71.何でもかんでもイタズラで済まされるわけがない
パステルの背に乗り、夜空を滑空している私たちは、着陸態勢に入ろうとしていた。
「あの辺りの原っぱでいいでしょうか?」
「良さそうだ。スカイアルブにも結界が張られているように見える。上手く接合して、乗り入れるとしよう」
セルリアン様は、精霊たちに指示して、スカイアルブの結界を破り、すぐに修復してくれる。
パステルは、原っぱにドサッと着地したあと、仰向けに倒れて、目を回してしまった。
「パステル、ありがとう」
みんながパステルを労うように身体を撫で回し、アッシュ様は回復魔法を使ってくれる。
夜のスカイアルブは、電飾で飾られているのか、クリスマスツリーのように、きらめいて見えた。
「きれい⋯⋯」
けれども、今は悠長に感動している場合じゃない。
ピクシーたちはどこにいるのか⋯⋯
望遠と透視のスキルで周囲を確認する。
「あそこにたくさんいました! みなさん美しく光っています!」
ピクシーたちは眠っているようなので、小声で伝える。
先ほど電飾だと思っていたきらめきは、ピクシーたちの羽根が作り出していたんだ。
一見トラブルは起こってなさそうに見えるけど⋯⋯
キョロキョロ見回していると、目の前を光の粉がチラつき出した。
三人のピクシーが、羽ばたきながら近づいてくる。
中央の男性は、水色のロングヘアに王冠を被っていて、蝶のような羽根は、青い宝石みたいに輝いている。
このお方が、ゼニス国王陛下⋯⋯
左右にいる二人の男性は従者らしい。
「ハーイ! ハンサムプリンス。よくぞ、ここまで来てくれたっ」
ゼニス陛下はブラン様の肩に座った。
「ゼニス陛下、ご無沙汰しております」
ブラン様は、陛下を肩に乗せたまま、ひざまずき、挨拶する。
「うむ。実にクール!」
ゼニス陛下は両手を広げる。
ブラン様から目で合図を送られ、私も続いてご挨拶することになった。
「こちらが私の婚約者のセイラです」
「ゼニス陛下、お目にかかれて光栄です」
ブラン様の隣にひざまずく。
「んー! プリティプリンセスセイラちゃん! 略してプリプリちゃん。驚くほど、ビューティフル! 僕の次にね」
ゼニス陛下は私の周りをひらひら飛び始めた。
これは、どう反応すれば良いのか⋯⋯
とりあえず愛想笑いをしておく。
「陛下、実はヴェールの森に鵺という魔物が出たことで、エルフたちに疫病が発生しました。原因となる魔物を追って、私たちはここまで来たのですが、セレスト王国はどういった状況でしょうか?」
ブラン様は真剣な表情で尋ねる。
対して、ゼニス陛下は余裕そうな表情だ。
「うむ。僕たちは、鳴き声と黒いスモッグに気づいた時点で、バリアーを張ったから、被害はゼロなのさ。何人かのキューティちゃんたちは、モンスターに丸のみにされ、今ごろあのモンスターの胃の中で、スイミングを楽しんでいることだろう。モンスターは毎日、サンライズとともに現れ、こちらにアタックしようとする。このままだと、バリアーが破られるのも時間の問題。だがしかし、我々が共闘すれば、ジ・エンドなのさ」
キューティちゃんって、もしかして民のこと?
