86.最愛の人との結婚式が幸せじゃないわけがない
とある晴れた暖かい日のこと。
とうとうブラン様と私の結婚式の日がやって来た。
既に街中が大騒ぎ。
大通りは花で飾り付けられ、街の人は浮足立ち、国内はもちろん、国外からも、たくさんの招待客が集まってくれている。
その数なんと約千人。
この大きなイベントが無事に行われるよう、今日もたくさんの騎士たちが、警備に当たってくれている。
大きな鏡の前で、ウェディングドレスをメイドさんたちに着せてもらう。
一着目は華やかなレースが、ふんだんに使われた、ロングスリーブの純白のドレスだ。
特注品なので私の身体にピッタリ合っている。
ちなみに今日、私とブラン様が着用した衣装は、しばらくの間、王室記念館に展示されるらしい。
髪型はアップスタイルにしてもらい、メイクをして、装飾品もつけてもらう。
「セイラ妃殿下、お美しいです」
マロンさんたちが褒めてくれる。
「ありがとうございます」
そこに最後の準備のために、ルーナ王妃殿下が来られた。
代々、この一族に嫁ぐ妃が身につけるティアラを授けてくださるためだ。
王妃専属のメイドさんが、ティアラが乗った台座を押して入ってくる。
一礼してから王妃殿下の前にひざまずくと、頭にティアラを乗せてもらえた。
高さがある銀色のクラウンティアラは、ダイヤの様に光り輝く宝石で装飾され、想像以上に重たく感じた。
「セイラ、とても綺麗ですよ。これからも、このティアラに恥じぬプリンセスでいてください」
王妃殿下は微笑んでくれた。
これが王太子妃になるという重みなのかな。
そんな風に感じた。
ベールダウンした状態で馬車乗り場に向かう。
今回のエスコート役については、私の父はここにはいないので、なんと、モント様が引き受けてくれることになった。
ちなみにブラン様のエスコート役は、セルリアン様だ。
「セイラさん、おめでとう。とても綺麗だ。それではブランの元へ行こうか」
モント様のエスコートで、馬車に乗りこんだ。
屋根のある馬車に乗って教会へ移動する。
ブラン様は一足先に到着しているはず。
路上には私たちを一目見ようと、たくさんの人々が集まってくれていて、馬車が通り過ぎると一際大きな歓声が聞こえた。
到着した教会は、真っ白な壁に、薄いグレーのトンガリ屋根の大きな建物だ。
正面の壁には六芒星のシンボルが輝いている。
馬車を降りると、教会の鐘が鳴り響いた。
私の到着を待っていた教皇聖下が、こちらを振り返る。
教皇聖下の後ろを、モント様にエスコートされながら歩く。
教会の入り口にたどり着くと、すでに屋内には、バージンロードを挟むように、招待客が着席していた。
パイプオルガンの音色と、聖歌隊の歌声が響く神聖な雰囲気の中、拍手で迎えられる。
バージンロードの先、祭壇の前には、真っ白なタキシードを着たブラン様が立っていた。
ネクタイと中に着ているベストが、銀色に輝いている。
なんて美しいんだろう。
私は今から、この人と永遠の愛を誓うんだ。
招待客に見守られながら、真っ赤なバージンロードをゆっくりと進む。
ブラン様の前にたどり着くと、私の手がモント様の手からブラン様の手に託された。
「セイラ、綺麗だ」
ブラン様は、世界一美しいものを見るような目で私を見ながら小声で言った。
「ありがとうございます。ブラン様も素敵です」
私も小声で返した。
ブラン様のエスコートで段差を登り、祭壇の前まで進む。
騎士のラッパの演奏と、聖歌と国歌の斉唱があった後、教皇聖下が聖典の結婚の章を読み上げた。
「夫婦となる二人に祝福の光を」
教皇聖下が私たち二人に向かって手をかざすと、聖属性の黄色い光が私たちを包んだ。
その後は指輪交換の儀式を行った。
ブラン様が私の左手を取り、薬指にゴールドの指輪をはめてくれる。
