表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/108

82.そのDV男が見た夢の世界で溺れるわけがない

※暴力・暴言の表現があります。苦手な方はご注意ください。


 私は聖良、十八歳。 

 高校生の時から働いている定食屋さんで勤務している。

 けどそれも今日でおしまい。

 いわゆる寿退職ってやつだ。


「聖良ちゃん、今まで本当にお疲れ様。ありがとうね」


 店長見習いの高橋くんは花束をくれた。


「ありがとうございます。これからはお客さんとして時々来ますね」

 

 私は笑顔でお店を出た。


 お店の裏口にその人は立っていた。

 私の旦那様、大企業で課長職をしている正男さん。

 まだまだ子どもっぽくて、世間知らずの私にも優しくしてくれる、頼りになる年上の男の人だ。


「じゃあ、俺たちの家に帰ろう」


 正男さんは私の手を引いた。

 優しい正男さんは、毎日こうやって仕事終わりに迎えに来てくれるんだよね。

 自分も仕事で疲れているはずなのに⋯⋯


 課長さんのお仕事は、とっても忙しいらしいけど、部下のみなさんに慕われ、部長からは期待されるほど優秀なんだそうだ。



 楽しく話をしながら、私たちの新居⋯⋯元々は正男さんが一人暮らしをしていた、高級マンションの一室に帰って来た。

 家具も家電も、何から何まで高価なもので揃えられていて、不自由なく暮らせるようになっている。

 それもこれも、正男さんから私への愛情表現とのことだ。

 今日から私は、正男さんの妻として、専業主婦をしながら彼を支えるんだ。 

  


 玄関のドアが閉まった直後だった。

 正男さんは、高橋くんから貰った花束を奪い取り、玄関の床に叩きつけた。


「え⋯⋯どうして? どうしてそんな酷いことするの?」


「あの男はお前に下心がある。お前、俺に隠れてあの男に色目を使ってたんだろ! 人が汗水垂らして金を稼いでる時に、あいつと遊んでたんだろ? 大して稼いでなかったくせに、ふざけんなよ、クソアマが!」

 

――ドン


 正男さんは私の身体を乱暴に押したあと、ドアを蹴った。


 まただ。どうして怒られてるのかわからない。

 さっきまで楽しい雰囲気だったのに。

 いつも正男さんは突然不機嫌になる。

 男の人に大声で怒鳴りつけられて、怖くて涙が出る。

 身体が震えて止まらない。


「今ここで、俺の目の前で、あの店の関係者全員の連絡先を消せ」


「そんなの出来ないよ。またお店に行くって約束したもん」


「どうしてお前は、俺の許可なく、そんな約束をしてくるんだ!? 俺のことが好きじゃないのか!? 本当はあの男と結婚したかったって思ってるんだろ!? 違うなら今すぐここで証明しろ!!」

  

――ドン


 正男さんはまた玄関のドアを蹴った。


「もう止めて! わかったから! 私が好きなのは正男さんだけだから! 怖いことしないで! 怒鳴らないで! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 震える手で連絡先を消去した。

 残っている連絡先は、正男さんとマンションの管理人室、タクシー会社と家事代行サービスくらいだ。


「よし、ちゃんと消してくれたな。お前の愛は伝わった。お前はまだまだ子どもだし、親がいなくて躾もされてないから、どうして叱られたのかも、わかってないのかもしれない。けど大丈夫だ。お前は俺の言うことさえ聞いてればいいんだ。ちゃんと俺にふさわしい、立派な女に育ててやるから。愛してる。この思いは誰にも負けない」


 正男さんは私を抱きしめながら優しい声で言った。

 

 本当かな。

 この人って私のことを愛してるのかな。

 だったらどうして、こんなことになるのかな。


 そっか。私が正男さんを怒らせたから。

 優しい正男さんは私のために、こうやって怒ってくれてるんだ。

 どこかの誰かが言ってたよね、叱られている内が花だって。

 じゃあ私は正男さんの期待に応えないと。


 両親を亡くして、友だちもいなくて一人ぼっちの私の側に居て貰えるんだもん。

 それにこの人と居ればお金に困らないどころか、贅沢な暮らしが待っている。

 我慢さえすれば幸せになれるんだから。


「おい。返事は? そこは、ありがとうございますだろ!? ぼーっとして、まだあの男のことを考えてんのか? もっと厳しい躾が必要か!?」

 

