表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/108

76.その聖騎士が見た夢の世界で溺れるわけがない①


 私はセイラ、十三歳。

 実は今日から王都にあるアカデミーに転入することになった。 


 ある日突然、この世界に迷い込んだ私は、アカデミーで教員をしているヌガー先生に拾われ、そのツテで入学させて貰えることになった。


 この世界に迷い込む前も、学校に通っていたみたいだけど、はっきりとは思い出せないんだよね。


 それと、どうやら私は聖属性の盗賊という、この世界では珍しい存在らしい。

 だから、アカデミーで高度な教育を受けて、将来はこの国の役に立つように言われた。


 これから始まる学園生活。

 不安と期待が入り混じる中、担任の先生に連れられて教室に入る。

 先生が黒板に私の名前を書いて、クラスメイトのみんなに紹介してくれた。


「こちらが、今日からこのクラスに転入することになったセイラだ。聖属性の盗賊。皆、仲良くしてやってくれ。男子たちは可愛いからって、うつつを抜かさず、勉強に集中すること! 以上! じゃあ、セイラは、あっちの空いてる席を使ってくれ」


 先生に背中をポンと押され、自分の席に向かう。


「よろしくお願いします」


 ペコペコ頭を下げながら歩く。


「おぉ〜可愛いじゃん」

「胸もデカいぞ」

「誰が最初に付き合えるか勝負しようぜ」


 なんだか嫌なヒソヒソ話が聞こえてきた。


 最初の授業は担任の先生が担当で、この国の産業について学んだ。


 次の授業は地理か。

 教科書をパラパラめくり予習していると、前の席の男の子が振り返って来た。

 パッと見の印象は、派手でフリフリな服を着ているお坊ちゃんって感じだ。 


「セイラくん、おめでとう。君は僕のお眼鏡にかなったよ。お花畑に入れてあげよう」


 お坊ちゃんは、突然、意味のわからないことを言った。


「お花畑って何? あなたの家のお庭にあるの?」


「そうか。君は庶民出身な上に、僕のように高貴な人間に見初められたのも、初めてというわけだ。お花畑っていうのはね、俗っぽい言葉で言うところのハーレム。僕に愛でられたい美少女たちが集う場所さ」


 お坊ちゃんは微笑みながら言った。


「へーそういう意味なんだ。でも私は興味がないからお断りします」


 きっぱりと伝えて話を切り上げた。 


「ははっ。チェスナットのヤツ、断られてやんの」

「笑える」

「んじゃ、侯爵家のご子息が玉砕したなら、次は俺たちの番だよな?」


 男の子たちは聞こえるような声で噂話を始めた。


「見てくれが良いだけの庶民のくせに。僕に恥をかかせたことを後悔させてやる!」


 お坊ちゃん改めチェスナットくんは、顔を真っ赤にして怒ってしまった。

 そこからは悲惨な学園生活がスタートした。



 翌朝、私の机には落書きがされていて、男好きやら尻軽やら色々書かれていた。

 イスには泥を塗られていて、座れるような状態じゃない。


「チェスナット様のお誘いを断るなんて、十年早いわよ」

「ほんと生意気」

「あの顔だって胸だって、魔法か何かで整形してんじゃないの?」

「しかも女なのに盗賊だなんて、私だったら恥ずかしくて表を歩けないわ」 

 

 チェスナットくん本人ならともかく、その取り巻きの女の子たちにも嫌われたらしい。


 そこから連日いじめは続いた。

 無視、悪口、物を壊すは当たり前。

 時には足を引っかけられたり、肩をぶつけられたり。

 そしてとうとう最悪なことが起こった。



 放課後。

 一人、訓練棟の裏庭の掃き掃除をしていると、チェスナットくんと、取り巻きの男の子たちがやって来た。


「君は本当に可愛げがないな。さっさと僕に謝罪して、許しを乞えばいいものを。大人しく僕の女になると言うのならば、一連の嫌がらせは止めてやるのに」

 