続いて私もブラン様の手を取り、指輪をはめた。
指輪をお披露目し、結婚誓約書の記入が終わった後は、いよいよ退場だ。
鐘が鳴り響く中、ブラン様にエスコートされ、バージンロードを歩き、出口に向かう。
屋外に出ると、最後に屋内の招待客を振り返り、一礼する。
頭を上げると、そっと肩を支えられて、身体の向きを変えられる。
向かい合ってしばらく見つめ合ったあと、唇にキスされた。
拍手が沸き起こる中、教会の扉が静かに閉まった。
そこからは屋根のない馬車に乗り、国民のみなさまに手を振りながらお城まで戻る。
集まってくれた人は、歩道を埋め尽くすほどだ。
「ブラン殿下〜! おめでとうございます!」
「セイラ妃殿下〜! お美しいです〜!」
温かい声援に笑顔で手を振り応えた。
お城に到着すると、お城の前の広場にも、たくさんの人が集まっていた。
両陛下とモント様と一緒にバルコニーに出て、並んで手を振る。
ここでもブラン様は誓いのキスをしてくれた。
国民のみなさまから拍手と歓声が上がる。
「なんだか恥ずかしいですね」
「けれども、皆、喜んでくれただろう? きっと誰かが写真に収めてくれたはずだ」
ブラン様はいたずらっ子みたいに笑った。
レセプションパーティーは、お城のホールで行われた。
招待客は、式にも参加してもらっていた内の約300人。
各国の要人や貴族、英雄のみなさんも出席してくれている。
両陛下とモント様は一番前の端のテーブルに着席し、招待客は円形のテーブルに着席している。
各テーブルは、フランネルフラワーとピンクのチューリップで飾り付けられている。
オーケストラの演奏とともに、ブラン様のエスコートで入場する。
二着目のウェディングドレスは、背中が大きく開いた、光沢のあるシルクのドレスだ。
私たちは正面のメインテーブルに着席した。
このパーティーは、両陛下主催の形をとっているので、国王陛下から開会の挨拶があった。
その後は、豪華な料理を楽しんでもらいながら、二人揃って各テーブルをまわり、挨拶をする。
まずはトープ王国のオーカー王だ。
「オーカー王、本日は遠いところ、お越し頂きありがとうございます」
ブラン様はオーカー王の前にひざまずいた。
「うむ。久しぶりの地上は眩しいの。それに君たち二人もじゃ。ガッハッハ」
オーカー王は豪快に笑った。
続いてセレスト王国のゼニス国王陛下だ。
騎士たちが行動を監視してくれているからか、今のところ、大人しくご出席頂けているらしい。
「ゼニス陛下。本日はご列席頂き、ありがとうございます」
ひざまずくブラン様の表情は、若干、引きつっているような⋯⋯
「グレイトなお二人のウエディングだからね。これくらい、お安い御用なのさっ」
ゼニス陛下は、テーブルの上に用意された小さなイスに座りながら、ウインクを飛ばした。
最後に、アズール王国のシアン女王。
本日は、大きめの水瓶に入って頂いてのご出席だ。
「クイーン。今日も、とてもお美しい」
ブラン様はシアン女王の手を取り、甲にキスをした。
うぅ。確かに、今日も今日とて美しすぎる。
「ブランちゃん、おめでとう。セイラちゃんもおめでとう。三人で夫婦になれる日を楽しみに待っているわ」
シアン女王は私に向かって微笑みかけた。
「それは丁重にお断りいたします⋯⋯」
「あらそう? それにしても地上の男は美しいわね。誰か連れて帰ろうかしら」
シアン女王は招待客を見ながら、うっとりとした表情でため息をついた。
その後、貴族たちとも順番に挨拶を交わしたあと、ジェード様たちのテーブルに向かった。
ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様⋯⋯そしてもう一人、銀髪銀眼のガタイのいいイケメン。
「アッシュ様! 決まってますね!」
