表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/108

80.その魔法使いが見た夢の世界で溺れるわけがない②※

 場面は再び切り換わり、気がついたら、私たち二人は森の中を歩いていた。

 手はさっきと一緒で、しっかりと繋いだまま。

 一つ違うのは、ジェード様の姿が、本来の姿に戻っているということだ。


「ヴェールの森の中に人間が入るのって、許可がいるんですよね?」


「おぅ。まぁ、王族と騎士団は、いちいち許可を取らずに入ってくっけど。木こりや狩人、商人なんかは免許制だな。この辺りは他のエルフは来ないし、俺と一緒なら問題ないだろ」

 

 ジェード様は、川のほとりまで私を連れてきて、倒木の上にドサッと座った。


「父さんと母さんが、今度ライズに行ってみたいって。もう何十年も森を出てないから、観光したいんだとよ。って表向きは言ってっけど、俺たちの生活っぷりが気になってんだろうな」

 

 ジェード様はため息をついた。

 けどその表情はどこか嬉しそうで、照れ隠しなのが伝わってくる。

 

 ご両親、生きてたんだ。

 よかった⋯⋯

 頭の中に記憶が流れ込んでくる。

 ジェード様とよく似た、美しくて優しいお二人の笑顔。


「それは楽しみですね! ライズも王都に比べたら小さな街ですけど、見所はありますから! 家に泊まられるでしょうか? だとしたら、ゆっくりご案内できそうです!」

 

 どこがいいかな。

 名所をピックアップしようと、頭を回転させていると、ジェード様の視線に気づく。

 彼は私のことを愛おしそうに見つめていた。


「ありがとうな」


 お礼にと、手から黄色い花を出して、私の髪にそっと挿してくれる。


「お前は可愛いすぎる」


 こめかみにキスされ、頭を優しく撫でられる。

 このお方は口は悪いけど、いつも私の事を女性として扱ってくれるし、優しくしてくれるんだよね。


「ありがとうございます」


 お返しに頬にキスすると、また場面が切り替わった。


 

 ライズにある私たちの家だ。 

 ジェード様は庭の地面に苗を植えていた。

 掘った穴に幼木を入れて、丁寧に土をかけていく。

 最後に魔法をかけると、幼木だったのが、あっという間に成長して、花を咲かせた。


「よし。これでいいだろ。こいつは縁起がいいとされてる木で、宝石みたいな実をつける。絞って飲めばうまいしな」


「へぇ! ザクロですか! あまり馴染みがないのですが、どうして縁起がいいんでしょう?」


「あ? そりゃ、豊穣(ほうじょう)とか子孫繁栄とか色々あるだろ」


 ⋯⋯⋯⋯なんだか凄いワードが聞こえたような。

 まぁ、夫婦なんだし、それは自然なことか。


「明日は父さんと母さんが、ここに来るからな。ザクロジュースでも作ってやっか」


「そんなにすぐに実がなるんですね! さすがです!」


 明日が楽しみだな。


 その後、夕食とお風呂を済ませた私たちは、寝室のソファに並んで座り、ブドウ酒を飲みながら寛いでいた。


「ねぇねぇ、ジェード様。私たちの間には、どういう子が生まれてくるんですか?」


「ブーーッ! いきなり変なこと言うなよ。まったく。まぁ、そうだな⋯⋯いわゆるハーフエルフってのになるんじゃねぇか? どんなやつかは見たことないけどな」


 ジェード様は照れて動揺しているのか、ブドウ酒を吹き出した。

 子孫繁栄の木を庭に植えたのと、同一人物とは思えない反応だ。


「そうですか。ハーフエルフ⋯⋯」


「いや、俺⋯⋯今なんつった? 俺たちの子どもは普通の人間に決まってんだろ。だって⋯⋯いや、でも⋯⋯なんだこれ? 今日は酔いが回るのが早すぎんだろ」


 戸惑うジェード様⋯⋯


 そうか、わかった。

 今、私がいるのはジェード様の夢の世界なんだ。

 だからこんなにもコロコロ場面が切り替わって、ジェード様の姿もエルフだったり、人間だったりするんだ。


 きっとジェード様は、いつも口が悪くて分かりにくいけど、心の中では悲しみや葛藤を抱えているんだ。


 子どもの頃、辛かった時に誰かに寄り添って欲しかった。

 ご両親には生きてて欲しかったし、でも砂川さんとの出会いも、無かったことにはしたくない。

 人間だったらよかったのにという思いと、エルフとしての誇りの狭間で揺れている。


「俺は人間だ。だから俺とセイラの間を阻むものは何もない。これからはずっと一緒に居れんだ」


 ジェード様は左手で優しく肩を抱いてくれる。



――『もう二人を阻むものは何もない。これからはいつだって側にいる。愛してる』


 あれ? 誰の声? いつの記憶だっけ?

 その声に導かれ、幽体離脱したみたいに、三人称視点に切り替わる。

 けど、この夢が終わってしまえば、ジェード様のご両親は⋯⋯


 見えない力に強制されたのか、いつの間にか一人称視点に戻る。

 

「ジェード様、また耳が⋯⋯」


 人間の耳になっちゃってる。

 左手をそっと伸ばして、彼の右耳に触れると、くすぐったそうにした。


 しばらく見つめ合っていると、どちらともなく顔が近づく。

 長いキスの後、再び見つめ合い、手を引かれ立ち上がる。


 ベッドに連れられ、丁寧に横たえられた。

 私たちにとって初めての夜。 

 優しく頬を撫でるジェード様の手は、氷のように冷たい。

 いつもはこんなことないのに。


「もしかして、緊張してますか? 大丈夫です。怖くないですよ?」


「お前さぁ、女慣れしてる男が言いそうなセリフを言うなよ」


 呆れたようなジェード様。


「けど、怖いよ。このままだと、なんだか夢が終わるような気がする。セイラは消えたりしないよな?」


 不安そうな声だった。

 ジェード様も、これが夢の世界だと感じ取ってるのかな。


 この夢の終わりは、私にはわからない。

 だって、この世界の主は、他でもないジェード様なんだから。



 両手でジェード様の頬を包んで、引き寄せて耳にキスする。


「お前は本当に俺の耳が好きだよな」


「はい。尖った耳が好きです。ありのままのジェード様が好きです」


 想いを伝えると、耳元に優しい風が吹いた。

 ジェード様の耳が元の形に戻る。


「これでいいのか?」

「はい⋯⋯」


 エルフの姿に戻ったジェード様は、再び優しくキスしてくれた。

 柔らかく何度も繰り返される。


「セイラ、愛してるよ。今日までずっと側にいてくれて、ありがとうな。クマの人形も、嬉しかった」


 ジェード様は潤んだ瞳で私を見つめる。


「泣かないで、ジェード様」


 両腕を伸ばして胸に抱きしめ頭を撫でる。

 しばらくそうしていると、ジェード様は身体を起こした。


 再び唇が重なり、お互いを求めあった後は、肩ひもをずらされて、鎖骨にもキスされる。

 

 じれったいくらい、優しく触れられる。


「さっきから悶えてるけど、大丈夫か?」


 ジェード様は心配そうに見下ろしている。

 なぜこんなことになっているのか⋯⋯耳元でこそっと伝える。


「なんだよそれ。可愛いすぎんだろ」


 ジェード様は照れを隠すみたいに、強く抱きしめてくれた。



 翌朝、ジェード様のお父さんとお母さんが、家に訪ねて来た。

 三人の幸せそうな笑顔を見届けると、黒い光に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