 どうやらチェスナットくんは、私を従わせるために、いじめを主導しているらしい。


「こんなことされて、あなたを好きになる女の子はいないと思うけど」


 私が言い返すと取り巻きの男の子たちは笑った。


「なんだと? 僕を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。良いかお前らよく見とけよ。女っていうのは、唇さえ奪ってしまえば、心から男に従うように出来てんだ」


 チェスナットくんは私の身体を壁に押し付け、強引に迫って来た。


「いや! 離して! 止めてよ!」


 必死に抵抗するけど、力が強くてびくともしない。


「助けて! 誰か助けて!」


 大声で叫ぶと手で口を塞がれた。

 身体をよじって抵抗する。

 取り巻きたちは黙って見ているだけだ。


 どうして? こんなのおかしい。怖い。

 涙がこぼれそうになった瞬間、上の方から黄色く輝く魔法が飛んできた。


「誰だ! 僕は侯爵家の人間だぞ! 僕に逆らうと、どうなるかわかってんのか!?」


 チェスナットくんは、魔法が飛んできた方向を見上げながら叫ぶ。


「マルーン侯爵家の人間は、嫌がる女を襲うのか。随分と高貴なお家柄だな」


 私を助けてくれたのは、銀髪銀眼の男の人だった。

 腰には剣を挿しているみたいだけど、魔法も使えるんだ。


「チェスナット様、不味いですよ! 二個上の聖騎士アッシュじゃないですか!」

「学内剣術大会の優勝連続記録保持者だ!」

「俺は関係ありませんから!」


 取り巻きの男の子たちは、大慌てで逃げていく。

 

「ふん! 今日のところは勘弁しておいてやる! 覚えてろよ! 必ず僕の女にしてやるからな!」


 チェスナットくんは、捨て台詞を言って走り去ろうとした。

 けれども二階の窓から、はらりと飛び降りて来たアッシュ様に、首根っこを掴まれる。


「おい。違うだろ」


 アッシュ様は、チェスナットくんの顔を覗き込みながら、凄みのある声で言った。


「はい! すみませんでした! 二度と彼女には手出ししません!」


 アッシュ様がチェスナットくんを解放すると、彼はよろけながら逃げていった。



 はぁ、助かった。

 力が抜けて地面にへたり込む。


「アッシュ様。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 チェスナットくんを見送る背中に声をかけると、彼はこちらを振り返った。

 かっこいい。とっても素敵な騎士様だ。


 アッシュ様はゆっくり私に近づき、目の前にひざまずく。


「え? なんでしょう?」

「擦りむいている。じっとしていろ」


 アッシュ様は私の手を取って、回復魔法を使ってくれた。

 さっきチェスナットくんと揉み合った時についた傷なんだろう。

 赤い血が滲んでいたのに、みるみる内に傷が塞がっていく。


「すごいです。こんな魔法、初めて見ました。ありがとうございます!」

 

 剣の腕も立つ上に、こんな魔法まで使えるなんてすごいな。

 それに優しいお方のようだ。


 しかし、治療が終わり、立ち上がったアッシュ様は、私のことを厳しい表情で見下ろしていた。


「お前は盗賊クラスか。戦闘力が高いクラスのはずだが随分と頼りないな。本来ならあんな雑魚に襲われるはずがないだろう」


 アッシュ様は私のことをじっと見つめてくる。


「そんなこと言われても。盗賊が何なのかもよくわかりませんから。スキルの使い方も、この世界のことも、何も知りませんし⋯⋯」


「そうか。そうだとしても、卒業までもう長くはないはずだ。この先、家柄だけが取り柄の薄っぺらい男のお飾りとして扱われ、女同士の醜い争いに巻き込まれる人生で良いのか? 知らないのなら理解すればいいだろう。いつまでもそんな弱気な姿勢では、生きていけないぞ」


 アッシュ様は、私の腰に巻いたベルトから短剣を取り出し、手の平の上で回転させた。


 アッシュ様の言葉⋯⋯今の私にはすごく厳しく聞こえるけど、これが正論だということくらいはわかる。


「そんなのいやです。どうせこの世界で生きるしかないのなら、強くなりたいです! アッシュ様、私を弟子にしてください!」


 これが私とアッシュ様の運命の出会いの瞬間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