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66.愛する婚約者を他人に譲れるわけがない


 事態は急展開を迎え、私は今、上半身裸で海藻を腰に巻いた状態のイケメンに迫られている。


 青緑色に輝く長髪は、ウェーブがかかっていて、肌は透き通るように白く、瞳の色は海の底のように深い青色だ。

 このお方もまた、神秘的なイケメン。


「ふふっ、セイラちゃん⋯⋯僕にまたがって良いのは、君だけだよ⋯⋯」


 イケメンは右手で私のあごを持ち上げ、左手で腰を抱き寄せる。

 

「あの⋯⋯止めてもらえませんかね?」


 きっぱりと断るも、目の前の彼は微笑んだままだ。

 駄目だ。話が通じてない。


「こら! ペトロール! セイラから離れるんだ!」

 

 ブラン様は彼をバングルにしまった。

 そう。このイケメンの正体は、幻獣ケルピーである。


 

 時は遡り、神殿の攻略を終えた私たちは、再び凍った海面に立っていた。


「この後はどうしましょうか?」


「そうだな⋯⋯水中での呼吸方法を獲得出来たのは大きいが、この氷をなんとかしないといけないのと、水中での移動手段の確保だな。それらをこの卵が解決してくれると信じたいが⋯⋯」


 ブラン様は大事そうに卵を撫でながら言った。


「そうなると、そのケルピーの卵が(かえ)るまで、僕たちはここで立ち往生ということになる」 

「卵を孵すには、ブランが母鳥のように、腹の下で温めればいいのか?」

「水生生物なんですよね? だったら水にも浸けないといけないんじゃ⋯⋯?」


 セルリアン様、アッシュ様、私は首をひねった。


 

 そんなやり取りのあと、試しにセルリアン様の精霊たちに、卵に水をかけてもらうことになった。


 岩場のくぼみに卵をセットして、しっかり全体が浸かるように水を溜める。

 すると卵が淡く光り出した。

 光は鼓動のリズムを刻むかのように、強くなったり弱くなったりを繰り返す。

 

「このまま様子を見よう」


 ブラン様は卵の側に座る。

 今日はこの岩場で野営することになった。


 そして翌日の早朝。

 まだみなさんが寝静まる中。 


――パリン


 薄いガラスが割れるような音がした。

 

「ブラン様! ブラン様! 卵が割れたみたいですよ!」


 ブラン様を起こして、急いで卵の元へと送り出す。

 こういうのは、最初に見た人を親だと認識するのが定番だから、距離を取って様子を見守る。


「セイラ! 見てくれ! 可愛らしいケルピーだ!」


 ブラン様の嬉しそうな声を聞いて、急いで駆け寄る。

 そこには、池の鯉くらいの大きさのケルピーがいた。


 青緑色の体は上半身が馬で、下半身は魚の姿だ。

 その尾は長く、蛇の身体のようにしなやかに渦巻きを作っている。

 たてがみは体と同じ青緑色で、神秘的な光を放つ。


「とっても小さいですね! 可愛い!」


 ケルピーは顔を水から出した状態で、ヒレを使い、バシャバシャと泳ぎ回って、遊んでいるように見える。


「よし! この子の名はペトロールだ!」


 ブラン様はペトロールの頭を撫でながら言った。


「素敵な名前ですね! 早く大きくなってね! ペトロール!」


 こんな会話を交わした後、ほんの少し目を離した隙に、ペトロールは人型に変わっていた。

 そして先ほどの事件に繋がる。


 

「ケルピーは人間の男の姿に化け、女性を誘惑して海に連れ込もうとすると、昔、何かの本で読んだことがある」


「アッシュ様、それ、もうちょっと早く教えて欲しかったです⋯⋯」


「あとはその不埒(ふらち)なケルピーに、アズール王国の安否確認の手筈を整えさせればいいというわけだ」 

 

 セルリアン様は心底嫌そうな顔で、ブラン様のバングルを見た。

 

「ペトロール、頼む。協力してくれないか?」


 ブラン様がバングルに向かって話しかけると、宝石は三回点滅した。

 拒否していると。


「ペトロール、お願い。あなただけが頼りなの!」


 痺れを切らして加勢する。

 するとペトロールは再び人間の姿で現れた。


「ふふっ、いいよ。さぁ、セイラちゃん。僕の上に⋯⋯」

「わかったから、早く水馬の姿になってもらえないかな!」


 ペトロールは渋々といった様子で、姿を変えてくれた。


 生まれた直後とは、大きさが全然違う。

 上半身は馬くらいの大きさだけど、胴が長いから、大人四人が乗っても、まだまだ余裕そうだ。


 ペトロールの気が変わらない内に、ビンに入った魔法の液体を飲む。

 これで丸一日は水の中でも呼吸が出来ると。


 ペトロールは前脚を思い切り振り上げたあと、凍った海面に叩きつけた。

 すると氷が割れて、中の海水が見えるようになった。

 海水は波打っているから凍ってない。

 きっとマーメイドたちも無事なはずだ。

 

