76.その聖騎士が見た夢の世界で溺れるわけがない①
私はセイラ、十三歳。
実は今日から王都にあるアカデミーに転入することになった。
ある日突然、この世界に迷い込んだ私は、アカデミーで教員をしているヌガー先生に拾われ、そのツテで入学させて貰えることになった。
この世界に迷い込む前も、学校に通っていたみたいだけど、はっきりとは思い出せないんだよね。
それと、どうやら私は聖属性の盗賊という、この世界では珍しい存在らしい。
だから、アカデミーで高度な教育を受けて、将来はこの国の役に立つように言われた。
これから始まる学園生活。
不安と期待が入り混じる中、担任の先生に連れられて教室に入る。
先生が黒板に私の名前を書いて、クラスメイトのみんなに紹介してくれた。
「こちらが、今日からこのクラスに転入することになったセイラだ。聖属性の盗賊。皆、仲良くしてやってくれ。男子たちは可愛いからって、うつつを抜かさず、勉強に集中すること! 以上! じゃあ、セイラは、あっちの空いてる席を使ってくれ」
先生に背中をポンと押され、自分の席に向かう。
「よろしくお願いします」
ペコペコ頭を下げながら歩く。
「おぉ〜可愛いじゃん」
「胸もデカいぞ」
「誰が最初に付き合えるか勝負しようぜ」
なんだか嫌なヒソヒソ話が聞こえてきた。
最初の授業は担任の先生が担当で、この国の産業について学んだ。
次の授業は地理か。
教科書をパラパラめくり予習していると、前の席の男の子が振り返って来た。
パッと見の印象は、派手でフリフリな服を着ているお坊ちゃんって感じだ。
「セイラくん、おめでとう。君は僕のお眼鏡にかなったよ。お花畑に入れてあげよう」
お坊ちゃんは、突然、意味のわからないことを言った。
「お花畑って何? あなたの家のお庭にあるの?」
「そうか。君は庶民出身な上に、僕のように高貴な人間に見初められたのも、初めてというわけだ。お花畑っていうのはね、俗っぽい言葉で言うところのハーレム。僕に愛でられたい美少女たちが集う場所さ」
お坊ちゃんは微笑みながら言った。
「へーそういう意味なんだ。でも私は興味がないからお断りします」
きっぱりと伝えて話を切り上げた。
「ははっ。チェスナットのヤツ、断られてやんの」
「笑える」
「んじゃ、侯爵家のご子息が玉砕したなら、次は俺たちの番だよな?」
男の子たちは聞こえるような声で噂話を始めた。
「見てくれが良いだけの庶民のくせに。僕に恥をかかせたことを後悔させてやる!」
お坊ちゃん改めチェスナットくんは、顔を真っ赤にして怒ってしまった。
そこからは悲惨な学園生活がスタートした。
翌朝、私の机には落書きがされていて、男好きやら尻軽やら色々書かれていた。
イスには泥を塗られていて、座れるような状態じゃない。
「チェスナット様のお誘いを断るなんて、十年早いわよ」
「ほんと生意気」
「あの顔だって胸だって、魔法か何かで整形してんじゃないの?」
「しかも女なのに盗賊だなんて、私だったら恥ずかしくて表を歩けないわ」
チェスナットくん本人ならともかく、その取り巻きの女の子たちにも嫌われたらしい。
そこから連日いじめは続いた。
無視、悪口、物を壊すは当たり前。
時には足を引っかけられたり、肩をぶつけられたり。
そしてとうとう最悪なことが起こった。
放課後。
一人、訓練棟の裏庭の掃き掃除をしていると、チェスナットくんと、取り巻きの男の子たちがやって来た。
「君は本当に可愛げがないな。さっさと僕に謝罪して、許しを乞えばいいものを。大人しく僕の女になると言うのならば、一連の嫌がらせは止めてやるのに」
どうやらチェスナットくんは、私を従わせるために、いじめを主導しているらしい。
「こんなことされて、あなたを好きになる女の子はいないと思うけど」
私が言い返すと取り巻きの男の子たちは笑った。
