表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/108

72.こんなところであの男と再会するわけがない

 

 スカイアルブで、ピクシーたちと共闘し、(ぬえ)を倒した私たちは、グランアルブへと帰還した。

 疫病に感染していたエルフたちの身体からは、発疹が消えており、熱も下がっていた。


「ジェード様! みなさん、無事でよかったですね!」


「おぅ! ありがとな!」


 ジェード様は、心から安心したように笑った。


 森を包む黒い霧も消え、ライズの騎士たちも無事に発見された。


 これで世界は元通り。

 今は、グランアルブの下で六人で輪になり、久しぶりに落ち着いて食事をとっているところだ。


 

「ブラン様⋯⋯私、もう恥ずかしくて、セレスト王国には顔を出せません。結婚式に、ゼニス陛下も来てくださるとのことでしたが、さらに下着を何重にも着ておかないと、もっと大勢の人の前で、恥をかかされますよ。ブラン様も、社会の窓を開けられたり、ズボンを引きずり下ろされるかもしれません」


 隣に座るブラン様に、ぼそぼそっと話しかける。


「それは恐ろしいな⋯⋯式当日、ゼニス陛下には、見張りをつけることにしよう。さっきは守ってあげられなくて、すまなかったな」


 ブラン様は困ったように笑った。

 もう結婚式に思考が移っている私たちをよそに、セルリアン様は厳しい表情をしていた。


「おかしい⋯⋯神託にあった『無の一族の御子()』『闇属性の神官』⋯⋯彼らは今回の騒動にほとんど関与していない。ノワールに関しては、オニの討伐をしたというから、百歩譲って良いとして、こう言ってはなんだが、君の兄上に関しては、こじつけるのも、かなり苦しい」


 確かに、神託にはその二人の存在も挙がっていた。 

 けれども、二人を抜きにして、海も地も空も解決に至った⋯⋯


「もしかすると、俺たちが奔走している間に、イーリスで何かが起こり、それをモント殿下とノワールが解決なさったのかもしれない。これからイーリスに移動し、モント殿下とノワールと合流してから、正式に終息を宣言した方が良いだろう」


 アッシュ様の意見に全員が賛成したので、バーミリオンとパステルに分乗し、イーリスを目指すことになった。



 イーリスの空は白い雲に覆われ、柔らかい雨が降り注いでいた。 

 大神殿の前には六柱の神の石像が立っている。

 ナーダ様の石像も完成したんだ。


 それにしても様子がおかしい。

 広場にはほとんど人がおらず、神官たちや巡礼者たちは離れたところから、遠巻きに様子をうがっているように見える。


 さらに近づくと、二人の人が立っているのが見えた。

 ノワール様が、黒い作務衣に笠をかぶった人物と対峙している。

 あれは、僧侶の妖怪⋯⋯とか?

 加勢しようと着陸すると、ノワール様がこちらを振り返った。


「来るな! 彼女を連れて逃げろ!」


 ノワール様は叫んだあと、手から黒い煙のような闇を出した。

 瞬く間に辺りが真っ暗になる。


 何? どういうこと?

 彼女ってことは、女である私だよね?

 あんなに必死な形相のノワール様は珍しいから、緊急事態なのは間違いない。

 よくわからないけど、今の隙に逃げないと。

 

 僧侶の妖怪がいた方向と、逆方向に走り出す。

 真っ暗闇の中、隠密スキルを起動して走る。 

 これなら絶対にバレない。


 人がいないところに逃げないと、関係ない人を巻き込んでしまうよね?

 隠れ場所を探そうと戸惑っていると、後ろから腕をガシっと掴まれた。


「ブラン様⋯⋯⋯⋯?」


 違う。掴む手が強すぎて、痛いくらい爪が腕に食い込んでる。

 恐る恐る振り返る。


 ⋯⋯⋯⋯それは人ではなく、ヘビの形の影だった。

 なぜか、暗闇の中でも、はっきりと姿が見える。

 食い込んでいるのはヘビの牙だ。

 

「離して!」


 すぐに短剣を取り出し斬りかかる。

 ヘビは私の腕に噛みついたまま、塵のように消えていった。


 闇に紛れての逃走に失敗したからだろう。

 闇が吸い込まれるように消えていく。

 

「セイラ! 大丈夫か!?」

 

 一番近くにいたのはブラン様だった。

 すぐに私の肩を抱きしめてくれる。


「はい、大丈夫です。腕をヘビに噛まれましたが、倒しました」


 闇が晴れると、アッシュ様、ジェード様、ボルド様、セルリアン様、それにノワール様も近くにいた。

 すぐに私を後ろに庇ってくれる。



「愛子ちゃん! やっと見つけた!」


 僧侶の妖怪は、頭にかぶった笠を取り、放り投げた。

 その顔を見て愕然とする。

 

「え! 正男⋯⋯さん!?」


 私がこの世界に逃げ込むきっかけとなった張本人。

 メタボ体型の中年DV男、正男その人だった。

 どうしてこんなところに⋯⋯



「愛子ちゃん。こんなところで、一人ぼっちで心細かったね。助けに来たよ。愛子ちゃんはまだ若いから、男に叱られるのにも慣れてなくて、あの時は驚いて、逃げ出してしまったかもしれない。けど、そんなのは、すぐに慣れるから安心していい。愛子ちゃんが間違ったことをしても、俺なら最後まできちんと責任を持って躾けてあげられる。今回逃げ出したことも、罰さえ受けて貰えれば、海のように広い心で許す。俺の言うことをちゃんと聞いていれば、一人前の女性になれるんだから、こんな良いことはない」


 正男が展開する自分勝手な話に寒気がして、無意識にブラン様にしがみつく。

 血が滴るような怪我をさせといて、まだこんなこと言ってるの?