 ペトロールは、私たち四人を背中に乗せたまま、シュルリと水に飛び込んだ。



 海の中は、マーメイドとマーマンたちが棲む、夢のような世界⋯⋯のはずだったんだけど、様子がおかしい。

 水は黒く濁っていて視界が悪い。


「なんですか、これ?」


 ちなみに魔法の液体のお陰で、海中でも普通に会話出来るみたい。


「分からないが、気味が悪い。浄化を試みよう」


 セルリアン様は数珠を構えて、浄化を始めた。

 大量の精霊たちが、海の中を縦横無尽に泳ぎ回る。

 精霊たちがばら撒く光の粉に触れ、濁りが解消されていく。

 すると目の前に、色鮮やかな海の中の世界が広がった。

 

 色とりどりのサンゴ礁に、揺れる水草。

 ダブルベッドほどの大きさがある二枚貝が口を開くと、中には光り輝く真珠が入っていた。

 この光のお陰で海底なのに明るいんだ。

 

 そのまま海の中を進むと、正面に海底都市が見えた。

 屋根がドーム状になった青色の建物がたくさん建っていて、その中心には、お城のような巨大な建物がある。


 お城の一番高い塔の屋根には、巨大な真珠が一粒ついていて、ミラーボールのように、光を反射しながら回転している。

 これがマーメイドとマーマンの国、アズール王国⋯⋯想像以上に美しい。


 それにしても異様に静かだ。


「おかしいな。国民が一人も見当たらない」


 ブラン様はペトロールに指示を出して、建物に近づいた。

 窓の外から屋内を覗いても誰もいない。

 ちょっと失礼して透視を使っても、いなさそう。

 遠くの海域に避難してるとか?



「ふぇ〜ん!」

「怖いよ!」

「パパ! ママ!」


 どこからか、子どもたちの泣き声が聞こえてきた。


「あちらの教会からだろう」


 アッシュ様が指さした方に向かうことにした。



 教会の中に入ると、マーメイドとマーマンたちが身を寄せ合っていた。


「ファルベ王国のブラン・アラバストロと申します。何があったんですか?」


 ブラン様は、入り口の近くにいた大人のマーマンに話しかけた。


「おぉ! プリンスブラン、大変なことになりました。我々のクイーンが、タコの魔物にさらわれたのです。一見何の変哲もないタコだったらしいのですが、クイーンを丸呑みにしたとか⋯⋯戦士たちは後を追って、現在も交戦中と思われます。戦えない役職の者と子どもたちは、全員でここに隠れているようにと⋯⋯」


 マーマンは怯えたように言った。


「タコの魔物⋯⋯妖怪か。セイラ君、心当たりは?」


 セルリアン様はこちらを振り返った。


「そうですね。クラーケンのような大ダコが一番に思いつきますけど、一見普通だったとなると衣蛸(ころもだこ)とかでしょうか。外見はそこら辺にいる普通のタコみたいらしいんですけど、船が近づくと体を衣みたいに大きく広げて、人間も船も丸ごと海の中に沈めてしまうとか。広げた衣は六畳くらいで⋯⋯えーっと、ブラン様のベッドより、少し大きいくらいになると聞きました」


「なるほど、私のベッドよりも少し大きいのか」

「かなり大きいな」

「僕にはブランのベッドが分からない。まぁいい。僕たちも加勢するとしよう」


 私たちは教会を出て、マーマンが指さした方角へと向かった。



 黒く濁った水の中、マーメイドとマーマンたちが泳ぎ回る音とともに、苦戦している声が聞こえてきた。


「クイーン! 早く助けないと!」

「クソッ! 前が見えないぞ!」

「魔法使い総出で浄化してるけど、全然追いつかないの!」


「ひらひら避けられて、トライデントでは歯が立たないぞ!」

「どうしたらいいんだ!」


 ペトロールに乗って、戦場に近づく。

 セルリアン様の精霊たちが水を浄化すると、一気に視界がクリアになった。


「見える! 見えるぞ!」

「彼はあの量の墨を、一人で浄化したというの?」

「ファルベ王国からの応援だ!」

「助けてくれ!」


 たくさんの戦士たち⋯⋯役職は槍使いと魔法使いみたい。

 手にトライデントを持っている人と、杖を持っている人がいる。

 トライデントは水色に光り、魔法使いの杖は細長く、上には紫色の透き通った球体が乗っている。

 