 正男さんは私の肩を掴んだ。


「痛い! 止めて!」


「だから! 躾けて頂きありがとうございますだろうが!? もっと痛めつけないと理解できないのか!?」


 正男さんは腕を振りかぶった。

 殴られる。怖い。



「ブラン様! 助けて!」

 

 そう叫んだ瞬間、私の左手の薬指に婚約指輪が現れ、フランネルフラワーが白く輝き出した。


「うわぁぁ! やめろ!」


 正男は怯えたように叫んだ。


 違う。こんなのはおかしい。

 私は、私が一番幸せになれる世界に帰るんだ。

 私を愛してくれる彼を幸せにするんだから。


「セイラ! セイラ!」


 ブラン様が私を呼んでいる。

 全てを思い出した時、白い光に包まれた。



「セイラ、大丈夫か? 気がついたか?」


 目を開くとそこには、心配そうにこちらを覗き込む愛しい人がいた。

 

「ブラン様! 会いたかった! ありがとう。助けてくれてありがとう⋯⋯」


 思い切り抱きつくと温もりを感じた。

 やっと帰ってこれた。


 首の後ろに腕を回して自分から口付ける。 

 最初は戸惑った様子だったブラン様も応えてくれる。

 あぁ、幸せだ。

 温かくって心が甘く癒される⋯⋯



「おい! おい! 愛子! 俺の話を聞いてんのか?」


 幸せな二人を邪魔する耳障りな声。


「あれ? 正男さん。まだいたんですか?」


 さっきの夢の中にでも、封印されてくれたらよかったのに。


 あと、最高に気まずいのは、ブラン様の背中越しにアッシュ様、ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様が立っているのが見えたこと。


 キスしてるところを思いっきり見られた。

 けど、ブラン様の後頭部しか見えてないよね。


 しかも私、あの五人と濃厚な人生を過ごしたような⋯⋯

 周囲の様子から察するに、実際に経過した時間は、そう長くは無さそうだ。



「おい。俺の存在を無視するな。どうだ、愛子。夢の旅を経て理解できただろ? 俺もそいつらも女の扱い方は一緒なんだ。婚約者がいる愛子に対して劣情を抱き、夢の中では好き勝手している。そいつらだって、王子さえいなくなれば、お前と結ばれて幸せに暮らせるという希望を捨てきれていない。だからあんな夢を見るんだ」


 またもや正男は勝手な理論を展開し始めた。


「ふざけるのも大概にしてくださいよ。全然違いますから。確かに夫婦にはなりましたけど、みなさんすごく大切にしてくれましたよ? あなたみたいに、暴力や言葉で支配するような人はいませんでしたから! それに、夢の中でどうしようと自由ですけど、あなたは現実でも人を傷つけてますよね?」

 

「愛子、お前は頭が悪いから理解出来ていないんだな。後でじっくり教えてやるから、この際後回しにする。男たちがその事実を再認識出来ていればそれでいい。では今から断罪イベントを行う。誰か一人でも動いたり、魔法を使ったりすれば強制執行になる。俺の式神は優秀だからな」


 正男が仕切り、突然始まったイベント。

 断罪って誰を、何の罪で? 執行って何を、どうするの?


 色々と説明不足のまま、正男は私に手をかざした。

 恐怖で逃げ出したいけど、動いたら駄目なんだよね。

 戸惑っていると、腕の紋様が疼き出した。

 焼けるように熱くて痛い。


 動かず必死に耐えていると、腕の紋様からヘビが飛び出してきた。

 え、さっき倒したと思ったのに⋯⋯

 ヘビはニョロニョロと地面を這い回り、あろうことかブラン様の首に巻き付いた。


「うっ⋯⋯」

「ブラン様!」


 ブラン様は苦しそうに両手を首元に持っていく。

 けれども、ヘビは実体がないのか掴めないみたい。

 そのままヘビは紋様となって、身体に潜り込んだ。


「これで準備は整った。王子が受けた呪いは、周囲の人間の感情を敏感に察知する。この中にいる誰か一人でも、王子が消えればいいのにと願えば、呪いが発動する。その願いの大小は関係なく、意識無意識どちらでもだ。男たちにとっては、またとないチャンスだろ? 自分の手を汚さずに、王子を消すことが出来るんだからな。では始める」


 正男がブラン様に手をかざすと、辺りは霧に包まれた。


 何それ。そんな呪いが私たちに通用するとでも?

