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81.その神官が見た夢の世界で溺れるわけがない※


 私は今、暗い部屋のベッドの上で、旦那様と過ごしている。


「セイラちゃん⋯⋯ここ、こうされるのと、こうされるの、どっちが好き?」


 色っぽい表情をした旦那様に、反応を確かめるように、じっと見つめられながら尋ねられる。


「わかんない⋯⋯もう、わかんない⋯⋯」


 うわ言のように返事をするのが精一杯だ。


「そう。どっちも好きなんだ。可愛いからもう一回」


 愛しの旦那様⋯⋯ノワール様は、噛みつくように私の唇を塞いだ。


 あぁ⋯⋯なにこれ。頭がぼーっとして来た。

 これが、普段は穏やかで優しいノワール様の夜の姿⋯⋯

 朦朧(もうろう)とする意識の中、彼の背中に手を回し、必死にすがりついた。



 再び気がついたら朝になっていた。

 窓の外を見ると虹が見える。

 ここは、イーリスにあるノワール様のお屋敷⋯⋯私たちの新居だ。


 ふと隣を見ると、ノワール様は穏やかな表情で眠っていた。

 薬指には、お揃いの色違いの結婚指輪をはめている。

 ノワール様がブラックで、私がピンクゴールドのものだ。

 そっか。私はこの人と結婚したんだ。


 はっきり覚えていないけど、昨夜はなんだかすごいことをされた気がする。

 そう。このお方に⋯⋯


 穴が空きそうなぐらい見つめていると、ノワール様は目を覚ました。

 目が合うと嬉しそうに、ふにゃりと微笑まれる。

 うぅ。朝と夜で雰囲気が違いすぎる。

 

「あっ、お疲れ様です」


 苦し紛れに出た一言は、仕事終わりの挨拶みたいだった。

  

「うん、お疲れ。セイラちゃんは昨日の夜もすごかったね。色々と大丈夫?」


 ノワール様は私のお腹と腰を撫でた。


「なっ! それはノワール様が!」


 ごろりと転がって距離を取る。


「ごめんね。俺、セイラちゃんの乱れ狂う姿が見たくって奉仕してるうちに、あまりの可愛さに愛情が溢れ出して、油断したら壊してしまいそうになるんだよね」


 しおらしく語るノワール様。

 そんな爆弾発言を、落ち込んだように言われても⋯⋯


「ノワール様って、もしかしてヤンデレ系ですか? だから闇属性ですか?」


「うん。そうだよ」


 追及しようとすると再び距離を縮められ、優しく抱きしめられた。


「セイラちゃん、愛してるよ。俺を選んでくれてありがとう」


 ノワール様はことあるごとに、こうやって言葉にして伝えてくれるから、むちゃくちゃされても、ついつい許してしまうんだよね。



「ところで、ノワール様はどうして私を選んでくれたんですか?」


「セイラちゃん。さっきからどうしたの? 急に昔の呼び方に戻ってる」


 え? 本当だ。いつの間に。


「えっと⋯⋯ノアくん」


 だったよね?って、なんで自信が無いんだろう。


「うん。セイラちゃんといると面白いし、自然体でいられるからかな。もちろん可愛くて好みだったからとか、キスが良かったからとか、邪な感情もあったけど。って前にも言ったのに」


 ノワール様は拗ねたように言った。

 邪な感情があったと言いつつも、結局結婚するまでは、手を出されなかったんだよね。


「あと、父上が大神官だからか、昔から俺にすり寄って来る子は後を絶たなかったけど、セイラちゃんはそういうのはなくって、純粋に俺自身を見てくれたから」

 

「まぁ、それはそうですけど。逆にお義父様に失礼な気もしますよ? ほら、私ってこの世界の生まれじゃないから、偉大さを正確に理解できてない疑いが⋯⋯」


 お義父様と接するときも、失礼なんじゃないかってくらい普通に接してしまうんだよね。


「そう? 父上はその方が気楽だって喜んでたけど。変なセイラちゃん」


 ノワール様は少し呆れたように笑った。



 そのまま昼前まで、他愛のない話をしながらゴロゴロ過ごして、ブランチをとったあとは、デートすることにした。



 イーリスにはたくさん公園があるから、街中でも自然を近くに感じられる。

 ベンチに座るとニジバトが寄って来た。

 今日は黄色の子と緑の子か⋯⋯


「イーリスは良いですね。公園が多いし、それぞれ特色があります!」


「うん。芝生の公園、アスレチックの公園、健康器具の公園に、アヒルさんボートの公園とタコさん滑り台の公園」


 ノワール様は、指折り数えながら答えてくれた。

 まさか彼の口から、アヒルさんとタコさんという単語が聞けるとは。


「ノワ⋯⋯ノアくんは、子どもの頃は、どの公園によく行きましたか?」


「どれだろう。小さい頃は、タコさん滑り台の公園かな。三歳から十五歳までは、ほとんど王都にいたから、あんまり来た記憶がないけど。あとは、長期休暇中に、父上と母上とアヒルさんボートに乗ったことはある」


