7.勇者なのに魔物を狩れないわけがない
あれから二週間、毎日座学と訓練に励んだ。
訓練の方は打ち込み台を使っての斬りつけ練習が様になってきたとのことで、急遽、アッシュ様が対人戦の稽古をつけてくれることになった。
「どんな手を使っても構わない。俺を殺す気でかかってこい。ぬるい攻撃にはこちらからも打ち返すぞ」
アッシュ様は真剣な表情で木刀を構えながら言う。
その姿を観察しながら作戦を立てる。
ここは屋外訓練場だ。
身を隠せるような遮蔽物はない。
今日は風が強いから、こうやって目を開けているのも本当は辛い。
私の武器は両手に持っている短剣のみ。
聖騎士のアッシュ様は、片手剣の達人であるのはもちろんのこと、自身の防御力や攻撃力を高める魔法や体力・状態異常を回復する魔法も使える。
あとは、幻惑系のスキルも無効らしいから、隠密も効かない。
つまり、狙うのは急所。深い攻撃は一発勝負。
私から仕掛けられるというアドバンテージを活かすんだ。
持久戦になればこちらが不利だし、リーチの長い剣で打ち返されたらひとたまりもない。
私がアッシュ様に勝てるのは移動速度と攻撃速度と回避能力⋯⋯
「お願いします!」
まずは移動速度を活かして近づく。
けど、完全に見切られている。
次は攻撃速度を活かし、手数で勝負する。
全て見切られて剣で流される上に、反撃も来る。
私はすでに息が上がってるけど、アッシュ様は顔色一つ変わってない。
その余裕を崩さないと、絶対に勝てない⋯⋯
さっきアッシュ様はどんな手を使っても構わないって言ったよね?
じゃあちょっとズルさせてもらうしかない。
息が続く程度の攻撃速度に落として、隙を伺う。
一撃一撃が丁寧に押し返される。
そのまま打ち合いを続けていると、一際強い風が吹いた。
今だ!
足を使って地面の土を巻き上げる。
アッシュ様が片手で目を庇った隙に、死角に回り込んで首を狙う。
しかし、行動が読まれたのか短剣を弾かれてしまった。
土埃がおさまり、動きが止まったアッシュ様と見つめ合う。
⋯⋯⋯⋯なんと、アッシュ様の美しいお顔には、切り傷がついていた。
「ギャー! ごめんなさーい! 本当に切っちゃった! すみませんすみません!」
「いや、殺す気でかかってこいと言ったのは俺だ。よく頑張ったな」
アッシュ様は優しい目をしながら、大きな手で頭を撫でてくれた。
そうこうしているうちに、アッシュ様のお顔の傷はあっという間に消えてしまった。
翌日。
アッシュ様との打ち合いに合格したので、今日からは王都の外の草原で魔物狩りをすることになった。
そしてなんと、今日からの魔物狩りにはブラン様も参加するとのことだ。
先日の寝室でのドキドキの事件以来、久しぶりにブラン様にお目にかかることになる。
少しだけ緊張してきたかもしれない。
アッシュ様と共に馬車の前に立ち、ブラン様を待つ。
今日の馬車は内装がロイヤルブルーのキラキラのものではなく、商人が使うような旅人仕様のものだ。
「アッシュ様は日常的に魔物狩りをされてるんですよね?」
「そうだ。それが騎士団の重要な任務の一つだからな」
「それは心強いです!」
アッシュ様たち騎士団は王都に限らず、全ての都市や集落などに支部を構えて、民の安全を守っている。
北の最果ての魔王の巣窟に近づくほど、強力な瘴気を纏っている強い魔物が出るらしいけど、秘境リヴィエーラに暮らす精霊術師たちが対応しているから今は持ちこたえられている。
騎士に限らず魔物と戦える役職の人たちが、それぞれ使命感を持って対応に当たっているそうだ。
今から行く草原の魔物は、基本的には危険レベル低のものばかりだと座学で習った。
私のような初級の者でも適性のある役職ならば、まず負けることはないらしい。
しかし囲まれると厄介なので、こちら側も集団行動が基本とのことだ。
ちなみにキリリとキララは私のバングルの宝石の中に身を隠し、ついて来てくれている。
どうやらこの宝石が精霊の住処らしい。
「すまない。待たせたな」
ブラン様の声だ。
振り返ると、ブラン様は片手を上げてこちらに歩いて来ていた。
動きやすさを重視したからなのか、いつもの王子様の服じゃない。
黒いブーツと黒いズボンを履いていて、アイボリーのチュニックの長袖を腕まくりしている。
街の人とほぼ変わらない格好なのに、気品があふれ出ている。
ちらりと見える腕は意外と筋肉質だ。
腰には片手剣を挿していて、背中には盾を背負っている。
この姿がこれからの旅の基本スタイルらしい。
「では参りましょう」
私たちは狩場の草原に向かう馬車に乗った。
馬車の中、ブラン様と向かい合って座る。
