88.愛する人のために身体を張らないわけがない※
正式な夫婦になった私たちは、甘い日々を過ごしていた。
今はブラン様のお部屋で、二人きりで過ごしている。
「セイラ、ほら口を開けて」
「いやいや、誰も見ていないとは言え、まだちょっと恥ずかしいんですけど⋯⋯」
「恥ずかしがる必要はない。これから何度だって食べさせてあげるから。ほら、あーん」
「うぅ⋯⋯はい。あーん」
ブラン様は昼食のスープをスプーンですくって、私の口に運んでくれた。
「ん! とっても美味しいです!」
感想を言うと、ブラン様は嬉しそうに笑った。
なにこれ。甘い⋯⋯
ブラン様はお世話好きなのか、最近はよく私にご飯を食べさせてくれる。
それは別に良いんだけど、こういうのって、どういう表情で、受け入れたらいいものなのか⋯⋯
今日は、溜まりに溜まった予定があるので、まずは、二人で出かけることになった。
馬車に乗り、向かったのは王都の広場だ。
魔王を討伐した六人の英雄の石像が、少し前に完成したというので、一目見ようと訪れた。
ちなみに、モント様とアッシュ様の石像も、これから追加で作成される。
石像は、広場の中央の噴水を囲むように設置されていた。
噴水からは少し距離を取った位置に、全員が噴水の方を向いて立っている。
これなら、ボルド様の像に水がかかることは無さそうだ。
ちなみに夜には、属性の色のライトで照らされるらしい。
「見てください! みなさん、精悍な顔つきでいらっしゃいますよ! ブラン様も麗しいです!」
「セイラの像は、まるで天女のようだな⋯⋯」
二人して互いを褒め合う。
後日、この像の設立セレモニーということで、またみなさんとここで集まることも予定されている。
いちゃつくなら今のうちだから、先に来ておいて正解だ。
そして、次の予定は王宮内で行われた。
王族は代々、結婚の記念に肖像画を描いてもらうのが習わしだそうで、これは王宮内のエントランスに飾られる。
この肖像画は、後に私たちがこの世を去ったとしても、歴代の王と王妃のものと同様に、絵画の間に飾られるらしい。
「背景はどうなさいますか? お二人の思い入れの強い場所があればそこに、特にご指定がなければ、このままこのお部屋でご準備いたしますが?」
画家の先生が確認してくれる。
思い入れのある場所と言えば、あそこかな⋯⋯
考え込んでいるブラン様の顔を見上げる。
「やはり、あの場所だろうか」
ブラン様は窓の外を見たあと、私の顔を見た。
「はい! 同じことを考えていました!」
私たちは、庭園で絵を描いてもらうことにした。
ガゼボのベンチに二人並んで腰掛ける。
ここでお互いの想いを正直にぶつけ合って、試練を乗り越えたんだよね。
あの時は、どうしたらいいかわからなくて苦しかったから、今の状況が夢みたい。
しばらくポーズを取った状態で描いてもらったあと、残りは工房で仕上げるとのことだった。
今から完成が楽しみだ。
そして完成したと言えば、六人で撮った写真集。
魔王討伐に関する新聞記事も歴史書も、ここのところ忙しすぎて、パラパラとしか目を通す時間がなかった。
ブラン様と並んで座って、写真集を開く。
「この写真なんかは、セルリアン様も満面の笑みで、レアですよ!」
「和やかな雰囲気が出ていて良いな」
一枚一枚、じっくりと眺める。
「あれ? そう言えば、私の写真のパターンが減らされてますね」
あの日は確か、カメラマンに無茶ぶりをされて、前かがみになったり、足を崩したり色々させられた記憶がある。
けど、実際に掲載されているのは、武器を構えている真面目な姿だ。
「あぁ。さすがに見過ごせなくて、あの日の内にカメラマンと話をしたんだ」
「そうだったんですね! ありがとうございました!」
ブラン様が守ってくれたんだ。
あの写真が世に出回らないで助かった。
