70.伝説級の英雄たちに行けない場所なんてあるわけがない
鵺と思しき妖怪を待ち伏せするために、交代で見張りをしていた私たちは、前半の担当時間が終わったので、横穴で休むことになった。
連日の戦闘でクタクタだから、すぐに眠ることが出来た。
何時間でも寝られそう。
このまま朝まで何も起きませんように。
目が覚めたら、平和な森に戻っていますように。
そう願ってみたけど、その願いは聞き届けられなかった。
真っ暗な中。微かに音が聞こえてくる。
「ヒョー⋯⋯ヒョー⋯⋯」
背中に冷たいものが触れたみたいに、ゾッとする。
初めて聞く鳴き声だ。
というか、鳴き声だと知らなければ、まず分からない。
誰かが笛を吹いているみたいな、澄んだ音だけど、切なくて寂しくて、不安を駆り立てられる音だ。
ガバっと身体を起こすと、ジェード様も目を覚まし、魔法を使って、私とボルド様をグランアルブの頂上に運んでくれた。
ブラン様、アッシュ様、セルリアン様は、既に戦闘態勢に入っている。
三人の視線の先には、巨大な鳥がいた。
猫の頭に鳥の体。鵺だ。
胴体の部分は虎くらいの大きさがあって、黒っぽい翼が生えている。
「おい、なんだよこれ。こんなバケモンが病気をばら撒いてたのか? けど⋯⋯絶対に許さねぇかんな」
ジェード様は杖を構えた。
私とボルド様が前に出て、アッシュ様とセルリアン様が後ろに下がる。
空中にいる相手に強力な攻撃が通るのは、後衛の三人だ。
ここからは打ち合わせ通り、ボルド様がヘイトを買って、私とブラン様がフォローしながら、後ろの三人が魔法で攻撃する⋯⋯はずだったんだけど。
「お〜い! お前の相手は俺だ〜! 帰ってこい! 待ってって! 鳥だけに、チキン野郎か〜!?」
鵺はボルド様の注目スキルを無視して、黒い煙を撒きながら、空高く飛び上がって行く。
後衛三人の攻撃がその後を追うけど、ジェード様の葉が掠めて、羽根が数枚抜け落ちただけだった。
「おい、どうすんだよ。スカイアルブの方へ飛んで行きやがったぞ」
ヴェールの森の遥か上空には、ピクシー族が住む天空樹の国、セレスト王国がある。
鵺がそこに向かったんだとしたら、彼らも危ない。
「パステルで後を追いますか? でも六人全員は乗れないですよね⋯⋯」
「それに、恐らくパステルやバーミリオンでは、セレスト王国の高度には到達できない。地上からセレスト王国に行くには、正規の方法がある。太陽が真上に昇る時、スカイアルブの真下にいると、地上に光が差し込んで、その光に触れれば、浮かび上がれる」
ブラン様は説明してくれた。
「そんなの待ってられる? あと半日近くあるよ? んーどうしたら⋯⋯」
ボルド様は焦ったように頭を抱えた。
「成功するかは分からないが、方法はある。僕の精霊たちと、アッシュ、ジェード、幻獣カーバンクルの力が必要だ」
セルリアン様の精霊たちは、グランアルブの頂上に、水で満たされた花瓶のようなものを創った。
「水耕栽培可能な植物をこちらに。この方法ならグランアルブは傷つかない」
「そりゃそうだけど、んなもんどうすんだよ。そこまで頑丈なもんでもないぞ」
ジェード様は池に木を生やした。
濃い緑の葉っぱが、花びらのように放射状に付いていて、緑の花がたくさん咲いているように見える可愛らしい木だ。
「アッシュは、僕とジェードに魔力上昇のバフを。皆は、葉に乗って待機だ。僕は水を吹き上げ、ジェードは葉を強化しながら茎を伸ばす。スカイアルブが見えたら幻獣カーバンクルに乗り、滑空する。始めよう」
テキパキと指示するセルリアン様に言われるがまま、葉に乗る。