丸のみにされたって、かなり深刻な状況なんじゃ⋯⋯
「お前、仲間が食われたって言うのに、そんな余裕ぶっこいてて大丈夫なのかよ?」
ジェード様はゼニス陛下に突っかかった。
「ジェード! 言葉に気をつけるんだ!」
ブラン様はジェード様をたしなめる。
「おぉ! 君が、エルフの次期族長候補のジェードボーイとは。お噂は、かねがね。実にハンサム。そうそう、僕のキューティちゃんたちは、今ごろモンスターの胃の中でワーキング! ポイズンを仕込んでいるはずなのさ。つまり、わざと口の中にダイブしたのだよ。レッツ! ファイティング! 協力願いたいっ」
そこからは、理解し辛い陛下の言葉を慎重に解釈しながら、作戦会議が行われた。
どうやらキューティちゃんというのは、『虫使い』であるゼニス陛下が使役する虫のことらしい。
虫たちは陛下の作戦通り、今も鵺と戦ってくれていると。
ここにいるピクシーたちの主な役職は、魔法使い、弓使い、薬師、そして虫使い。
夜の間は安全だからと、ピクシーたちは束の間の休息をとっているとのこと。
勝負は夜が明けてからだ。
身体が大きく羽根もない私たちは、スカイアルブの根元で、雑魚寝することになった。
グランアルブでの眠気がウソのように、目が冴えきっている。
隠密を起動しながら静かに起き上がり、気分転換に散歩することにした。
スカイアルブの大地の端まで歩き、地上を見下ろす。
もうすぐ陽が昇り始めるみたい。
徐々に地平線が明るくなってくる。
「セイラ、落ち着かなかったか?」
優しい声に振り返ると、ブラン様が近づいて来るところだった。
そのまま背中からぎゅっと抱きしめられる。
「はい。いよいよ、終わるんだなと思うと、気が早ってしまって。この戦いが終われば、王太子妃としての暮らしが待ってますね。結婚式もとっても楽しみですし、妃教育だってまだ途中です。他にも、幸せな予定がたくさんあります」
王室の年間行事だって、どれも参加したことがないし、国内の行ったことのない街の視察だって行きたい。
何より、いつか私たちの宝物が生まれてくる。
「そうだな。これからいくらでも楽しみが待っている。この戦いを終わらせて、温かな家庭を築こう」
頬に手を添え、後ろを振り向かされると優しくキスされた。
幸せな気持ちを確かめ合うみたいに、何度も角度を変えながら触れ合う。
この瞬間だけは、全てを忘れて、目の前の愛しい人に集中する。
いつの間にか太陽が地平線から顔を出して、私たちを明るく照らしていた。
陽が昇りピクシーたちも目を覚まし、いよいよ鵺討伐作戦の開始だ。
鵺は、夜の間、散々森や空を飛び回ったのか、まるで憩いの家に帰って来たかのように、真っ直ぐにスカイアルブに近づいて来た。
「ヒョー⋯⋯ヒョー⋯⋯」
鵺は、結界に体当たりしては、旋回するのを繰り返す。
毒が効いているのか、飛行が安定していないようにも見える。
この隙に遠距離攻撃を仕掛けるべきだけど、真下にヴェールの森があるから、使える攻撃は限られている。
私とボルド様はここでは待機だ。
弓使いも、矢が下に落ちたら危険だから、攻撃はせずにフォロー役に徹する。
ブラン様は斬撃を飛ばし、アッシュ様、セルリアン様もそれぞれ攻撃を飛ばす。
ピクシーの魔法使いたちも葉っぱで攻撃する。
「お前、よくも森のみんなに酷いことしてくれたな」
ジェード様が作り出す無数の葉は、鵺に降り注ぎ、その体を切り裂いていく。
ピクシーたちの魔法とはレベルが違う。
量も多いし、銃弾のように鋭い軌道だ。
鵺は攻撃することを諦めたのか、後退し始めた。
このままだと、また逃げられる。
焦っていると、ゼニス陛下が前に出て来た。
「うむ。あとは僕のキューティちゃんたちだけで、なんとかなりそうだ。ただし、ジェードボーイとセルリーアンバサダーとホーリーナイト君の協力が必要だ」
ゼニス陛下は、ジェード様、セルリアン様、アッシュ様を指名した。
土の上にジェード様がレモンの木を生やし、セルリアン様の精霊たちが水やりをする。
「さぁ! キューティちゃんたち!」
ゼニス陛下は大量の青虫を呼び寄せた。
青虫たちは、葉っぱをムシャムシャと食べてぶくぶく太っていく。
すぐにサナギになったかと思いきや、中から突き破って出て来た。
羽化する姿は神秘的で、宝石のように美しい羽根が徐々に広がっていく。
すごい。本当なら何日もかかるはずなのに、小さな青虫があっという間に成長した。
無数の蝶が陛下の周りを飛び回る。
「虫というのは、一匹一匹は、か弱く見えるかもしれない。キャットのようなバードになんて、勝てっこないって思うだろう? しかしノンノン。うちのキューティちゃんたちは掴み取れる! ビクトリー!」
ゼニス陛下が天を仰ぎ、髪をかきあげ、決めポーズをする。
「キャー! 陛下〜!」
なぜかここで黄色い歓声が飛んでくる。
彼女たちが、ゼニス陛下の愛人なんだろうか。
「さぁ! ホーリーナイト君!」
そのかけ声で、アッシュ様は蝶たちにバフをかけた。
無数の蝶が羽ばたき、鵺に襲いかかる。
まとわりつかれた鵺は、体温が異常に上がり、やがて動きを止め、塵になって空に溶けていった。
胃の中に入っていたというキューティちゃんたちも無事らしい。
終わったんだ⋯⋯
ピクシーたちは歓声を上げて、嬉しそうに飛び回っている。
私もみなさんに駆け寄り、労う。
あっという間に、どんちゃん騒ぎだ。
あとは、地上に戻って、エルフたちの無事が確認できれば元通り。
そう思っていたら、とんでもない事が起こった。
突然、背中に、もぞもぞと潜り込まれる感触。
もしかして⋯⋯虫?
