68.愛さえあれば限界突破できないわけがない
ガランスの鍛冶職人たちが正気を取り戻したので、いよいよ私たちは地底の国、トープ王国へ向かうことになった。
「この山にトープ王国に繋がる入り口があると聞きましたが、どうやって行くんですか?」
「ガランスとトープ王国はお付き合いが濃くてね〜ほら、武器や防具の原料になる鉱石とか、装飾に使う宝石とかって、トープ王国と取引してるから。そんな時の移動手段は〜こいつだよ!」
ボルド様は両手をキラキラさせながら、隣にいるドラゴンを紹介してくれた。
「こちら、ドラゴンのブリック〜! 元気な男の子で〜す!」
ブリックはレンガ色の体をしていて、バーミリオンより小型で羽根がなく、四足歩行なのが特徴的だ。
ちょっぴり眠たそうに、まぶたが垂れている。
「そうなんですね! ブリック! よろしくね!」
「グッフ、グッフ」
ブリックは低い声で返事をしてくれた。
ブリックの背中に、食糧など必要なものを括り付け、五人で背中に乗る。
「いざ! 出発!」
ボルド様のかけ声でブリックは移動を開始した。
ブリックは狭い洞窟の壁にはりついて、ぬるぬると下って行く。
トカゲみたいに背骨を左右にくねらせながら歩くから、同じ四足歩行でも、パステルとは乗り心地が全然違う。
ブリックは洞窟内を迷いなくどんどん下って行く。
時には垂直な壁を降りていくから、必死にしがみつく。
洞窟内は本来なら真っ暗だけど、ブリックの首輪にぶら下がったランタンで照らされている。
暗視を使っても特に面白いものは見えずに、暗赤色の壁が続いているだけだ。
「地底への道のりは、こんなにも険しいものなんだな」
「あぁ、驚いた。実は私も地底に行くのは初めてなんだ。一度オーカー王と会ったのも、地上だったから」
「帰りもきちんと地上まで送り届けてもらえないと困る」
「無事に帰れることを祈ろうね〜」
ワイワイと話していると、大きな空間に出た。
急に視界が明るくなる。
とは言え、太陽の眩しい光とは違う。
色とりどりの鉱石や原石が放つ光だ。
洞窟内がプリズムのように七色に光っている。
ここが地底の国、トープ王国⋯⋯
「ここが彼らの仕事場だね。いつもはここでたくさんのドワーフたちが、採掘作業をしているんだけど⋯⋯見当たらないね。みんなどこに行ったんだろ?」
ボルド様はブリックの手綱を握って、あちこちを歩いて回る。
私は熱源感知と透視を使い、人の気配を探る。
「いました。右の方にたくさんの人がいます。それと、左の奥には巨大な魔物の気配があります」
魔物に聞こえないように、ヒソヒソ声で伝える。
「わかった。じゃあ、まずはドワーフたちのところに行こっか」
私たちは右の道に進んだ。
入り組んだ洞窟の奥は、さらにいくつもの部屋に分かれていた。
それぞれの部屋にはドワーフたちが隠れている様子。
「ブラン王子、お待ちしておりました」
ピッケルを背負った一人のドワーフの男性が、奥から出てきて挨拶をした。
「何かの助けになればと思い、参りました。オーカー王に謁見することは可能でしょうか?」
「ありがとうございます。どうぞ、こちらです」
ドワーフの男性は、オーカー王の元まで案内してくれた。
「ブラン王子! よく来てくれた!」
玉座に腰かけていたその人は、ブラン様を見るなり立ち上がって駆け寄って来た。
身長約1メートルの、筋肉質な五十代ぐらいの男性だ。
黄土色の前髪を後ろに流し、ひげをたくわえている。
ブラン様にならい、私たちもひざまずく。
「オーカー王、ご無沙汰しております」
「おぉ。しかし、あの調子だと、君らのところも大変だったじゃろう? わしらのところも大変じゃ。あぁ、何から話せば良いか⋯⋯ひとまず怪我人を見ては貰えんかのぉ」
オーカー王の案内で、怪我人が集められた部屋に移動した。
