83.七人のイケメンたちのエールが届かないわけがない
正男と私たち八人を乗せた広場のステージは、空高く浮かび上がった。
きっとこれが神託にあった、空の異変の続きなんだ。
正男は、身体から禍々しいオーラを出しながら、私を睨みつける。
「王子を殺し、この世界で生きる意味を無くした愛子を、元の世界に連れ帰ろうと思ったが、失敗に終わった⋯⋯⋯⋯愛子、これが最後のチャンスだ。お前が大人しく俺と一緒に帰るなら、俺はお前を許す。だが、抵抗するようなら、ここにいる男たちを皆殺しにしたあと、この世界の全てを破壊し尽くしてやる」
正男は恐ろしいことを言った。
「そんなの嫌ですよ! あなたとなんか、帰りたくありません! 私はここで生きていきますから、これ以上、誰も傷付けずに帰ってください!」
「そんな態度でいいのか? お前一人の我が儘のせいで、今からこの世界が滅びるんだぞ? 全部お前のせいだ。みんな、お前を恨むだろうな。勝手にこの世界にやって来て、この世界を壊しやがったんだってな。お前が元いた世界に帰るだけで、この世界を救える。本来あるべき姿に戻るだけだ。愛子、お前は英雄なんだろう?」
私がこの男の言うことを聞きさえすれば、みんながひどい目に遭わずに済む?
私さえ我慢すれば、世界を救える?
「セイラ、駄目だ。そんな話に耳を傾ける必要はない」
ブラン様は私の身体を強く抱きしめた。
「ブランの言う通りだ。彼は君に罪悪感を植え付けようとしているけど、悪いのは彼だ」
「お前を犠牲にして、世界を救うなんて間違っている」
「あの男がそんな約束を守るとは、僕には到底思えない」
モント殿下、アッシュ様、セルリアン様もそう言ってくれた。
ジェード様、ノワール様、ボルド様も頷いてくれる。
私の想いを貫き通していいのかな。
自分を犠牲にして、この場を丸く収めることよりも、自由のために戦うことを選んでもいいのかな。
「正男さん、私は帰らない。悪いのは全てあなたです! この世界に害をなすと言うのなら、私はあなたを許しません!」
正男を睨み返しながら叫ぶ。
「そうか、残念だな。その選択を必ず後悔させてやる。お前が誰の所有物なのか、力ずくで分からせてやる!」
正男から溢れる禍々しいオーラは、卵型の球体になって正男を包みこんだ。
卵は激しくガタガタと揺れ、やがて二つに割れる。
中から出てきたのは、赤黒いオーラをまとった恐ろしい龍だった。
ヘビのように長い体は鱗に覆われていて、鉤爪がある四本の手足が生えている。
大きな口を開けると尖った牙があって、目つきは鋭く、長い髭と二本の角が生えている。
体の周りには、渦巻き状の雲をまとっていて、龍がうねる度に風を巻き起こす。
みんなで並び、龍を見上げる。
「なんなんだ! あれは!」
「大きすぎ〜!」
「やはり化け物だったか」
すぐに前衛後衛に分かれて、陣形を組み直す。
この八人で、あの巨大な龍を倒さないといけない。
短剣を構えると、突然、私の身体が白く光り出した。
頭の中で手拍子が鳴り響き、聖歌が聴こえてくる。
ルーチェ様から頂いた指輪も猛烈な光を放つ。
私がやらないといけないと、誰かに言われているのがなんとなくわかる。
「ナーダ様の声が聞こえる⋯⋯セイラさん、君があの龍から、汚れた心を奪うんだ」
モント殿下は言った。
なるほど。これがナーダ様のお導きなんだ。
「分かりました。みなさん、フォローして頂けないでしょうか」
「全力で支援するから」
「危ない時は一旦引けよ」
「セイラ⋯⋯絶対に無理はしないでくれ」
ノワール様、ジェード様、ブラン様は言ってくれた。
モント殿下、ノワール様、アッシュ様が、私にバフをかけてくれる。
豪華全部のせ盛々フルコースだ。
「では、行きます!」
高らかに叫んで前に出る。
「来いよ! 最低暴力男〜!」
ボルド様が注目のスキルを使うと、龍はボルド様に向かって赤黒い息を吹いた。
「うげ〜! これに触れると腐食するみたい! やばいんですけど〜!」
ボルド様の盾の一部が汚れたようになっている。
