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85/108

85.王子様なのにポエマーなわけがない


 海と地と空の災いを退けた私たち八人は、ただいまより、王都にある高級レストランで、お疲れ会を開催しようとしている。


 凱旋パレードと祝賀会については、今回も開催予定ではあるけど、まずは私とブラン様の結婚式の日が近づいていることもあり、一旦延期となった。

 だからまずは、八人だけでお祝いをしようというわけだ。


 ここのレストランは会員制で、王室御用達のいわゆるVIPルームを貸し切ることができた。


「私が仕切るのか? ここはブランが⋯⋯」

「兄上、何をおっしゃるのですか。ここは年長者が⋯⋯」


 モント殿下とブラン様は、どちらが乾杯の音頭を取るのかを譲り合っている。

 ほっこり仲良し兄弟ってやつだ。


 しかしこのやり取りは、入店前からずっと続いており、料理や飲み物には、誰も口をつけていないものの、二人を放置して会話を楽しみ始めている。


 黙って待機しているのは、アッシュ様だけだ。

 妖怪討伐の任務中は、ブラン様の指示もあり友人モードだったけど、王都に帰還してからは騎士モードに戻ってしまった。

 なんなら今日も、食事はとらずに、護衛として立っているつもりだったらしい。



「ね〜ね〜セルリーアンバサダー? 神話級になって何か変わった? いいな〜! 俺もいつか、なれるのかな〜?」


 ボルド様は、セルリアン様に、すり寄りながら尋ねる。


「同時に交信できる精霊の数と、ランクが大幅に向上した。それに加え、言語よりも精神での意思疎通の比重が、大きくなったように思う。帰ってからじっくり検証するとしよう。しかし、ブランとセイラ君は貢献度も高く、昇格も納得が行くものだが、今回はパーティー入りが早かった、ボルドの昇格が無かったのは疑問が残る」


 セルリアン様は、ボルド様の顔を片手で押しのけながら答えた。


「そりゃあ、前回の魔王討伐の時は、神殿一つと魔王城の戦いしか参加してないのに、伝説級にしてもらえたからね〜今回はその時のおまけを取り返した形なんじゃないかな〜? そもそもセルリアンは、元々が俺と違って超越級だったんだから、納得しかないでしょ〜」


 ボルド様は再びセルリアン様にすり寄った。


 どうやら神殿攻略とボスクラスの討伐では、大サービスな量の経験値が入るらしい。

 確かに私なんか、初級から神話級になるのに約一年だからなぁ。


 ちなみに私が新たに出来るようになったことは、任意の相手の能力値を一時的に下げる、デバフのスキル⋯⋯『低迷』だ。


 ブラン様は、周囲にいる味方の獲得経験値が増加するようになったのと、幻獣と会話できるようになったという変化があったそうだ。

 そのおかげで、パステルの体をモフモフさせてもらうなど、仲良く過ごしているみたい。



「なぁ、セイラ。ノワールが、もう酒は飲まないって言ってやがんぞ」


 ジェード様は、ノワール様を横目で見ながら言った。

 なんとなんと。それは緊急事態だ。


「ええ! ノワール様、体調が悪いんですか? どうして飲まないんですか?」


「俺はもう大人だから、チュウニ病は卒業しないといけないと思って」


 ノワール様は深刻そうに言った。


「セイラちゃん。ちょっと」


 ボルド様に小声で呼ばれる。


「はい。なんでしょう?」


「ノワールのやつね、セイラちゃんの婚約が正式に決まってから、溜まってた休暇を消化してたらしいんだけど〜ご両親とお酒を飲む機会があって、失恋直後だからって、ついつい飲み過ぎちゃったら、ご両親にチュウニ病がバレて、大笑いされたんだって〜!」


 ⋯⋯そのエピソードに、なんと反応したらいいのか。


「そうでしたか。では今日から禁酒ですね⋯⋯」


 ノワール様のお父様も闇属性だけど、中二病では無いのかな?なんて考えていると、ブラン様が立ち上がった。

 