すぐにアッシュ様が回復魔法を使い、セルリアン様が傷口を清めるのに協力する。
被害を受けた人たちは、顔や腕を深く切り裂かれている。
「イタチでもモグラでもない、見なれない生き物が突然入って来たんじゃ。その生き物は光のような速さで移動し、次々に民を切り裂いて行きよった。そして最悪なのが、能力上昇効果のある宝石を飲み込み巨大化しておること。それでもなお、とんでもない速度で移動するのがタチが悪い。ヤツは、今は水晶の洞窟で眠っておるからこんな風に話も出来るが、目を覚ませば、今度こそ全滅させられるやもしれん。頼む! ヤツをなんとかしてくれ!」
オーカー王は地面に座り込み、頭を下げた。
「オーカー王、協力しますから、どうか頭をお上げください!」
ブラン様はオーカー王の前に膝をつき、震えている手を握った。
「かたじけない。かたじけない」
オーカー王は何度もお礼を言っていた。
そこからは作戦会議に移った。
ここにいる鉱夫たちは全員が火属性で、ピッケルを武器にして戦う。
リーチも短く、盾も装備していないので、戦闘への参加は難しい。
「その代わりと言ってはなんですが、我々が掘った宝石がここにあります。この宝石たちは身につけることにより、様々な能力上昇の効果が得られます。複数の重ねがけは出来ませんので、どれか一つをお選びください」
鉱夫たちが持ってきてくれたケースの中には、たくさんの宝石が詰まっていた。
どれどれ⋯⋯攻撃力上昇、防御力上昇、体力増加に、移動速度上昇か⋯⋯
ブラン様、アッシュ様、ボルド様、セルリアン様は防御力上昇を、私は移動速度上昇を選んで宝石に紐を通し、首にかけた。
「この宝石は、装備した者の魔力を源に効果を発揮しますから、盗賊のお嬢さんは、あまり効果を実感できないかもしれません」
「けど、ヤツの動きについていけるとしたら、お嬢さんだけなんだよなぁ」
鉱夫たちは深刻そうに言った。
ぽっかり空いた薄暗い巨大な空間で、雷獣は眠っていた。
伝承では60センチメートルくらいとされていたけど、この雷獣は十倍近くはある。
「眠ってる隙に仕留めたいところだ。セイラ、できそうか?」
ブラン様は不安そうな目でこちらを見た。
今まで何度も魔物や妖怪と戦って来たけど、ブラン様がこんな表情をしたのは、初めてかもしれない。
それだけこの雷獣が凶暴だからだよね。
「はい。一撃必殺を試みます。ボルド様、フォローをお願いしてもいいでしょうか?」
「うん。もちろん。万が一の時のために、俺も近くにいるからね」
作戦としては、雷獣が眠っている内に、私が隠密を起動しながら寝首をかく。
万が一失敗した時は、すぐにボルド様の盾の後ろに退避することになる。
アッシュ様はバフと回復役に徹し、ブラン様とセルリアン様は、隙を見て攻撃を入れる。
「ふぅー。行きます」
緊迫感が漂う中、雷獣と距離を縮める。
雷獣の見た目は本に書いてあった通りだ。
鋭い爪がある前脚が二本に後ろ脚が四本、しっぽは二股に分かれている。
体を丸め、しっぽを枕にして眠っており、呼吸する度に胸が上下に動いている。
気持ちよさそうに眠る、この穏やかな寝顔からは、何人もの人を襲った凶暴な妖怪だとは、想像がつかない。
短剣を逆手に構えて、ゆっくりと距離を縮める。
ボルド様の位置は確認した。
表情や呼吸のリズムに変化はなく、特に警戒されている様子もない。
そのまま忍び足で近づき、首に向かって短剣を突き刺す。
「ガーーゴーー!」
雷獣は目を覚まし、空間を引き裂く雷鳴のような鳴き声を上げたあと、一瞬で姿を消した。
短剣は洞窟の地面に刺さった。
急いで引き抜き、ボルド様の元へと走る。
失敗してしまった。
雷獣の動きは、まさしく光の速さだ。
あの巨体でこの動き。
地面だけでなく、空中を駆け回る事もできる。
太刀打ちできる気がしない。