「大丈夫か?」


 中には怪我をしている人もいたらしい。

 アッシュ様はペトロールから降りて、近くのサンゴ礁の上で、怪我人たちに回復魔法をかけ始めた。



「ブランちゃん!!」


 透き通るような声の方を見上げると、一人のマーメイドに衣蛸が纏わりついていた。


 あのお方がシアン女王⋯⋯

 シアン女王は二十代半ばくらいに見える、美しいマーメイドだ。

 薄紫色の長髪に、尾びれにかけて徐々にピンクがかっていく水色の下半身。

 胸元は二枚の貝殻で覆われている。

 髪にはヒトデやサンゴ、真珠で出来た髪飾りをつけている。


「クイーン!!」

 

 ブラン様は叫びながら、シアン女王に近づく。

 すると衣蛸が、私たちに向かって墨を吐いた。


 一気に視界が悪くなって、何も見えなくなる。

 セルリアン様の精霊たちが、すぐに浄化してくれるけど、直接墨を浴びたからか、五感が鈍らされたような気がする。

 目も耳も鼻も口も肌も、なんだか感覚がおかしい。

 

「俺たちも、もう一度攻撃だ!」


 トライデントを持ったマーマンたちも、一緒に戦ってくれる。

 けれども、衣蛸が、海中でひらひらと体を広げたり縮めたりするので、なかなか攻撃が当たらない。


 魔法使いたちは水属性だから、攻撃が通らないみたい。


「魔法使いたちと僕は、視界確保のための浄化に専念するべきだろう。セイラ君、ガマガエルの時のように捕まえることは出来ないか?」


 セルリアン様がこちらを振り返る。

 あんなに素早い生き物を捕縛出来るかな。


「やってみます!」


 ペトロールが隙を見て距離を縮めてくれる。

 そのタイミングで捕縛スキルを使う。

 けどあっさり避けられてしまった。


 あんなに大人数のトライデントを避けるくらいだから、私の捕縛も避けられるよね。

 どうしよう。

 悩んでいると、後ろから眩しい光を感じた。


 振り返るとアッシュ様が、魔法を使おうとしている。

 たぶんあれは攻撃魔法だ。


 アッシュ様が手を前にかざすと、無数の光線が衣蛸に降り注いだ。

 衣蛸は、アッシュ様の攻撃を全ては避けきれなかったみたい。

 何本かの脚が痺れたようになって、動きが鈍った。

 

 そこにペトロールで一気に突っ込んでいく。

 ブラン様は剣を抜き、衣蛸を一太刀で斬り裂いた。

 

「クイーン!」


 ブラン様はシアン女王を抱きかかえ、救い出す。

 

「クイーン! お怪我は!?」


 ブラン様はシアン女王の身体の状態を確認しながら尋ねる。

 すると、シアン女王の頬が徐々に赤く染まっていき⋯⋯


「ありがとう、ブランちゃん。あなた、いつからそんなに、いい男になったの? 私と結婚して頂戴! 側室でも良いから!」


 シアン女王はブラン様の手を取り、自分の胸へと持って行った。


「ギャー! クイーン! それは私が許しません! 側室なんて制度はございません!」


 私はすぐに二人を引き離そうとする。


「クイーンに、ファルベ王国の側室になってもらっては困ります! それならば、プリンスブランを王配に迎えねば!」


 一人のマーマンが騒ぎ出した。

 恐らくクイーンの執事だ。


「だから! 駄目だって言ってるじゃないですか! せっかく一件落着したのに!」

 

「ふふっ、セイラちゃん。だったら僕と結婚しない?」


 ペトロールは人の姿に変わり、纏わりついてくる。


「ちょっともう! 話がややこしくなるから!」


 今度はペトロールを引きはがさないといけなくなった。


「君たちは婚約に至るまでに、あれだけ派手に騒いでおきながら、もうパートナーを変えるというのか。全く、これだから痴情のもつれは厄介なんだ」


「まだ俺にもチャンスがある⋯⋯のか⋯⋯?」


 セルリアン様とアッシュ様の声が聞こえた気がした。

 こうして海の異変の解決は、グダグダな状態でエンディングを迎えた。

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