67.恋したい男たちが大人しくしていられるわけがない
衣蛸に捕らわれていたシアン女王を救助したブラン様は、シアン女王から求婚を受けた。
側室になりたいとごねて、聞く耳を持たないシアン女王は、ブラン様を引き止めようとしたけど、先を急ぐので、半ば強引にアズール王国を後にした。
「もう! ブラン様はただでさえ、見た目がキラッキラで格好良くて、それに加えて、勇敢で紳士的で優しくて⋯⋯とにかく! とっても魅力的なんですから! 他の女性に好かれないように、気をつけてください! 私がいつかの時に忠告したみたいに、やっぱり胸に手を⋯⋯うぅ⋯⋯」
「セイラ、君を不安にさせてすまなかった。だが、君だって誰よりも美しく愛らしい見た目をしながら、優しく親しみやすく、それに強さと優秀さまで兼ね備えている⋯⋯そんな君に夢中にならない男なんて存在しないんだ。君だってハプニングを起こしがちなんだから、気をつけないといけないんだぞ? 私がいつも、どんなに気を揉んでいることか⋯⋯」
私たちはペトロールの背中の上で、痴話喧嘩をしていた。
「よく分からない。互いを褒め合っているようにも見えるが、これも喧嘩の一種ということのようだ。アッシュ、君はどう見る?」
「俺はもう腹も胸もいっぱいだ」
セルリアン様とアッシュ様は、静かに私たちを見守ってくれていた。
こんな私たちが次に向かうのはガランスだ。
「住民が避難しなければならない程の激しい雷雨⋯⋯ボルドが皆を洞窟へ逃がしたと聞いたが、気が触れたような者が、どのくらいの人数なのかと、どれくらいの重症度なのかが、わからないな。異常の原因となる妖怪は、地底に潜って行ったという、イタチのようなタヌキのような生き物なのだろうか」
ブラン様は真剣な表情に戻った。
「今出て来たキーワードから察するに、犯人は雷獣かもしれません。雷と共に地上に降り立ち、人に害をなすと聞きます。見た目は仔犬やタヌキ、イタチに似ているらしいのですが、鋭い爪がある前脚が二本に後ろ脚が四本、しっぽは二股に分かれているとか。そして、その雷に撃たれた者は、気が触れるそうです⋯⋯」
「その雷獣が地底に潜ったとなると、トープ王国も危険にさらされているだろう」
アッシュ様は表情を強張らせた。
「トープ王国の入り口って、ガランスの山の麓にあるんでしたよね。それが地の災い⋯⋯」
ペトロールに海を泳いでもらい、ガランスに一気に近づく。
一番近くの浜からは、パステルで飛んで近づく事にした。
ガランスのある山が見えて来ると、その上空を上下に発達した雷雲が覆っていた。
アッシュ様に雷耐性がつく魔法をかけてもらい、雷雲の下を潜り抜ける。
――ゴロゴロゴロ
「ギャー! 怖い!」
激しい音を立てながら雷が降り注ぐ中を、パステルは羽ばたいてくれる。
雨も降っているから、パステルの毛もぐっしょり濡れている。
夜みたいに真っ暗な空に、稲光が走ると同時に雷が落ちてくる。
近い。いつ直撃してもおかしくない。
恐怖に震えながらパステルにしがみついた。
ガランスのゴツゴツした山に降り立ち、洞窟へ入る。
前に来た時に攻略した、水没した神殿があった洞窟だ。
外は激しい雷鳴と雨音でうるさいというのに、洞窟内からも、男たちの騒がしい叫び声が響いてくる。
洞窟の入り口付近の地面には、火を囲むように鍛冶職人たちが座り込んでいて、騎士たちが水や食糧を配っていた。
火属性の鍛冶職人たちは自力で火を起こせるから、それは困らないみたい。
火の周りにいる男性たちは静かに座っている。
ということは騒がしいのは奥か。
「も〜! 落ち着いて〜!」
洞窟の奥から一際大きな声が聞こえてきた。
「ボルドの声だ。行こう!」
ブラン様の後ろについて、奥へと進む。
洞窟内は複雑に枝分かれしていて、一部の入り口は岩で塞がれている。
「ここから出してくれ〜! 妻に会わせてくれ!」
「お前に妻なんかいないだろ!」
「なんだと!? じゃあ、俺の記憶にある彼女はいったい誰なんだ⋯⋯いや、俺は間違ってない! お前はウソをついている!」
「俺は正常なんだ! 助けてくれ〜!」
なるほど。気が触れたという人たちを、安全のためにここで隔離しているんだ。
おぞましい状況だ。
気の毒に思いながらも、今は何もしてあげられないので、申し訳ない気持ちで横を通り過ぎる。
しばらく進むと、とある空間にボルド様はいた。
「ほら、ご飯を持って来てあげたんだから!」
「嫌だ! 可愛い子の手料理しか食べたくない!」
「今は非常事態だから! 贅沢言わないの!」
ボルド様は非常食のビスケットを男性に差し出しているけど、男性は頑なに受け取らない。
「ボルド様、お疲れ様です。大変ですね⋯⋯」
歩いて近寄り挨拶する。