ブラン様、アッシュ様、ボルド様の三人も、盾を構えて攻撃を流すのが精一杯。
セルリアン様は、ボルド様の盾に隠れて隙を伺っている。
ここで次の作戦だ。
パステルに出て来てもらい、セルリアン様の精霊たちが放った水を凍らせてもらう。
氷の足枷で本体を捉えようとしても無理だった。
そこからは少しずつ雷獣の行動範囲を狭めるために、空間内を氷で埋めていく。
次の作戦は私が再度接近して、巨大化の効果がある宝石を略奪すること。
そうすれば元の大きさに戻り、弱体化も期待できる。
私は全速力で雷獣に近づいた。
駄目だ。文字通り光の速さで次の地点に移動してしまう。
徐々に洞窟内は氷で満たされていく。
けど⋯⋯
――パリン
とうとう雷獣は鋭い爪で氷を攻撃し始めた。
まずい。このままじゃ行動範囲を再び広げられてしまう。
私にもっと魔力があれば、この宝石の力を活かせたのに。
⋯⋯待てよ。
魔力を底上げする方法が一つだけあるじゃない。
ノワール様に教えてもらった方法が。
恥ずかしいけど、あれを試すしかない。
そっとブラン様に近づく。
「ブラン様!」
自分から抱きついて、首の後ろに腕を回し、背伸びをしてキスする。
「セ、セイラ? 何をしているんだ?」
「とうとう君も気が触れてしまったと言うのか」
戸惑うブラン様とセルリアン様。
「え? 後ろで何が起こってるの?」
「異常事態か?」
雷獣の攻撃を盾で防いでいるボルド様とアッシュ様は、こちらを振り返る余裕もない。
そんなみなさんの反応を無視して、もう一度ブラン様の唇を奪う。
今度は情熱的に。
胸がときめいてドキドキして来た。
「ブラン様⋯⋯愛しています」
瞳を見つめながら甘えた声で言う。
「セイラ、私も君を愛している⋯⋯けど、どうかこれが最後だなんて言わないでくれ」
ブラン様は私が死期を悟って、こんなことをし始めたと思っているのかな。
後でちゃんとネタばらししないと。
そして読み通り、魔力がみなぎって来た。
「行きます! うわぁ〜!」
――パン
だまし討ちを使ってヘイトを引き受ける。
雷獣は目を吊り上がらせて、こちらに飛びかかろうとしてくる。
すごい。動きも追えるし、表情まで見えるようになった。
ボルド様の盾の後ろに素早く隠れて、攻撃をやり過ごす。
お腹の下に素早く潜り込んで、略奪を使う。
手に触れた硬いものを引っ張り出すと、金色の宝石が出て来た。
宝石を奪われた雷獣は、うめき声を上げながら元の大きさに戻っていく。
その隙に短剣で急所を狙い、仕留めることができた。
「はぁ〜やりましたよ〜!」
そのまま地面に転がり大の字になる。
筋力、体力、集中力を使い果たし、息も上がってヘロヘロだ。
「セイラ、よくやったな」
すぐにアッシュ様が回復魔法をかけてくれた。
「そうか。セイラ君はブランに対して発情することによって、一時的に魔力を高めて移動速度を上げた⋯⋯邪な感情も使い方次第ということのようだ」
セルリアン様は冷静に分析する。
「セルリアン様、ちょっとそういうのは恥ずかしいので、止めてもらえると助かります⋯⋯」
「え〜! さっきの騒動ってそういう系〜? 詳しく詳しく!」
「俺には聞かせてくれるな」
ボルド様はセルリアン様に絡みつき、アッシュ様は耳を塞いだ。
ブラン様をちらりと見ると、愛おしそうな目で見つめられていた。
自分から仕掛けたとは言え、なんともいたたまれない。
「お嬢さんがやってくれたぞ!」
「仇をとってくれてありがとうなぁ!」
「ワシらは救われたんじゃ!」
ぞろぞろとドワーフたちが集まって来て、地面に転がる私の身体を持ち上げる。
「この者たちに感謝を! さぁすぐに宴の準備に取り掛かるんじゃ! 今夜はゆっくり休んで行っておくれ!」
オーカー王のかけ声で、私たちは強引に宴会会場に連れて行かれたのだった。