もろもろの確認作業が終わり、夜を迎えた。
それぞれお風呂に入った私たちは、ブラン様のベッドで寛いでいた。
「そう言えば、ルーシーちゃんやジョニーくんたちが見当たりませんが」
初めてブラン様の寝室に忍び込んだ時は、ぬいぐるみがたくさんいたはずだけど。
「あぁ。さすがに初夜の雰囲気にそぐわないと思って先日別室に移したんだ。それに二十四歳の男が、所帯を持ったと言うのに、枕元にぬいぐるみを置いているなんて、心象が悪いだろう?」
ブラン様は照れたように言った。
「私は嫌じゃないですよ! それもブラン様の魅力の一つです! かっこいい王子様のかわいい秘密⋯⋯そのギャップにときめくんです!」
そう正直に答えたんだけど⋯⋯
⋯⋯あれ? ブラン様の様子が⋯⋯
「かわいいのは君だろう? 私にはセイラがいるから、ぬいぐるみはもう卒業でいいんだ」
ブラン様は、私をそっと抱きしめた⋯⋯
かと思いきや、突然立ち上がり、机からあるものを取り出す。
私も立ち上がって隣まで歩いていき、紙に包まれたものを確認する。
そこにあったのはなんと、コスプレグッズだった。
「ええ! ブラン様?」
このコスプレグッズは、黒猫に変身できるもので、猫耳のカチューシャ、ピンクの肉球がついた手袋、しなやかなしっぽ、そして黒いリボンと鈴がついたチョーカーのセットだった。
いったい、どこで手に入るんだろう。
「セイラ⋯⋯これをつけてくれないか?」
ブラン様は真っ赤な顔で言った。
「ええ! 私がですか!?」
それはさすがに恥ずかしい。
けど、嫌かと聞かれたら嫌じゃない。
何より、ブラン様がこんなに真っ赤な顔をして、勇気を出してお願いしてくれたんだから⋯⋯
結果、全力で猫をすることに決めた。
一度自分の部屋に戻って、カチューシャやチョーカーをつけていく。
もちろん、メイドさんたちには頼まずに、こっそりと自分で支度した。
そして再びブラン様の寝室に移動する。
「あの⋯⋯どうでしょうか?」
恥ずかしさにモジモジしてしまう。
ブラン様を直視出来ないけど、ゆっくりと近づいて来る気配がする。
「セイラ、ありがとう。なんて愛らしいんだ!」
ブラン様は微笑みながら、私を抱きしめようとする。
うぅ。そんな、キラッキラの笑顔で嬉しそうにされたら、コロッと落ちてしまいそうになる。
しかし、今の私は猫だ。
抱きしめられる寸前に、はらりとブラン様の腕から逃れた。
「あぁ⋯⋯そんな⋯⋯」
残念そうなブラン様。
「今の私は気まぐれな猫ですから。ブラン様がちゃんとその気にさせてくれないと、そちらには行きません」
そのままさらに距離をとる。
「待ってくれ! そうだ! これをあげよう!」
ブラン様は、机の引き出しからクッキーの缶を取り出した。
「ほら、こっちにおいで」
両手を広げて待ち構えられる。
それなら近づいてあげてもいいかな。
ゆっくり歩いていくと、ブラン様は嬉しそうに抱きしめてくれた。
「やっと捕まえた」
頬ずりされ、優しく髪を撫でられる。
「もっとよく見せてくれ」
両手で頬を包みこまれ、愛おしそうに見つめられる。
「ご主人様、先にクッキーです」
抗議すると、ブラン様は嬉しそうに笑った。
「そうだった。おいで、食べさせてあげるから」
ブラン様はそう言うと、すぐ近くのソファに座って、私を横向きに膝の上に乗せた。
「ほら。口を開けて」
素直に口を開けると、クッキーを食べさせてもらえた。
「美味しい?」
ブラン様は優しい目で私を見つめている。
「はい。ご主人様⋯⋯」
返事をすると優しくキスされた。
しっかりと抱きしめられたまま、何度も降ってくる。
もう逃げる気なんておきない。
もっと欲しい。
力が抜けて胸に身体を預けると、ベッドに運ばれた。
それからも優しいご主人様の甘いキスは止まず、たっぷりと可愛がられたのだった。