アッシュ様には、私たち二人の希望で、護衛の騎士としてではなく、友人としてご出席頂いた。
「ブラン様、セイラ様、本日はおめでとうございます⋯⋯」
アッシュ様は、条件反射のように、サッとひざまずいた。
「アッシュ。だから、今日は友人として接してくれと言っただろう?」
ブラン様はアッシュ様の肩に手を置いたあと、手を引いて立ち上がらせる。
「そうだったな。ブラン、セイラ、おめでとう」
アッシュ様は微笑みながら、そう言ってくれた。
しかし、すぐに目元を手のひらで覆い始める。
「おい、泣くなよ。こっちだって我慢してんだ」
「感情など、とうに捨て去ったはずだった。それでも魂が悲鳴をあげている。この身が引き裂かれようとも、閉ざされた扉の封印を解くことは許されない」
アッシュ様は、ジェード様とノワール様に肩を組まれていた。
ノワール様はお酒を飲んで、すっかり出来上がっているらしい。
「セイラちゃん、綺麗だね〜! お幸せにね!」
「やはり僕が見た女性の中で最も美しい」
ボルド様とセルリアン様は褒めてくれた。
その後は、会場後方のダンスホールに移動して、ファーストダンスの披露があった。
会場の照明が落とされ、スポットライトが当たり、招待客がこちらに注目している。
さっきご挨拶に回った後だからか、大勢の人たちに見られているという実感が湧いてきて、緊張で身体が硬くなる。
「セイラ、大丈夫だ。私をセピアだと思って」
ブラン様は真剣な表情で冗談を言った。
思わず想像して笑ってしまう。
緊張がほぐれたところで、オーケストラが演奏するワルツに合わせて踊る。
「セイラ、私はなんて幸せ者なんだ。君を妃に迎えることが出来るなんて、夢みたいだ」
ブラン様は言葉通り幸せそうに笑った。
「ブラン様。私、こんなに幸せな気持ちは、生まれて初めてです。これからもずっと、あなたの側にいられるんですね」
微笑み合いながら素敵な時間を過ごし、曲が終わると会場から拍手が起こる。
ここで一旦退場し、お色直しをして再入場する。
着替えたカラードレスは、ロイヤルブルーの生地に、星くずを散りばめたような、輝く装飾が施されているものだ。
プロポーズされたあの日、二人で見た星空みたいだと思って選んだ。
ブラン様も、同じ生地で作られたジャケットに着替えた。
再入場後はダンスパーティーになった。
主役である私たちは、次から次へとダンスを申し込まれ、順番に踊る。
なんと、私に最初にダンスを申し込んでくれたのはオーカー王だった。
「うちの国のダンスは上品じゃないから、先に行かせてもらいたくてな」
オーカー王はそう言うと、自分の腰の横に両手を当て、私の周りをスキップしながら、ぐるぐる回った。
なるほど、セピア様から習っていた通りだ。
トープ王国の作法での正解は、私もその場で自由に踊ること。
オーカー王がスキップする中心で、くるくる回ったり、自由に楽しくステップを踏んだ。
曲が終わりお辞儀をする。
次はゼニス陛下とのダンスだ。
「プリプリちゃん。僕と一曲踊って頂きたい」
ゼニス陛下は美しい顔で微笑みながら言った。
変なことは、されない⋯⋯よね?
「はい。喜んで」
不信感を振り払い、笑顔で手を取った。
「プリプリちゃん。実にビューティフル。僕の次にね」
ゼニス陛下の相変わらずなナルシスト発言に、思わず笑みがこぼれる。
けど実際、ゼニス陛下が美しいのは本当だ。
「プリプリちゃんにも、ミラクルな体験をプレゼントしよう」
ゼニス陛下はそう言うと、羽根を羽ばたかせて私を引っ張り上げた。
魔法もかかっているのか、身体がフワフワと浮いていく。
人生初の空中でのダンスを楽しんだ。
ダンスパーティーの最後は、再びブラン様とダンスを踊った。
最後にブラン様から、招待客のみなさまへのご挨拶があり、御披楽喜となった。
そして今夜、夫婦になって初めての夜を迎える。