「ギャー! それは無理〜!」
背中を触ろうと手を回すと、なぜか下着のホックが外れた。
「いやぁ! え!? え!?」
大急ぎで胸元を押さえて、しゃがみ込む。
え? いきなりどういう状況?
「なんだよお前。勝負がついたって時に、変な声だしやがって」
ジェード様は不思議そうな顔で私を見た。
それは私だって知りたいです。
「どうしたんだ? お腹が痛いのか?」
少し離れたところにいたブラン様は、心配そうに駆け寄ってくる。
どうしよう。どうして突然こんなことに⋯⋯
「ははっ! ははははっ!」
嬉しそうな笑い声が聞こえ、恐る恐る振り返ると⋯⋯ゼニス陛下が微笑んでいた。
「ええ! 陛下が犯人ですか!? いたずら好きのピクシーだからですか? けどこれは犯罪です! 変態! 女好きだか、国王陛下だか知りませんが、ラッキースケベの範疇を越えてます! 絶対に許しませんから!」
「僕にはわかる。ファーストインプレッションで、ずっと気になっていた。プリプリちゃんのバストがヘルプ! タイトすぎるわ! と叫んでるっ」
とんでもないことに、陛下は良いことをした気でいるらしい。
「だからってひどいです! 戦闘の時に邪魔だから、締め付けて潰してるんですよ! 涙ぐましい努力をこんな形で踏みにじって! せっかく感動的ないい気分だったのも台無しです! しかも、男性陣の目の前で外すなんて⋯⋯」
恥ずかしい仕打ちに涙目になる。
「邪魔だから⋯⋯」
「締め付けて⋯⋯」
「潰してる⋯⋯」
「⋯⋯理解できない。これ以上考えるのはよそう」
アッシュ様、ジェード様、ボルド様、セルリアン様はそれぞれつぶやく。
「陛下⋯⋯⋯⋯まさか! いくらなんでも、それはいたずらが過ぎます! ファルベ王国の王太子として、正式に抗議致します!」
ブラン様はゼニス陛下に詰め寄る。
けれども、陛下は不敵な笑みを浮かべて、ひらひらと飛んで行ってしまう。
近くにいた女性のピクシーたちも、クスクス笑いながら飛んでいく。
協力して敵を倒した直後だと言うのに、これがこの人たちの本性⋯⋯
「ブラン様、もう良いですから、助けてください⋯⋯」
これ以上の事故を防ぐために、両手が塞がっているので、恥を忍んでお願いする。
「セイラ、これはどうやって留めるんだ?」
「穴に爪を引っ掛けるんです」
「穴というのはここか?」
「違う! もう! ボルド様〜! 助けてください!」
この場にいるメンバーで、一番望みがありそうな人に助けを求める。
「ええ! 俺!? ここでご指名が入んのは、超気まずいんだけど〜」
ボルド様は戸惑いながらも、近づいて来てくれた。
「駄目だ、セイラちゃん。ブランの圧が強すぎて触れられない。言っとくけど! 俺はセイラちゃんの下着には、触った事ないからね〜!!」
ボルド様は、盾で私の背中を隠しながら、ブラン様に金具の留め方を口頭説明している。
「なんでできないの? いくら平常心じゃないからって、不器用すぎない!?」
「くっ⋯⋯セイラの一大事だと言うのに、どうして私はこんなにも無力なんだ⋯⋯」
混乱したブラン様は、ゼニス陛下への怒りを忘れて自分を責めだした。
そのおかげで、本件は、国際問題に発展する大事件には、ならずに済んだのだった。