バーミリオンのウロコで出来た、頑丈な盾が⋯⋯
早く決着をつけないと。
「ジェード様! セルリアン様! 足場をください!」
ジェード様が木を生やして、セルリアン様の精霊が成長を促進させてくれる。
次々と生えてくる木を足場に、一気に龍に近づく。
パステルとバーミリオンは、連日の移動の疲れが溜まっているから、空中を素早く飛び回る龍に近づくには、この方法しかない。
龍は私を避けて逃げ回りながら、ボルド様にブレス攻撃をしかける。
駄目だ。全然追いつけない。
私の移動速度が遅いからいけないんだ。
三人がかりでバフをかけてくれてるのに。
ブラン様は、斬撃で龍の動きを制限してくれている。
全員が全力でサポートしてくれているから、これ以上の支援は望めない。
「セイラちゃんは〜! そんなもんじゃないだろ〜!」
ボルド様が大声で叫んだ。
鼓舞のスキルを使ってくれたんだ。
心臓がドキドキして苦しくなってくる。
私なら、なんだって出来そうな気がする。
「はい! まだまだやれます!」
自分でも自分を鼓舞して、龍に近づく。
ほんの一瞬でも、かすることさえ出来れば⋯⋯
今で互角。ブラン様の攻撃とタイミングが合えばチャンスはある。
けど、それまで、この身体がもつか⋯⋯
「まだ足りないって!? そしたら野郎ども〜! セイラちゃんの好きなとこ、言ってけ〜! 一番ドキドキさせた奴が優勝だ〜!」
「え〜!? なんですかそれ!?」
突然始まった謎の大会。
そうか、ドキドキして魔力が瞬間的に上昇すれば、ドワーフにもらったこの宝石の効果で、移動速度が上がるから。
「んじゃ、まず俺から〜! 世界一かわいい〜!」
「はぁ? 宇宙一に決まってんだろ!!」
「まぶしい笑顔に、くぎ付け!」
「ひたむきな姿は、野に咲く花のようだ!」
「君には他者を癒す力がある」
「太陽のように温かい心を持っている!」
次々と褒め言葉が飛び交う。
仲間である彼らも、客観的にみると国宝級のイケメン。
そんな彼らが、私を応援してくれるこの光景は、とにかく贅沢。
お世辞でも大声で褒められると、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「俺はーー! セイラの全てを愛してるーー!」
よく通る声で叫んだのはブラン様だ。
その声を聞くと一気に鼓動が速くなる。
「優勝は〜! ブラン〜!! ヒュー! ヒュー!」
ボルド様が、私たちをはやし立てる声が聞こえる。
とにかくいたたまれない。
けど効果は絶大だ。
光の速さで龍の体を捉えることが出来た。
「躾、躾って、それが必要なのはあなたですよ! 心を入れ替えて反省してください!」
略奪を使い、掴んだ物を思い切り引っ張る。
重い。今までとは比べ物にならないくらい、強力に絡みついている。
龍の体に足をかけて、力ずくで引っ張る。
強い抵抗感があったあと、ズルリと何かが抜けた。
まるで川底に生えた、根っこが長い水草を抜くような感触。
龍の心の何かを略奪すると、その体から泥のようなものが、地面に向かって垂れ流されていく。
「ギャー! 見た目がヤバすぎます!」
大急ぎで木に飛び移って、みなさんの元に帰る。
その泥を鑑定スキルで確認するも、名前がついていない。
なんだろう? マリンちゃんの時やナーダ様の時とは違う⋯⋯
龍の飛行高度は徐々に下がり、地面にへたり込んだ。
地面に垂れ流された泥は、山のように積み上がっていて、やがて生き物のように、もぞもぞと動き出す。
「え⋯⋯これ、どうにかした方がいいんでしょうか?」
モント殿下に尋ねる。
「どうだろうね。ナーダ様の声は聞こえないから推測しか出来ないけど、とどめを刺さないといけないのだろうか」
モント殿下は首を捻った。
遠巻きに様子を伺っていると、泥はスライムのように、形が無いまま一つの塊になって、龍の体を包み込む。
うごめく泥はまるで、龍と一体化しようとしているみたい。
その反応が終わると、龍の姿がヤマタノオロチに変化していた。