87.王子様が私を溺愛しないわけがない※
結婚式の日の夜。
もう一つの大きなイベントが控えていた。
それは結婚初夜だ。
メイドのみなさんに手伝ってもらいながら、ムスクのような、ゴージャスな香りが漂うお風呂に入る。
真っ白なシルクのネグリジェに着替え、鏡の前に座ると、髪をきれいにとかし、顔には軽くおしろいをはたいてもらい、目尻には例の紅を塗ってもらった。
「とてもお綺麗ですよ」
マロンさんは褒めてくれた。
この後どうなるのか、共通認識されているかと思うと、なんだかとっても恥ずかしい。
先日、セピア様から伝授してもらった愛のお作法によると、初夜は、妃が王子様の部屋に行くのが習わしだそう。
深呼吸をしてから、寝室のドアをノックし部屋に入ると、ブラン様はベッドの上にいた。
布団を腰の辺りまでかけて座っていて、上質そうな白いガウンからは、胸元の素肌が見えている。
「セイラ、来てくれたのか」
ブラン様は布団をめくって、迎えてくれた。
胸の高鳴りを抑えながら布団に潜り込む。
二人して横になると、そっと抱きしめられた。
「結婚式はどうだった?」
優しく頭を撫でられながら尋ねられる。
「たくさんの人に、笑顔でお祝いしてもらえて嬉しかったです。ブラン様はどうでしたか?」
「私は皆の前で、君が私の妃なんだと公言できたことを嬉しく思うのと同時に、その重みを実感した。私は生涯をかけて、君を幸せにすると誓ったから」
ブラン様は愛おしそうに私の頬を撫でる。
「私はもう、すでに幸せですよ? これからも毎日一緒にいられて、こんな風に大切にしてもらえて⋯⋯あなたの愛をたくさん感じますから」
そう答えると、ブラン様は私のおでこに、自分のおでこをくっつけた。
「君は、私の心をくすぐる天才だな」
おでこをくっつけたまま見つめ合う。
⋯⋯近い。
形のいい唇が直ぐ側にある。
キスしたいな。
その気持ちが伝わったのか、じゃれるような、ついばむようなキスをされた。
「愛しのセイラ、君はなんて美しいんだ」
しばらくキスを続けたあと、頬に手を添えられて、目尻を親指でそっと撫でられる。
「紅を引いて来てくれたんだね?」
「はい」
「あのときのことを思い出すな」
「そうですね。でも今はちゃんと意味が分かってやってますから。今度は喜んでもらえるでしょうか?」
ライズの宿屋での一幕を思い出して、思わず笑いあう。
「私は、ようやくこの日を迎えられたことを嬉しく思う。いったい、どれだけ待ちわびたことか⋯⋯」
ブラン様は、私の目を愛おしそうに見つめながら髪を優しく撫でる。
嬉しいって思ってくれたんだ。
この日を待っててくれたんだ。
その言葉に愛おしさが湧き上がってくる。
「ブラン様⋯⋯」
名前を呼ぶと、そっと唇に人差し指を当てられた。
「こーら。二人きりの時は、ブランと呼んでくれと言っているだろう?」
「ブラン⋯⋯」
私が言い直すと彼は満足そうな表情をした。
「君はこの世界を命がけで救ってくれた。私の命だってそうだ。君には私の持つ全てを与えたい。そう。私自身も、もちろん全て君のものだ⋯⋯」
ブラン様は私の髪にキスした後、じっと目を見つめた。
「ブラン⋯⋯私の全てもあなたのものです。私だって、あなたに何度もこの命を救われました。それに心だって⋯⋯私にはもう、あなた以外、何も見えません」
そう答えると、ブラン様は再びキスしてくれた。
キスが甘いなんて話、ウソだと思っていた。
けど、本当に甘くて、溶かされてしまいそうで⋯⋯
うっとりとした気分で、彼を見つめると、愛おしそうに微笑まれる。
「かわいいセイラ。今夜はずっと一緒だ」
ブラン様の声がいつもより低く感じられる。
その言葉を聞いて、スイッチが入ってしまったみたい。
彼の身体を強く抱きしめて、自分からキスを求めた。
唇が触れる度に、心と身体の奥底から愛おしさと情熱が湧き上がってくる。
「綺麗だ⋯⋯」
時間をかけて、身体中に丁寧にキスされ、やがて素肌が触れ合うと、恥ずかしさに目をつぶりたくなる。
熱い皮膚の下に、硬い筋肉がついているのが、すぐそこに感じられる。
「セイラ、俺の目を真っ直ぐ見ていて」
優しい声だった。
けど口調と目つきは、いつもより少し強引で、男らしくって⋯⋯
私だって、この人のこの先の表情が見たい。
もっと知りたい。
真っ直ぐに見つめ返すと、愛おしそうにキスされた。
「セイラ、愛してる。世界で一番幸せにする」
「ブラン、私もあなたを愛しています。世界一幸せにします」
愛しい人の体温に、言葉に、満たされ過ぎて、嬉し涙がこぼれた。
そして翌朝。
柔らかい陽の光で目が覚めると、隣でブラン様が眠っていた。
私は昨日、この人のものになったんだ⋯⋯
それにこの人も私の⋯⋯
美しい寝顔は、いつもよりあどけなく見えた。
きっと起きている時は、無意識に気を張ってるんだろうな。
けど、これからは、私がこの人を支えるんだ。
そう誓いながら頬にキスをした。