「あぁ! セイラちゃん! ブランとセルリアンとアッシュも! もう、こいつら好き勝手言うんだよ〜! 助けて〜!」
ボルド様は腕で目を覆い、泣き真似をした。
「⋯⋯セイラちゃん? おい、ボルド。今、セイラちゃんって言ったのか? そこにセイラちゃんがいるのか!? 会わせてくれ〜!」
「おい、お前ら! セイラちゃんが来たぞ!」
「頼む! 俺の手を握ってくれ! 死ぬ前に一度だけ⋯⋯!」
「死ぬ時はセイラちゃんの胸に抱かれたい⋯⋯」
「それは高望みだ! 俺は頭をナデナデして欲しい!」
ボルド様の声に反応して、男性たちが騒ぎ出す。
「えーっと、まずはみなさん、大変な目に遭われましたね。けど⋯⋯本当に雷にやられたんでしょうか? もしかして、通常運転⋯⋯?」
「はは! セイラちゃんもそう思う? けど、俺と二人きりの時もこんなテンションだから、やっぱりおかしいんだよね〜」
ボルド様はそう言って笑ったけど、すぐに表情を曇らせた。
「地面に潜って行った魔物⋯⋯すばしっこくて、俺では太刀打ち出来なかった。街のみんなを守れなかった。あれをなんとかしないと、トープ王国も無事では済まないと思う。けど、こいつらはこの調子で、お世話するにも大暴れだから、力づくで押さえ込まないといけなくって⋯⋯」
ボルド様は、怪我をしたという鍛冶職人の元へ案内してくれた。
その男性は、妖怪に引っかかれ、深い傷を負ったそうだ。
地面に敷いた毛布の上に寝かされていて、顔と胸に包帯を巻いている。
「よく耐えたな。もう大丈夫だ」
アッシュ様は男性の側にひざまずき、回復魔法を使った。
「聖騎士様、ありがとうございます」
男性は丁寧に頭を下げた。
「トープ王国に住むドワーフたちは、普段は鉱石や宝石を掘る仕事をしている者が多いが、戦士としての実力もある。ただ、魔法を使える者は多くないから、怪我を負った場合には、回復が追いつくかどうか⋯⋯」
ブラン様は深刻な表情で言った。
「つまり、正気を失った者たちを一刻も早く黙らせ、地底に向かうべきだとブランは言いたい。そうすると僕の精霊たちの出番ということになる。彼らを水で濡らして弱らせれば、数日は黙らせらせておけるというわけだ」
「そこまでリスクを負わずとも、俺が絞め落とす」
「ちょっと待って〜! 二人とも怖いって!」
セルリアン様とアッシュ様は、力ずくで彼らを黙らせようとしているらしい。
「おい! 物騒な会話が聞こえてきたぞ!」
「わがまま言わずに、ちゃんとご飯も食べるから!」
「勘弁してくれ!」
正気を失った男たちが、次々と従順な姿勢を見せはじめる。
しかし、それは長くは続かず⋯⋯
「いやだ! 離してくれ! 男の温もりはいらない! 可愛い女の子に抱きしめて欲しい!」
暴れる男性をアッシュ様が羽交い締めにすると、男性は激しく抵抗した。
アッシュ様も呆れ顔だ。
何か彼らを鎮める良い方法は⋯⋯
「あ! 思い出しました! トウモロコシですよ! 試す価値があるかと!」
私はボルド様に頼んで、食糧庫からトウモロコシを借りた。
確か、妖怪の本には、雷獣はトウモロコシが好きで、気が触れた人の治療にも効くと書いてあった気がする。
セルリアン様に手伝ってもらい、コーンスープを作る。
「はい! あーんしてください!」
正気を失った男性たち一人一人に食べさせる。
「え⋯⋯これは夢? あーん」
「セイラちゃんの手料理だと?」
「今、確かに目が合ったぞ!」
味付けも火加減もセルリアン様がやってくれたから、私の手料理とは言えないけど⋯⋯
男性たちはそれぞれの反応を示しながらも、大人しくスープを食べてくれた。
「うん、美味しい!」
「セイラちゃん、ありがとう!」
「ボルドにも、聖騎士様にも、ご迷惑をおかけ致しました!」
次々とみなさんは、普段の姿を取り戻していった。
「ありがとう! セイラちゃん! これでみんな元に戻ったよ〜! あはは〜」
ボルド様はいつかの時のように私の両手を握り、その場でぐるぐると回転した。
「こら、ボルド! 離さないか!」
「セイラに、もしものことがあったら、どうするんだ」
ブラン様とアッシュ様が、ボルド様を制止してくれた。
みんなの回復をワイワイと喜んでいると、ある人物と目が合った。
ガランスのちょんまげ男、ゴブランさんだ。
「もしあの時、セイラちゃんのスリーサイズを聞かずにいられたなら、君の隣にいたのは、僕だったはずなのにね」
ゴブランさんは、そこらにあった岩の上に片足を乗せ、たそがれたように遠くを見つめる。
「これは正気ですか? 雷に撃たれたんですか?」
「ゴブランは撃たれてないはずだよ〜」
「あはは。やっぱり平和が一番ですね!」
こうしてガランスの鍛冶職人たちは、正気を取り戻し、私たちは地底に旅立つことになった。