「皆、待たせてすまなかった。そろそろ料理も揃ったようだし、始めよう」


 モント殿下とブラン様の話し合いは、ようやく決着がついたらしい。

 

「皆、今回の件は、緊急事態の連続だったにも関わらず、よく臨機応変に対応してくれた。感謝してもしきれない。今日の会では疲れを癒し、自身や仲間たちの活躍を褒め称えてくれ」


「カンパーイ!」


 みんなでグラスを合わせた。


 今座っているワインレッドのソファは、手触りのいいベルベットで覆われていて、ふかふかで快適すぎて、このまま寝てしまいそうなくらいだ。

 


「セイラさんはお酒を飲めるのかな?」


 隣に座っているモント殿下に尋ねられる。


「私は少しだけです! モント殿下は飲まれますか?」


「私は床に伏せている期間が長かったから、これから少しずつ慣れていこうと思っている。今後は会食の機会もあるから」


 モント殿下は少し照れたように笑った。


「そうなんですね。では私もお付き合いいたします!」


 加減を尋ねながら、モント殿下のグラスに、リンゴ酒を注いだ。

 そして約一時間後。


「ねーねーモント様! イザベラさんとの出会いについて教えて頂けませんか? あと、どこが好きですか? どちらからアプローチされたのでしょうか? どんな風に⋯⋯」


 ひたすらモント様を質問攻めにしていた。

 くだけた呼び方にすることも許可が下りた。


「そうだな。イザベラとの出会いは⋯⋯イザベラはセピアの娘で、なかなかベッドから出られなかった私と一緒に、よく授業を受けていたんだ。あの家は母子家庭だから、イザベラの面倒を見ながら働くことを父上が許可したんだ。優秀な教師のセピアは手放せないからね。アプローチはもちろん私からだが、よく一緒に本を読んで感想を語り合って、二人の時間を過ごした。好きな所は、愛らしい所やしっかり者な所、他にも山のようにあるが、病に伏せていた時、側で支えてくれた献身的な愛には心を打たれた。私の全てを捧げても感謝しきれない」


 モント様は顔を赤くしながら語ってくれた。


 イザベラさんは本当に素敵な人だな。


 それに、お母様のセピア様も、尊敬すべき優秀な教師だ。

 知識量や教え方の上手さもそうだけど、思い起こせば、運命のいたずらで、娘の恋人との婚約が決まった私に対しても、フラットに接してくれていたから。

 それは並大抵のことでは出来ないはずだ。


 ちなみにイザベラさんとは、初対面の時は、超険悪なムードになってしまったけど、その後、正式に謝罪してもらった。


 長い間、病に苦しんでいたモント様が、ベッドから出て、こうやって幸せそうにしているのを見ると、こちらまで幸せな気分になれる。

 それからもお酒は進み⋯⋯


「イザベラは僕の光だ。眠れぬ夜は彼女を想い、一人夜空を見上げる。愛しいその名を呼び、光の射す方へと走り出す。繋いだ手はもう離さない。瞳を閉じて、明日を信じて⋯⋯」


 モント様は大真面目に語った。


「ええ! もしかして、モント様って酔うとポエマーになるんですか? 作詞家志望ですか?」

 

「俺は自分自身が恐ろしい。この身体に渦巻く闇の力が」 


 モント様の意外な一面をみなさんに教えてあげようと、隣のテーブルを覗くと、ジャンルは違えど似たような状態になっている人の声が聞こえた。


 ⋯⋯⋯⋯あれ? 