 

「なぁ、アイコって誰だよ。さっきからセイラのこと見ながら喋ってっけど、人違いじゃねぇのか?」


「よく分からないが、おかしい奴だと言うことは確かだ」


 ジェード様とアッシュ様は戸惑っている。


「ねぇ、愛子ちゃん。これは運命なんだ。あの日俺に叱られて、びっくりして逃げ出した愛子ちゃんは、虹色の輪をくぐって、どこかへ消えてしまった。俺も後を追いかけようと、君が消えた壁を破壊したら、逮捕され、職を失った⋯⋯」


 正男は遠い目をしながら語りだす。

 そうなんだ。警察のお世話になってたんだ⋯⋯


「釈放後、愛子ちゃんのいない世界に一人取り残された俺は絶望し、山に入った。そこで、近くにあった寺の僧侶に拾われたんだ。寺での生活は決して甘くなかった。けど、人生を見つめ直すきっかけになって、こんな辛い世界でも前向きに生きていこう⋯⋯そう思えた。そんな時だった。ある夜、僧侶が妖怪退治をすると言うので、手伝いのためについていった。僧侶は地面に虹色の輪を作り、そこに妖怪を封印していた。これはチャンスだと思った俺は、その輪に飛び込んだ。そうしたら、この世界に来られたんだ」


 なるほど。この世界にいた妖怪たちは、その僧侶が封印と称して、こちらの世界に送り込んでいたと。


「この世界に来て情報を集める内に、愛子ちゃんがセイラと言う名前で生きていることを知った。男たちと旅をしながら、魔王討伐なんて危険なことをさせられた挙げ句、王太子と結婚させられそうになっていたなんて。でももう大丈夫。俺が愛子ちゃんを助けに来た! 二人で元の世界に帰ろう!」


 正男はこちらに手を伸ばして来た。


「嫌です! 私は自分で望んでこの世界にいて、ブラン様の隣にいるんです! 正男さん、あなた、さっきからおかしいですよ? 確かに騙した私も悪かったですけど、躾とか言って殴って怒鳴りつけて、自分の思い通りになるように支配して⋯⋯奥さんにずっとそうして来たんですよね? 挙げ句、浮気もしてるじゃないですか。はっきり言いますね。私、あなたのこと、全然好きじゃないです。全く尊敬出来ないです!」


「わかったぞ! こいつ、セイラがこの世界に来た時に、追いかけ回されて、殺されかけたっていう、暴力男だろ!? 嫁さんを逃がすために、セイラが囮になったっていう。本当、男としても生物としても最低だよな」


 ジェード様は、正男に軽蔑の眼差しを向けた。 


「セイラは私の愛する婚約者だ。彼女を傷つけることは許さない」


 ブラン様は背中に庇ってくれる。

 

「セイラに一歩でも近づくようなら、ここで斬り捨てる。


 アッシュ様は剣を構えた。


「女の子に暴力を振るうなんて、最低すぎて言葉が出ないよね」

「あり得ない。このような化け物が、この世には存在するというのか」

「おぞましい。一人で帰って」


 ボルド様、セルリアン様、ノワール様も正男を非難する。


「うるさい! お前たちみたいな若造に何がわかるっていうんだ! 家庭を持ったこともないガキが! 愛子! 良いから早くこっちに来い!」


「嫌! ブラン様!」


 あまりの怖さに、ブラン様に抱きつく。

 一度植え付けられた恐怖は、簡単に蘇るみたい。

 こんな男と一緒にいたら、すぐに狂ってしまう。

  

「愛子、お前は気づいていないみたいだけどな、男なんてものは、みんな汚れてんだよ。女を思い通りにしたいって思う生き物なんだ。お前の仲良しの男たちだって例外じゃない。そもそも、結婚して未来を約束したって、それは永遠のものじゃない。例えば、お前の婚約者の素敵な王子様が、この世からいなくなったとしたら⋯⋯⋯⋯これからお前には、男たちが実際に見た夢を見せる。俺は愛子をたぶらかす王子が憎い。それは他の男たちも一緒だ。本当に王子がいなくなってしまえば、何人の男が喜ぶんだろうな?」

 

 この人は何を言ってるの? ブラン様がいなくなる?

 みなさんが、それを喜ぶって?

 そんなわけないのに。


 理解しきれないまま言葉を失っていると、先ほど噛まれた腕がヒリヒリと痛み出した。

 確認すると赤黒い紋様が浮かび上がっている。

 

「痛い!」

 

 紋様は焼けるように痛みを増す。


「セイラ! 大丈夫か! セイラ!」


 ブラン様は私を抱きしめてくれる。 

 けど、その声はどんどん遠くなっていく。


 意識を手放す直前、青い光が見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