座席は頑丈そうな木材で出来ていているものの、王室のゴージャスな馬車に比べると揺れるし硬いし乗り心地が良いとは言えない。
これから冒険に出るにあたって、王室の馬車では目立ちすぎるので、ブラン様も私もこういった馬車に慣れていかなくてはいけないとのことだ。
今日の馬車の運転はアッシュ様がしてくれている。
けどこれからは私も運転できるようにならないと困るよね。
後でやり方を教えて欲しいとお願いしてみよう。
「そう言えばその格好⋯⋯ブラン様の役職は剣士なのでしょうか? それとも勇者でしょうか?」
「そうだな。表向きは勇者で通すことになるだろうが、私の役職は⋯⋯いや、せっかくだからここで一度、手帳を見せ合わないか?」
ブラン様の提案でお互いの等級やスキルを確認し合う事にした。
えーなになに。
まず、ブラン様の属性は無属性。これは聞いていた通り。
等級は中級。さすがだ。
気になる役職は⋯⋯王。
そっか、剣士とか勇者とかじゃなくて、王族だから王なんだ。
そしてスキルは⋯⋯縦斬り・横斬り・突き・回転斬り・連続斬りなどなど剣術は豊富みたい。
それに、盾での受け流しと反攻。
あと王族っぽいのは、絶対服従⋯⋯何やら物騒な名前だ。
「あの⋯⋯絶対服従ってどんな感じなんでしょうか?」
「あぁ。これはもうその名の通りだ。効果があるのはこの国の人間だけで、君にも一度使ったことがあっただろう?」
ん? そんなことあったっけ?
頭を回転させて思い出す。
ブラン様の寝室でこっちに来なさいって言われたやつ?
でもそれは絶対に服従させられたかと言えばそうではない。
逃げようと思えば逃げられた。
そう言えば、逃げようと思っても逃げられなかったことが一度だけあった。
「あぁ! 門の前でブラン様に捕まった時の!」
「そうだ。あの時は強引なことをして悪かったな」
ブラン様は申し訳なさそうに眉を動かした。
スキル談義に花を咲かせていると、アッシュ様がこちらを振り返った。
「見えて参りました。一週間前に我々が狩り尽くしたにも関わらず、またどこからか湧いているようです」
程なくして馬車が止まる。
馬車を降りた私たちの目の前に現れた魔物はというと⋯⋯ウサギだ。
ウサギと言ってもカピバラくらいの大きさかな?
そこそこ大きい。
モフモフの薄ピンクの毛並みに、黒くてつぶらな瞳。
しかし、可愛い見た目に騙されてはいけない。
サギウサギと言って、特に子どもなんかに上手く取り入ってから大きな前歯で襲おうとする恐ろしい生き物だ。
「では早速狩りを始めましょうか」
そう言うとアッシュ様は剣を抜いた。
「セイヤ! ソイヤ!」
大量に湧いているサギウサギを、両手に持った短剣を使って一匹ずつ狩っていく。
ちなみに魔物を討伐すると、報酬が国から支払われる上に、ドロップアイテムを自分のものにできる。
ドロップアイテムは欲しがっている人に売ることもできるし、物によっては食料にしたり、武器や装備を作る材料にしたりと活用方法は様々なんだとか。
サギウサギのドロップアイテムは毛皮とお肉だ。
「セイヤ! ソイヤ!」
「そのかけ声はなんとかならないのか。打ち込み台での訓練では静かにしていただろう」
私の狩りを見守ってくれていたアッシュ様は、呆れたような表情をしている。
「いや〜あまりにもサギウサギが可愛すぎて、勢いをつけないとやってられなくって⋯⋯」
ついついこの潤んだ瞳に騙されそうになるんだよね。
そういえば、ぬいぐるみ好きのブラン様はどうなんだろう。
様子が気になり振り返ると、ブラン様は拳を握りしめ立ち尽くしていた。
「どうしてこんな事に⋯⋯」
悔しそうに声を絞り出している。
「あの⋯⋯ブラン様?」
「可愛いすぎるのがいけないんだ」
え?
「もしかしてブラン様、まだ一匹も狩ってらっしゃらないので?」
「セイラ、君はもうそんなにも狩ったと言うのか。私がもっとしっかりしなくてはならないと言うのに⋯⋯」
ブラン様は私が手に入れたドロップアイテムの山を見ながらつぶやく。
どうしたらいいのか。
思わずアッシュ様に目で助けを求めてしまう。
「ブラン様⋯⋯そろそろ覚悟をお決めください」
アッシュ様はブラン様に近づいていく。
「サギウサギ、可愛いですよね! でも子どもたちが襲われてますからね? ブラン様の大切な国民ですよ? 可愛いのは罠ですからね?」
アッシュ様の後ろから声をかけ加勢する。
「くっ⋯⋯」
ブラン様は覚悟を決めたのか、剣を抜いてサギウサギ討伐を開始した。
可愛いもの好きのこの王子様にとっては、魔王討伐よりも魔物狩りの方が難易度が高いのかもしれなかった。