 しっかり発症しているように見受けられるけど。


 私がモント様と盛り上がっている間に、いつの間にかノワール様は、ブラン様たち五人におもちゃにされていたらしい。

 みなさん子どもの頃に戻ったように、いたずらっ子みたいな悪い顔で笑っている。


「ええ! ノワール様、結局飲んでるんですか!?」


「うん。セイラちゃんを笑顔に出来るなら、俺は悪魔に魂を売ったって構わない。例えそれが、終わりの始まりだったとしても」


 ノワール様は大真面目に言った。

 モント様とノワール様を戦わせたらどうなるのか⋯⋯とても気になるところだ。


 そこからも会は大盛り上がりだったけど、時間が来てお開きになった。

 

 次にみなさんとこうして会えるのは、私たちの結婚式だ。

 お忙しい中出席して下さるみなさんに、丁寧に頭を下げた。



 翌日からは慌ただしい日常を取り戻した。

 

 完成したウェディングドレスを試着したあとは、長らく中断されていた妃教育を受ける。

 ここ最近は短剣を持って駆けずり回ってたけど、私は王太子妃でもあるんだと言うことを再認識する。


「セイラ妃殿下。確かに命がけで、危険なお役目を果たされ、世界を救って頂いたことには感謝したいのですが、これでは英雄どころか笑い者です。以前お伝えした内容の内、三割程度の完成度に落ちております。一からやり直すくらいの気持ちで取り組んで下さいませ。先日も申し上げましたが、ファーストダンスは、招待客の皆様全員から注目されますので、どうか緊張感を持って⋯⋯」


「はい。しっかり仕上げていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします⋯⋯」


 結局、練習の成果は中々実感できず、セピア様に泣きつき、連日遅くまで特訓してもらった。



 ある日の夜。

 寝る支度を終えたあとも、一人でダンスのステップを確認していると、ドアが開きブラン様が入ってきた。


「セイラ、お休みの挨拶をしに来たんだが、まだ練習していたのか? あまり根を詰めすぎると本番まで保たないぞ」


 ブラン様はそっと抱きしめてくれた。

 こうやって落ち着いて抱き合うのも、久しぶりな気がする。

 もっと、こうしていたいんだけど⋯⋯


「しっかりやらないと、笑い者なので⋯⋯」


 セピア様からは及第点なんて、夢のまた夢とまで言われてしまっている。

 ご令嬢たちが幼少期から練習してきた内容を、最近になって始めたのだから、当然と言えば当然だ。


「セピアに厳しくされたのか? 全く。セイラはこんなにも努力しているというのに」


 優しく頭を撫でて貰えると、まだまだ頑張れそうな気がしてくる。


「仕方ない。では五分間だけ、一緒に踊ろう」


 ブラン様はそう言うと、私の手を取り踊り始めた。

 音楽は無いからブラン様の動きについていく。


「こんな短期間で、よくここまで出来るようになったな。これでもセピアは納得しないのか」


「今は練習よりもかなり上手に踊れています。きっと相手がブラン様だから、魔法がかかったみたいに、私の能力が向上するんでしょうね」


 セピア様や練習相手になってくれる先生の時は、足を踏んだり、姿勢が悪くなったり、色々やらかしてしまうから。


「嬉しいことを言ってくれるんだな」


 愛おしそうに見つめられると、胸にじんわりと温かさが広がる。

 穏やかで優しい時間が流れる。


 五分くらい経ったところでダンスは終わり、再び抱きしめられる。


「セイラ。君が側にいてくれる⋯⋯ただそれだけで私は幸せなんだ。ダンスの練習をしてくれるのも嬉しいが、もっと君を求めても良いだろうか」


 熱っぽい目で真っ直ぐ見つめられる。

 何かに捕まったみたいに動けない。


「はい。私もブラン様が不足してます。もっと欲しいです」


 後頭部を支えられ、そっと口づけを交わす。

 最初は軽く触れるようだったのが、深く甘いものに変わっていく。


 世界に二人きりになったみたいに、彼に夢中になってしまう。

 強く抱きしめられると、ブラン様の鼓動を感じた。

 生きてる。無事に帰ってこれたんだ。


 それに、芸術作品みたいに美しいこの王子様も、生きた人間なんだと実感する。 

 私を愛し、私を想って、この鼓動が加速しているんだと思うと、愛しさが溢れてくる。


 長い戦いの間、抑え込んでいた感情を癒やすため、触れ合えなかった時間を埋めるように、いつまでも抱き合っていた。

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