79.その魔法使いが見た夢の世界で溺れるわけがない①
私はセイラ。
エルフ族の族長のジャスパー様と契約している精霊だ。
黄緑色のローブを被った、子どものような見た目をしている。
今、エルフ族は存続の危機に陥っている。
なぜなら原因不明の疫病が蔓延し、次々とエルフたちが倒れてしまったからだ。
高熱にうなされ、身体に赤い発疹が出来たエルフたちは、苦しそうにしている。
ジャスパー様の精霊たちは、みんなで手分けして病人の看病をしていた。
「セイラ。お主に頼みたいことがある。森の外れの隔離所にいる子どもの様子を見てきてくれんか? まだ三つだというのに、父親も母親も感染してしまって一人ぼっちなんじゃ。ついでに遊び相手もしてやってくれ」
ジャスパー様は言った。
ジャスパー様って、こんな真面目な話もできる人なんだ。
なんか、もっと聞き分けがない人だった気がするけど⋯⋯記憶違いか。
私は了解と返事をして、隔離所に向かって、ふわふわと飛んで行った。
森の外れにある物置きのような小屋に、その子はいた。
名前はジェードくん。三歳の男の子だ。
ベッドの上で一人、膝を抱えて泣いてるみたい。
私はジェードくんの隣に腰かけた。
「君は誰? ぞくちょー様の精霊さん?」
ジェードくんは、すぐに私の存在に気づいてくれた。
返事代わりに、ふわふわ浮かびながら宙返りをする。
「そうなんだ。何しに来たの? ぼくに会いに来てくれたの?」
再び宙返りをした後、頭をナデナデしてあげる。
「触ったらだめだよ。ぼくといたら病気になるから。みんな、ぼくのことをバイキン扱いしてくるんだ。ひどいよ。さみしいよ。お父さんとお母さんに会いたいよ」
ジェードくんはまた泣き出してしまった。
どうしよう⋯⋯
再び頭をナデナデするけど、全然泣き止まない。
そうだ!
私は手からお花を出して見せた。
ジェードくんはチラリと見たものの、すぐに泣き出してしまう。
これならどうだ!
今度は手から植物のツルを出した。
十分な長さになったところで、編みこんで花瓶を作り、そこに花を挿す。
「すごい。ツルってそんな形にできるんだ」
よしよし。いい反応だ。
続いて、かばんとお皿を作って渡す。
ジェードくんは興味深そうに見ている。
そしてとっておきがコレだ。
「え! クマさん? 可愛い! ありがとう! 大切にするね!」
ジェードくんは、無邪気に笑いながらクマを抱っこした。
花吹雪を見せたり、ツル細工で作ったボールで遊んだり、はしゃいだ後、ジェードくんは疲れて眠ってしまった。
ツルで出来たクマを大事そうに抱きしめながら⋯⋯
ジェードくんが起きたら、今度は何をして遊ぼうかな?
そんなことを考えながら、ジャスパー様の元へ報告に帰った。
そこから場面は切り替わり、なぜか私は人間の姿で砂浜にいた。
左手は誰かと繋いでいるのか、温もりを感じる。
「おい、セイラ。聞こえてんのか? ぼーっとしやがって。お前が海を見たいって言うから、来たんだろうが」
この声は⋯⋯
「あれ? ジェード様が大っきくなってる! それになんだか口が悪いですね?」
さっきまで、小さくて素直で可愛らしいジェード様と遊んでた気がするんだけどな。
「は? 何言ってんだ? 悪いもんでも食ったのか?」
ジェード様は心配そうな表情になった。
「ちょっと、妄想と現実の境目が分からなくなったみたいです! もう大丈夫ですから! さぁさぁ、お散歩しましょう?」
「⋯⋯⋯⋯びっくりさせんなよ」
ジェード様は、まだ私のことを怪しんでいるみたいだった。
靴を脱いで波打ち際を歩いていると、だんだんと今の状況を思い出して来た。
長い旅の末、魔王を討伐した私たちは、ライズの街に家を買って、二人暮らしを始めたんだ。
そして今は海辺デート中。
二人でパステルの背中に乗って、連れて来てもらったんだよね。
あとは、さっきから感じる違和感⋯⋯
何でだろう。ジェード様の耳の形がいつもと違うような気がする。
もっと尖ってなかったっけ?
でもそれっていつの記憶?
「確認ですが、ジェード様の種族ってなんでしたっけ?」
「は? お前、本当にどうなってんだよ。人族以外にないだろ? じゃあ逆にセイラは何族なんだよ。トウゾクとしか答えらんないだろうが」
ジェード様は私の顔をじっと覗き込んできた。
そっか。ジェード様は人間なんだ。
当たり前のことを聞いちゃったかな。
けど何かが胸に引っかかる。
「ほら。こういうのを拾いに来たんだろ?」
ジェード様は手のひらサイズの薄ピンク色の巻き貝を手に乗せてくれた。
「わぁ! ありがとうございます! ジェード様、知ってますか? こういう貝殻を耳に当てると、波の音が聴こえるんですよ!」
ジェード様の耳にそっと貝殻を当てる。
「本当に聴こえるぞ。どうなってんだ? 水属性の魔法か?」
ジェード様は私の手の上に自分の手を重ねて、貝殻を耳に当てながら、聴き入っている。
二人の左手の薬指には、お揃いの結婚指輪が輝く。
リングの部分はゴールドで出来ていて、私のは表側に、ジェード様のは、普段は見えない内側に翡翠が埋め込まれている。
「これで、いつでも海にいる気分に浸れますね!」
「そうだな。けど、これからも何度だって来ようぜ。俺たちはどこへだって行けるんだ。いつだって、いつまでだって一緒にいられるんだ。ジジババになったって来ような」
ジェード様は、海を眺めたまま私の手を強く握って、私にも自分にも言い聞かせるように言ってくれた。