 ここにいるみなさんは、ブラン様の幼少期からの親友。

 信頼し合える仲間だ。

 そんな呪いは絶対に発動しない。

 そう思ってたのに。


「うぅ⋯⋯」


 ブラン様の苦しそうな声が聞こえる。


 え⋯⋯まさか⋯⋯呪いが発動してる?

 いや、そんなことはない。

 ヘビが悪さしてるんだ。

 

 霧が濃くて、すぐ側にいるブラン様の姿も見えない。

 助けた方がいい? でも、動いたら強制執行だよね?

 

 何も見えないと疑心暗鬼になる。

 大丈夫。誰もブラン様に消えて欲しいなんて思ってない。

 拳を握りしめてみなさんを信じる。

 徐々に霧が晴れていく。


 ブラン様は⋯⋯⋯⋯生きてる。


 ヘビに絡みつかれて、窮屈そうだけど、ちゃんと生きてる。


「⋯⋯⋯⋯なんだと! 呪いが発動していない!? おい、どうしてだ、男ども! そこの王子が憎くないのか!? 妬ましくないのか!? 愛子のことを抜きにしたって、恨みの一つや二つくらいあるだろう!!」

 

 正男は読みが外れたのか、うろたえている。

 地団駄を踏んで、激しい怒りをあらわにする。


「そりゃ、ガキの頃にはケンカしたことくらいあるけど、ブランにいなくなって欲しいなんて、思うわけがないだろうが」


「悔しい気持ちはあっても、それとこれとは別。ブランは大切な仲間だから」


 ジェード様、ノワール様は、きっぱりと答えた。


「クソ! これじゃ、作戦が台無しだ! ふざけんな! ふざけんなよ!」


 正男が取り乱す中、後方から白い光の矢が飛んで来た。

 矢は、ブラン様の首に巻き付いたヘビに突き刺さり、ヘビを消滅させた。

 これは⋯⋯ナーダ様の魔法?


「遅くなってすまない。ブラン、大丈夫か?」


 振り返るとそこには、大神官の姿をしたモント殿下が立っていた。

 首には白いストラをかけている。

 モント殿下はブラン様に駆け寄り、手を差し伸べた。


「兄上! ありがとうございます。もう大丈夫です」


 ブラン様はモント殿下の手を取り、立ち上がった。


「もうこれ以上、彼の好きにさせてはいけない。ブランのスキルは、彼には効かないのか?」


「はい、兄上。彼はここの国民ではないようで、効果がありません」


 そうか。ブラン様の(キング)のスキル『絶対服従』で正男に命令出来たらよかったけど、それが効かないんだ。

 けど、どうしてだろう?

 私だって虹の輪をくぐってきたけど、ちゃんとこの国の国民として転移出来たのに。


 もしかして⋯⋯

 鑑定スキルで正男を確認する。


「分かりました。彼は僧侶クラス?の国民じゃなくて、カテゴリーが魔物⋯⋯妖怪なんです。名前は⋯⋯」

 

 詳細を確認しようとすると、突然地響きがした。

 私たちが立っている地面が揺れている。


「え〜! なになに?」

「これは地震なのだろうか?」


 みなさんも戸惑っている。


「セイラ、大丈夫か?」


 ブラン様が守るように肩を抱いてくれた。


 しばらく地響きが続いた後、広場の石畳に亀裂が入った。

 六柱の神の石像とともに、広場が巨大な円形ステージのようにせり上がる。

 やがてそれは高度を増し、山よりも高く空に浮かび上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