78.その聖騎士が見た夢の世界で溺れるわけがない③※
あれから時は経ち、今から騎士団剣術大会の決勝戦が始まろうとしている。
アッシュ様の恋人である私は、毎年この大会を予選から全て観戦しに来ている。
そして毎年のように、出会いから学内剣術大会の日までの出来事を思い出して、うっとりしてしまうんだよね。
アカデミー卒業後、十五歳でモント殿下の側近の聖騎士になったアッシュ様は、現在二十三歳で、今までの騎士団剣術大会での最高記録は準優勝。
今から始まる決勝戦の対戦相手は、昨年の優勝者、火属性の騎士ルートル様。
ルールは学内剣術大会と同じだ。
「よーい! はじめ!」
アッシュ様とルートル様は、お互いの出方を伺っているのか、剣を構えたまま一歩も動かない。
観客たちは固唾を呑んで見守っている。
しばらくして、先に動いたのはアッシュ様だった。
何度も激しく剣を振り下ろし、ルートル様をステージの端まで追い詰める。
けれども、ルートル様も負けていない。
アッシュ様の攻撃を受け流し、バランスを崩すことで後退させた。
またしばらく睨み合いが続く。
今度はルートル様が仕掛けた。
素早い突きを何度も繰り出す。
去年はあの技を腹部に食らってしまったんだ。
アッシュ様は必死に攻撃を薙ぎ払っていく。
ルートル様が深く踏み込んだ瞬間、アッシュ様は攻撃を避けて、剣を弾き腹部を斬りつけた。
ルートル様の防具が輝き出す。
⋯⋯⋯⋯と言うことは。
「優勝者は、王室騎士団第三隊副長アッシュ!!」
すごい!アッシュ様が優勝だ!
「アッシュ様〜! おめでとうございます〜!」
声をかけるものの、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれているから、かき消されてしまう。
けどそんなことはどうでもいいや。
今度会えた時に、個別にたくさん伝えれたら良いんだし。
プレゼントを用意して、ごちそうを作って、マッサージしてあげて⋯⋯
どうやってお祝いしようかな。
妄想を膨らませていると、肩を叩かれた。
「セイラちゃん! セイラちゃん! 俺たちの存在、完全に忘れてるよね?」
声の主はボルド様だった。
そっか、今日はジェード様とノワール様とセルリアン様も一緒に見ていたんだっけ。
魔王を倒した私たちは、英雄ということで、良い席を用意して貰えたんだよね。
「あはは、すみません。観戦に夢中で⋯⋯あ! アッシュ様! お疲れ様です! おめでとうございます! とっても素敵でした!」
いつの間にか目の前にひざまずいているアッシュ様を労う。
あれ? もしかして、デジャヴ?
「俺が強くなれたのは、セイラが支えてくれたからだ。セイラを守るためなら、どんな困難だって乗り越えられる。今度は俺が恩を返す番だ。必ず幸せにするから、これからもずっと側にいてくれないか? 結婚しよう。愛してる」
アッシュ様は、黄色いバラを差し出しながら言ってくれた。
その言葉に感動して、嬉し涙が止まらない。
「はい、喜んで。私もアッシュ様のことを愛しています!」
返事をすると、アッシュ様は立ち上がり抱きしめてくれた。
「おめでとう〜!」
「お幸せに〜!」
あちこちから祝福の声が聞こえてくる。
なんと、両陛下とモント王太子殿下も拍手してくれている。
「セイラ、ありがとう。必ず幸せにする。俺が必ず⋯⋯」
アッシュ様は目頭を押さえながら言った。
「もう! 泣かないでくださいよ! こんなにも強くて身体も大きいのに、ほんと泣き虫ですね!」
けど、このギャップが、この人の魅力でもあるんだよね。
こうして私たちは、たくさんの人に祝福されながら、夫婦になった。
そして五年後。
「ちちうえ〜! おねがいします〜!」
私たちの三歳になる息子のグリーズは、アッシュ様に稽古をつけてもらっていた。
彼はアッシュ様に似た銀髪銀眼の容姿をしていて、役職は聖騎士だ。
今年からアカデミーの入学も決まっている。
「いいか、グリーズ。お前の身体はこれからどんどん成長していく。今必要なのは、力をつけることではなく、いかにバランスよく安定した動きが出来るかだ」
そう説明するアッシュ様のことを、グリーズはキラキラした目で見ている。
もしかしたらアッシュ様も、こうやってお義父様に剣術を教えてもらったのかもしれない。
木剣を握るアッシュ様の左手の薬指には、彼らの髪のように綺麗な銀色の結婚指輪が輝いている。
私は幸せな気持ちで二人のことを眺めた。
そして夜。稽古で疲れたのか、グリーズはあっという間に寝てしまった。
かわいい寝顔にキスをして、夫婦の寝室へと向かう。
アッシュ様はお風呂上がりなのか、腰にタオルを巻いた状態で立っていた。
アッシュ様の肉体は、相変わらず美しく鍛え上げられていて、何度見ても心臓に悪い。
「もう! アッシュ様! ちゃんと服を着てから出て来てくださいよ!」
「すまない。ふと思い出したことを確認したかっただけだ」
アッシュ様は、お仕事の用事が解決したのか、そっと本を閉じた。
そしてなぜか私をじっと見つめてくる。
「なっ! なんでしょうか!?」
ただならぬ雰囲気に後ずさりする。
壁にぶつかり逃げ場を失ったところで、ガバッと抱きしめられた。
「顔が赤い。あれから何年経っても、そうやって可愛い反応を見せてくれるんだな。煽られていると捉えていいのか?」
「いや、だって、アッシュ様が魅力的だから⋯⋯」
至近距離で見つめられると、恥ずかしくって目を逸らしてしまう。
「そうか。セイラは俺の筋肉が好きなんだったな。俺はもうお前のものだ。好きなだけ触るといい」
アッシュ様は抱きしめる腕を緩めて、私の手を自分の胸板に置いた。
「そんな、身体目当てみたいな言い方はちょっと⋯⋯中身も好きですよ?」
「それはわかっている。だが、俺だってセイラに触れられたい」
熱っぽい目で見つめられると一気に顔が熱くなる。
「アッシュ様こそ! 私とは逆で、出会った時とキャラが違う気がします!」
「それは当たり前だろう。愛する妻に⋯⋯セイラにだから見せる顔だ」
両手で頬を包みこむようにして上を向かされ、キスされた。
優しく触れるようなキスを繰り返している内に、だんだんと味わうようなキスに変わっていく。
息が上がって、鼓動が速くなって苦しくなる。
厚い胸板や、大きな肩、引き締まった腰⋯⋯逞しい筋肉に触れながら、熱い視線を交わす。
火照った身体を強く抱きしめられると、緑色の光に包まれた。