
「うわ! どうしましょう! いなくなっちゃいましたよ!」
「え〜! 何が起こったのか、全然意味が分かんないんだけど〜!」
二人して動揺していると、身体に異変が起こった。
あー突然なんなんだろう。
すっごくムラムラしてきた。
めちゃくちゃキスしたい。
素敵な男の人と、濃厚なやつを⋯⋯
「ねぇ、ボルド様。せっかく二人きりなんですから、ゆっくりキスでもしません?」
「え? セイラちゃん!? 突然どうしたの? なになに? ちょっと、そんな、迫って来ないでよ。落ち着いて? ね?」
ちょうどいい所にいたそのイケメンに近づこうとすると、肩を掴まれ押し返される。
「どうしてそんな酷いことするんですか? ちょっとだけですから」
ボルド様の腕を引き、ソファに押し倒して顔を近づける。
「駄目だって! セイラちゃんにはブランがいるでしょ? 誰か助けて〜!」
ボルド様はドアの方に向かって叫ぶ。
「もう! 大人しくしてください!」
低迷のスキルを使ってデバフをかける。
移動速度や力が弱くなったボルド様は、必死に抵抗を続ける。
騒ぎを聞きつけたからか、アッシュ様を先頭に、ジェード様、ノワール様、セルリアン様が早足で入って来た。
「ボルド! 貴様! セイラに何をした! この不届き者が!!」
アッシュ様がすごい勢いで迫ってくる。
「いやいや待ってよ! どう見ても襲われてるのは俺でしょ〜? 助けてよ!」
ボルド様は涙目でアッシュ様に助けを求める。
「セイラ、どうしたんだ? とにかく離れろ」
アッシュ様は私を後ろから抱えた。
やだ。離されちゃう。
⋯⋯でも、これってチャンスなんじゃ。
そのまま身体を反転させて、アッシュ様の頬に手を添える。
「アッシュ様⋯⋯お願い。キスしたい⋯⋯」
目を見つめながらお願いする。
「⋯⋯⋯⋯これは夢の続きなのか? それとも今度こそ俺は死ぬのか? 騎士として、忠誠を誓って⋯⋯」
戸惑いながら、ぶつぶつ言ってる隙に唇を狙う。
けれども、首根っこを掴まれて引き剥がされてしまった。
「おいセイラ! お前は何やってんだ! いくら女狐だからって、やって良いことと悪いことがあるだろうが!」
ジェード様に叱られてしまう。
「じゃあ、ジェード様がしてくれるんですか? 濃厚なやつが良いんですけど⋯⋯」
首をかしげて尋ねる。
「やめろ。やめてくれ。俺に罪を犯させないでくれ」
ジェード様は後退りしながら、焦ったように言う。
「セイラ君は何かに取り憑かれていると考えるのが自然だ。ボルド、君は何か知らないのか?」
セルリアン様は冷静に言った。
え? 私って何かに取り憑かれてるの?
「ああ! そうそう! アズール王国から届いた魚の精霊みたいなのが、セイラちゃんに触れた途端消えて無くなって、その直後からセイラちゃんがおかしくなっちゃったんだよ! あれと同じやつ!」
ボルド様は水槽の中にいるもう一匹の魚を指さした。
「なるほど。精霊か⋯⋯」
セルリアン様は難しい顔をしながら水槽を眺める。
「キスって浮気に入るのかな」
突然つぶやいたノワール様。
「はぁ? 入るに決まってんだろうが!」
「挨拶程度ならともかく、セイラは濃厚なものを希望している。流石に厳しいだろう」
ジェード様とアッシュ様は即答した。
「けど、こんなに苦しそうなセイラちゃんをほっとくなんて、かわいそうだよね。人々を苦しみから救い出すのは神官の仕事だから」
本気なのか、冗談なのか、ノワール様が近づいてくる。
どっちでもいいや。
やっとキスしてくれそうな人が現れたんだから⋯⋯
こんな時のノワール様は救世主だ。
「やだ! そんな泥沼劇、見たくない!」
ボルド様はノワール様を羽交い締めにする。
なんでよ。せっかくノワール様がキスしてくれるって言ってるのに。
「ちょっと! みなさん、さっきから酷いです! 私のことを、ないがしろにしないで!」
この部屋にいる全員にデバフをかける。
「なんだこれ!? 身体が重くなりやがった」
「これが神話級盗賊のスキル?」
「とにかく全員でセイラを押さえろ」