「なんだと? 僕を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。良いかお前らよく見とけよ。女っていうのは、唇さえ奪ってしまえば、心から男に従うように出来てんだ」
チェスナットくんは私の身体を壁に押し付け、強引に迫って来た。
「いや! 離して! 止めてよ!」
必死に抵抗するけど、力が強くてびくともしない。
「助けて! 誰か助けて!」
大声で叫ぶと手で口を塞がれた。
身体をよじって抵抗する。
取り巻きたちは黙って見ているだけだ。
どうして? こんなのおかしい。怖い。
涙がこぼれそうになった瞬間、上の方から黄色く輝く魔法が飛んできた。
「誰だ! 僕は侯爵家の人間だぞ! 僕に逆らうと、どうなるかわかってんのか!?」
チェスナットくんは、魔法が飛んできた方向を見上げながら叫ぶ。
「マルーン侯爵家の人間は、嫌がる女を襲うのか。随分と高貴なお家柄だな」
私を助けてくれたのは、銀髪銀眼の男の人だった。
腰には剣を挿しているみたいだけど、魔法も使えるんだ。
「チェスナット様、不味いですよ! 二個上の聖騎士アッシュじゃないですか!」
「学内剣術大会の優勝連続記録保持者だ!」
「俺は関係ありませんから!」
取り巻きの男の子たちは、大慌てで逃げていく。
「ふん! 今日のところは勘弁しておいてやる! 覚えてろよ! 必ず僕の女にしてやるからな!」
チェスナットくんは、捨て台詞を言って走り去ろうとした。
けれども二階の窓から、はらりと飛び降りて来たアッシュ様に、首根っこを掴まれる。
「おい。違うだろ」
アッシュ様は、チェスナットくんの顔を覗き込みながら、凄みのある声で言った。
「はい! すみませんでした! 二度と彼女には手出ししません!」
アッシュ様がチェスナットくんを解放すると、彼はよろけながら逃げていった。
はぁ、助かった。
力が抜けて地面にへたり込む。
「アッシュ様。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
チェスナットくんを見送る背中に声をかけると、彼はこちらを振り返った。
かっこいい。とっても素敵な騎士様だ。
アッシュ様はゆっくり私に近づき、目の前にひざまずく。
「え? なんでしょう?」
「擦りむいている。じっとしていろ」
アッシュ様は私の手を取って、回復魔法を使ってくれた。
さっきチェスナットくんと揉み合った時についた傷なんだろう。
赤い血が滲んでいたのに、みるみる内に傷が塞がっていく。
「すごいです。こんな魔法、初めて見ました。ありがとうございます!」
剣の腕も立つ上に、こんな魔法まで使えるなんてすごいな。
それに優しいお方のようだ。
しかし、治療が終わり、立ち上がったアッシュ様は、私のことを厳しい表情で見下ろしていた。
「お前は盗賊クラスか。戦闘力が高いクラスのはずだが随分と頼りないな。本来ならあんな雑魚に襲われるはずがないだろう」
アッシュ様は私のことをじっと見つめてくる。
「そんなこと言われても。盗賊が何なのかもよくわかりませんから。スキルの使い方も、この世界のことも、何も知りませんし⋯⋯」
「そうか。そうだとしても、卒業までもう長くはないはずだ。この先、家柄だけが取り柄の薄っぺらい男のお飾りとして扱われ、女同士の醜い争いに巻き込まれる人生で良いのか? 知らないのなら理解すればいいだろう。いつまでもそんな弱気な姿勢では、生きていけないぞ」
アッシュ様は、私の腰に巻いたベルトから短剣を取り出し、手の平の上で回転させた。
アッシュ様の言葉⋯⋯今の私にはすごく厳しく聞こえるけど、これが正論だということくらいはわかる。
「そんなのいやです。どうせこの世界で生きるしかないのなら、強くなりたいです! アッシュ様、私を弟子にしてください!」
これが私とアッシュ様の運命の出会いの瞬間だ。