「そうでしたか! 良いですよね。公園での家族団らん⋯⋯憧れます!」


 私は残念ながら、そういうのは経験がないから。

 けど、公園にいる家族連れを見てても、悲しいとかいう感情はなくて、むしろ安心感を与えて貰えるんだよね。


 お父さんと女の子がキャッチボールしているのを眺めていると、突然頬に温かい何かが触れた。

 頬を押さえ、隣を見るとノワール様が微笑んでいた。


「あ〜! お兄ちゃんがお姉ちゃんにキッスしてるー!」


 見知らぬ男の子に指をさされる。


「こら! 止めなさい! ノワール様、セイラ様、お邪魔して申し訳ありませんでした⋯⋯」


 男の子のお父さんが、慌てて走って来て頭を下げる。

 身元がバレてる⋯⋯いたたまれない。

 カチコチに固まっている内に、親子は急いで元いた場所に戻っていった。


「も〜! どうしたんですか? こんなところで堂々と⋯⋯街の人にも、同僚の方にも見られてしまいますよ?」


 全く動じる様子がないノワール様に、小声で抗議する。


「俺は別にいいよ。セイラちゃんは嫌だった?」


 小首を傾げながら甘えるような声で尋ねられる。

 うぅ。可愛い。


「まぁ、別に嫌じゃないですけど⋯⋯」


「俺が言いたかったのは、いつか子どもが出来たら、たくさん公園に行こう。家族団らんしようってこと」


 ノワール様の温かな言葉は、胸にじんわりと響いた。


「ノアくん⋯⋯ありがとう」


「だから励まないとね」


 爽やかに微笑むノワール様⋯⋯


「発言と表情が一致しないのですが」


「うん。それは二人きりの時に」


 昼間っから色っぽい旦那様に、翻弄されっぱなしだった。



 公園で過ごしたあとは、おしゃれなカフェにでも入ろうかということで、街の中心部に来た。


 大神殿前の広場には、六柱の神の石像が立っていて、近くの石板には、記録にある限り古い時代から現在までの、英雄たちの名が刻まれている。

 もちろん、私たちの名前も。


 二人並んで石板を眺める。

 こうやって後世に名を残せるなんて、とても誇らしい気持ちだ。


 ◯☓年 魔王を討ち取りし六人の英雄⋯⋯

 ジェード、ノワール、ボルド、セルリアン、セイラ、そして⋯⋯モント・アラバストロ。


 懐かしいな。

 モント様と王都を出発して、ヴェールの森、イーリス、ガランス、リヴィエーラと順番に回ったんだよね。

 この旅を通じて、ノワール様に出会えた⋯⋯


 けどなんでだろう。

 この間からずっとずーーっと、大切な誰かがいない気がする。


 寂しくて、悲しくて、心に穴が空いたような⋯⋯

 

 そのことを自覚した途端、胸の傷がどんどん深くなって、痛みが広がっていく。

 気づいたら私は涙を流していた。


「セイラちゃん、どうしたの?」

 

 ノワール様は私の両肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。


「どうしてでしょう。なんか、急に駄目になっちゃいました。おかしいですよね。それに、前にもこんなことがあったような⋯⋯」


 記憶を掘り起こそうとするけど、どこに何があるのか全然わからない。

 私って誰? どうしてここにいるの? 元々はどこにいたの? 

 混乱していると強く抱きしめられた。


「セイラちゃん、だめ。思い出さないで。俺も、はっきりとは思い出せないから、わからないけど、きっと俺たちは終わってしまう」


「俺たちが終わるって、ノワール様と私が? そしたらどうなるんですか? どうしよう⋯⋯怖いです。でも、すごく胸騒ぎがして、苦しいんです。私はどうしたらいいんですか?」


 あぁ、パニックになりかけてる。

 手が震えて、息が浅く速くなっていく。

 思考がまとまらない。

 自分が何を考えてるのかも理解できない。

 

「ごめんね、セイラちゃん。俺が追い詰めちゃったね。大丈夫だから落ち着いて」


 ノワール様は背中をポンポンと叩いてくれた。

 けれどもノワール様だって身体が震えている。


「セイラちゃん⋯⋯きっとこの世界は、セイラちゃんが本当にいるべき世界じゃないんだと思う」


 ノワール様は私の目を見ながら、諭すように言った。

 やっぱりそうなんだ。

 ここは現実世界じゃないんだ。 

 

「行かせたくない。本当はこのままここに、セイラちゃんを閉じ込めて、幸せに暮らしたい。けど、それじゃだめだ。セイラちゃんが一番輝ける場所に⋯⋯俺たちの仲間の彼の元に帰らないと」


 ノワール様は身体を離した。


「私も、この世界自体を否定することはしたくないです。もしかしたらこんな世界線があったのかもしれないです。けど⋯⋯私は彼の元に帰ります。そこにはノワール様もいて欲しいです」


「うん、帰ろう。セイラちゃんは先に行ってて。素敵な時間をありがとう。誰よりも幸せになってね」


 背中を押され、白い光の方に向かって歩いた。


 もう少しで光に触れられそうという時、突然現れた禍々しい横穴に吸い込まれてしまった。

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