「ブランが帰って来るまで耐えるんだよ〜!」
やだ。捕まりたくない。
急いでノワール様に近づこうとしたのに、テーブルの足につまづき、目の前で転んでしまう。
「痛っ!」
その瞬間、身体の中から魚が飛び出した。
一気に頭が冷えて冷静になる。
「悪いのはその魚です! 捕まえてください!」
鑑定によると、この魚は『キスシタイ』というタイの仲間らしい。
ノワール様がキスシタイを捕まえようと手を伸ばすと、またタイは姿を消した。
「うわ! なんだ!」
同時にセルリアン様の動揺する声が聞こえる。
振り返ると、セルリアン様が観察していた、もう一匹のタイも姿を消している。
ということは⋯⋯
「セルリアンって、なかなか良さそうな唇してるよね」
「ノワール。君は相当なテクニシャンと見える」
ノワール様とセルリアン様は、うっとりとした表情で見つめ合う。
やがて二人の顔が静かに近づいていく。
「ギャー! 本心からなら応援しますが、おそらく違うので妨害させて頂きます! 遂行されてしまえば、黒歴史です!」
二人の間に入り、両手で押し広げる。
ノワール様をジェード様が、セルリアン様をアッシュ様がそれぞれ羽交い締めにする。
「ジェード、いつもキツイこと言ってごめんね。でも、本当は大好きだから。俺が初心なジェードに知らない世界を教えてあげる」
ノワール様はジェード様を抱きしめ、顎を持ち上げる。
「うわぁ! やめろ! 離しやがれ!」
ジェード様は心底怯えたような表情をしている。
「アッシュ、僕は友人である君のことを心から尊敬していたが、もしかするとこれは、また違った意味の感情だったというのだろうか」
セルリアン様もアッシュ様に近づいて行く。
「セルリアン、それは勘違いだ。俺たちの間にあるのは友情だけだ!」
アッシュ様も抵抗している。
なんだ、この地獄絵図は。
その時だった。
「皆! 落ち着くんだ!」
その声が聞こえた瞬間、全員の動きが止まった。
ブラン様が帰ってきてくれた。
絶対服従のスキルを使って、私たちを助けてくれたんだ。
「何がどうなってるんだ?」
戸惑うブラン様に駆け寄り、事情を説明する。
「なるほど。衝撃を与えて魚を取り出した上で、手を触れなければ良いんだな」
ということで、ノワール様とセルリアン様の背中をパンと叩くとタイが飛び出した。
タイはピチピチと音を鳴らしながら、床を跳ね回るので、みんなで叫び声を上げながら逃げ回る。
「今日の所は一旦仕切り直さない? 落ち着いたらまた呼んでね! んじゃあ! あとはお二人で〜!」
ボルド様はそう言うと、ドアから走って逃げてしまった。
アッシュ様、ジェード様、ノワール様、セルリアン様もすぐにその後に続く。
バタンとドアが閉まり、ブラン様と私と二匹のタイが残された。
確かにこれは、シアン女王が私たちにくれたんだもんね。
ブラン様とうなづきあったあと、部屋の鍵をかけて二人同時に魚に手を伸ばした。
あぁ、身体が熱くなってきた。
早くキスしたい。
ブラン様に近づくと、力強く抱きしめられた。
それだけで息が苦しくなるほどドキドキするのに、上を向かされて何かを注ぎ込まれるように、激しくキスされる。
苦しくて溺れそうになるけど、胸が甘くしびれて貪欲になって抜け出せない。
どれくらい時間が経っただろうか。
夢中になって求めあっても、高まった感情は収まらない。
そのままベッドにもつれ込む。
「ブラン様ぁ」
自分でも驚くほど甘えた声が出る。
「セイラ、もっと欲しい。この渇きを満たせるのは君の愛だけだ」
ブラン様は肉食獣にでもなったかのように、私の唇を貪った。
いつもよりほんの少し荒々しく扱われると、こんなにも求められているのかと実感できて、ますます感情が高ぶる。
恥じらいなんて忘れて、動物にでもなったかのように、身体をよじって反応して、大きな声が出る。
そんな姿にブラン様も高ぶってくれているのか、甘えた声も全て飲み込まれる。
オスらしい姿を見せてくれた、愛する人の背中に腕を回し、本能のままに愛し合った。