葉は破れはしないものの、しがみついていないと傾いてくる。
果たして上手く行くのか。
「よし。準備は整った」
アッシュ様が魔法を使うと、ジェード様とセルリアン様の身体が黄色く光り出す。
「始めよう」
「んじゃいくぞ! せーの!」
かけ声とともに、すごい勢いで、花瓶から水が噴き出して来た。
「あわわわ! 落ちる! 落ちる!」
葉がふにゃりとヘタレて、バランスを崩しそうになる。
けれども、すぐに根が水を吸い始めたのか、葉が鉄板のように硬くなって、茎が伸びて、天に向かってニョキニョキと成長し始める。
あっという間にグランアルブが遠ざかった。
「もうこんなにも高いところに来れました! すごいですね! ジェード様! セルリアン様!」
さすが伝説級のお二人だ。
セルリアン様の精霊たちが、私たちの周りに結界を張ってくれている。
ヴェールの森の黒い霧を突き抜けると、上空の空気は澄んでいた。
月明かりに照らされて、水しぶきがキラキラと輝く。
成長する木は、時々蕾を花開かせながら、ぐんぐんと伸びていく。
小さくて可愛らしい白い花だ。
雲を突き破ると星が近くに見えた。
視線を横に向けると、空に浮かぶ巨大な大地に、背の高い木が生えているのが見える。
グランアルブは縦にも横にも大きいけど、スカイアルブは、メタセコイヤの木みたいに、縦に大きいみたい。
「ピクシーたちは、スカイアルブの樹液やどんぐりを摂取するらしいな。だから空の上っていう特殊な環境でも、生きていけるんだとよ。同じ妖精でも、俺たちエルフとは全然違うよな」
ジェード様の話によると、ピクシーたちは身長は20〜30センチくらいの大きさで、エルフのように耳が尖り、蝶やトンボのような羽根が生えているそう。
「ピクシーたちも無事だといいが⋯⋯あと、少し言い辛いんだが、ゼニス国王陛下というのが、かなりの曲者なんだ。好色家で、正妻以外にも愛人がいて、その数は把握しきれないと聞く。その⋯⋯セイラも気をつけてくれ」
ブラン様は困ったように笑った。
「おぅ。気をつけとけ。まぁ、さすがに他国の王太子妃かつ、自分より五倍も大きい女に手を出すとは思えないけどな。ピクシー族はいたずらが好きで、旅人を迷わせて疲れさせたり、赤ん坊を取り替えたりするらしいぞ。セイラの場合は、何が起きるかわかったもんじゃないから、気をつけるに越したことはないからな」
ジェード様は真剣な表情で言った。
アッシュ様、ボルド様、セルリアン様も頷いている。
「はい。気をつけます⋯⋯」
何をどう気をつけたらいいのかまでは、想像がつかないけど。
「ここからは、滑空してスカイアルブに近づくとしよう」
セルリアン様の声かけで、パステルに出て来てもらい、六人で背中に乗った。
「ごめんパステル! あそこまで頑張って飛んで!」
パステルは、アッシュ様にバフをかけてもらっているけど、肩で息をしながら耳を羽ばたかせている。
「キューーン!」
「本当にごめん! 怒ってるよね?」
「『貴女のためなら、たとえ火の中、水の中、どんな困難でも乗り越えて見せる』って言ってるね。ふふっ」
突然聞こえた通訳の声。
後ろを振り返ると、人の姿のペトロールがいた。
「こら! ペトロール! 勝手に出てきたら駄目だろう? ただでさえ重量オーバーなんだ!」
ブラン様は急いでペトロールをバングルにしまう。
「なんだそいつ!? バングルに出たり入ったりしてんのか?」
驚くジェード様に、ペトロールの正体を一から説明したけど、この不可解な生物に対し、ジェード様の怪訝そうな表情が、和らぐことはなかった。